【スイート・スイーツ】乙女の招待状(おじょうさまちーむ)



<オープニング>


 焼き菓子で有名な街の少女二人から先日のお礼に冒険者を試食会にお呼びしたい、という招待状を手に取った時、ヒトの霊査士・ラクリマはふと表情を曇らせた。
「……また、何でこの人選?」

 コンテストを開催するにはそれなりに資金が必要である。支援者ともなれば街の名士と言われるような人々が名を連ねる訳で。
 コンテストでも中心になっているとある名士の屋敷で開かれている、お上品なご婦人がたの集まるサロンに、最近やたら口の上手い男が現れるのだという。彼はある事をことある毎に吹聴していた。
『権威あるコンテストに子供を出場させるのは、新鮮さを加味するではなく、権威を落とすだけになりはしないか』、と。
「それを言ってるのが詐欺師じゃなきゃ放って置く話なんだがな」
「詐欺師?」
 それも、結婚詐欺を中心にする男だと聞いて、流石に冒険者も呆れた顔をした。確認されているのは二人。街の粉物を一手に扱う大商人の屋敷と、貴族階級も集まるとある地方貴族の屋敷。顔見知りでも、特に活動場所が重なる訳でもないのに、何故か話題が共通という辺り、胡散臭さは倍増だが。
「スポンサーを動かすのは無理でも、奥方から働き掛けるのは可能と踏んだんだろう。犯罪者使う辺り底が知れているが。……おだては上手い、顔もいい、若くて見栄えの良い男とくればまあ、ご婦人がたも多少心が動く。騙されてしこたま金注ぎ込んだ後に逃げられたらたまらんわな。今回は金ではなく印象操作のようだが」
 だた、何の見返りもなく狡猾な男達が動く訳はなく。……上流階級への伝手を求めてか、あるいは金が動いたか。不幸な女性が出る前に何とか排除せねばならないのは確かだろう。
「今回は有り難いんだか悪いんだか分からんが、詐欺師と件の店の輩と直に繋がってる可能性が高い。流石にそのまま乗り込むのは出来んだろうが、尻尾を掴むぐらいは可能かも知れん」
 まずは男を捕まえてくれと霊査士は言った。

「と、大事な事を忘れる所だった。お前ら宛に試食会への招待状が届いてるぞ。無事捕縛が済んだら顔見せに行ってやったらどうだ?」

●おじょうさまの招待状
 丁寧かつ慇懃な言葉で書かれた招待状に封をする彼女は、ふと笑みを零すとあの日の事を思い出していた。ひどく深刻に思い悩んでいた事が滑稽でもあり、それに誠実に応えた者達への信頼を思い返すものであり。
「お嬢様、茶会の席の事でご相談が……」
 軽いノックの後、老齢の家令が顔を出し、控えめに少女に問う。
「余り堅苦しくなく過ごせるよう配慮なさい。忙しい方達なのですから、服装の規定などもせずに」
 畏まりましたと家令が下がるのを横目に、少女もまたライティングデスクの前から立ち上がる。
 職人達もきっと彼らに会いたいだろうから、いっそのこと立食式にでもしようかなどと、ひどく浮き立った気持ちでパーティの準備を頭の中に巡らせながら。

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参加者
黒猫の花嫁・ユリーシャ(a26814)
大海原のお嬢様・ルーコ(a30140)
玉兎の舞刀士・シモン(a33838)
笑顔のヒーロー・リュウ(a36407)
氷壁の勇魚・キル(a39760)
春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)
蒼麗癒姫・トリスタン(a43008)
梅東風・ハルヒ(a49748)
風と共に去りぬ・ロット(a53050)
ヒトの紋章術士・マロー(a53148)


<リプレイ>


「この辺りでしょうか……」
「そうですね……」
 玉兎の舞刀士・シモン(a33838)、梅東風・ハルヒ(a49748)が屋敷周辺を調べていた。流石に上流階級の邸宅が並ぶだけあって、高い塀に囲まれた道も綺麗に整備されており、美しい景観だ。二人は路地の暗がりを覗き込みつつ住宅街を横切っていく。
「お、二人も誘導場所を探してたのかい?」
 路地裏でばったり出会った風と共に去りぬ・ロット(a53050)が、シモンとハルヒに声を掛ける。
「……誘導場所とは?」
 シモンが大きな目を瞬かせながら首を傾げて問う。
「あら、聞いていませんの?」
 仲間が囮作戦を仕掛けているのだ、と、ロットと共に、種族的に少々目立つ外見ゆえ用心して行動していた因果応報医術姫・トリスタン(a43008)が説明する。
「作戦が上手く行きましたら、わたくしが出るまでもありませんわね」
 どこか事態を楽しんでいるようなトリスタンの言葉に、二人は顔を合わせ。そうして四人は合流し、情報を交換すると、ひとまず目的の通うとされる貴族の屋敷近くに身を隠し、時を待つ事とした。

