<リプレイ>
●天と地 彼は悩んでいたが、迷いは欠片ほども、その心の裡にちりばめてはいなかった。博愛の道化師・ナイアス(a12569)をして「面妖な姿ですねぇ」、と言わしめた、重厚な石材の的確な積み重ねによって構築された水道橋に忽然と姿を現した肉塊のごとき異形は、一見して球体のようにも見えるのである。 永遠の二十代前半――自らをそのように標榜してから、幾千の夜明けが繰り返されたはずである。ナイアスはその心の裡に、ある友人の体躯を思い描いていた。その姿は、件の魔物に比べても、遥かに球体らしいのであるが、その実体はチキンレッグであるらしかった。にわかには信じがたいことなのだけれど――。 思考の中途において、泥の塊のような魔物の身体が、痙攣的な震えを経て、膨張、巨大化した。魔物の肉体から飛びだした器官は、先端が鋭利な鏃のようになっており、針金のような繊維によって本体と繋がっていた。 全体に細かな穴が穿たれ、宙にたゆたう黒地の外衣が、ひらひらとはためきながら足元へと落ちてゆく――。陽の光に透かされた黒い面には、まるで小さな星々が宿っているかのようだったが、それを見つめるヒトの足元は、酷く覚束ない所で、今の彼女にささやかな偶然の産物を楽しむ暇はない。膨張した身体は、そのまま崩れ落ちそうな輪郭を維持し、腐敗した肉のような匂いを吐き散らしながら、黒い彼岸花・トモコ(a04311)らの立つ場所へと近づいてくるのだ。 そこは、水道橋の上だった。彼女の右の踵と左の踵の合間には、流れる清らかな水がある。小さなせせらぎと、魔物の身体から垂れるその一部との関係に杞憂を抱きながら、トモコは『風の終わり』と名づけられた杖の、銀の蝶に紅玉が嵌められた先端を空へと突きつけた。癒しの波動が広がった。 黒い肉体が痙攣し、例の膨張を繰りだす前に、昼行灯・エイシス(a06773)は雷光を帯びた羽根の矢を射て、醜い体躯を貫いてしまいたかったが、射線を得るためには、仲間の頭上を越えて降下する軌道を選択せねばならず、その位置取りには勘が必要だった。銀の蝶を掲げ、癒しの光をまとう彼女――その後ろ姿に、音のない唇の運びで賞賛を述べると、彼はコンポジットボウから矢を射た。狙いは正確だった。 人は想いを抱いて冒険者となり、冒険者は悔いを残して魔物に堕ちるか――。 その姿が、泥の塊とも、腐敗した臓腑の集まりとも見えるものが、かつては二本の足で歩き、二本の腕で働き、二つの瞳で見つめていたとは、信じようとも信じ切れるものではなかった。だが、数度の痙攣と、その同じ数だけの膨張がもたらす痛みを通じて、名剣ヴァルトロードに光の翼をまとわせる少女には、何事かが理解できたとも思えるのだった。脳裏にちらつく、痛みとも閃光ともつかぬ、まったくもって朧気な感覚でしかなかったが、その刹那において、果てなき白・アラストール(a26295)は剣を振るって敵の身体を切り裂きながら、確かに視ていた。それは、この者のかつての姿で――。 「運という名の命、頂くぞ。償えその汚れた身を持って」 言葉の主であり、試みをつかさどる少年の名は、深紅の闇に佇みし漆黒の影・ハルト(a21320)といった。指の合間に生じさせた一枚の剥片に、なんとも不気味でおどろおどろしい影を黒い染みとして浮かべると、彼はそれを蠢く肉の塊に撃ちこんだ。そうして、彼はただでさえ醜い魔物の体躯に、さらに陰鬱な印象を醸しだす、気味の悪い箇所を出現させた。例え魔物の肉体が、一枚の剥片がもたらす不運の兆しに打ち克っても、ハルトの指の合間には、すぐにも新たな剥片が現れて、常に醜悪な様相からの脱却を許さなかったのである。 