星祭り・寵姫の水簾に揺蕩う珠玉



<オープニング>


●寵姫の水簾
 深緑の彩る緩やかな山道を登り、瑞々しい木々の間を擦り抜ければ唐突に世界は開くのだ。
 夏の梢が涼やかに鳴り、薫る風が葉を吹き散らす。
 彼の地は艶やかな黒曜石で造られた水の芸術が溢れる場所。
 美しい湧き水に溢れ、滑らかな黒の大噴水が五つ、星型の頂点を示すように並んでいる。天使の吹き鳴らす角笛や、乙女の持った水瓶から、きらきらと煌く清水が溢れては水面に綺麗な波紋を描く。噴水の底には片方の掌ですっぽり包み込める程度の大きさをした、澄んだ珠玉が敷き詰められていた。硝子玉のような其れは全て、紅玉、青玉、翠玉、黄玉、水晶、金剛石、金和石、蛋白石、月長石、菫青石、柘榴石と煌びやかな宝玉ばかり。
 此処は寵姫が星の美しい夜を過ごす為、年に一度、避暑に訪れる為の水簾。
 漆黒の湖底に輝く珠玉の光は、夜空の星月程に美しかろう。

●時には翼を休めて
 渡された上等な便箋に目を通し、荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は其れが招待状なのだと理解した。星祭りの時期に琥珀の寵姫なりの骨休めとして、毎年訪れていた場所があるのだと言うこと。けれど今年は違う場所に赴く予定があるから、代わりに冒険者が楽しんで来てはくれまいか。準備に勤しんでいた職人たちも、訪れる人が誰も居ないのでは悲しみに暮れてしまうだろうから。用件だけを告げる整った文字を読み終えて、霊査士は小さく息を吐いた。
 溜息は意識しての行動では無く、彼女本人にすら理由が判らない。
 唯、寵姫の水簾はとても美しい場所のように思えたし、霊査士の好みですら在った。
「綺麗な場所は、元々好きなの」
 霊査士は微笑むように緩めた瞳を瞬きで誤魔化す。
「立ち入るには、条件がひとつ、ね……」
 それなりに身奇麗な格好をして来ること。
 寵姫は当日訪れぬそうだが、代わりに噴水の管理者たちが可否の判断をするらしい。
「時期が時期だから、恋人同士訪れたい方も、少なくないと思うの……ルクレチアさんも、そう思ったみたい。特に女性は、身嗜みに気を遣うように、って」

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参加者
NPC:荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)



<リプレイ>

●寵姫の水簾
 心地良く耳を打つ水の流れにスノーは小さな笹舟を流した。噴く水が小さな舟をくるくると踊らせ、縁へと流して行く。川のように流れ下る先の無い美しき閉ざされた水簾の中、己の想いが惑うのを見た。弱く目を塞いで仕舞いたく為るような想いは、煌く宝玉の浸された水辺に浄められるだろうか。スノーの白い素足が波を立てると、柔らかに膨らんだ白い裾がふわりと靡き、舟は益々惑って揺れた。
 星の飛び切り美しい夜のこと。
 煌びやかな宝石が水中から夜を照らし出す水簾に、ひとときの安らぎを求め幾人かが足を運んだ。豪奢な噴水の管理者たちが浴衣と言う一風変わった服装で訪れた冒険者らを見、布を一枚羽織った程度の姿格好で麗しき琥珀の寵姫が誇る水簾に立ち入ることが出来ると思うてか等とひと悶着も起きはすれど、幾人かの取り成しに依って事無きを得た。
 寵姫が此処を訪れる際には、如何様にして過ごすのだろうかとニューラが尋ねる。短い白の丈が水辺の風で軽やかに靡き、細やかな花柄がひらりと揺れた。年の判らぬ管理者は、大抵美少年を山と連れて水遊びをし、時折は唯独りにて水と戯れ、独り想いを沈められるのだと答える。
 噴水の底で煌く玉を眺め遣り、ノリスが尋ねた。此処には何故真珠が無いのだろうか、と艶やかな輝きを探し紡げば、掌に握り込める程の宝玉と大きさが揃う真珠は用意し難いと管理者が答える。
 水簾が含む寵姫の影を感じ取り、マイヤは己が記憶を呼び起こす。今宵の寵姫が此処を訪れることは無いけれど、寵姫の好む場を巡り歩こうと思う。光沢のある藤色を縛る黒い飾り紐が飛沫に濡れた。優しい綺羅星の瞬きに勝るとも劣らぬ寵姫の庵を見渡して、独り涼むのも良いのだろうとアニエスは緩く瞳を伏せる。黒いベストを翻し、寵姫に手紙を差し上げたい旨を語れば、貴方からの手紙で在れば寵姫も喜ぶであろうと頷いた。寵姫に仕える者は大抵、寵姫が好むものを其れなりに知っている。
 本当は夕暮れ時程水が輝いたのだろうけれど、とヴィンは内心の想いを零す。白いレースに彩られた苺色のサマードレスを水に浸して、フラジィルは変わらぬ満面の笑みを浮かべて見せた。キラキラの水と石が、いつもよりもっと、綺麗に可愛く見せてくれているよとヴィンは彼女に微笑み掛ける。勿論サマードレスも可愛いし、今夜は此処に来て良かったと言葉を紡いだ。