 大海原のお嬢様・ルーコ(a30140)と氷壁の勇魚・キル(a39760)は、カップルに扮装し貴族屋敷から繁華街までの道を捜索していた。街中で目立たないようにと、キルは流水のような髪をバンダナの中に纏め、鋭い目を黒眼鏡で隠して変装をする。
 人目の少なくなりそうな場所を探し、しばし街を歩く二人。
「ルーコもう我慢出来ないですわぁ」
「ず、随分積極的だな……あっちに行こうぜ?」
 ルーコの熱演に少々押され気味のキルは、そう言ってルーコを路地裏へと誘い。そうして人目の無くなった所で二人は熱愛カップルのふりを止め、真剣に周囲を確認する。適度に静かで、適度に人目の通らない場所。
「……ここならよさそうですの」
「だな。んじゃ、仲間を連れて来るか」

「お二人とも遅いですわね……」
 無垢なる茉莉花・ユリーシャ(a26814)は仲間が誘導場所を探すまで待機していた。待つしかない身は、それなりに歯がゆい。手持ち無沙汰な気分で待っていると、仲の良いカップルが目の前を通り過ぎる。
『ここから三本先。左に細道……』
 足元には仄かに光る矢。囁きのように、男の声が漏れ聞こえ。その声を持つ者は、長身を折り曲げて小柄な恋人の声を聞くようにして何かを語り掛け、こちらに背を向けて路地を曲がろうとする所だ。ユリーシャは一つ頷くと、作戦の為に自ら動き出した。


 一方。周囲を確認していた笑顔のヒーロー・リュウ(a36407)は路地裏や空家など、尋問に適した場所を探していた所をルーコとキルの偽装カップルと出くわす。
「あ、二人とも……」
 キルは人差し指を立てリュウの言葉をさえぎると、再びすれ違い様にメッセージを乗せた矢を飛ばし、作戦と誘導場所を告げて次の場所へと去っていく。
(「ユリーシャさんの作戦か……うん、とりあえずは調査内容もあるし、皆と合流しよう」)

「リュウさん」
 ハルヒはリュウの姿に気付いて声を掛ける。軽く頷き、全身黒色に包まれた少年は路地裏で待機していた仲間へと近付き。
「キルさんから矢文で聞いたけど、何か作戦があるんだって?」
「ええ、わたくし達は待機中ですの。エルフの男とやらもまだ姿を現しませんし」
「そうそう、で、作戦だけど。ユリーシャさんが囮になって……」
 リュウはトリスタンとロットから作戦概要を聞いて合流する事とした。
 話の途中、仲の良い恋人達が通り掛る。キルは周囲を確認すると仲間に合流し、トリスタン、ルーコは誘導場所へと急ぐ。
 未だ貴族の門扉は閉ざされ、エルフの男は姿を見せていない。

 冒険者が小腹を空かせる頃。貴族の屋敷の門が開き、豪華なノソリン車がのんびりと街を歩き出した。御者の身なりもきちんとしており、持ち主はかなりの富豪と見える。大方、サロンに招待された奥様方が乗っているのだろう。それらの姿が消える頃、門番に気さくに声を掛けると、一人のエルフが徒歩で出てきた。金髪を綺麗に整えた、洒落た格好の青年だ。
「セディ、かな」
 誰となし呟いた言葉に頷くと、追跡を開始した。

「なぁ〜ん……迷子なのなぁ〜ん」
 お目々をこすりこすり、小さな少女が男を通せんぼする。春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)はレース付の布を被って耳を詰め込み、服の中に尻尾を隠して町娘を装っているつもりだったが、何分ノソリンのお耳としっぽは立派な大きさであり、如何にも何か隠しました、と主張している格好になっている。……つまり、思い切り怪しい。幾ら女性専門の詐欺師とはいえ、これは避けて通るに違いなく。
「ミアのお母さん知らないなぁ〜ん?」
 騙した所で金にもなりそうもない子供……しっかり掴まれた下衣を気にしながら、男はとりあえず逃げる事にした。
「ああ、そこの親切な奥方。こちらのお嬢さんが迷子だと言うのですが、何分私のような男ではお嬢さんを慰める言葉も思いつかず。奥方のような心優しく母性的な女性が一緒ならばお嬢さんも安心でしょう! 是非……」
 蕩々と流れる言葉。通りがかりのご婦人は悪い気がしないのか、男の耳に心地良い言葉を聞いて、迷子の娘……ミアを預かった。
「なぁ〜ん! そっちのお兄さんがいいなぁ〜ん……」
「あらあら、小さいのにねぇ」
 ミアはエルフがいいと言うが、恰幅の良いご婦人にがっちりホールドされて動くに動けず、朗らかに去っていく男を見送るばかり。
「……あのぉ、済みません」
 尾行中の冒険者の一人が、ご婦人からミアを救出した。

