リベンジするは我にあり 〜入口なし



<オープニング>


 昼、快晴。テネの町北側、古屋敷の前に20人ばかりが集まっている。

「既に私の潔白は明白です。もう調べを受けるいわれはありませんわ」
 屋敷の主、きっと人殺しだと町の半数ほどから思われているが証拠はない女――先日の調査の失敗を受け、蝸牛が這うよりもゆっくりとだが噂は終息に向かっているらしい――アンナが白い眉間に黒々と皺を寄せた。外の陽射しが眩しいのにかこつけて、露骨な軽蔑を発散している。
「この前証拠が見つからなかったのは、調べ方が悪かったからだ」
 テルルが真剣な眼差しを横にいる町長に向けた。町長の後ろには町の若い衆が数人。彼等はこれから事件が起こらないように暇を作っては見回りをしているらしい。
「その理屈が通るならこの先、ありもしない証拠とやらが出るまで何度でも家を荒らされてしまうことになりますわ。落ち着いて新しい作品も書けません」
「新しい作品?」
 着いて来ていたカロリナが反応した。微笑むアンナ。
「タイトルは『入口なし』。ある男がどうしてもある建物に入らなくてはならないのに、入口が物凄く高いところにあったり、物凄く小さかったりして、中に入れないんです。ありとあらゆる努力の末、男は壁をよじ登る途中に力尽き転落死します」
「どこかで聞いたような話だな」
 一言述べるラト。パルミスは町長に助力を求めようとする。
「この前聞いた〜、アンナさんの寝言では〜……」
「寝言では証拠になりません。証拠がない以上、もう本人の同意なしに家を調べることはできません。他所ではどうか知りませんが、少なくともこの町では」
 と、町長。アンナの微笑みが笑みに昇格した。
「まさに入口なしの状況ですわね。パルミス様の覗きのことは追求しませんから、どうぞお帰り下さい」
「なぁ〜ん……」
 耳を垂れるグリュウに、しかし町長は続けた。
「ただまあ、冒険者様が本気になって屋敷に押し入ろうとすれば、止められる者はいません。無論、我々は冒険者様の侵入を阻止しようと一応頑張ってみますが、たぶん容易く縛られてしまうでしょうし。それで今度こそ証拠が出てくれば、やはり冒険者様が正しかったのだということで一件落着ではあります。勿論これはその可能性もあるという話であって、私が勧めているわけではありませんが」
「何やら強引な話だな」
 メイムが考え深げに腕を組む。
「もし証拠が出なかったらどうなるにゃ?」
 首を傾げるニャコに、町長は答えた。
「土下座して皆に謝り反省を示して下さい。それならテネの町からの永久追放で済むでしょう」
「回りくどい話だぜ」「でもちょっと面白そうだぞ」
 と、町の若い衆はのんきに語らっている。
「町長、冒険者様方がそんな乱暴で野蛮で馬鹿げたことをなさるはずありませんわ。そうですよね?」
 アンナは扱い易いとみたのか、カロリナに微笑みかけた。
「うう……」
 呻くカロリナ。アンナを捕まえて新作が読めなくなるのは惜しい、という考えが丸分かりの顔だった。

「どうするなぁ〜ん?」
 グリュウは仲間達の顔を見回した。

マスター:魚通河 紹介ページ
 リクエスト頂きありがとうございました。『【読書の時間?】屠殺人は神聖な職業だった』の続きです。

 妨害してくるアンナ、町長、若い衆を怪我させない程度にどうにかして屋敷に侵入し、敷地内に隠された死体を発見できれば成功です。隠し場所は前と変わっていません。隠し場所については、事前に相談しない方が面白いでしょう。
 カロリナはアンナを捕まえたくないなぁと思い始めているので、冒険者の心構えを説いてやるのも良いかも知れないです。

 それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。

参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
大凶導師・メイム(a09124)
北落師門・ラト(a14693)
緩やかな爽風・パルミス(a16452)
大天使長・ホカゲ(a18714)
雷獣・テルル(a24625)
幸せを呼ぶ黒猫・ニャコ(a31704)
森羅万象の野獣・グリュウ(a39510)
NPC:次のページへ・カロリナ(a90108)