翡翠を思わせる鮮やかな鱗に覆われたペインヴァイパーをはべらせ、自らは紅蓮の魔炎に巻かれたナイアスは、紋章術によって召喚した銀の獣に水道橋を走らせ、魔物の動きを抑圧した。 六名の冒険者たちが、地上からは見あげなければならない狭隘な水路での戦いを繰り広げていた時分、巨大な窓を思わせる影がいくつも並べられた土の上では、同じく六名の冒険者たちがもう一体の魔物との対峙に臨んでいた。 「此度も……厄介な敵じゃのぅ……」 そう呟いたのも束の間、半白の美しいブロンドを白亜のリボンで結わえ、瞳には爛々と耀う勝ち気さを湛える少女は、大きく深呼吸をして周囲の仲間たちに笑顔を振りまくと、こう続けたのだった。 「でも……きっと大丈夫。皆と一緒だしな。うん、行こうっ!」 鮮紅花炮・フィリス(a31192)の駆ける背には、陽光に目映く縁取られた翼が揺れている。その愛らしい揺らめきに瞳を細めると、深紅の闇を抱きし誘惑の華・アキト(a31644)は折り曲げた指を唇に近づけ、そこに嵌められていた瑪瑙の指輪にくちづけをした。見るのも耐え難い魔物だが、邪竜の力を魔炎として発現させた帳をまとう彼には待ち人があるのである。だから、無事に帰らねばならなかった。『彼』のためにも……。 地上に配置された冒険者たちは、巨大な影の窓が投げかけられた空間に広く散開し、土にまみれながら橋脚の合間を這いずる魔物を、まずは水道橋の側から遠ざける策の実行に取りかかった。仲間たちの位置と、何より痙攣の後に身体を膨張させる魔物の動きに目を光らせながら、それらを俯瞰する位置を取っていたのは蒼輝の珠玉・クウォーツ(a00767)だった。 必要とあれば警告を発し、好機と見れば水道橋と魔物の合間に楔を打ちこむ合図を送る。その楔とは、亜麻色の髪をした少年だった――。 魔導書を胸に抱く少年の号令に合わせ、彼の傍らから飛びだすと、決別を呼ぶ吠響・ファウ(a05055)は窓辺から窓辺への、いくつかの跳躍を繰り返し、橋脚の袂へと駆けこんだ。彼の視界に、黒ずんだ肉の身体から膨れあがった、小さな刃のような器官による拡大された姿が宿り、次いで、残酷な痛みが走った。しかし、それでも、ファウは口元に笑みを湛え、片方の瞳をまばたかせてみせる。収縮して元の姿と戻った魔物のあちら側に、仲間の姿を認めたからだった。 両肩とそれらを繋ぐ鎖骨――それは、肌理の細かな皮膚によって覆われている――と、そして、胸元を広く露わとした衣装をまとい、榛のような瞳には玲瓏な光を湛え、形の良い唇からは赤い舌先をわずかにのぞかせている。 「化けても……あんたみたいなのにはなりたくないもんだわ」 と、そう囁くなり、弦奏狂葬・リース(a32023)は黒金によって編まれた鋼糸、『ディエス=イレ』で空間を薙いだ。風の鳴る音に続き、あたりに散ったのは、目も眩まんばかりの閃光で、その輝きは火に魅入られる虫さながらに心を失った魔物の体躯すらも引き寄せたのだった。 それを待ち構えていたのは、琥珀の瞳に勇気の光を溌剌とさせ、小さな頭は濡れ羽色の髪で縁取り、少年らしい痩せた身体で驚くほど大きな刀剣を振りあげる狂戦士だった。滅壊・ファル(a26026)――それが、彼の名だった――は、乾坤一擲の覚悟で凝縮させた闘気に震える『羅刹』なる名の剣で空を切り裂き、魔物の肉体にはただならぬ亀裂と、その階から膨れあがる気の爆発をもたらした。 先端に精緻な細工の椿が花咲く杖で虚空を払い、アキトはその華奢な造作の身体から、淡い光の泡沫を含む輝きの波をあたりにたゆたわせた。その裾野を追うようにして駆け、リースの傍らを飛ぶようにして過ぎ去り、光を牽いた爪先で、蹴りとも斬撃ともつかぬ体術を魔物へと叩きこんだのは、他ならぬフィリスだった。 敵と水道橋の間に、必要なだけの空間が開いたと見るや、クウォーツは片手で空を薙ぐ仕草でファウに伝えた。