西方国境警戒令〜帰らずの地〜



<オープニング>


 それは、昔西方国境沿いの集落に住んでいたという人の話。
 その人は、町へ出て働いているそうなのだが、風の噂でソルレオン王国のことを耳にしたらしい。
 その時よぎったのは、昔暮らしていた、その集落のこと。
 モンスターが出るようになったという話も聞き、もしかして集落も被害にあったのでは、と、思ったらしい。
「私たちにそれを確認して欲しいと言っていました。危険地帯ですから、自分では確かめにいけないと……」
 願いの言葉・ラグ(a09557)はそう告げて、かすかに眉をひそめた。
「全てが噂通りではないかもしれませんが、近くにモンスターはいるのでしょう。いても、自然な場所ですから」
 もしも。集落がまだ形を留めているのなら、いつか帰ることが出来るその日のために護りたい。
 けれどもしも、滅んでいるのなら。形見が、そこに自分たちが住んでいた証となるものが、欲しい。
「私たちに出来ることは、小さなことでもしていきたいんです」
 ラグの言葉に、異を申し立てる者はいなかった。

 そうして。彼らはそこにいた。
 人の気が失せ、そこが集落であったことさえも疑わせる、荒廃した地に。
 胸が痛むのを感じたが、こうなってしまっているであろうことは、予想が出来ていたのだ。
 目的を遂げるのが、先。
 と。案の定、と言うべきか、集落の中に蠢くものがあった。
 岩の固まり……いや、それが纏っているのは岩だけではない。
 崩れてしまった建物の瓦礫や、木の枝、あるいは、人の衣服……。
 周囲にある物を、何らかの形で取り込んでいるようだ。丸々と肥えたそれが、冒険者たちを見つけると、ごろり。転がりだした。
 ゆっくり、ゆっくり、けれどいきなり、猛烈な速さで。
 あれに轢かれては、ひとたまりもないだろう。
 だが、あれは所詮寄せ集めの存在だ。その分防御力も高いようだが、中身を暴くことが出来れば、倒せるだろう。
 どうやって、というのが、問題ではあるけれど――。

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参加者
緋天の一刀・ルガート(a03470)
蒼海の剣諷・ジェイク(a07389)
気儘な矛先・クリュウ(a07682)
願いの言葉・ラグ(a09557)
永遠の旅人・イオ(a13924)
ちょ〜トロい術士・アユム(a14870)
嵐の中に舞い戻った戦竜・ソウリュウ(a17212)
エンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)


