五月蝿い子供



<オープニング>


 表があれば裏がある。
 一見平和に見える都市だって、表通りからちょっと外れれば何が起こっても不思議ではない。
 路地裏、背を丸めてモグラのように日の光から身を隠した男達がヒソヒソと密談を交わしていた。
「盗んだ…………は、………の……に」
「……………。報酬は、一本松の…………」
 その時、路地裏の石畳に響く靴音。男達は瞬時に口を結び、息を殺す。靴音は早く、同時に複数聴こえた。
「次は鬼ごっこやろうぜ〜」
「キャハハハハ!」
 近づいてくる楽しそうな子供達の笑い声。男達のうち、頬に一筋の汗を垂らしていた一人の男がチッと舌打ちを鳴らす。
 男は苛立たしげに着ていた革ジャケットのポケットへ手を突っ込む。ギラギラとした瞳に灯るのは、憤怒の炎。そんな男の様子に他の男達も周囲を見回すと、示し合わすように小さく頷いた。
 革ジャケットの男の手が、再び衆目に晒される。その手には、鈍色に光るナイフが握られていた。

「ここからしばらく行ったところにある街で、子供5名が何者かの手により殺害されました」
 冒険者の酒場、ツキユーは頭をボリボリ掻きながら説明する。夏場に黒い髪は暑くて敵わないのだろう。
「死因はどれも同じ、鋭いナイフのようなもので頚動脈や心臓……急所をズバッとやられています」
 ツキユーは酒場の裏で発見されたという子供たちの遺品を霊査した。浮かんできた光景は前述した怪しい男達の会話と、情け容赦のない殺害風景。子供たちが声を上げる間に喉をかっ切り、手足の健を切断して身動きをとれなくしてら殺害するといった残忍な手口。
「人間はよくもまあ、ここまで残酷になれるものですね……いや、人間だからこそ、でしょうか」
 皮肉気に溜息をつくツキユー。獣達は獲物をじわじわといたぶってから殺すような真似はしない。常に獲物を一撃で仕留めるべく、攻撃しているはずだ。
「そんな訳で、子供たちの命を奪った犯人達を見つけ出し、成敗しちゃってください」
 ツキユーはそれだけ言うと事件のあった街までの地図を渡し、冒険者達を依頼へと送り出すのだった。

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参加者
月無き夜の白光・スルク(a11408)
我が邪炎に滅せぬは唯一つ・イールード(a25380)
ディッツィローズ・ヒギンズ(a33003)
金牙百光・ユン(a35696)
夕瞑の漣・ギンバイカ(a40037)
颶風の黒・アゼル(a43718)
瑠璃色の魂抱く大地の守護者・ペルレ(a48825)
灰狼・サイード(a50320)
血塗れの灰被り姫・エルティエット(a51996)
硝華・シャナ(a52080)


<リプレイ>

●依頼
「凄惨な、事件じゃの」
 5人の子供が殺害された現場、商店街の裏路地に立った月無き夜の白光・スルク(a11408)はそう呟いた。
「何のために、わざわざ……後味の良い物じゃぁ、決して無いだろうに」
 清掃し忘れたのだろう、脇の壁、自らの目線ほどの高さにこびりついたままの血痕を見つけて頭を振る颶風の黒・アゼル(a43718)。
 本当は彼にだって、犯人たちが何故子供を殺したのかなど、わかっている。子供達は見てはならない裏の世界のやり取りを垣間見てしまったからだ。
「子供を殺害するなど、許せませんわ……」
 だからといって子供を殺して良い訳がない。天上を彩る白亜・シャナ(a52080)の瞳に強い輝きが宿る。
「グリモアに誓えば、冒険者になり、グリモアが奪われれば冒険者がモンスターになる。誰でも化け物になれる、ということかのお……さて、情報収集と参るかの」
 嘯きながら辺りを見回すスルク。獣達の歌で情報収集できそうな動物を探すが、裏路地に生き物の気配は無かった。いるのは冒険者と、酒場の裏に置かれた生ゴミに群がる蟲ばかりである。
「酒場でお話を聞いてみませんこと?」
「……そうだな。色々と当たってみる事にしよう」
 シャナの提案にアゼルは口元を手で覆い隠し、こくりと頷く。今回の依頼、冒険者達は皆その正体を隠すために町人や旅人に似た服装に扮している。
 三人は表に回り、酒場のドアを開く。途端、焼けたパンの匂いが3人の鼻を襲い、ドアに取り付けられたベルが鳴る。
「へいらっしゃい。3名様かい」
 怪しまれぬようスルクが軽食を注文し、シャナが適当な客に声をかけた。
「すいません、この辺りで複数で行動なされていた男の方を見ませんでしたか?」
「……はぁ?」
 シャナの質問は不明瞭すぎた。聞かれた髭面の男も、素っ頓狂な声を出すしかない。いくらなんでもこんな質問では有力な情報を手に入れる事は出来ないだろう。例えば草ノケットに興じる男達がいたとか、そんな情報を得ても意味がない。
 不味いな、と心の内で冷や汗を掻くアゼル。この調子では逆に盗賊達に警戒されてしまう可能性もある。ならば……と別の男にこう切り出した。
「この辺で汚い仕事を請け負ってる輩を知らないか」
 アゼルが話しかけた相手は真昼間から酒を煽る、色白で糸目の男。男から、かつて流れの傭兵だった自分と似たような雰囲気を感じたのだ。
 犯人を探っているのではなく、頼って来たのだと思わせる作戦。霊査の光景で見た報酬云々という会話から、彼らもまた冒険者と同じように依頼を請け負って任務を遂行したのだろうという予測から出たこの行動は成功した。
「……なるほど、随分ヘンな事を聞くと思ったら、あいつらに用だったんだね」
 糸目の男は委細が行ったとニッと口の端を吊り上げる。と、同時に空の手を差し出してきた。
 これは握手ではない、情報の対価を払えと言う意思表示だ。アゼルは無言で金貨を握らせる。
「安心しな、詮索はしないよ……あいつらはこの通りを曲がった先の工房で大工屋を営んでる。表向きは、ね」

