<リプレイ>
●感謝祭 六月十三日の朝。 薔薇の蜜を溶かし込み、朝摘み花の蒸留水とバニラで香り付けをした焼き菓子の種を作り終え、ニューラが一息ついた頃、ルクレチアの住まう宮殿の城下町にて感謝祭が開幕していた。宮殿に続く大通りには多くの露天が立ち並び、広場を中心に吹奏楽器が賑やかな曲を響かせている。表通りばかりが祭りの主役であるようだから、道に迷う人は居ないだろう、とサガも安心出来た。 しかし、凄まじい人混みであるだけに、共に居る筈の親と逸れてしまうような子供は多く存在してしまう。ヴィトーは目に涙を溜めた少女に声を掛け、連れを一緒に探す約束をして遣った。フェイトとプラチナは頷き合うと、他にも居るだろう迷子を捜して人混みを進む。 カタルは興味深そうに人々を見回しながら歩き始め、スイも警備にと街へ入った。唯の観光だけで十分面白いだろうと考えながら、アネモネもぶらぶら警備を始める。身を持って大領主様の人気を知るべくセッカも拳を握り、街並みを見遣れば目を輝かせた。 「逸れないように、ね?」 初めてのデートと賑やかなお祭りに心を弾ませているハルの手を優しく握って、カザルはにこりと笑って見せる。一方でハクゥは眉を寄せた。感謝祭の露天には、夏祭りと違って林檎飴も綿飴も無い。が、共に来ているヘルディスターは楽しげだったから、彼女も何だか嬉しくなった。 「笑顔の人間がこんなに沢山居る、と言うのは……凄いことだよね」 わぁ、と満面の笑みを浮かべてきらきらしたアクセサリの並ぶ露天を見回すリオネアを見て、「ー」と言う名の少女が呟く。実際のところ、感謝祭を訪れている人々は皆、楽しげに嬉しげに道を歩いている。陰険な空気は欠片ほども見当たらず、祭りの警備とは本当に名目上のものなのだなとケンハは小さく苦笑した。マリクも早速、息を抜こうと目に付いた近くの露天に入る。 「今日はとっても素敵な日だよ!」 花籠を抱えてランスは街を練り歩く。セツナも声を張り上げ陽気に歌った。パレードに参加している少女たちは、大抵エプロンドレスを着ていたけれど、制服のように其れと統一されているのでは無く、各自が余所行きの服を見繕って来ただけのようだ。少女の着ているエプロンドレスが欲しいと考えていたフィーは残念そうに溜息を吐く。イクサネノヒメは彼女を慰めつつ花籠から花弁を撒いた。 肌を見せた美しく魅力的な踊り子たちが舞い、青年たちは衛兵染みた一糸乱れぬ動きで行進する。華やかな曲が奏でられ、人々の歓声が花弁に乗って何処までも響いて行った。
●城下町シャルメール 感謝祭の名に相応しく正に「御祭り」である広場を見渡す間に、連れとの距離が開いていてマディンは慌てながら彼女を追った。逸れてしまうと困りますわね、とレムは微笑んで彼と手を繋ぐ。広場の賑わい様を見、「こんなに素敵な誕生日を迎えることが出来るルクレチア様が、ちょっぴり羨ましい」とサイレスが呟いた。スザクはそんな義妹に、彼女の誕生日も確り祝ってやると優しく微笑む。 レイナートは友人に贈る品を、ノリスは鉱石系の露天を探して通りを巡った。賑やかな空気を楽しみながら、レイファスも美しい装飾の数々を手に取って見た。シエルは譲り受ける品をひとつ決めた後にも、鮮やかな彩りに目を惹かれて露天巡りを止められない。 「こんな豪奢な装飾品を頂けるなんて……」 ごくり、とヨシノは生唾を飲み込む。すべての露天で、御姫様だって持っていないような素晴らしい品々が美しさを誇り、輝きを競っていた。緻密な銀細工のペンダントを選び出したエドワードは、此れで彼女は喜んでくれるだろうか、と胸中に不安と微かな期待を抱く。 