【館再興】メイド志願・おんなのこ



<オープニング>


 主人が亡くなり、メイド達が消えてしまった館があった。
 館はそのまま荒れ果て消え去ってしまうかに見えたが、それを良しとしない者達がいた。
 再びメイドを集め、館でメイドレストランを始めるため、冒険者達に力添えを頼んだのである。
 冒険者達はあるときはメイド服を調達し、あるときはメイドを口説き落とし、またあるときは館に巣くう怪異を打倒していった。
 そして今、ついに館はかつての輝きを取り戻そうとしていた。

●開店準備中
「先輩! あの子達また来てますっ!」
「仕事中は言葉遣いに気をつけなさい」
 ドレスをまとえばそのまま貴婦人として通用しそうな女性が、やんわりと後輩を指導する。
「はい、申し訳ありません。で、でも、このままじゃ開店準備が間に合いません」
 十代半ばのエルフメイドが先輩に泣きつく。
 店の外からは「メイドすきすきー」や「メイドにしてくださいー」とかいう黄色い声が聞こえてくる。
「いっそ従業員として雇っちゃえば」
「メイドを夜の仕事と勘違いしているような子達を?」
 女性は口元を隠し、軽く目を見開いた。
 メイドと称しその手のことをする者もいるかもしれないが、少なくともこの場にいる女性達にとっては、メイドとは主人の生活を影から支える者達のことだ。
 決してそれ以上でもそれ以下でもない。
「私には、あの子達を教育し直すだけの力はありません」
 無力を自覚し、小さく息を吐く。
「でしたら」
 エルフメイドが先輩の耳に口を寄せ、何事かを呟く。
「確かに成功はするでしょうが、被害が……」
 困惑の表情で、メイドが高い天井を見上げるのであった。

●おんなのこ
「とまぁ、そういう訳だから、メイドについて極めて偏ったイメージを持っている子達をしつけて、せめて従業員見習いが出来る程度まで仕込んで欲しいの。相手は3人。冒険者ではないけど、極めて行動力があって正負両面で行動力がある人達よ。しつけの最中逃げたり暴れたりする可能性もあるけど、傷つけるのはもちろん厳禁よ。内面、行動、外見を鍛え上げ、3人をメイドに仕立て上げてちょうだい」
 そこで霊査士は咳払いをする。
「ちなみに、全員相当な難物らしいわ。いじめられっ子メイドに憧れるヒト、ご主人様との浪漫を求めてメイドを目指すヒト、転落メイドが目的らしい要注意なストライダーの計3名。思いこみが激しく行動力がありすぎる人達の相手はかなり難しいとは思うけど……。頑張ってね」

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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
闇を照らす光・アイ(a02186)
朱い翼・ナミ(a10048)
会葬者・フラワ(a32086)
ヒトの医術士・エークス(a44207)
有漏秘めし阿古屋・シュラーフェン(a46637)


<リプレイ>

●転落志願
「ところで転落メイドって何?」
 朱い翼・ナミ(a10048)の言葉に、その場に集っていた冒険者達は一瞬硬直した。
「転落とメイドいう組み合わせは、あまり良い物ではありませんね」
 闇を照らす光・アイ(a02186)は小さく息を吐き、メイド服に包まれた胸を手で押さえる。
「外界から切り離された場所で雇用された女性が転落となると……。あまり愉快なことにはならないでしょう」
「そんなこと言われても僕よく知らないんだけど」
 真顔でナミに問われたアイは、彼女にとっては極めて珍しいことに、途方に暮れたように天井を見上げた。
「本人に直接たずねてくださいな」
 アイは懐から取り出した鈴を鳴らす。
 すると分厚いドアがおずおずと開かれ、亜麻色の髪のほっそりとした少女が入室してくる。
 枝毛1つ無い艶やかな髪と、一見質素だが優れた職人が丁寧に仕上げたワンピースが、彼女がそれなり以上の家の出であることを教えていた。
「はじめまして」
 ナミは少しだけ大仰に礼をする。
「事情はこの屋敷のメイドさんから聞いているよ。で、僕等は君の教育を任された冒険者なんだけど」
 手振りで席を進めつつ、微笑みながら相手を観察する。
 多少引っ込み思案のようにも見えるが、特に変わったところは見受けられない。
「転落メイドって、なんだか素敵な印象があるよね。もしよかったら、どうして目指すのか聞かせてもらえないかな?」
「は、はいっ」
 賛同者を得られたと勘違いしたのか、少女は喜々として語り出す。
「やはりはじめは小さなことから始まるのがベストだと思うのです! 同僚から嫌われ、主人に疎まれ、徐々にすみにおいやれて」
 絶好調で語っていく。
 あらかじめ内容を予想できていたアイはともかく、ナミはそうはいかない。
「やっぱり遠くに売られたりするのも必須ですよね!」
「ちょちょちょっと待ってー!」
 独演会は、ナミが頭を抱えて逃げ出すまで続くのであった。