楔としての役目から解かれ、こちら側に合流し、次は肉塊を切り裂く刃となってもらうためである。膨張と凝縮とを繰り返しては、仲間と自身の身体に痛みをもたらす魔物を哀れみながら、クウォーツは澱みのない清澄な歌声を響かせた。 戦いは単純な作業の繰り返しとなっていたが、それだけに、冒険者たちは痛みと癒しの順序正しい到来に悩まされ、いつ果てるとも知れぬやりとりに辟易とさせられたのだった。理由はただ一つ、彼らが相手取る魔物の性質が一点に留まっての攻撃を好むから、といったものに限られている。 痙攣、膨張、そして、収縮――。 前衛として立ち、相手の関心を引きつける閃光を発しては、幾度もの衝撃を身に浴び続けたせいで、さしものリースの美貌にも、披露からくるいくらかの陰りが見られるようになっていた。 クウォーツは止めどない思考を続けながら、肉塊と変わり果てたかつての同業者を見つめ、疲弊してゆく仲間たちの身を慮っている。 (「ただ、側に寄ったものを傷つけ血に塗れ更に彷徨うのみ。その姿から生前の面影を読み取ることなどできはせぬが、せめて一日もはやく呪われた生からの開放を――」) ファウは羽の塊を頭上に浮かべ、その力も添えての重厚な、叩き潰すかのような斬撃を繰り返し、また、魔物が肉体から生やす器官による痛みにも耐え続けて、好機の到来を待っていた。 いつか必ずやって来るその瞬間を、目前をかすめるように過ぎ去る前に掴み取ることができたのなら、この戦い、味方に疲弊以上の惨禍をもたらすことなく決着させられるはず――。 ●墜落の叫び 思策に耽る者・スクウェア(a18410)にとって、この魔物との対峙は容易いものではなかった。だが、己というものを崩さぬ、心に剛の矜持を吹かせるドリアッドは、その穏やかにして凛とした美貌の面に、戸惑いや恐れといった情動をおくびにも出さないのだった。彼はこれまでもそうしてきたのだし、これからもそうしてゆくのだろう。魔物の身体から伸ばされた器官が、彼の皮膚に穴を穿ち、赤い裂け目を生じさせたが、ドリアッドの邪竜導士が案じたのは、わが身ではなく、命を繋げる役目を持つ建造物の方だった。得てして、このように大きな構造物には、想像もつかぬほどの力が働いているものである。その均衡と調和が崩されれば、自らの重みによって崩落してゆくことも考えられる。トモコが発した癒しの光に身体の痛みを払われながら、スクウェアが選択した行いは、『千禍』を紐解くことだった。魔導書の項が再び閉じられた瞬間とほぼ時を同じくした頃、魔物はといえば、飛来した魔炎の塊に襲いかかられていた。 守り適わず。避けるも至難。 ならば、答えは一つ、迎え撃つのみ――。 光の羽根が生えた『ヴァルとロード』を構え、心の裡での問答を終えたアラストールは、狭隘な石の道を駆け、膨張から収縮へと移ったばかりの魔物へ、一部の隙もない所作から繰りだされる斬撃を叩きこんだ。 (「……以前出会った丸もふさんも俊敏でしたねぇ……何だか、世界の常識を覆されたかのような気分です……そういえばガル――」) ナイアスの思考は、またしても中途で遮られてしまった。魔物も必死なのだろうか、だが、生きたいと望む意志が宿っているなどとは、この肉の塊のような身体からは微塵も思えない。空間を指先でなぞり、光の紋章を宙に描きあげながら、ナイアスは少し饒舌となった。 「その牙を喉元に……何処でしょう?……えぇい、とにかく喰らい付きなさい!」 「動き、蜘蛛の執念にて封じさせてもらう」 そう発したのはハルト。彼の指先から瞬いた糸の束は、紋章から駆けだした銀狼が魔物の身体を組み伏せるより、まばたきの差だけ到達が早かった。