 ヒトの紋章術士・マロー(a53148)は酒場で情報収集をしていた。薄暗く酒気と紫煙の立ちこめる酒場で、昼日中から酒を呑んでいるような者も少ないのか、余り人影は多くはなく。
「すみませ〜ん。セディさんって人、いつもどこにいますか?」
 朗らかに、すばりと核心の名を告げるマロー。余りにストレートな聞き方をした為に、後ろ暗い関係の方々は視線を逸らし、街の人は何の事か分からないと首を傾げるばかり。
「……何があったか知らないが、ここいらでその名を聞いても誰も答えないだろうぜ」
 目つきの鋭い男がぼそりと呟き。逆にどうしてそんな事を聞く、と問われ。
「僕? 僕は……あ、用事を思い出したので、ありがとうございました!」
 マローは機転を利かせ、とりなすように笑いながら酒場を去る。
「さて……確かにあの名前は、要注意、と」
 マローはそう呟きながら、仲間の元へ急いだ。


「あの、そこのお方。少々お聞きしたい事があるのですが……」
 ふわりとした青の巻き毛。大きなルビーのような瞳が見上げていた。愛らしく首を傾げる少女に、セディは素早く品定めをする。服装こそ何気ない旅装であるが、白い肌に映える大きなルビーのネックレスが目を引く。男は即座に愛想のよい笑みを浮かべ。
「私でよければ。そのお姿からすると、旅の途中でらっしゃる?」
「ええ、そうですの。まだこの街にきたばかりで……」
 不安そうにあちこちへ視線を投げるユリーシャ。迷ってしまって、と途方に暮れた声を出す。
「迷ってしまったのですか? それは不安でしょうね……」
「そうなんです……」
 内心掛かったなと思いつつも、ユリーシャは頼りなく項垂れる。
「では、私が案内致しましょうか?」
「宜しいのですか?」
 ぱっと顔を上げ、視線を合わせる。緑色の優しい瞳。端麗な姿と親切な言葉に、確かにこれは悪い気はしないだろうな、と思う。ましてや、暇を持て余すご婦人がたならば、尚更。
「ああいえ、もう用事は済みましたから今日は暇なのです。少しばかり、美しい方をエスコートさせていただく気分を味合わせていただけるのですから、むしろ私からお願いしたいくらいですよ」
「まあ、お上手ですのね」
 迷わないように。そう告げられて親身な様子の青年が差し出した手に、ユリーシャは手を添える。
 後は仲間の待つ場所へと案内するばかりだった。

 繁華街に入り、少しばかり込み入った道を歩いて……。辿り着いた場所は下町の横道。
「ご案内、感謝しますわ」
 ふわりと笑ってユリーシャは手を離し、仲間の元へと歩み寄る。そこにはルーコ、トリスタン、マローが待っていた。
「な、何……」
 事態が理解出来ず後ずさる男の背に、何かがぶつかる。慌てて振り向けば、後ろからは幾人もの冒険者の姿が。
「貴方にお話を聞きたいことがございましたの。宜しくて?」
 トリスタンは婉然と微笑むと、セディにうたうように語り掛けた。
 

 射竦めるようにして、冒険者達は路地裏で詐欺師の男を取り囲む。
「見逃して差し上げますから、黒幕を教えて下さらない?」
 ユリーシャの言葉に、疑わしい視線を向けて男は押し黙る。騙された直後の言葉だ、信用に足らぬと感じたのか。
「これがあなたの頭だと思うですの」
 すっと前に出たルーコが、黒き炎に包まれ、紋章の力を込めた一撃でスイカを粉砕する。すさまじい力と、視覚的効果を前に男はへたり込み、真っ青になって萎縮してしまう。
「素直に言えば宜しいのよ?」
 トリスタンが誘惑の歌の力を込め囁くと、
「た、助けてくれ、私は暴力沙汰は苦手なんだ……!」
 ひっしとその足に縋り付く。振り払いたい気持ちを抑えて、トリスタンは優しく男に告げた。
「なら、わたくしの仲間の質問に素直に答えなさい」

