Edelstein Wunsch



<オープニング>


●欠けた宝石
 骨ばった手が石を丹念に磨いていた。
 美しく磨かれた宝石と銀細工の装飾品。
 作業台の上に幾つも並んだそれらに目を向け老人は緩やかに息を吐き出した。
「もう……何年になるのだろうな……」
 工房を弟子達に任せるようになって早数年。
 かつては己の技術の向上を唯只管目指して作り続けていたのだが、ある時、自分の作り出す意義に疑問を持ってからは、ぱたりと作ったものを売る事を止めてしまった。
 腕のいい弟子達のお陰で工房に赤字こそ出なかったが、その時から老人は何の為にも装飾品を作る事は無かった。
 時折訪れる客に、自分の熱意の籠もらぬ作品を渡すわけにもいかず追い返したりしていたのだが。
「どうしたんですか?」
 黒の双眸が老いた職人を気遣うように瞬いた。
「逃げていても仕方ないかのぅ……」
 自嘲の笑みを浮かべて老人は磨いた石をコトリと机の上に置いた。
 それは価値が然程高くも無い蛍石(フローライト)。老人が人の為に何かを作り出すことを止める原因にもなった石である。
 価値ある宝石も確かに美しいが似合う者と似合わぬ者がいる。
 持つ事に否定はしないが、似合わぬものを作る事には抵抗感があった。
 それが老人の職人としての考え方だったが、そのことで依頼人と揉める事にもなったのだ。
 依頼を引き受け作りはしたものの、老人は出来上がったものを見て気付いたのだ。

「大事な何か」を失った事を。

 だから作るのを止めた。売る事を止めた。
 出来上がるものは弟子達に素晴らしいと誉めそやされたが、自分の目にはどれも同じガラクタにしか映らなかったのだ。
 しかし、漸く「誰かの為に」作りたいと思えた。
「探していただけでしょう?」
 少女の幼いながら感情を抑えた声が耳に届く。
 失ったものを取り戻す為に、彼女が言うように自分は彷徨いながら探し続けていただけなのだろう。
 そして漸く見つけたのかもしれない。

●石の願い
「大切な人に贈り物は如何ですか」
 人を集めて問うたのは花灯の霊査士・ティーリア(a90267)。 
「一応依頼といえば依頼なんです。依頼人はグレイヴ・ツァイトさん、宝石細工の職人さんです」
 ふぅん、と興味ありげに邪竜導士の少女が相槌を打つ。当然『宝石』という単語があったからだ。
「宝石細工は勿論ですが、銀細工もご自身で手がけていただけあってかなりの腕前だそうです。ここ数年は、お作りになっても売る事は無かったそうですが」
「それで、依頼と言うのは?」
 霊査士の少女の真意が読めず、焦れた冒険者が問う。
 はい、と少女は頷き続けた。
「依頼の内容は、誰かの為に贈り物をしたい、そう考える人の為に『其の贈り物を作りたい』のだそうです。確りした理由があるならば勿論自分自身の物でも構わないと」
「ふぅん?」
 分かったような分からないような返事の冒険者に、ティーリアは少しだけ笑った。
「グレイヴさんは相手のことを思って相手に相応しい贈り物を贈る、そんな気持ちや行為を、感じたり触れたりしたいんですよ。しかし、逆に言えば」
 すっと目を細めて手元に視線を落とす。
「相手の気持ちを考えない物だったり、相手に相応しくない物であれば作ってもらえないばかりか、グレイヴさんを怒らせかねません。
 まぁ、そんなことは滅多に無いと思いますけど」
 配慮はしてくださいね、と当然のことのように少女は締め括ったのだった。

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参加者
NPC:花灯の霊査士・ティーリア(a90267)



<リプレイ>

 宝石の欠片や銀細工の残り滓が、綺麗に拭き取られていく。細工物を求める大勢の客達を迎える為にも、自分のテリトリーを無闇に荒らされない為にも、いつも煩雑に道具が置かれている作業場は可也片付けられていた。元よりグレイヴの作業場は然程広くは無い。個人で作業するからというのも理由の一つではある。
「自信の程は?」
 職人――グレイヴを大きな黒瞳が見上げていた。
「お前さんが連れてきた者達だ、おまけに冒険者だろう。信じなくて如何する」
 ぎこちない笑みを浮かべた老人に、湯呑みにお茶を注いで差し出すと少女は小さく溜め息を吐いた。