●沈む珠玉
 ティアレス自身は余り此処を好めぬ様子で、幾らか表情を硬くすた。夏も最中に相変わらず外套を翻しながら水簾を一瞥した彼を見遣って、ミナは思わず苦笑を洩らす。立ち襟のドレスシャツに袖を通し、髪をきりりと涼やかに結い上げた姿で歩きながら、口の中で何事か小さく呟いた。
 月光を浴びて煌々と輝く宝玉を見、ネミンは感嘆に息を吐く。交わる肩紐の間から健康的な褐色の肌が覗いていた。彼の翼が揺らめく色の中で煌くのにも思わず見惚れる。夢現の場では言うべき言葉も見付からず、涼やかな風に柔らかなフリルを踊らせた。
 淡い紫に白い花の散る愛らしい夏衣装に身を包んだ女性の姿に、カムイは思わず目を細めた。誘いを承諾し共に来てくれたことへ感謝を述べると、オリエは微笑して首を横に振り、誘いには此方も感謝しているのだと答える。二人は噴水の縁に腰を下ろして、耳に心地良い音を立てて弾ける水に足を浸した。美しい一夜に流れる空気を、胸一杯に吸い込む。
 今を共に居る愛しい人の横顔を見て、キララは自身の思い出を探った。彼が気になる存在へ変わったのは何時頃のことだったろう。リョウマは黙して星空を見上げ、忘れることの出来ぬ世の流れを胸に刻んだ。近々エルヴォーグに在る者たちに対する大規模な戦が行われる。仲間の無事を星に願い、けれど彼が何より願うのは共に佇んでくれる女性の幸せ。白薔薇を思わせる煌びやかなドレスは、彼女の瑞々しい髪とも良く似合った。
「キララさん」
 万感の想いを篭めて名を、
「来年も、二人で星を見ましょうね」
 願いを囁く。微笑んだ彼女が己の気持ち全てを篭めて捧げよう、と歌を紡ぎ始めるのを彼は酷く眩しそうに見ていた。
「今日は……いつもより、沢山甘えても良いですか?」
 少し疲れてしまったから、と紡ぐ愛らしい恋人にアモウは「好きなだけ」と微笑んで答える。今宵のような美しい月夜と言う意の篭められた上等の聖衣を纏った彼の膝に、子猫がするように背を丸めてサナは凭れた。伝わる彼女の温もりと重みが酷く心地良く、流れる水音さえ一瞬耳に届かなくなる。
 冷えた黒曜石に肌を付けて、サナの手は水の中を彷徨う。拾い上げた月長石を指で掬って、水の中に御月様があるみたい、と呟いた。幾重にも重ねられた柔らかな布地が風に広がる。彼は嗚呼と息を吐き、水の中の月で在れば俺の手も届くと応えながら、彼女の滑らかな金髪を指で掬った。愛しくて堪らなくて、何時か紡いだ変わらぬ想いを再び彼女だけに囁く。
「……俺だけの、優しい月。何時までも俺を照らしてくれ」