「正直に答えろよ、いいな?」
 キルが黒幕の招待、狙い、今後の行動などを聞き出す。
「ヴェ、ヴェッケル菓子店の料理長、ガンドルだ……奴はあのコンテストに固執している。だから、小娘が出て権威を落としたくないんだと。その為にご婦人がたから働きかけるよう、私と、仲間が動いていた。今後……は、よく分からない。ただ、名誉あるコンテストが汚されるくらいなら……と、思い詰めた様子が、気がかりだ」
 一気に話すと、男はしきりに助命を願う。冒険者と分かった今、彼にとっては己の悪名からの断罪が恐ろしくて仕方ないのだろう。
「ともかく、貴方の身柄は然るべき場所に預かっていただきます」
 シモンはそう言うと、きりりと顔を引き締めて男を引き立て。
 目の前を通り過ぎる男を見て、それまで黙って見守っていたリュウが口を開く。
「女を泣かす真似を続けるなら、次に俺と逢った時は命が無いと思うんだな」
 その言葉に、男はがくがくと頭を振る。いつもの陽気さを潜めた彼の声に、本気を感じたからだ。


「ようこそいらっしゃいました。さ、お嬢様がお待ちしております」
 そう言って老齢の家令が案内する。厨房の裏口の横に設けられた階段を上がり、二階へと。ここに来る間、ルーコは失敗しないようにとマナー本を読み返していた。リュウは失礼がないようにと風呂に入りに行ったようで、遅れてくるらしい。
「お久しぶりですわ。アンジェリーナ様」
 ユリーシャの挨拶に、
「この度は、私達の為にこのような心尽くし、感謝致します」
 ハルヒが言葉を添え。
「そんなに畏まらなくても宜しいのよ? 友人の家に来たと思って、今日は寛いでいらして」
 アンジェリーナは微笑み、テーブルへと冒険者を誘った。

 質実剛健。吝嗇ではないが、華美でもない。例えば敷物も、家具や食器にしてもとても良質なのだが、装飾は控えめにしてある……それがこの家の気質のようだった。お陰で変に浮き立つ事もなく、冒険者は腰を落ち着ける。
「あ……このお菓子、美味しそうなのです。何という名前なのでしょう? こちらはなんでしょう……美味しいです!」
 アンジェリーナのお菓子が一番好きだと笑顔で言うシモンに、思わずといった風にアンジェリーナは顔を綻ばせ。
「……美味しい」
 思わず零れる言葉と笑顔。ハルヒの素直な賞賛はとても心に響く。
「これがお嬢様の新作かぁ、うん、美味い!」
「!!! お、おいしい〜♪♪ あ、でも紅茶と合わせるならもう少し甘い方が……」
 ロット、マローは大いに褒め、大いに食べた。その食欲旺盛な様子は微笑ましい。

「とても美味しいのですけれど、例えばこれが……」
 ユリーシャはさりげなく。
「プロの菓子職人にお世辞は失礼だと思いますの。ルーコが気になるのは……」
 ルーコは敬意を込め。
「菓子は美味いけど、そうだな、この色ならこういう風に……」
 キルは趣味を活かして飾り付けに指摘をし。
「お菓子とお茶はワンセットで頂く物ですもの。味や香りを打ち消さないように、互いを盛り立てるように。無論、アンジェリーナなら出来る筈ですわよ。」
 トリスタンは更なる研鑽にと。
 それらの指摘はアンジェリーナに素晴らしいアドバイスとなるだろう。

「ごめんなさい、遅れちゃったね。こんにちはアンジェリーナさん!今日はお誘いありがとう♪ 職人の皆も元気かな?」
 リュウがのんびりと顔を出す。
「ええ、元気ですわ。伝えますのでとりあえずお座りになっては?」
 会話を止めて皆が席を詰めると、椅子を増やしてリュウの席を作る。間もなく暖かなお茶が運ばれて来た。
「アンジェリーナ、このお茶とっても美味しいのなぁん。爽やかな味がするの……なぁ〜ん」
 にこにことミアが茶を褒めた。
「気に入りまして? 店でも特注している茶葉ですの。お代わりを用意致しましょう」
 さりげなくアンジェリーナが席を立つ。……そうして、のんびりと試食会は終わり。

「今度は皆様に誇れるような菓子を作りますわ。また、お会いしましょう」
 冒険者はアンジェリーナと職人達に見送られ、街を後にする。
 街は変わらずに、甘く香ばしい匂いをただよわせていた。


マスター:砂伯茶由 紹介ページ
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参加者:10人
作成日:2006/08/18
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冒険結果:成功!
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