西方プーカ領を求めて〜赤い峡谷の魔物〜



<オープニング>


 旧ソルレオン領南方を、西へと旅する者達がいた。街道探索を行う冒険者の一団である。
 プーカ領への安全な道を確保するため、彼等は情報を集めつつ進む。

「ここから先は危険だよ」
 立ち寄った村の住人がそう告げた。
「何かあったんですか?」
 冒険者が問うと、彼はこの先に潜む脅威について語ってくれた。

 これより先、街道は赤い岩肌の峡谷を進むが、そこにモンスターが棲み付いたのだ。
 峡谷には所々谷底が広くなった所があり、そこには崖から崩れ落ちた岩石が転がっている。モンスターはその岩場に潜んでいるのだと言う。
 そいつは円筒状の身体を持つ3mの巨人。全身は黄色い毛で覆われている。そして街道を通る者に、怪力で岩を投げ飛ばしてくるのだ。
 また時折、赤いキノコを投げてくるが、これは落ちた所で弾け煙を出す。
「その煙をすった者は眠ってしまうらしい」
 街道を進んだ者達のほとんどが帰らぬ人となり、かろうじて逃げ延びた者がこの話を伝えたそうだ。

「なるほど……分かった。有難う」
「行くのかい? 気をつけてな」
 冒険者達は、村人に礼を告げると先へ進む。
 たとえ何が立ちふさがろうと、それを退け西を目指す。
 
 それこそが、彼等の使命なのだから。

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参加者
守護者・ガルスタ(a32308)
同盟の白い悪魔・エスティア(a33574)
燦然世界・アネモネ(a36242)
孤独を抱く娼女・リア(a38408)
小さな探究者・シルス(a38751)
灼帝焔雷・フタバ(a39298)
静謐なる絶氷の剣・オーラ(a42668)
赤い狐の・サンク(a42685)


<リプレイ>

 赤の谷を進む一行。
 谷はかつては雨の多い時期には川も流れていたそうだが、今は渇き切った岩肌を晒していた。谷を流れる水は大勢の流す血の流れの様にも見えたと言う、余り縁起の良くない土地だった。
「居ないとは思いますけど……」
 両側を高い崖に囲まれた谷底の道は、行くか戻るかの一本でしかない。
 オーピーキューアール・エスティア(a33574)が気にして警戒しているのは『悪の旗』やトロウル等の襲撃だった。もし、こんな場所で退路を断たれる事があれば――結末は簡単に想像がつく。
「……峡谷と言う条件はこちらに有利とも取れる」
 件の対モンスター戦を考えるなら、投石に対して間合いを詰め、逃げを封じるにはうってつけの地形とも思える、と。櫻を愛する栗鼠・ガルスタ(a32308)は難しい顔で考えながら呟いた。
「それも、まずはこちらが先に相手を見つけねばならんわけだが……」
 岩場に潜む敵に投石で先制されるのは避けたい所。だが、岩場で待てば良い敵と見慣れぬ土地を進む自分達では、地の利は間違いなく向こう側にあると見ていいだろう。
「作戦通りやれば問題ないさ」
 赤い尻尾を振りながら赤い狐の・サンク(a42685)が言った。敵の能力も、自分達の出来る事も知っている。つまり、敵を知り己を知らば……と言うヤツだ。
「これで勝てなきゃ、ウソだぜ!」
「ふふ、まぁ、お任せしよう」
 冒険者達はハイドインシャドウでの接近と、待機の2班に別れて臨む編成だ。綿津見の・アネモネ(a36242)などは作戦もサンクに一任している。
「ああ、やってやるぜ!」
 此処で足踏みをしている暇など無い。サンクは力強く応え、道の先――今は崖に切り取られて狭くなった西の空を見上げた。傾いた陽は赤い峡谷を尚も赤く、染み入るように赤く照らしていた。
「残された方々との連絡を取るために一刻も早くの到達を……ですね」
「プーカ、に……つくため、に……道……あけない、と……」
 ドリアッドの少年、小さな探究者・シルス(a38751)がポツリと落とした言葉にまだ幼いエルフの少女、孤独を抱く娼女・リア(a38408)もコクリと頷いた。
「……」
 そんな仲間達の様子を見ながら、サンクは一人考える。
(「夏になれば、みんな忙しくなる……」)
 理由は何故かど忘れてしてしまったが、確かな事実に基づいた推測だ。
 プーカに行くだけが目的ではない。その先でまだする事がある……急がなければ。
 