●アジト監視
 シャナから連絡を受け、もう一つの聞き込み班もアジトの周囲へとやってきた。
「サイードさん達はもう一本松へ行ってしまったようですね……正直情報収集にかなり手間が掛かりましたから、仕方ありません」
 連絡役だった我が邪炎に滅せぬは唯一つ・イールード(a25380)が悔恨の言葉を漏らす。それでも今アジトの周りにいるのはスルク、イールード、律剣女帝・ヒギンズ(a33003)、シャナ、アゼル、真珠の字を持つ森からの旅人・ペルレ(a48825)の6人。うまく出口を塞ぐなりすれば制圧も可能だろうが、万一のミスは避けたい。
「一本松の面々が戻ってくるまで、様子を見るのもひとつの手じゃな」
 スルクの提案に異を唱える者はいない。工房を視界に入れつつ、冒険者達は井戸端会議をするように手に入れた情報を交換しあった。
「目撃者は、動物を含めていなかったですぅ〜」
 そう報告するペルレの質問内容は、『最近、複数人で行動している怪しい男達を見なかったか?』というシャナの質問と似たり寄ったりなモノだったので、本当は目撃者もいたのかもしれない。
 だが、逆に考えれば目撃者が本当に人っ子ひとり居ない状況だったのかも知れない。ここは最悪の状況を想定して然るべきだ。
「あと、盗難事件だけど……ここ最近あったみたいだわ」
 ヒギンズが些か声を潜めて言う。
「被害は小額だけど、よくよく聞いてみたらこの商店街にある店はほとんどやられてた。1店1店の被害は小額だから、誰も訴え出るような事はしなかったみたい」
 店長らは良くある万引き、または売り上げの計算違いと思ってしまっていた。よくよく考えてみれば、大きい盗難事件があればその時点で冒険者達へ泥棒逮捕の依頼が行くだろう。そんな依頼がないという事は、犯人達は小額の窃盗を繰り返して大金を為したと考えるのが自然だ。
「塵も積もれば山となる、か。こすっからいやり口だな」
 忌々しげに眉を潜めるイールード。ふと、工房から一人の男が出て来るのが見えた。日焼けした屈強な胸板が浅黒く光っている。大工と言われればそうも見えるが、男の鋭い目は大工よりも裏の世界の人間だという印象を受けた。そして何よりも――
「素肌に、ジャケットですぅ〜」
 ペルレの言葉に頷く冒険者達。たしか霊査で見えた光景に、革ジャケットを着た男が現れはしやなかったか?
 そして暑い夏にわざわざ革ジャケットを着る男は、そうそう居ないのではないか?
「捕まえて話を聞くわよ。間違ってたら謝れば良いわ」
 ヒギンズの言葉に頷く一同。状況証拠は揃った。
 冒険者達は男が工房から充分離れるのを待って、その腕を取った。
「なっ――」
 男が抵抗する前に、スルクの粘り蜘蛛糸が体に巻きついていく。
「んだよ、こな、くそっ!」
 それでも男はジャケットからナイフを取り出して糸を切断しようとするが―――それは墓穴だった。
「随分と物騒なモノを持っているな」
 イールードの冷たい瞳。心を貫かれたかのように男の動きが止まる。
「た、ただの護身用でさあ、冒険者様がた」
 媚びるような口調。蜘蛛糸がアビリティで作られたモノと気付き、自然とスルク達が冒険者だという結論に至ったのだろう。
「貴方とそのお仲間は大工と偽って裏の仕事……商店街から商品を盗んでおりました。そして先日、窃盗が露見しかかったという理由で罪も無い子供を手にかけた……違って?」
 シャナによる荒縄で縛り付けながらの詰問。ジャケットの男はシラを切る。
「な、何を仰ってるんですかい、俺はれっきとした大工ですぜ」
 アゼルは茶番には付き合いきれないとばかりに男の手からナイフを奪うと、喉元に当てる。
「子供達をあんだけ、痛めつけたんだ……相応の報いは、覚悟、してたんだろ? まずは喉、だっけ」
 凄まれると男は自分の命が惜しいのだろう、すぐに白状した。
「わ、悪かった。五月蝿かったからつい殺しちまっただけなんだよ!」
「つい?」
 シャナの瞳に剣呑な輝きが宿るが、理性がそれをなんとか押し留める。この男は虫けら同然に子供を殺害した。いや、虫だって簡単に殺していいものなのか、そんな思いがぐるぐると頭の中を駆け回っていた。
 アゼルやスルクは犯人達の数、居場所を尋問する。男はつらつらと洗いざらいに話し出した。
「め、メンバーは俺を含めて5人。俺は留守番で、あとの4人は一本松の根元に埋められた報酬を掘りに行ってる……な、なぁ、ここまで話したんだからちょっとは配慮してくれよ。だいたい俺は殺すのに反対だったんだぜ、それを他のヤツラが無理矢理――おい、聴いてんのか?」
 男の嘘は霊査の光景から明らかだ。冒険者達は話に耳を貸さず、迅速に班の割り振りをやり直していた。
「私達2班が一本松班の救援に向かおう。1班はこいつの監視と工房の捜索を頼む」
「了解ですわ」
 イールードとシャナが頷き合い、思い思いの方向に散っていく。スルクが残念そうに男を縛る縄を持った。
「いっそ、モンスターなら倒せたじゃろうになあ……ほれ、行くぞ」