<リプレイ>

「カロリナさん、本の誘惑には負けぬようにな。
 本はすべからく筆者の思いを受けて書かれる物だとは思う。が、それが邪な物に寄って書かれては、本が可哀想であろう。それでも納得が行かぬのならカロリナさん。私は貴方にこう言わねばならぬ。
 ……本は獄中でも書ける」
 大凶導師・メイム(a09124)がエルフの紋章術士・カロリナに語りかける。
「メイムさん、すべからくの使い方が違います。……じゃなくて、投獄されるだけなら構いませんが、死刑かも知れないじゃないですか」
 と、カロリナ。
「悲しいことですけど、どんなに素晴らしいと思える人でも罪を犯す事があります。そして、その罪を犯した以上償う必要があるんです……」
 想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が目を伏せる。
「……書物の中には素晴らしい世界があるでしょうが。もっと大切なものもあるでしょう?」
 大天使長・ホカゲ(a18714)は静かに諭した。
「カロリナの本が好きな気持ちはわかるなぁ〜ん。ボクも容疑者がマンモー肉を焼く達人とかだったら、躊躇するかもなぁ〜ん。でも、その人の力が、犯罪の上にあるものだったとしたら、ボクはどんなにおいしいマンモー肉でも、喜んで食べれないなぁーん。
 カロリナはどうかなぁ〜ん?」
 森羅万象の野獣・グリュウ(a39510)の目はまっすぐ、納得してくれるまで話し合おうという心を伝えている。実際に話し合うまでもなく、それで充分効果があった。
「分かりました」
 カロリナは頷く。冒険者達は屋敷に侵入するための算段を始めた。


 算段はすぐについた。
 こちらをじっと見守っている町長達に、ホカゲが近づく。
「……実は、私達はこれからアンナさんのお宅に押し入り、家捜しをすることに決めました。邪魔する方は眠りの歌で眠らせ、紅蓮の咆哮で麻痺してもらい、粘り蜘蛛糸で縛ってしまおうと思います。これらのアビリティはただ動きを止めるだけで、怪我をする心配はありません。
 死体を発見した後、皆さんの戒めを解いて屋敷に引き入れ、証人になって頂きます」
 計画を説明した。
「おお、なんと横暴な」
 と、棒読みぎみに町長。
「……社会秩序を守る責任のある町長殿としては、見過ごせない事態なのですね?」
 微笑するホカゲ。
「ええ、全くです。というわけで皆の衆、町の代表として法を遵守するため、冒険者様を止めるのだ」
「おー」「そうだそうだー」
 厳かな表情の町長と半笑いの若い衆。ぐるっと冒険者達を取り囲んで行く手を阻む動きを見せた。アンナは不愉快げに顔を顰めて突っ立っている。
「良いんでしょうか……?」
 瞳を翳らせるラジスラヴァ。
「……好きではありませんが、『建前』とか『大人の事情』というものは確かに存在します。これで万一私達が失敗したとしても、彼らの立場は守られるでしょう」
 ホカゲはやれやれと首を振って告げた。

「入り口がなけりゃ作り出す! それが冒険者の流儀だぜ」
 テルルが裂帛の気合を放つ。ホカゲもそれに続く。
「我々は法よりも正義を取るのだ」
 メイムとラジスラヴァは眠りの歌を響かせる。アンナと町長も含め、一般人は全員麻痺して眠った。
 ひとり急に眠って倒れそうになる若者を、玉鋼の森守・ラト(a14693)は支えてやる。それから緩やかな爽風・パルミス(a16452)、幸せを呼ぶ黒猫・ニャコ(a31704)、グリュウと共に粘り蜘蛛糸で皆ぐるぐる巻きにした。
「ボクたちは正義のためにあえて法を破るなぁ〜ん。コソコソする必要はどこにもないなぁ〜ん」
 屋敷の中へ向かう仲間達に、グリュウ。自分はアンナを見張るため、ラジスラヴァ、カロリナと共に残った。