●いぢめられっこ志願
「えっちなのはいけないと思いますなぁ〜ん!」
 澪標星・フラワ(a32086)にずびしっと指を突きつけられた少女は、より目になったまま目を瞬かせた。
「あの、えっと。確かに私はメイドさんに憧れてますけど、別に夜の店で働こうとかそういうわけじゃ」
 あわわわと弁解する少女を、フラワはじっと見上げる。
「むむむ。どうやらいじめられるということの恐ろしさが分かっていないようですなぁ〜ん」
 フラワは大きく胸を張り、むうと唸る。
「今から語尾に「なぁ〜ん」をつけてもらいますなぁ〜ん。それが出来なかったら罰ですなぁ〜ん」
「で、でもあのそんな」
 さっそく「なぁ〜ん」を付け忘れた少女は、フラワに迫られて一歩下がる。
 しかし遅い。
 お嬢様風の外見ではあるがフラワは極めて強力な冒険者だ。
 あっという間もなく距離を詰められ、冷たい瞳のヒトノソリンに迫られる。
「た、たすけ」
 やれれる。
 理屈ではなく生き物としての本能で、彼女は己の最期を覚悟する。
 そして、フラワの手が伸びる。
「あっ……」
 右の耳が、フラワの両手で包まれる。
 細くなめらかな指先が、両側から耳たぶをふにふにしにゅしにゅと撫でている。
 耳たぶに触れるか触れないかぎりぎりの距離だが、それゆえにいっそうはっきりと指先が感じられる。
 痛くはない。
 だが否応なく意識をひきつけられる。
「ぁ……」
 ぞっとするほど甘い声が自分のものであることに、彼女はしばらく気づけなかった。
 熱く荒い息が漏れ、頭の芯が熱くなる。
「むむ。薄い耳だけどこれはこれは味わいがありますなぁ〜ん。耳を挟んで指先の感触が伝わってくるのが……」
「ふぁっ」
 冒険者が何かを言っているが、声を言葉として認識でない。
「泣いて許しを乞うても」
 耳の根元を、耳の穴を、細い指先がくすぐる。
「ふにふにをやめないですなぁん!」
「っ!!」
 甲高い泣き声が、暮れなずむ館に響き渡るのであった。