今日此処に来れなかった人と分けたいから、と頬を染めたフェイルローゼが焼きたての菓子を一袋譲り受けていた。漂う甘い香りにうっとりするティアルの肩を叩き、本場の味には負けるかも知れないが帰ったら作ってみるとシグルドが約束して遣っている。 シュチは「天使の石」を探していたが、残念なことに見つからない。稀少過ぎる為か、職人が城下に住んでいない為か、露天には出されていないようだった。寵姫お抱えの職人が作ったものだから、彼女の好んでくれる品もある筈と祈りつつ、ユズリアは工芸品と睨めっこしている。ジャスミンは漸く目当ての品を見付け出し、なぁん、と嬉しそうに笑みを浮かべた。自分自身に頓着しない人の、心臓のスペアに為って欲しいと願いを篭める。 ゼイムは綺麗なアクセサリを見付けたと彼女の肩を叩くも、両頬に手を当てられ、ぐりん、と別方向を向かされた。ごきりと鈍い音がしたような気がしなくも無い。下手人リリエラは誤魔化し終えると、鼻歌混じりに銀細工の物色を開始した。ヨウとミリィは恋人らしく腕を組んで、微笑み合いながら街を歩いた。何か御揃いの品を見付けて、二人で持ち帰るつもりだった。
●職人露天 「素敵なものが沢山ですね……」 シアはうっとりと目を細めて呟いた。可愛らしいブローチ、綺麗なイヤリング、壮美なネックレスに小さなティアラ。きらきら輝く金銀の彩は乙女心を惹き付ける。彼女は深雪の優艶・フラジィル(a90222)と手を繋いで、きゃあきゃあはしゃぎながらあちこちの露天を覗き込んでいた。 余りに豪華な聖誕祭を眺めているうち、遅れがちになった少女の背をケネスは軽くぽんぽんと叩く。気遣いの巧い彼にだからか、隠して居た筈の塞ぎを見付けられたような気になってリューシャは少しだけ頬を染めた。背を押されるようにして二人の少女を追い駆ける。手を繋いでも良いですか、と遠慮がちに問えば「勿論ですっ」「三人で手を繋ぎましょう〜!」なんて明るい笑顔が返された。嬉しげな笑顔を浮かべ、瞳を輝かせる少女らを見遣って彼も優しく微笑んだ。 木陰にある可愛らしい喫茶店の席を確保し、リューは連れたちに手を振った。そろそろ午後の陽射しが強い時間に差し掛かる。人波の中を進む時も、休憩を必要とする時も、彼は少女らをとても気遣った。見付けた素敵な小物たちの話に花を咲かせながら、冷たいオレンジジュースを飲んでいたフラジィルのところに、エルクルードが息を切らして駆けて来る。 「ねぇ、おねえちゃん見なかった?」 何時の間にか逸れてしまったのだ、と彼女は言った。見ていないですとフラジィルが答えると「そっか」と溜息を吐いて再び人混みの中へと駆け出して行く。少女の背が訪れた人々に紛れ見えなくなる頃、入れ違いにミナが遣って来た。軽く手を上げて「久し振り」と声を掛ける。見初めたと言う銀の宝石箱を片手に、 「……嫌がりそうだしなあ」 と苦笑した。フラジィルも笑って、「でも、綺麗なものなら好きな人ですよね」と誰かについて言葉を交わす。其の直後、漸く見付けた、と人混みを掻き分け笑顔を浮かべたマラーがフラジィルたちの前まで遣って来た。彼は少し言葉に詰まってから、深呼吸して口を開く。 「ジルと会うのは今日が初めてだけど、良かったら少し一緒に御祭り回らない?」 少年の申し出にフラジィルは嬉しそうに笑って、「是非なのです!」と手を差し出した。