 細工師への品物の依頼は順々に行われていった。
 工房を見学したいという者も居り、弟子達がてんやわんやの様子が見える。
「まあ価値が高く無いって点じゃあ俺に似合ってるかもな」
 何が言いたいんだ、と連れの仕草――頭を撫でるジラルドにむすっとした表情を浮かべたフローライト。ドリアッドの青年は彼女が笑顔で居られるようにとの願い、ヒトの女性は当たり前のように傍に居てくれる彼への感謝を、それぞれ贈り物に籠める。
「価値が高くなくたって、充分に綺麗な石なのだ。お嬢さんも申分の無い位に美しいしのぅ、自分を卑下するのではない」
 グレイヴは言葉を飾らない。飾れないというのもまた事実では、ある。
「職人さんには因縁があるかもしれんが、蛍石は幸運を呼び邪気を払う意味を持つ石でもあるんだ」
 戦役に赴く度に怪我を負って帰ってくる嫁にお守りの意味も兼ねて贈りたいのだというルヴィンの言葉に職人は構わないと答えた。因縁はあれど、蛍石を憎んでいるわけではないのだから。
「いつも頑張ってて、張り詰めてる事多くて……たまに泣きそうで。そんな風にもうならないようにって思って」
 大切な旦那さんが居るから大丈夫とは思うけど、と苦笑を浮かべるヘリオトロープに、ナナイははにかんで、自分も貴女のことを心配してるのだと手を握った。新たな戦いに赴く彼女に髪留めを贈りたいのだという願いも、笑顔で居て欲しいという願いも、心得たと職人は頷いた。
 愛の忠誠を誓うという意味を込める為に様々な宝石で飾るものはどうだろうと嬉々として伝えるヨシュアには、
「相手がいないのは全く構わないのだが、形すら決められぬのはお前さんの気持ちも固まっとらんのだろう。もう少し自分の気持ちが形になった時に来るといい」と、職人は小さく嘆息する。
 すぐにでも傍に駆けつける事の出来ない自分の気持ちを沢山込めて贈りたいというオリエは永久の意味を持つアクアマリンのお守りを願った。もう自分の目の前で誰かに死なれるのは嫌なのだと、瞳にうっすらと滲んだ涙を拭った。
 また、戦場に向かう大好きな人達とそして自分自身のお守りにと、3つの首飾りを願ったロウランの言葉に職人は嘆息すると、人一人では多くのものは背負えないのだと諭すように答えた。
「盗人をやることが絶対に悪いとは言わん。生き延びる為にそうしたことをしてきた者もいないではない、が……お前さんのように悪びれる様子も無しに告白するのは如何なものかと思うが」
 それに石の種類も問わない等、最初から決めもしないそんな適当な想いのものを作る気には到底なれん、とヴァイスの頼みを突っぱねる。
「贈り物をするならば、相手の方に喜んで頂ける物を手に入れたい。此処ならば、其れに相応しい物を求める事が出来ると思いました」
 感謝の気持ちと共に贈りたいというケネス、誕生日に彼の人の瞳と同じ色のルビーをあしらったチョーカーをルゥルが、そんな彼女と連れ立ってやってきたソエルは以前死地を共にした特務部隊の仲間への贈り物を其々求めた。
「あの……その……作りなさいって言ってますのよっ!」
 瞳を潤ませたエルは宝石細工師のグレイヴがかつてつくったという指輪の受け取り主だと言い同じものを作れというのだが、職人はそれは人違いだと首を横に振る。
 聞いた限りでは自分が作ったものでは無いだろう、と。
 シェンドは大切な義妹への誕生日の贈り物を、ファリーは今年で成人になる彼の人へ、リアは贈る相手への可能性を願い、
「誕生日が近いから、プレゼント用。……というのは言い訳なんだけど」
 好みが分からないから、シンプルなやつが良いとチヒラフロイツが苦笑を浮かべ、其々誕生石を用いたものを依頼した。

