<リプレイ>
「なるほど……かなりいますね」 遠眼鏡を覗きながら、月眺める探求者・エミリオ(a48690)が呟いた。 拡大された視界の中に見えるのは、ごつごつとした岩肌と、その表面をせわしなく動き続けるアリ達の姿だ。 ただし、そのアリは個々の体長が3m級という怪獣アリである。昆虫とはいえ、並どころの騒ぎではない。 「うむ、問題の穴も見える、ぞ」 隣で、鋼の人形使い・パペット(a22662)も頷く。彼もまた、遠眼鏡で前方の岩山の様子を確かめていた。 「そろ〜りそろ〜り、蟻さんたちにできるだけ気付かれないように行くなぁ〜ん」 声を潜めて、華散里・コノハ(a17298)が言う。まだアリ達には気付かれる距離ではないが、なんとなくだ。 「わたしも見るなぁ〜ん……って、わっ!?」 パペットから遠眼鏡を借りて覗き込んだとたんに、倖せ空色・ハーシェル(a52972)は声を上げた。いきなり視界いっぱいにアリ怪獣の顔がアップになったからだ。 目を丸くしてのけぞるハーシェルの背中を軽く押えて支えると、 「……手筈の方はどうだ?」 ストライダーの武人・シュネー(a53094)が尋ねる。 「配置は済んだなぁ〜ん」 こたえたのは、黒衣の天使・ナナだった。真面目な表情で彼方を見詰める様は、一見して何かに集中していると知れる。実際、彼女は自らの生み出したクリスタルインセクトを操り、偵察状態のまま、山を回りこませていた。彼らが現在いる場所から大きく離れさせ、かつ、アリ怪獣に見つからないように移動させるのは、細心の注意が要る作業だ。 「でも……」 ふと、ナナの姿を見て、コノハが首を傾げる。 「なんか、どこかのお山にお婆さんを捨てに行く悲しいお話を思い出すなぁ〜ん」 ナナは、パペットが背負う背負子に乗っていた。一応、集中したまま移動するための手段なのだが、まあ、見た目はちょっとアレだ。 コノハの言葉を聞いてナナは苦笑しかけたが、集中は途切れない。 「大丈夫、ナナ殿を捨てるなど、絶対にしない、ぞ!!」 力強く言って胸を叩くパペット。当たり前の事だが、変に自身満々の台詞だ。 「……では、こちらも準備にかかろう」 「おう! そうだ、な!」 シュネーが生真面目に言って、話を戻す。 すぐに、パペットが皆に鎧聖降臨を施し始めた。音がしないようにと、脚や装備に布を巻く者もいる。 「形状は布状の衣服をイメージするんだ。そうすれば形状が服になるはずだ、ぞ!」 「ふむ、どうせなら、こう、紙の箱とかどうでしょう。中に入って移動すると、ぴったり人の後ろについても気付かれないで移動できるとか……そういうのをどこかで聞いた気がするのですが」 「それ本当なぁ〜ん?」 「本当だったら、ちょっと試してみたいなぁ〜ん」 「……やめておいた方がいいと思うぞ」 エミリオの言葉に興味を示すコノハとハーシェルだったが、シュネーが止めたようだ。止めなければ、もしかしたら人数分の箱が並んで目的の穴まで進む所だったかもしれない。それはそれで面白いが、さぞかし危機一髪な大冒険になっていたろう、たぶん。
……そんなこんなで用意は整い、ナナがインセクトへの集中を解いて雑音モードに移行させる。とたんに耳障りな音を上げて存在の主張を始める召喚生物。それに気付いたアリ怪獣達の注意は当然インセクトに向けられ、一斉に移動を開始した。 ──今だ! 好機を作り出した冒険者達もまた、前進を始める。
「おぉーい、アイーナさん無事ですかっなぁ〜ん??」 穴を覗き込んで声をかけるハーシェル。 太陽の光はかろうじて穴の底まで届いており、薄い陽光の輪の中には人影も見えた。 その人物は声に反応して上を見上げると、 「……なぁ〜ん?」 目をぱちくりさせる。 ちょこんと座って口にはクッキー、手にはお茶の入ったカップを持っているのは、間違いなく今回の依頼の救助目標、黒ノソ巡視隊の隊員であるアイーナその人に違いなかった。