「さぁ、リベンジだ」
 テルルは屋敷の庭を踏みしめた。
「今度こそトリックを見破るぜ。
 カロリナさんには悪いけど、いくらすごい芸術を作れても、罪も覚悟もない人間を殺すような人は許せない」
「ううむ……それは良いのだが」
 メイムが呻く。
「肝心の隠し場所が今もってわからぬ」
 負けたままでは悔しい。そう思って犬小屋の下などを調べてみたのだが、何もなかった。
「こう言っては何だが、アンナさんは余程犯罪の才能に長けているのだろうな」
 メイムの発言にテルルも苦い顔をした。
「……問題は俺の頭が推理についてけるかなんだよなー」
 それでも考え深げに腕を組んで、歩みを進める。
「最大のヒントはこないだ、パルミスが最後に聞いたっていう独り言だ。……つまり、遺体はパトラッシュとなんらかのかかわりがある。
 次に。おれたちはそのパトラッシュの遺体は見つけたけど、それはかなり浅いところでだ。これが盲点なんじゃないかな……」
 犬や何かの屍が埋められている辺りまで来た。既に大量の土塊の下僕とパルミス、ラト、ホカゲ、そしてノートを手にしたニャコが立っている。
「それじゃまずはここに眠っているわんちゃんたちを掘り出してあげてほしいにゃ」
 ニャコの台詞は紋章筆記によってノートに記されていく。
「私も掘るのに参加します〜。箒さん〜、モードチェンジ〜、スコップモード〜」
 パルミスの持っていた日用品が、スコップの先端を取り付けられる。
「ファルマー亭で販売中です〜」
「よし!」
 自分の考えに確信を持ったテルルも背負っていたシャベルを取る。下僕達とパルミス、テルルは手分けして掘り始めた。
「……しかし、その辺りをいくら掘っても動物の死体が埋まっているだけではなかったか?」
 メイムの疑問。
「木を隠すなら森の中、死体を隠すなら墓の中ですよね〜。この場で墓と呼べる所と言えば〜?」
 ほどなくして、浅く埋めてあった数々の死体が光の下に曝け出される。全て獣のものだ。
「俺だったらもっと深く掘って埋める」
 と、テルル。
「こんな場所じゃ安らかに眠れないのにゃ。後でちゃんと安らかに眠れる場所に移してあげるにゃ」
 ニャコは手近の穴から犬の白骨を丁寧に抱え上げた。
「アンナさんは単純なトリックで死体を隠したのにゃ。それはこのわんちゃんたちを使ったのにゃ」
「掘り返した跡があっても〜、腐臭がしても〜、犬の死体が出てくれば〜、それで納得してしまいます〜。さらにその下深くまで〜、掘り返そうとは中々思いませんよね〜」
「それが罠なのにゃ」
「人の心理の盲点をついてます〜」
 下僕達が四足獣の屍を次々に運び出す。


 増してきた陽射しの中、リュートの弦が悲しく泣く。

「昔あるところに二人のお姫様がいました。
 二人はそっくりでしたが心優しい姉姫様と比べて妹姫はとても我が儘でした。

 ある日、二人の住むお城に美しい男が現れました。
 二人の姫様はその男を一目見て恋に落ちました。
 男も心優しき姉姫様に恋をして何時しか二人は結婚の約束をするまでになりました。