●赤い峡谷の魔物
 岩場が近づくとガルスタ、エスティア、サンクの3名がハイドインシャドウで先行し始める。残る5名は待機し、先行班が敵を発見した後、合図と共に仕掛ける手筈となっていた。
「帰りを待つ仲間の為に。なんらの被害もなく帰ろう」
 ガルスタが黒炎を纏い、ついで鎧聖を仲間達に降臨させた。
 発見に手間取れば効果時間が切れる可能性もあったが、仕掛けた後で主力を担うべき冒険者が補助系の援護アビリティを全員に掛けて回っていては、その間に決着がついてしまうだろう。
「それじゃ、いきましょう」
 岩場には背の高い岩、低い岩、大小様々な岩石が転がっていた。
 エスティアが『星屑』と呼ぶ弓を下に向け、腰を低くしながら、音を殺して進んでゆく。
『……』
 敵は案外と簡単に発見できた。
 茜色に染まり暮れてゆく谷に、岩に腰掛けた黄色の巨体。どこか玩具っぽさを思わせる長方形の体を、柔らかそうな短い毛が覆っていた。巨人はぽかんと口を開き、沈む陽の方角を眺めていた。
(「よし……30秒後に」)
 歩くだけでもかなり苦労したが、手元の糸が軽い感触を伝えてくるとそれが合図となる。3人は散開して魔物を囲むように動き始めた。30秒を数え終えれば、複数方向から同時に仕掛けるのだ。
 エスティアが魔物の背後を取り、ガルスタとサンクがそれぞれ左右へ回りこむ。
(「28、29、30……っ!」)
 ピィーー!!
 サンクの鳴らす笛の音が谷に響き渡り、蜘蛛糸が敵を目掛けて飛んだ。
『!?』
 不意を討たれながらもサンクの放った1つ目は難なく躱す。が、
「えいっ、巨人退治は私達にお任せ〜♪」
 飛び跳ねるように体を捻ってガルスタのブラックフレイムを手の甲で払い、何とか反撃に転じようとした魔物の後方からはエスティアの蜘蛛糸が飛び――絡みついた糸はその動きを封じたのだった。
 
「……合図ですね。急ぎましょう」
 待機した班に笛の音が届くと、静謐なる絶氷の剣・オーラ(a42668)達も得物を片手に走り出す。
 そう遠く無い距離だと思えたが、モンスターを3人のみで相手し続けるには荷が勝ちすぎるだろう。
「さぁて、喧嘩や喧嘩、楽しましてもらおか」
 突撃槍『紅涙』に新しい外装が追加される。柄尻に刃を増やし、遠雷にして焔雷・フタバ(a39298)が一気に駆けると、視界は戦闘に入ったガルスタ達の姿を捉えた。
 到達まで約30〜40秒。拘束は既に解け、意外と素早い敵を抑えておけず、距離を取ろうとする敵と投石に翻弄され、何とか喰らいついているような状況だった。
「……喧嘩は派手に、頭は冷めて、さぁ、いこか」
 敵正面を避け、フタバが回り込む様に進路を取る。どうやら一筋縄に行く相手でも無いようだ。

「くっ…」
 出来る事なら敵に一度も投石を許さず片をつけたかったが、サンクの思惑は早くも破られてしまっていた。蜘蛛糸は岩を対象とする事も出来たが、地面に縛り付け固定するような効果は無く、粘る糸が残っても戦闘に影響する程では無かった。
 直径にして50cm程の岩石を片手で軽々と投げつけられる。無造作に放った様にも見えるそれが着弾すると、破裂音と共に鋭い礫となって飛散し、周囲の者へまで襲い掛かった。
「射撃系パワータイプ、まずは接近することが肝心……だが」
 一度接近したからといって安心は出来ない。ガルスタもそれは理解していたが、今は凱歌で傷を癒し仲間を支えるだけで精一杯だった。
 ハイドインシャドウで近づくまでは良かったが、一時とは言え後続班と戦力を2分した形。拘束が解かれれば3人程度では包囲を維持できる筈も無く。むしろ多方にばらけた分、個々に集中攻撃されれば撃破される危険も高かったのだ。
「蜘蛛糸が……っ」
「これは、どう?」
 サンクが放つ拘束も一度目が掛かった後は見切られてしまったのか、効果を発揮する気配が無い。エスティアの鮫牙で傷を穿っても、アビリティの効果による出血に至る確率は低い物でしかなかった。
「効かないわけではないようですが……」
 単純に能力の差を考えれば、敵が態勢を立て直し、マトモにやりあっている現在の状況では致し方無いと言えた。例えば、サンクがエスティアに蜘蛛糸を放ったとしても、真っ当な状況で拘束に至る確率は1割を切るし、いつ解けるかも完全に運次第と言う不安定なモノでしかないのだから。
「……こちらだ、余所見をするな!」
 高い身長の魔物は走り出すと冒険者より早い。足元の石を拾って振り向きざまに投擲するそれに、ガルスタが炎弾を撃って注意を引き付けた。反撃の投石が緩やかな放物線を描き、図ったように男へ吸い寄せられてゆく。アビリティの加護、召喚獣の助けも得て、重騎士の鎧は主を守り支える。が、
(「これは……流石にきついな」)
 最も体力・守りの高いガルスタでも、綺麗にクリーンヒットすれば2発も持たないだろうと思えた。他の者に当たれば、半分以上が一撃で戦闘不能になってしまいかねない威力。
「……う、後ろを待った方が良……」
 エスティアが冷たい汗を流しながら言おうとした言葉は途切れ、周囲を赤い煙が包んだ。