「ええっと、あそこに閉じ篭るのが長期戦になるかもと思って、とりあえず手持ちの非常食の確認をしていたなぁ〜ん。でも、じっと見てたらいつのまにか食べちゃって、おやつの時間になってたなぁ〜ん。てへ」 冒険者達が投げ入れたロープを伝って登ってきたアイーナ嬢は、皆に頭を下げて礼を告げると、照れながらそう説明する。 「うんうん、わかるなぁ〜ん。お腹が減ると心細くなるから、おやつはとっても重要なぁ〜ん」 「でもって、そのクッキー、美味しそうなぁ〜ん」 「あ、よかったらあげるなぁ〜ん」 「わぁい、なぁ〜ん♪」 「……これは非常食にしては上質ですね。美味しいです」 「蜂蜜と薬草を混ぜ込んであるから、栄養もバッチリなぁ〜ん」 「できればレシピ、教えて欲しいなぁ〜ん」 「わたしも、なぁ〜ん」 「うん、こんなので良ければ、いくらでも教えるなぁ〜ん」 「わぁい、なぁ〜ん♪」 コノハ、ハーシェル、そしてエミリオがアイーナを囲んでそんな話を始めた。 「…………」 シュネーは、アイーナの落ち着きようと状況判断は確かに精鋭らしいと思ったが……なにか違うような気もしていたりする。ついでに、仲間も含めて、こんなにほのぼの度を上げてていいんだろーか、という疑問も感じ始めていた。まあ、当然かもしれない。 そして、ハーシェルが持参した笛を吹いた。救出成功を告げる合図だ。 ──まさに、その直後、 「アリ怪獣に見つかった、ぞ! 撤退だ!」 声と共にパペットとナナが走ってきた。インセクトでアリ怪獣を引き付けていたわけだが、それが次々に撃破され、ついに怪獣が冒険者達の存在を察知したのである。ナナの召喚したインセクトは20レベル分の冒険者に匹敵する強さを持っており、決して弱いというわけではなかったが、いかんせん数が違い過ぎるので勝負にはならない。もとよりそれも見越した上での陽動と時間稼ぎでもあり、今、その稼いだ時間も尽きた──そういう事だ。 「では早速とんずらと洒落込みましょう。アイーナさん、走れますか?」 「大丈夫なぁ〜ん。ずっと座ってたからシッポがちょっと痺れただけなぁ〜ん」 エミリオが尋ねると、アイーナが笑った。走れなさそうなら背負って……と考えていたエミリオだったが、どうやらその必用はなさそうだ。 「じゃあ、ええっと……確かあっちに行けば山を抜けるなぁ〜ん?」 「そっちじゃなくてこっちなぁ〜ん」 「……本当に方向オンチなぁ〜ん。どうして向かって来るアリさん達の方に行こうとするなぁ〜ん」 アイーナの手を引いて、コノハとハーシェルが走り出す。そうしないといまひとつ危なっかしい。また穴にでも落ちたら大変である。 「さて、では殿を勤めさせてもらうとするか。何の因縁かはわからんが、世の為人の為、人助けの為、パペット、男33歳押して参る、ぞ!」 「やるしかないか……仕方が無い、付き合おう」 パペットとシュネーが武器を抜き放ち、押し寄せてくるアリ怪獣に振り返る。パペットは鎧聖降臨により覆面レスラーのような姿、シュネーは動きやすい機能性重視の鎧姿になっている。どこか対照的な2人だ。 「今回はこれぐらいで勘弁しておいてあげます! ですが、これで勝ったと思ったら大間違いですからね! 次に会った時はこうはいきません! 覚えておきなさい!!」 大きな岩の上に仁王立ちとなり、怪獣に指を突きつけて言うと、エミリオもコノハ達の後を追った。 「……いけません。我ながらなんという……まるでいつもやられて逃げ帰る悪役の小物みたいな捨て台詞じゃないですか……もっとこう、ええと……」 真面目な顔で反省しつつ、彼はそんな事を呟いている。