 しかし、我儘な妹姫は男を自分の者にするために姉姫を殺してしまいました。
 そして、その亡骸をたまたま葬られようとしている人のお墓の下に埋めて隠してしまいました。

 男は突然にいなくなった姉姫を捜して国中を探しました。
 そして、どこを探しても見付からないと悲しみのあまり自ら命を絶ってしまったのです。

 そして姉姫と恋する男を失った妹姫は一人残されてしまったのです……」

 歌い終えたラジスラヴァはふっと息を吐いた。縛られたまま目を覚まして手持ち無沙汰だった町長達に歌を披露していたのだ。ラジスラヴァ以外の皆は壁の影になる地面に座り込んで聞きいっていた。
「ああ、そうでしたか」「え、なにが?」「だからさ……」
 町長と若者達の何人かは隠し場所に気づいたらしく、口々に教えあう。アンナは目を閉じて押し黙る。そこへ、
「目当てのものが見つかった」
 教えに来たのはラトだった。庭の方を指差す。
「良かったなぁ〜ん。みんな行くなぁ〜ん」
 はじめにグリュウが立ち上がり、皆も続いたが、アンナだけは壁に寄りかかったままだった。ラトの報せに、失意のあまり失神していたのだ。
 ちょうどひとり、またひとりと蜘蛛糸が解けていく町長達の後に、アンナをかかえたグリュウ、ラジスラヴァ、カロリナが続いて庭に向かう。
 最後に残ったラトは屋敷の中へ消えた。


「それでは〜、この犬さん達の下には〜、一体何が埋まってるでしょうか〜?」
「そ、そうか……」
 メイムが気づく。
「死体はわんちゃんたちがいた場所をさらに掘れば出てくるにゃ!」
 ニャコ達は動物の死体を全て除けその下を徹底的に掘った。3体の人骨が一ヶ所にまとめて埋められていた。

「これで事件は解決にゃ」
 ニャコは空を見上げ拳を握り締める。青い空に懐かしいグリュウの笑顔がででんと浮かび上がった……ような気分になった。
「師匠の仇はニャコちゃんがとったにゃ。これで安心して眠れるはずにゃ」
「ボクは死んでないなぁ〜ん!?」
「にゃっ!」
 師匠のツッコミにニャコが驚いて振り向くと、ラト以外の残り全員がこちらへやって来ていた。町長は人骨を確かめる。
「町民に行方不明者はおりませんから、やはり旅人でしょうな。屋敷に泊めて寝入ったところを……というところでしょう。
 ともあれ冒険者様方は正しかった。ありがとうございました。町を代表してお礼を述べさせて頂きます」
「……どういたしまして」
 ホカゲが口の端を上げる。
「後でこのノートを手直しして皆にプレゼントするにゃ。自分が出演している小説もいいと思うにゃ」
「ありがとう、ニャコちゃん」
 と、カロリナ。
「写本するなら俺たちも手伝いますよ」
 若者達は張り切る。
 やがて目覚めたアンナも諦めて犯行を認めた。


 窓から庭を見下ろすと、テルルやグリュウ、ニャコが先頭に立って死体を運んでいくところだった。どこか相応しい場所に葬るのだろう。
 ラトは手にした原稿を丸め、アンナの書斎を出ようとする……と、ドアが開いて町長が入って来た。
「ここにおられましたか。きちんとお礼を申し上げようと思いまして……それは?」
「『入り口なし』とやらの原稿だ」
「お読みになるので?」
「読まずに焼く。ついでに町長、アンナには絶対に筆記具の類を与えないでもらいたい」
 アンナから創作を取り上げてやろうという、ラトの意趣返しだった。
「はあ。……随分お怒りだったのですね」
「大人気無しで上等。他人の神経逆撫でするなら、相応の報復くらいは覚悟してもらわんとな」
「いえ、罪は裁かれて報いを受けるのが当然です。筆記具は勿論与えませんとも。処刑の前にペンで胸を突いたり、紙を喉に詰められたりしても困りますし」
「ああ、死刑か」
「まだ詳しく取り調べたり、町の者で話し合ったりせねばなりません。しかし旅人とはいえ、奇怪な理由で3人も殺せば多分そうなるでしょう。
 人間とは偉いものですからな。筆記具が無くとも記憶力だけで創作しないとは限りませんが、永眠させれば確実です」
「方法は?」
「あの小説のようなケバケバしいことはありません。長いこと形ばかりの職だった執行人が、さっと切って終わりでしょう。それこそ野犬を処分するように」
「犬のように死ぬ、か」
「ああ、執行人に給料を用意しなければ。いくらだったかな……」
 町に平和が戻って来る。


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作成日:2006/07/22
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雷獣・テルル(a24625)  2009年09月12日 14時  通報
終わったぜグリュウ。安らかにな……(お約束)
リベンジを提案してくれたグリュウ、一緒に考えたみんなにありがとうだぜ。