スクウェアは再び『千禍』を紐解いて、燃え盛る柱状の魔炎を現世へと呼びだし、渦巻く炎の表面から生えだした異形の顔に向け一瞥で伝えた。直後、魔物は身体を激しく揺さぶられ、引きちぎられたその一部を橋脚の袂へ落とした。 「おら、くたばれ、外道が!」 吐き捨てるように言い放つなり、エイシスは弓につがえた矢の角度を足元へと傾けた。隊列の後方から前進した彼は、トモコの傍らを過ぎ、前衛たちの合間を抜け、鏃を魔物へと突きつけているのである。放たれた矢はわずかな距離を飛び、青い輝きを魔物の体内から迸らせた。 溶解を始めながら道を外れ、地表と激突して飛び散った身体――その周囲が窓枠のような形の影によって囲われていることを認めつつ、アラストールは囁いた。 「禍事に想いはせるも疲れただろう。眠れ、そして願わくば善き夢を――」 「来ます……」 魔物の肉体が痙攣するに合わせて、アキトは喉の奥を振るわせ、憂いの響きを含むかに思われる声で仲間たちに痛みの到来を伝えた。フィリスは紫のダークネスクロークに庇われるようにして、片方の膝を土にまみれさせていたが、痛みを堪えるために噛みしめられ、蒼白となった唇から暖かな息を吐くと、魔物と相まみえる前に仲間たちに見せたものとまったく同じ笑みを浮かべ、敏捷な獣のような仕草で身を起こした。光によって構築された美しい乙女の姿を目前に浮かべながら、アキトはフィリスに微笑みかけ、こう伝えた。 「頑張りましょう……私達が倒れる訳にはいかないのですから……」 「うむ、倒れるわけにはゆかないからな……絶対に」 フィリスが肯き、小さな声で発した、その瞬間だった。『フィンスライサー』を頭上で旋回させながら、ファウが叫び声とも号令ともつかぬ声を響かせ、仲間たちに意味ではなく意志で伝えた。 ――勝負の帰趨を決する。 「我見しに、視よ。ってね? 蒼褪めたる猫さんが陰府へと送り届けて差し上げますよ……なんて、なぁっ!」 感覚を失いつつある指先から『ディエス=イレ』を枝垂れさせ、血の飛沫が残されたままの足からは鉛の重さを忘れて、リースは瞬秒の跳躍で魔物に迫った。彼女の身体が過ぎ去った空間には、幽玄の青い薔薇がちりばめられ、鋼糸が魔物の身体を引き裂く都度、それらは美しい舞い散った。 しなやかにしならせた右足で光の軌跡を宙に引き、フィリスは魔物の体躯に深い亀裂を走らせた。クウォーツの心の無に限りなく近づいていたのかもしれない。鮮やかな朱色や瑠璃といった光彩を発する不可思議な輝きを頭上に浮かべ、その胎内へと渦巻く紋章文字を注ぎこみながら、彼の精神は朝日のように澄んでいたのである。 仲間たちが見せた果敢な動きに呼応し、ファルは『暴君』を柄を腹に押しあて、刃や地と水平に保つような変形の構えから、疾風怒濤の突貫を行った。身を投げだし、わが身と刃を巨大な矢のように扱っての刺撃は、魔物の肉体に甚大な被害をもたらした。 「キミの望みはわからない、『ホント』はわかってあげられない……けど、だけど、もう……終わりにしようね」 そう囁くなり、ファウは弧状の武具で空間を薙いだ。虚空に蒼い輝きが迸り、肉体を引き裂かれた魔物が痙攣的に震える――だが、その動きは件の膨張の予兆となるものではなかった。 それは、無音ながらも、断末魔の叫びに近かった。

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参加者:12人
作成日:2006/07/27
得票数:戦闘17
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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