どこまで本気かよく分からない。 そして──アリ怪獣が来た。 「……!」 「おおおおっ!!」 無言の気迫と裂帛の気合が迸り、弾ける。 パペットのアクスが正面から来た怪獣の胸を切り裂き、シュネーの電刃衝が足を一本根元から斬り飛ばした。 重い音を上げてその場に崩れるアリ怪獣。 さらにとどめの一撃をくれた後、2人の冒険者が顔を上げ、次なる獲物を探して怪獣達に目を向ける──と、突進してきた一群の動きがふと止まった。 怪獣達の野生が、目の前の相手が難敵であると判断したのだ。 一定の距離を保ったまま、彼等は一斉に身を起こすと、尻の部分を前に突き出し、2人へと向けた。 ──来る! それは計算した動きと言うより、ほとんど勘による反射だったろう。 パペットとシュネーは、あらかじめ示し合わせたように、綺麗に左右に分かれ、跳んだ。 刹那の時を置いて、それまでに2人がいた地面に黄色い液が雨のように降り注ぎ、白煙を上げる。 鼻につく刺激臭と、溶け崩れる岩──強酸による攻撃だ。 「っ……! 直撃を受ければ持たないか……?」 目を細め、シュネーは構えた盾を見た。煙を上げ、表面が爛れている。腕や足に刺すようような痛みが走るのは、完全には避けきれなかった証拠だ。が、大した事はない。 「無事、か!?」 パペットの声に片手を上げて答えるシュネー。一方のパペットも、頭から煙が上がっている。よっぽど無事じゃなさそうだが、声は元気そのものだから心配はいらないだろう。 と──。 「大丈夫なぁ〜ん!?」 後方から、大きな声と共に、柔らかな気配が飛んできた。みるみる痛みが消え、ダメージが癒えていく。ヒーリングウェーブのアビリティ、声の主は……アイーナだ。 「私はもう大丈夫なぁ〜ん! だから早く撤退するなぁ〜ん! 迷子になったら大変なぁ〜んよ〜!」 「ちょっとアイーナさん、言ってる側から違う方に行ってるなぁ〜ん!」 「そっちじゃないなぁ〜ん、こっちなぁ〜ん!」 「……どうやったらそれだけ間違える事ができるのか……神秘ですねえ」 目の前に怪獣がいるので振り返りこそしなかったが、声から察するに、後方も大変そうだ。 やがてバタバタした足音と共に遠ざかって行くのを感じて……シュネーは小さく息を吐く。 「……いい娘のようだな……」 「貴殿も、そうではないの、か?」 「どうかな、私は……」 穏やかな声音で会話を交わす2人の周囲で、再びアリ怪獣達が酸を飛ばす構えを見せる。 「貴殿等の相手は某がしよう! 是非1体づつかかってくるがいい、ぞ!!」 腹からの大声で、パペットが正直な叫びを上げた。そちらに怪獣達が気を向けた一瞬、 「私は──」 尻尾をゆらりと揺らめかせたシュネーが地を蹴り、疾る。 「武人だ!」 彼女の放った電刃衝奥義が、アリ怪獣の腹に深々と突き立っていた──。
「さて、こっちにもお出ましのようですね」 一方の4名+アイーナの前にも、山を回りこんで来たらしいアリ怪獣が姿を現す。数は……5匹だ。 「3匹は抑えます。残り2匹はなんとかして下さい」 「了解なぁ〜ん!」 「わかったなぁ〜ん!」 エミリオが右へと駆け、固まっていた3匹を粘り蜘蛛糸でまとめて拘束。 先頭を切って飛び込んできたアリ怪獣には、 「そこっ、なぁ〜ん!」 電刃衝でコノハが斬り込み、ナナのニードルスピアで牽制しつつ動きを止める。そこに最後の一匹が近づいて来たのを見計らって、 「なぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜ん!!」 ハーシェルが紅蓮の咆哮で一気に麻痺させた。 「お見事なぁ〜ん♪」 笑顔でアイーナが手を叩く。 