 ジストは亡き妹への贈り物を願った。
 嘗て妹の誕生日に贈った水晶は、彼女が死んで石だけが残ったのだという。もう一度、この石に心を込めて最愛の妹へ贈りたいという言葉を受けて職人は彼の手にした水晶を受け取った。
 想いの形は多種多様だが、言葉で足りない気持ちを、心を、籠めて贈りたいとシンマやセリアが、「思いを言葉にするのは難しいけど、少しでも伝わるといいなぁ、と」と、無理をしがちな恋人に、とシュリが其々の品を望んだ。少しでも無茶をする戒めになるかもしれないという淡い希望も籠められている。
 俺は穢れた生業だが、と話し始めたオセの言葉に耳を傾けた職人は暫く黙って聞いていたが、話が終わると確りと頷いて返した。
「……話は以上だ。この話、外には漏らすなよ」
「ワシは口が堅いのだ、案じるな。それから」
 自分の仕事を誇りに持て。ワシが言うのもお笑い種だがな、と付け足す。
「ずっとお礼がしたかったのよ、でもどんな風にして良いか解らなくて」
 アネットが高価なものは頼めないけれど、と深々と頭を下げると職人はこれぐらいなら何とか持ち合わせの分で作ってあげられるだろうと快く引き受けた。
 憧れの人や世話になっている人への贈り物をとクリスやイーフ、シンジュやスノーにジャックやロゼリィやカツキ、血は繋がってはいないが大切な兄と思う人に贈りたいとアクアローズ、いつも迷惑をかけてる妻に日頃のお礼を兼ねてとブラッド、その妻のセドナも似たような想いからと。また、大切な者の無事を願うポルロやコトナ、ユフィアやステュクス、世界から目を逸らす事を望まない彼の人の為にせめて片側だけでもレンズを透した世界が和らいで見えるようにとアキュティリス、最愛の妻への贈り物を――想いを形として渡したいのだとガルスタ、誕生日の贈り物をとシファやシンシア、シュンウが、自信なさげではあるが、いつか出会えるかもしれない大切だと思える人に贈りたいのだとスイが、
其々に品を欲した。
 紅茶を淹れるとのアーバインの申し出を余計な真似はするなと断っただけでは職人の苛立ちは納まらなかった。
「お前さんに他の者の気持ちが代弁できると、補足等出来るとでも思っておるのか? 依頼人の気持ちは依頼人にしか分からんし、全く関係の無いお前さんが口出しをするべきことでも無かろう」
 激昂した職人を宥めようと彼の弟子や依頼に訪れていた幾人かの冒険者によって彼が外へと追い出された後、暫くしてから職人も落ち着きを取り戻したようだった。

 アルフィレアは戦場ではお守りに、離れてしまった時には傍に居る証――その誓いとして指輪が欲しいと頼んだ。冒険者である以上別れる事になるかもしれないし、その時は重荷になるかと思うのだが、と続けた言葉に職人は「ならば贈らない方が相手の為だとも思うのではないかね?」という冷たい声音が返る。
 半年以上付き合っているがペアで何かを持つのは初めてだというレイクスと、離れていても少しでも近くに感じられるようにと願ったジーナス、その二人を見比べ、職人は大きく溜め息を吐いた。
「お嬢さんの方の気持ちは確りと受け取ったが、あんたからはお嬢さん程の想いが感じ取れんのだよ」
 手を繋ぐ二人をほんの少し残念そうに職人は見遣った。
 人混みで具合が悪そうに眺めていた花灯の霊査士・ティーリア(a90267)を気遣い暁の凛花・アシュレイ(a90251)を呼んでくると、ローは連れとの対の品を求め始める。
 心配させた事などを訥々と語り、挙句顔を真っ赤に染めて手伝える事があるのなら何でもするというロッドの言葉を丁重に辞退しつつ、「まぁ、これだけ持ってきたのなら何とかなるだろう」と職人は彼の手から珊瑚を預かった。
 少し離れたところにいた同僚をこっそり指差し、アトリは叱咤激励を送りたいのだと言った。それも常に見える『形』にして、だ。
「手に取ると頑張ろうって気になって、見ると落ち着く、そんな帯留を作って貰えねぇかな?」
 頼む、と頭を下げた青年に職人はそんな想いを待っていたのだと了承した。
 大切な人へ、たった一人に贈り物をするなら自分は恋人でもある師匠に贈りたいと、リィリは舌っ足らずな口調で羽根形の栞を求め、土台が銀で良ければと職人は頷く。
「私は……私を好きだと、一緒にいて楽しいと仰ってくれたあの方に感謝を込めて」
 アンシュは大切な方にプレゼントしたいんです、と頬をほんのり赤く染めながら依頼した。
 銀のマドラーを頼んだレーヴェには「作ったことは無いが、出来得る限りやってみよう」と職人は苦笑を浮かべる。
「…………って言ったら、やたら喜んだから、それで」
 連れのヤツキには聞こえないように経緯を話したセラトは苦笑を浮かべた。
 ヤツキの方はまた職人にこっそりと大事な人だから――心の拠り所だからと彼に似合うだろうピアスを所望した。
「大切な人が未だいなくても、お嬢さんの信念も、大切な人と出会った時への想いも確り受け取ったよ」
 頑張りなさい、とロゼッタは職人に言われ微笑を浮かべる。
 この先もずっと一緒に歩いていきたいと思う、その想いを籠めて指輪が欲しいのだとレラ、婚約指輪と呼ぶにはまだ時期が早過ぎるとしても、離れていても心は共にあれるようにとガイ、其の二人はペアリングを依頼し、人の多さによろめきつつ、ユイフェリアはずっと一緒にいてくれると約束してくれた人に贈りたいのだとピアスを所望した。