●一本松の木の下で
「良い天気、ですね……」
 言葉とは裏腹に、夕瞑の漣・ギンバイカ(a40037)の顔は暗い。
 子供達もきっと、快晴の下に走り回っていただけなのだろう。街の外、一本松までの道のりは明るく、障害物の無い原っぱが延々と続いていた。
 だからこそ、金牙百嵐・ユン(a35696)は遠眼鏡に頼るまでもなく、一本松のふもとに先客がいる事に気付く。
「工事中……ねぇ? 何の工事なんだか……」
 先客は4人の男達で、一様に緑のツナギを着てスコップを奮っていた。
 街の人々は彼らを大工だと知っているから警戒もしないし疑問に思わないが、ギンバイカら一本松班はそれを知らない。それ故に、彼らの行動が異様に映る。
 十中八九、犯人達だ。サイードは街に戻って救援を仰ぐかそのまま皆と共に犯人を捕縛するか、しばし逡巡する。
「……ここはひとつ、捕まえてから報告でいーか」
 結局、捕縛する事に決めたようだ。向こうは4人、こちらも4人。冒険者と一般人の実力差を鑑みても、同人数なら問題無く捕縛できるだろう。
「絶対に、捕まえて見せます。……許しませんから」
 ギンバイカの小さな掌が、怒りで強く握られる。ユンもぽつりぽつりと零しながら、その足を進めていく。
「人……殺すのは、好きじゃない。でも……いない方が、世の中の為な奴も、いると思うの……ね……」
「犯人をな、殺された子供らと同じ目に……ってのは正直考えなかったワケじゃねえ」
 サイードはユンの言葉を決して否定しない。それでも、と首を振った。
「ここは余罪を追及しておくべきだし、ひでぇ言い方するが、死んだ方がマシって状況もありえると、俺は思ってるんでな……」
「……………」
 血塗れの灰被り姫・エルティエット(a51996)は一人、黙して語ろうとしない。
 彼女は仲間達の決断を、温いと思っていた。犯人を捕まえたら自警団に引き渡すと仲間は言うが、結局犯人達を待つ運命は死刑だろう。
 それならばこの場ですぐに引導を渡してやる、一般人の代わりに汚い仕事を引き受けるべきが冒険者でないか。そう思う。
 同時に彼女は思うだけで、それを口に出さないだけの思慮はあった。長い物には巻かれろ、という訳ではないが、彼女の目的は依頼の成功であって失敗ではない。ここは多数の意見に従って円滑に依頼を成功させるべきだ。皆の意見とエルティエットの意見、どちらが正しいなんて明確な答えは無いのだから。
 そうこうしているうちに、冒険者達も一本松のふもとへ辿り着いた。
「あんたら危ないよ、工事中の看板が見えなかったのかい? ここに小屋を建てるんだから――」
 一人の男の声を無視して、ユンが一本松の裏に回る。裏にも上にも人影が無いのを確認すると、サイードが口を開いた。
「あ、そーなの? 街で一本松の場所を聞いた時、工事中だとは誰一人言ってなかったぜ?」
「――チッ!」
 痩身の男に女子供、組みやすしと見た男達は舌打ちしながら態度を豹変した。その舌打ちのタイミングは、霊査で見えた光景を再生したかのような、寸分違わぬタイミング。
「やっぱりお前らが犯人か!!」
 振り上げられたスコップを半身になってかわすサイード。横からギンバイカが緑の束縛で拘束する。
「大人しく捕まるなら、今は……殺さない。でも、抵抗する、なら……ここで殺す、よ……」
 この時点で、ギンバイカのアビリティを見た男達は自分らの判断が誤っていた事に気付いている。
 それでも愚かな男達は、抵抗をやめなかった。
 ユンの紅蓮の咆哮を食らい、無理矢理に無力化される男達。
「ひ、ひいっ。冒険者なんて!」
 紅蓮の咆哮から幸運にも――あるいは不運にも――逃れた一人が、身を翻して逃走を図る。
 その背に、無慈悲な黒い針が突き立った。血を吹きながら崩れ落ちる男。ニードルスピアを放ったエルティエットは下卑た笑顔を浮かべている。鮮やかな赤い血だまりを見、悦びに打ち震えているのだ。
「警告……した、のにね……」
 死体を横目にユンの溜息。本当に殺されると理解した男達の屈服は早かった。