●ロマンス志願
「わぁ」
「あらあらまぁまぁ」
 専用の覗き穴の前で、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)とメイド姿のヒト少女が目を輝かせている。
「こほん」
 ヒトの医術士・エークス(a44207)が咳払いで注意を促す。
 しかし2人は振り返らない。
「あんなのがご主人様とできたら最高です……」
「フラワさんがあそこまでテクニシャンだなんて、人はみかけによりませんね」
 2人そろって甘いため息をつく。
「君達」
 エークスの声には呆れがあった。
「メイドになりたい者とそれを助けるものが、覗きにうつつを抜かしていて良いのですか?」
 柔らかな物腰での発言だが、だからこそ説得力があった。
「ご、ごめんなさい」
「とても魅力的でしたので」
 恐縮するヒトの少女とは対照的に、ラジスラヴァはにこりと微笑んでから覗き穴を塞ぐ。
 エークスは小さく息を吐いてから、表情を改める。
「昨日教えたことのおさらいから始めましょう。まずは礼から」
「はい。よろしくお願いします、ご主人様」
 背筋を伸ばした状態から、優雅に一礼する。
 もともと練習していたのか育ちが良いのかは分からないが、このまま屋敷出しても問題ないレベルの動作に見える。
「どうです? これなら雇ってもらえるでしょうか?」
 期待に満ちた口調でたずねる少女に対し、エークスは少し渋い顔をしている。
「あれだけ厳しく指導したものを全て身に付けるとは見事です。見事ではあるのですが」
 何故か違和感がある。
 メイドとして必要十分な動きをしているはずなのに、この少女をメイドと認識できないのだ。
「ん……。いつでも主人と屋敷の事に何が良いのかを考える、という点が抜けているのかしら」
 ラジスラヴァは首をかしげる。
 言うのは簡単だが、これを身に付けさせるのは容易ではない。
「え、でも、私、そうしているつもりなんですけど」
 困惑というより途方にくれた顔で、メイド志願者が冒険者2人を見る。
「えぇ。メイドとして主人と浪漫をという気持ちは分かっていますし、その実現のための執念は見上げたものなのですけれど」
 本質的に向いていないのでは、というセリフを我慢してラジスラヴァはは続ける。
「このままでは無理なのは確かですわ」
「そ、そんなぁっ!」
「待ちなさい。無理を努力と根性でなんとかするのが君の美点でしょう」
 エークスは少女をおさえる。
「ここは……私の出番…………ですね」
 罌粟の繭・シュラーフェン(a46637)がふらりと部屋に入ってくる。
 柔らかにウェーブがかかった金髪に、レースで彩られた清楚なドレスに映える、染み一つ無い白い肌。
 令嬢という単語をそのまま現実したような姿である。
「店の人にメイドのなんたるかを学んだ私は…………ご主人様です」
 小さな握り拳をつくり、穏やかに主張する。
 ちなみに彼女は人の数の少ない地域の出で、しかもホワイトガーデン出身なため、メイドに関する知識も妙なイメージも持っていない。
 はずであった。
「お手」
「わ、わんっ?」
 メイド志願な少女は雰囲気におされ、シュラーフェンの手に自分の手を乗せる。
「おすわり」
「わん……」
 スカートの裾を乱さないようにしつつその場に膝を落とし。
「おかわり」
「わんっ!」
 なんだか楽しくなってきて再度シュラーフェンの手に自分の手をのせる。
「うん…………完璧です」
 シュラーフェンは実に満足そうに微笑み、エークス達に向かってぐっと親指を立てる。
「ようやく分かりました。メイドは、これなんですね!」
 自信に満ちた笑顔で宣言する少女(メイド志願)。
「誰に間違った知識を吹き込まれたのかとか色々言いたいことはありますが」
 エークスは頭を抱える。
「とりあえず、2人とも仕込み直しですね」
 ラジスラヴァは大輪の薔薇のように華やかな笑みを浮かべる。
「あの……」
「はうっ」
 笑顔の裏に怖い物を感じた2人は、黙って頷くことしか出来なかった……。

●出荷
「僕、もう駄目」
 ナミはアイに講師役を引き継いでから、崩れ落ちるようにソファーに倒れ込む。
「もう駄目と言うことはありま……あるかも知れませんなぁ〜ん」
 フラワは熱っぽい視線を向けてくるメイド見習いに気付き、深いため息をつく。
「僕ね、頑張って仕込んだんだよ」
 立ち居振る舞いから化粧、体の手入れ、レストランでの業務からメイドに求められる仕事まで、全て教え込んだはずだ。
「でも、どうしてああなるのかな?」
「そうですなぁ〜ん」
 ナミとフラワは顔をみあわせ、世の不条理を嘆くかのように揃って肩を落とす。
「ある意味3人とも最初から超一流なのかもしれないね。メイドではなく特異な性癖を持つとして」
「おふたりとも、少し静かにしてください」
 アイは一言注意してから、3人のメイドに向き直る。
「これで全ての訓練は終了しました。ですがこれはあくまで基本中の基本でしかありません。素直な心と反省の心を忘れず、常に己を磨き、完璧な仕事を目指しなさい。それが全てできて初めてメイドでいられるのです」
「はい先生!」
 きらきらした目で3人の新人メイドがうなずく。
 いずれもメイドにしか見えないが、常人なら間違いなく回れ右したくなる妙な気配をまとっている。
「これよりあなた方はメイドです。くれぐれも……いいですか、くれぐれも! メイドで居続けてくださいね」
「はいっ!!」
 元気な返事を聞きつつ、冒険者達は確信していた。
 矯正するどころか重度になってしまったなぁ、と。


マスター:のるん 紹介ページ
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作成日:2006/06/10
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