●戦場の風景
「……スマン、遅れたか!」
 アネモネが漸く戦場に到達する。丁度赤いモノ――どうやらキノコらしい――が宙を飛んで、エスティアの足元で煙を吹き出していた。音も無くゆっくりと崩れる牙狩人の少女に癒しの風が吹いた。
「!? 回復が鈍い……っ」
 だが少女はスヤスヤと寝息を立てて丸まったまま。バッドステータスはアビリティがあればかなりの高確率で回復するのだが、この時は自力での回復の兆しは見えなかった。
「ふふふふふ……いびきはかきませんよ……可愛く無いじゃないですか♪」
 何やら幸せそうな笑いを浮かべムニャムニャするエスティア。一見ほのぼのとした風景でもあったが、少女は戦闘に於いては重要な起点でもあった。視界を広げると仲間達は激しく大ピンチだ。
「正面に立つと突き飛ばしがくるぜ!」
「……応っ」
 サンクが声を上げ、フタバが敵の側面から背後へ回りこもうとする。冒険者達の増援に敵は多少の動揺も見えたが、進路に立ち塞がる者は弾き飛ばしてでも距離を保とうとした。
「ぐぅっ……」
「逃すわけには行きません。縛めの力よ!」
 ガルスタをも弾いて突破を図る魔物に、シルスの緑の束縛が放たれる。乱舞する木の葉に巻かれた魔物の足色が俄かに鈍り、やがて完全に止まった。
 木の葉に続き、魔物の周囲で今度は薔薇の花が乱れ飛ぶ。
「その隙は……逃しません!」
 フタバとは逆側から仕掛けたオーラの、薔薇の剣戟。
 流石に連撃にまでは至らないが、冴え冴えと蒼く輝く蛇腹剣は、魔物の血の赤と混じりあっていた。
「敵に近づかれると離れたがる……臆病なモンスターも居たものですね」
 もがく魔物に翔剣士の女が呟く。
 誰かがすぐ近くに居る場合、敵はその排除を優先し……少なくとも岩やキノコを投げてくる攻撃はして来ないようだ。誰かが張り付いて居られれば、勝機は十二分にある様に思えた。
「邪魔……だから……どいて……ほしいけ、ど……」
 少し距離を置いた場所からはリアの鋼糸が風を切り裂き、衝撃波を生んで魔物へ与え続ける。
「だめ……だから……ごめん……」
 そうしている間にエスティアも復活すると、数的優位に立った冒険者達の攻撃は徐々に魔物の生命力を奪っていった。突き飛ばしに輪が崩れれば一度の回復で十分に支える事も難しく、また方向を誘導する様な考えも無かった為、行き当たりばったりの展開にもなりはしたが――
「先に進むために。早く、プーカ領へたどり着くために!!」
 助けを待っているであろう同盟の仲間の為に――と。
 得意とする体の攻撃では無い為に命中にも苦労したが、ガルスタは炎弾を放ち凱歌を歌い、壁になっては冒険者達の布陣が崩れ去るのを何とか凌いでいた。
「うわわ、大丈夫ですか?」
 シルスの凱歌も響き、眠りに落ちた仲間を現実――戦いの場へ連れ戻す。術士同士で距離を取っていたため、回復の難しい眠りも致命的な影響を出さずにカバーできていた。
 しかし、接近戦がそれほど得手では無いと言え、魔物の能力は冒険者の平均を大きく凌駕している。
「っ……!!」
 オーラの体が拳を受けて宙を飛んだ。チェインコートの下でメキメキと不吉な音を響かせ、軽々と3メートル以上は吹き飛ばされて膝を付く。内臓を打つ痛みに猛烈な不快感と脂汗が噴出し、視界と意識が混濁に向けぐらぐらと揺らぎだす。
「……申し訳ありません」
 女は這う様にして何とか自力で岩陰まで進むと、岩にもたれる様にして目を閉じた。
「熱くなったらアカンな、クールにいかな、クールに」
 純粋な接近戦を得意とする前衛は今回の仲間達には少ない。感情に振り回されて状況を介さぬ戦いをすれば、戦線が破綻するのは早いだろう。フタバは己に言い聞かせ、一時間合いを空けた。
(「何とか、勝機を作らんと……」)
 後衛への防御にまで気を回す冒険者は少ない。それとなく位置を確認し立ち回り、男は考える。
 シルスの束縛は数が少なく、また成功率もそれほど高くは無く、既に尽きていた。ガルスタとシルスの回復も回数が殆んど残って無い。あまり長引けば、ジリ貧になって負けるのは此方だろう。
「ここで立ち止まるわけにはいかないんです。紅蓮の業火よ!」
 エンブレムノヴァを放つシルスの顔にも僅かに焦りが浮かんでいる。火球が魔物に向かって飛ぶと、フタバは突撃槍を構え真一文字に切り込んだ。繰り出す槍撃は難なく弾かれてしまったが――
「……喧嘩は楽しまんと、なぁ!」
 武人の体が更に踏み込み、敵の懐深い場所で深く沈み込んだ。
『!!』
 その直後に魔物の反撃をマトモに喰らい吹き飛ぶも、フタバは口元に笑みすら浮かべていた。
 槍の柄尻に増やした刃は魔物の足の甲を深々と刺し貫き、敵の足色にも陰りが見え始める。
 