●領民の想い 「……この聖誕祭って……昔からこんな規模だったのかな……?」 アルムは発泡酒のジョッキを片手に顔を赤らめている年配の職人に聞いてみる。彼の露天に並べられていた品は既に全て、引き取り手の元へ渡ったのだと言う。御機嫌な職人は「そうとも」と笑って答えた。聖誕祭は寵姫がシャルメールに在るガランルフレ宮殿に住み始めてからずっと続いているらしい。寿命で亡くなる職人も居るが新しく増える職人も多いし、領民が聖誕祭を盛り上げようと心血を注ぐ為、年々規模は拡大しているのでは無いかとのことだった。 ふぅん、と相槌を打ったアニエスが続けて問う。 「ルクレチア様は、御自分の領地から外にお出向きに為られることが少ないのかな」 大領主様としても御勤めも忙しいだろうし、と呟く彼に酒場の女が笑って答えた。宮殿から御出に為られることも滅多に無いけれど、年に数回は領内の町村を訪れて下さるのだとか。彼の質問への正確な答えには為っていないが詰まるところ、領外には滅多に行くことが無いのだろう。 「今日の感謝祭じゃあ冒険者が警備を遣ってるらしいぜ」 一般の観光客――にしか見えないがイワンである――がグラスを傾けながら笑って言った。 「さっすがルクレチア様だ。下々の安全まで良く考えていらっしゃる」 其の通りだと歓声に沸く酒場の中で、逆に静まり返った一団が居る。外の通りを丁度、白い軍服を着込んだグリュイエールが周囲を警戒しながら通って行った。剣と盾を背負い完全に武装した様子のガルスタも、辺りを見回し異常を探している。蒼褪めた数名の男女は酒場を出ると裏路地に入った。
「――畜生、やっぱり無理なのか?」 「折角、此処まで来たって言うのに」 人の通らぬ路地から声が聞こえる。 「あの子が、あの子が、あの宮殿に居るって言うのに……!」 涙の混じった女の声だ。諦めるなと唸る男に、別の男が「冒険者まで居るんだ、無理に決まってるだろう!」と怒鳴り返す。静かにしろ、と他の男が仲間たちを嗜めた。今日ならば街中の気が緩んでいるだろうと考えていたのに、冒険者が出て来ているなんて知らなかった。其れらしい計略も無く、憤怒と憂愁の想いだけで此処まで来たのだ。女は泣きながら、搾り出すような声で唸った。 「あの女……殺してやりたい……!」 「物騒な話してんなあ」 眉を顰めてトワイライトが行った。路地裏を中心に警備していた彼は、偶然言い合う男女に出くわしたのだ。すいませんこいつ酔ってるんで、と男たちは素早く女の口を塞ぎ逃げるように路地から立ち去る。実際に何をしたわけでも無いのだから、捕縛する必要性も無いのだが、何と無く後味の悪いものが場に残った。騒ぎに気付いて路地を覗き込んだエメルディアも、不思議そうに首を傾げる。 「城下町に活気があって、民も明るく幸せそうなのは、良い政が行われている証でしょうけれど……」 其れだけでは無いと言うのだろうか。
●夕陽の照る頃 街外れの岩の上で、ドンは曲を奏でていた。 繁栄を謳歌する城下町シャルメールには、宮殿に住まう寵姫の噂が溢れている。領民は数々の功績を褒め称え、自らのことのように胸を張って寵姫の功績を語り続けた。美しく青い髪をした姫君を想い、彼は寵姫の為の曲を奏でる。 小川のせせらぎのように穏やかな音色は、静かに沁みるように、暮れなずむ空へと広がって行く。 夕陽に煌く水のように艶やかな、華のような曲が紡がれて行く。 寵姫の住まう宮殿で、寵姫の為の舞踏会が開かれる刻限は、直ぐ其処にまで迫っていた。

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参加者:59人
作成日:2006/06/13
得票数:ミステリ41
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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