「レイトさんも誰かに贈り物を?」
「特にそういうわけでもないが、まぁ、誘われたのでな」
 ヒサギの問いに灰翼・レイトヴァール(a90316)は相変わらずのしかめっ面で答えた。
 一方ヒサギは護られてるだけではなく自らも護ろうと頑張る幼馴染に、その思いを少しでも手助け出来るように敢えてお守りではなく、武器飾りを作って欲しいと頼み込んできたところだった。
 狂戦士のラティメリアは姉に贈り物をしたいと告げたのだが、職人は渡す相手に贈り物の意味が読み取れないものは贈るべきではなかろうと、彼女の願いを断った。
 名すら忘れたエンジェルの少女は『感謝』の意を込めて水晶の首飾りを願った。日頃の感謝だけではなく、初めてのあの時、言い尽くせない程の事を彼の人は与えてくれたのだから。
 エーディットは箱を作って欲しいと願った。
「作って頂きたいのは、私の気持ちを詰める為の箱です」
 肝心の中身は自分で手ずから作る事に決めたのだと誇らしげに微笑む。
「オレは応援したくて……いつか、オレの隣で凛と咲き誇る、強く美しい薔薇になればいいと、そう思ってるから」
 イクセルは足りない分はこれで、と差し出したガーネットを職人は微笑んで受け取る。
 シーリウスは小声で職人に事を話しデザインを描いた羊皮紙を見せた。手伝いたいという申し出をやんわりと職人は断ったが、件の羊皮紙を丁寧な手つきで預かり仕舞う。
 義妹のマヒナも義兄に聞こえぬような声音でずっと一緒には居ることの出来ない義兄に、自分を思い出させるような武器飾りを作って欲しいのだと依頼した。
 心を宿す為の宝石を作っているんですね、という共に訪れたウィーの言葉に職人はそうかもしれん、と短く答えた。答えた顔は心なしか至極嬉しそうにも見える。
 心が籠もっていないと人には伝わらないのだと納得したアールは、自分の心を贈りたい、伝えたい――と銀細工の羽を望んだ。
「私は……大切な方にプレゼントするのではなく、預ける為の物を求めていますの」
 チグユーノは目を伏せ、職人に語った。何故そうなのか、ということをただ只管に。
 記憶は風化するが、物と共に思い出は綺麗なまま残る――だから必要なのだと。
 職人は小さく微笑を浮かべ、快く彼女の依頼を引き受ける。
「大切って気持ちは分かる。好きって気持ちも分かる。……けど」
 それが恋や愛なのかはよく分からないのだと吟遊詩人のラティメリアは頬掻いた。だけど、彼の人の助けになるものを贈りたいという気持ちに違いは無い。大切だという気持ちが大切なのだ、と職人は確りと頷いた。

 多くの望み・願いは、依頼人に宝石細工を再開しようと思うには充分だったようで、冒険者達に依頼された品々を手掛けた後も、作業場にはグレイヴ氏の声が響くようになったそうである。


マスター:弥威空 紹介ページ
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作成日:2006/07/03
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