●エンドロール
「下手を打ったか……!」
 捕縛した男達の供述を聞いて、アゼルは思わず顔を手で覆った。アゼルはこの依頼、どう転んでも後味は悪くなると予想していたが、こういう意味合いの後味の悪さは予想外だった。
 男達は受けた依頼を遂行する実行犯グループで、それとは別に犯行を依頼した頭脳労働を主とする別の盗賊団の存在が明るみに出たのだ。
 霊査で見えた10数人の男も、捕縛した4人と死亡した1人を除く残りは依頼した盗賊団の面々だった。
 別グループについての情報は実行犯達も全く無く、唯一の情報は頭目の顔だった。肌の色は白く、糸のような細い目……アゼルが酒場で話した男その人であった。アゼルは情報を得たのなら、同時にそんな情報を知っている不審な人物を拘束して置くべきだった。
 あの接触で糸目の男は身に降りかかる危険を察知したのだろう。足取りは杳として知れなかった。霊査結果に報酬といった単語が含まれていたのにも関わらず実行犯らの依頼人について深く考えていたのがペルレだけ、しかもそのペルレが現場に居なかった事が余計に悔やまれた。
 そうは言っても、実行犯達は捕まえたのだからとりあえず依頼は解決された。残った知能犯は自分で手を下そうとはしないだろう、街には仮初の平和が訪れたと言っていい。
 捕縛した男達はこれ以上情報の引き出しようがないと判断され、然るべき罰を受けた。
 その際エルティエットは仲間達へ強烈な皮肉を放とうと思ったが、これをやめた。少なくとも捕縛時、逃走を図った男を自分が殺さなければユンが殺していたと感じ取ったからだ。幼い少女であるギンバイカすら、然るべき場所がないのならと消極的ながらも男達に手を下す覚悟は決めていた。どうやら全ての冒険者が自らの手を穢す事を恐れている腰抜けではないらしい……それだけ呟くと顔に無機質な笑顔を浮かべたまま姿を消したのだった。

 帰り道、ヒギンズはなんとはなしにイールードへ訪ねる。
「ねえ、イールードくん。もし貴方に子供が居たとして、その子が殺されたら……どうする?」
「殺意のままに復讐者と化すかもな………だがな、そんな私を身近なお人好し達は止めてくれると信じているよ」
 イールードは真剣な顔を崩し、笑みを浮かべながら問い返す。
「ヒギンズさんは止めてくれないのかな?」
「野暮なこと聞く男は嫌いよ」


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参加者:10人
作成日:2006/08/19
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