●弾ける水滴
 時に何を考えるでも悩むでも無く、水音に耳を澄まし煌きに目を細めることが出来る夜も、只管に尊いものだとシュシュは感じた。暖かな夏の陽が暮れた夜に冷えた水に足を浸し、安らぎで胸を満たす。柄の無い流れるままに落とした淡い藍色の裾を引いて現れた荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)に気付いて、シュシュは微笑を顔に浮かべて丁寧な会釈を贈った。
 霊査士が差し伸べた手を取って、ルーネは顔を綻ばせる。なぁん、と小さく鳴いて大人びた紫の裾を翻した。寵姫の望む美しい水簾に目を遣りながらほんのり頬を染めて、何時か霊査士のようなレディに為れるように頑張りたいのだと言葉を紡ぐ。霊査士は瞳を瞬き小首を傾げて、余り良い見本とは言えないのじゃないか、と微かな申し訳無さを滲ませた。
 薄紅の花が踊る華やかなドレスを夜風に靡かせ、軽やかな靴音を響かせ水を潜ってロスクヴァが歩き来る。彼女は心暖まるような微笑を浮かべて霊査士の元に駆け寄った。何処か眩しそうに目を細めた霊査士は、どうか貴女も御心を休めて、と静かな声音を彼女に向ける。誰かの為に頑張ろうとする彼女のことは少なからず見ていたから。
「湖底の星、か……」
 沈んだ珠玉を見遣り、次に彩られた夜空へと白い手袋を嵌めた手を差し伸べ、アオイは微かに長く息を吐いた。星の海に抱かれているようだとも思えば身が安らぐ。来る霊査士の姿を見れば、嗚呼、と声を洩らして微笑んだ。
 彼女は普段通りに水辺を覗き込んで、普段通りに魅入ったらしく震える水の中の煌きばかりを目で追っている。沈黙を落として語らず、ぼうっと惚けている様子の霊査士を見て彼女は何を求めるのだろうかとエンは悩んだ。出ぬ答えについと視線を巡らせれば、王侯貴族様はスケールが違うと豪華過ぎる水簾を見て溜息を吐いた。
 想い沈む霊査士へガルスタは穏やかな声音で声を掛ける。そろそろ備えて帰らねば為らぬからと微笑んで、今宵の礼を静かに紡いだ。彼の隣に居るべき女性の姿を探して霊査士が小首を傾げると、彼は「別れは既に済ませて来た」と微笑んだままに頷きで返す。
「地獄が私を待っているのだ」
 戦の火蓋が落ちる時、最も戦禍に晒されるべき中央城砦に彼は向かう。
 責務を果たすべく心を落ち着けに来たのだと語り、覚悟は既に出来ていると続けて告げた。
「けれど……貴方は御帰りに為るでしょうから」
 貴方を待つ人が居る限り、貴方は帰って来る人でしょう。霊査士は囁くように応えて、無事を祈ると頭を垂れた。

●胸に抱く想い
 まるで溺れてしまいそう、とステュクスは目を細めた。
 年に唯一度だけ訪れる為に作られた水の庭園は、寵姫の基準で区切られた美しさの具現だ。酷く贅沢な使い道だとは思うけれど、輝く星に煌く珠玉を見ていれば、年に一度のみの邂逅が相応しくも覚えた。一夜限りの夢と知らずに此処で過ごせば、きっと溺れて仕舞うだろうから。深い藍紫に染められた長い裾が水を吸い、彼女を水簾に留めようとした。
 愛しい人の温もりが、重ねられた手から伝わる。夜空の星が霞むほどに地上の水簾が美しく思えるのは、誰より愛しい人が地上に居るからに他ならない。冷えた水に手を浸して、つるりとした珠玉を指先で転がす。シノーディアは己に再び羽ばたけるだけの力を与え、導いてくれた彼を見遣った。気付けば傍に寄り添い見守ってくれる、共に歩み続けて生きたいと想う人。衰えることの無い戦禍を思い揺らいだ瞳を見詰め、エリオスは彼女を抱き寄せた。彼女が不安に蝕まれることの無いよう、誓うよ、と静かに囁く。
「悲恋になど、させやしないさ」
 如何に美しい水簾が此処に在るのだとしても、エリオスにとっては彼女が横に居ないのならば全ての意味が失われる。そして彼の温もりと言葉が、何よりシノーディアの胸を満たした。
 星月の輝きを身に受けながら宙に弧を描き煌く水の芸術を見る。特に何をするでも無く、空を見上げて居たショウは思い出したように口を開いた。今日此処へ招いてくれた寵姫へと礼のひとつも伝えて貰えば良かろうか、為らば誰に礼を伝えておけば良かろう、と紡ぐ。誰に礼を伝えれば良いかとの問い掛けを誰にすべきかも思い付かなかった彼は、他意無く言葉を紡いだのだけれど、やはりルナは少し拗ねたように眉を寄せて彼の腕に抱き付いた。夜明け頃の空色を思わせる涼しげな衣装が、優しい夜風に舞い上がる。
 妻と二人で水の簾を潜り抜け、唯一人の美姫が為に誂えられた場の美しさにオラトリオは瞳を細めた。柔らかな風が束ねられた彼の銀髪をさらさらと揺らし、ナナイの肩で結ばれた白いリボンを震わせる。噴水に足を浸して夜空を見上げた彼女の姿は、切り取って仕舞えば絵画のように美しく在ろうと彼の胸を惑わせた。白紫の花が白いドレスの縁で揺れると、彼の胸元に締められた白紫のネクタイが艶やかな月明かりを反射する。
「星々は不変の輝きで、この世界を照らし続けています……」
 人の心は移ろい易くとも、貴方と言う星の導きが在る限り、私の想いは変わりませんとナナイが愛を囁いた。永久の約束が不確かなものだとしても、彼女の言葉ならば唯一の真実に為るとオラトリオは信じて居る。
「僕の言葉も、貴女に取って真実で在って欲しい。そう、心から思います」
 美しい瞳の望むままに彼は身を折り、彼女の唇に口付けを落とした。
 星の美しい夏の夜の話。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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