<リプレイ>

 ごろり――。ゆったりとした音を立てながら移動を繰り返す敵を見据え。緋天の一刀・ルガート(a03470)は確かめるように武器を握り締めた。
 ずき。かすかな痛みが感じられる。けれど、動けなくはない。前線で戦うことは難しかったが、幸い、サポートに適した能力も手にしてきた。
 癒しきれなかった傷を抱えて臨むことになった己を恨みもしたけれど。
「って、凹んでてもしかたねぇし…やれることやるしか無いよな」
 自嘲気味の台詞で苦笑するルガートに、願いの言葉・ラグ(a09557)は声をかける。
「前線にて戦える方の指示は、きっと私たちを優位にしてくれます」
「いざっ、ちゅーときはうちが手を貸すなぁ〜ん」
 続くように、ひょこりと顔を覗き込んできたちょ〜トロい術士・アユム(a14870)に微笑まれて。
 それが例え気休めだとしても、ルガートにはありがたかった。
 とにかく、できることを。
 決意とともに顔を上げれば、前衛に立つ蒼海の剣諷・ジェイク(a07389)から、今回最大の注意事項が告げられる。
「兎に角動きを止めるな、取り込まれるなよ?」
「アビリティを使うときは、なるべく前に立つようにしよう」
 遙かなる空の頂を仰ぐ竜・ソウリュウ(a17212)が頼もしく続けるが、できるなら……彼らをそんな危険に晒したくはない。
「ぺしゃんこにされへんよ〜、いつもの3倍がんばって動くんやなぁ〜ん☆」
 力いっぱい主張するアユムだが、それでもどことなくぼんやりしているように見えるのには、目を瞑って貰うしかない。
 くす、と微笑ましげに笑って。永遠の旅人・イオ(a13924)は即座に臨戦態勢に入る。
 この地に来るのが初めてなイオではあったが、先刻からとても寂しい空気が付き纏っているのを感じる。
 集落というものが存在したのだ。活気も、存在していたはずなのに……。
 このままでは、その名残すら奪いつくされてしまいそうだ。
「早く、この場所にも活気を戻せるようにしたいですね……」
 そうだ。そのためにできることが、この戦いなのだ。
 きっ、と前を見据えたイオ。応じるように、敵はほんの一瞬だけ動きを止めて、突進してきた。
「散開してください!」
 けれど、決して離れすぎないで。
 指示と願いをこめたラグの声に従い、散会することで攻撃をかわす冒険者たち。
 まずは、誘導だ。ここには敵の外殻となるものが多すぎるのだから。
「少し下がったところに牧場のような広場があった。そこへ――!」
 訪れた道程を思い起こしながらのソウリュウに、彼らは一斉に後退した。
 勿論、追ってきてもらわねば困るので、挑発めいた攻撃はしかけたけれど。
 間合いを取りながらの後退。来るときにも目に映った光景が、再び、エンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)の視界に流れる。
 栄華の片鱗さえも見出せない、惨状が。
「心を失くし、護るはずだった民を殺めてしまうなんて……悲しいですの」
 見えてくる広場。枯れ草ばかりが広がるこの場所も、かつては多くの命に溢れていたのだろうか。
「メイフェア達が、その悲しい生を終らせますの」
 踵を返し、向かってくる敵へと棍棒を叩きつける。建造物に近い装いをしている敵の外殻が、ごそり、破砕された。
 だが、それが所詮表皮であることは――直接的なダメージに直結しないことは、メイフェアとて判っている。
「こうも防御力の高い敵が相手とは。技も磨いて、防御力無視できるアビリティも頼れるようにするべきでしたね」
 今更言っても遅い事は重々承知の上で。気儘な矛先・クリュウ(a07682)は不足を補うべく、意識を集中させる。
 防御無視能力を持っているのは、今回最後衛についているイオのみだ。その威力も、決して強大ではない。
 ならば、クリュウたち体攻撃主体の前衛にできるのは、敵の皮を削ぎ落とすこと。
 そして、攻め手であるイオを含めた後衛を護りきることだ。
 と。飛来する、矢。黒い炎が討伐の意志を持って迫ってくるのを察知してか、敵は彼方からの攻撃者へと意識をやる。
「俺が、相手をしてやるよ」
 後衛に向かわせてはならない。ジェイクの剣戟が、執拗に敵を斬り捌いた。
 いや、捌くというよりはいっそ、砕くという方がずっと合っていた。
 ばらばらと音を立ててばら撒かれる外殻は、集落の生活をそのまま詰め込んだようなものだった。
 花瓶に生けられていたような花がぐしゃぐしゃに潰されて飛散する。
 ペットにつけていたはずの首輪が主と離別して引き千切られていた。
 子供が抱えていただろうぬいぐるみが綿をぶちまけてだらりと垂れ下がっていた。
 壊された平穏が、そのまま、敵の外殻を成していた。