「さあ、今のうちです。回復しないうちにさっさと行っちゃいましょう」 エミリオが言い、コノハとアイーナはすぐにおー、と手を上げたが、 「……な゛ぁ〜〜〜んっ……」 ハーシェルは真っ赤な顔をして、一生懸命でっかい岩を押していた。 何してるなぁ〜ん、とコノハが尋ねると、 「ついでだから、これを転がして追い討ち、って……お、重い……な゛ぁ〜〜〜ん……」 相当力を入れているようだが、動く気配すらない。 「それもいいですけど、今は急ぎましょう」 「……わかったなぁ〜ん」 エミリオに言われて、素直に諦めた。結構疲れたのか、肩で息をしている。 「もうっ、なぁ〜ん」 最後に小石を拾って、腹いせに岩にぶつけてみた。 散々押してダメだったものが、そんなので普通動くはずはないのだが……。
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「やったなぁ〜ん! 転がったなぁ〜ん!」 「喜んでる場合じゃないですって! こっちに来てるじゃないですかーっ!」 「あんなのに潰されたらペシャンコなぁ〜ん! 逃げるなぁ〜ん!」 「えと、あの、一応命の抱擁は人数分あるなぁ〜ん」 「ふっ、不吉な事は言ったら駄目なぁ〜ん!」 ……えらい事になったが、とりあえず無事に逃げ切ったようである。岩から。もちろん、アリ怪獣からも。
「しかし、蟻に踏み潰されそうになる時が来るとは思いも寄らなかったな。これがワイルドファイアか……やはり驚くべき地だ」 背後を振り返り、呟くシュネー。さっきまでいた岩山は、もう随分と小さくなっている。怪獣も追いかけてくる様子はなかった。彼女とパペットも、当然適当な所で切り上げて撤退したのだ。 「なにはともあれ、みんな大した怪我もなくてなによりなぁ〜ん」 コノハが、言った。まさしくその通りだ。 「よし、後はアイーナ殿を黒ノソ巡視隊に送り届けるだけであるな!」 「え? ううん、1人でちゃんと帰れるなぁ〜ん。聖域の方向は確か……えと……えとえと…………なぁ〜ん?」 パペットに言われてあたりを見回すアイーナだったが、どう見ても頭の上にハテナマークが浮かんでいるご様子である。 「……また岩山に逆戻りするといけませんし、送り届けるまでが仕事のようですね、これは」 苦笑するエミリオ。 「そ、そんな事はないなぁ〜ん。たっ、確かあっちなぁ〜ん!」 「だから、そっちは今来た岩山の方なぁ〜ん」 アイーナが指差した方を見て、ハーシェルが指摘する。 まだ岩山は見えているのにどうして間違えられるのか……もはやこれは名人級と言っても良いほどの方向オンチっぷりだ。 「……なぁ〜ん……」 しょんぼりする彼女の肩に、ナナが軽く手を置いた。そういえばこの2人、髪の色と瞳の色が同じで、その上黒いノソ耳とノソ尻尾という所まで同じだ。ハーシェルも黒ノソだが、髪の色だけは違う。 ……こうしてみると、姉妹のようにも見える、な。 などと内心思っていたりするパペットである。
──かくて、皆でアイーナを聖域まで送り届た後、冒険者達は帰還の途につく事となった。 彼らがほとんど見えなくなるまで、アイーナはありがとうなぁ〜ん、と手を振っていたとの話である。
■ END ■

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参加者:5人
作成日:2006/08/23
得票数:冒険活劇4
ほのぼの14
コメディ1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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