●魔物の最後、続く道
「……撤退しましょう!」
「オウ! …って、早いだろ!!」
 フタバまでもが動けなくなると、シルスが撤退を促す。思わずサンクがノリ突っ込みする。シルスは重傷者2名での撤退を考えていたが、戦闘が継続可能かどうかは状況や残ったメンバー次第でもある。回復役が居なくなれば、例え戦闘不能1名でも逃げた方が無難だろうが……。
「もう、少し……頑張る……の……」
 リアが前に出てスピードラッシュの接近戦を仕掛け欠いた包囲の穴を埋めた。実力差は歴然として、鎧聖の加護があっても危険度は高かったが、敵もこの時は既にかなり疲弊していた。
『……』
 魔物は突き飛ばしでの突破を諦め、一つの大きな岩に両手を付いた。3メートルの巨人の腰の高さほどはある、角ばった巨岩だった。一見すると力尽きた敵が諦め、もたれて居る様にも見えたが、
「な、投げるのかっ。投げる気かッ!?」
 実際はぐぐぐ、と力を篭めて持ち上げようとしていた。どうやらぶん投げる気らしい。
 岩の大きさと威力が比例するかは分からないが、もしそうだとすれば全滅必至。焦った声を上げてサンクが殴りかかる。敵はたっぷり10秒以上掛けて岩を持ち上げ――
 
 ピキッ。
 持ち上げた岩が途中からひび割れ半分に欠けた。サンクの爆砕拳が脆くなっていた亀裂部分を貫き、更に深くへ崩壊の線を走らせていたのだ。
「はい、これでトドメですよ〜♪」
 後一押しで倒れそうな敵をエスティアの雷光の矢が撃った。魔物は体を仰け反らせ、口元からごぼごぼと血の泡を吹き出した。覚悟を決めたのか、半分になった岩を両手で振り下ろす。
「……無理やり投げる気だ。下がれっ!」
 魔物は岩を己の足元に叩きつけた。峡谷を揺るがすほどの衝撃が走る。破裂した岩の破片は広範囲に降り注ぎ、ガルスタのクロークが翻った。猛烈な勢いで赤い砂塵が巻き上がった。

 ……やがて、ゆっくりと視界が晴れてゆく。
「自爆……したのか」
 そこには自らの攻撃の余波を盛大に喰らい、もはや動かぬ死体と化した魔物が横たわっていた。
「元は同盟の隣人であった方……せめて、弔いをしてあげたいです……」
 シルスが告げる。幸いこの攻撃で深手を負った者は居らず、反対する者も居なかった。
(「何を思う訳でもないが……」)
 出来上がった簡易な墓の前、アネモネは黙祷を捧げた。
 日はとうとう地平へ沈み、夜の帳が訪れようとしていた。


マスター:常闇 紹介ページ
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