 ぎり、と奥歯を噛み締め、クリュウは憤りをそのまま闘気に換えて叩き込む。
 すると敵は反撃といわんばかりに奇妙な色をした糸のような物を飛ばしてくる。びちゃり、クリュウの腕に張り付いたそれは、彼の体を取り込もうと、もの凄い力で引きずってくる。
「くっ……」
 だが、その身が攫われることはなかった。
 全身を黒い炎に包まれたルガートの攻撃が、糸を断ち切ったのだ。
「迂闊に攻撃できない、か……?」
 分析するようなルガートだが、少し後退しながらばら撒かれた破片をちまちまと回収している敵を見て、眉をひそめた。
 飛散している外殻は相当な距離に至っているが、敵が糸を伸ばそうとするのはせいぜい左右1メートル程度。
 手でかき集めているかのような印象を、与えるものだった。
「糸はあんまり伸びないみたいだなぁ〜ん」
「あれなら、注意さえして即座に退くことをすれば、問題ないでしょう……」
 同じ位置から観察していたアユムとラグが至った答えに、メイフェアは頷きを返す。
「動きやすい防具に変化させてありますの。取り込まれるようなことは、いたしませんの」
 特徴を知ってしまえばこちらのものだ。
 あと判ったことといえば、突進する直前に一瞬動きを止めることと、物を回収するときには二つ方法があるということ。
 ぴたり。不意に動きを止めた敵を見据え、思考を分析から回避に切り替える。
 猛進してくる敵は、冒険者を蹴散らすように転がり、ゆるりと大きなカーブを描きながら方向転換、速度が低下する。
 そうしてまた、冒険者たちの前でゆったりと転がってはこちらの隙を窺ってきた。
「取り込む時に隙ができていたようだが……」
 苦い顔をするソウリュウに、ジェイクは相槌を打つように肩を竦める。
「攻撃のついでにやられちゃ、な……」
 敵も、隙を突かれてしまうことを理解しているのだろう。転がるついでにそこいら中の枯れ草をむしりとり、小石を拾っていく様を見ると、つくづく思う。
 何もない場所を選んでおいて、良かったと。
 物を取り込ませて隙を作る作戦は、残念ながら使えなさそうだったが。
「確実に、行きましょう」
 きり、と矢を引き絞ったイオに、頷きが返る。
 物を取り込むことで身を護るという少し特異なモンスターではあるが、攻撃面だけ見てしまえば、実に単調なのだ。
 見極め、交わして、攻撃を与えることは、難しいことではなかった。
 半端ない防御力と、重量を減らしていくことで逆に増していく素早さには、眉を寄せたくもなったけれど。
「皆さん、右へ!」
「ルガートさん――!」
 ラグの声にあわせ、アユムはルガートを引きずるように移動させる。
 常に動いていなければならない状況は、やはり、彼には厳しいのだろう。動きが鈍っているのが、目に見えた。
「く…そ……ッ」
 倒れられない。まだ動ける。
 自身への叱咤を繰り返しながら、ルガートはヒーリングウェーブを展開させる。
 攻撃に対して避けることに専念していた仲間たちが大きな傷を負っていることはなかったが、その暖かな癒しは、信頼の波となって彼らの意欲に働きかけるのだ。
 そうしていよいよ外殻が薄れてくると、敵は皮を求めて集落へと戻ろうとする。
「逃がさない…!」
「そっちにいったらあかんなぁ〜ん」
 イオの放つ闇色の矢を追いかけるように、光の槍が敵へと向かう。
 黒と白の攻撃に阻まれ、動きを止めた。
 叩くならば、今を逃すわけには行かない。
 詰め寄ったソウリュウは、きわどい亀裂を見極め、真っ直ぐに突き通す。続くジェイクはするりと相手の間合いに滑りこみ、強烈な一撃を叩き込んだ。
 それでもまだ残っている外殻だが、大きく振り切られた刃にこめられたクリュウの闘気は、それらをも根こそぎ剥いで行く。
「これで、終わりですの!」
 メイフェアの一喝。最上段から振り下ろされる棍棒が、敵を両断した。
 纏を失った敵の本体は酷く脆く、容易に掻っ捌かれたけれど……。
「泣いているように見えたのは、気のせいですかね……」
 ポツリ呟いて、ラグは思う。
 彼を救うことは出来たのだろうか、と――。

 全員で彼の骸を弔い、集落に戻り、形見となりそうなものを探した。
 ほとんどが敵に取り込まれ、粉々にされてしまっていたが、荒廃したその地に、一つ、確かな証を見つけたのだ。

 『――地の繁栄と存続を――って――』

 集落のどこかに掛けられていたのであろう、レリーフ。
 穏やかな景色と、所々欠けてしまった祈りの言葉がこめられたそれを手に。彼らはその地を後にするのであった。


マスター:聖京 紹介ページ
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