願いの湖



<オープニング>


「皆さんは『願いの湖』をご存知ですか?」
 日差しの暖かい昼下がり。冒険者の酒場でいつもの席に陣取った霊査士のヴェインが香草茶を一口飲んでこう切り出した。
「ローランと言う小さな街の傍にある湖の事ですが、ちょっとした伝説がありましてね」
 楽しそうに微笑みながら彼が語った所によると。
 昔々、ローランの街にある少女が住んでいました。
 彼女には将来を誓い合った恋人がいたのですが、運命の残酷な悪戯か、彼が戦場に行く事になってしまったのです。
 少女は彼の帰りを待つ長い間、いつも逢瀬を楽しんでいた思い出の湖に『無事に戻ってくるように』と願いを込めて、火を灯した蝋燭を小さな紙の船に乗せて毎日浮かべる事にしました。
 そして、その数が千を超えたある日。恋人は無事に戻って来たのです。
 めでたし。めでたし。
「とまぁ、だいたいこんな物語です。で、今現在この湖はちょっとした観光地と言うか、デートスポットになっていまして。恋人達が訪れては伝説に倣った小船を浮かべて愛を誓うんですね。湖に小さな灯がたくさん浮かんで、それは美しい眺めだそうですよ」
 茫洋とした雰囲気のままそんな話をするものだから、てっきり茶飲み話かと思っていたのだが。
「その湖に現れる『モラル向上委員会』と称する若者達を捕えて貰えませんか」
 なんだって?と聞き返す者が数名。頭をかきながらヴェインが続ける。
「いやぁ、何でも最初はゴミをポイ捨てしたりするマナーの悪いカップルを注意する位だったんですが、最近それがエスカレートしてきまして。恋人達が浮かべた船に向かって『砲撃ーっ』とか叫びながら石を投げつけて沈めたり、文句を言ったカップルの男性をボコボコにして金品を巻き上げたりとか……セコイ悪の限りを尽くしているんですよ」
 ローランの町ではこの時期『春祭り』も開かれており、カップル客を当て込んだ露店もたくさん出る。大事な町の収入源なのだ。それを邪魔されては、たまったものではないだろう。
「迷惑なのでとっとと捕まえてやって下さい。仲睦まじいカップルを見れば難癖をつけて襲い掛かって来ますからそれを装ってもいいですし……ああ、何でしたら本当に恋人を誘って行かれてもいいと思いますよ」
 その言葉に何人かが顔を見合わせた。
「どうぞ宜しくお願いします。仕事が終わった後はごゆっくり、お祭りを楽しんで来て下さいね」
 にっこり微笑んでそう締め括ると、ヴェインは深々と頭を下げた。

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参加者
白鎧の騎士・ライノゥシルバ(a00037)
白陽の剣士・セラフィード(a00935)
氷輪の影・サンタナ(a03094)
萌え師八段・バタニー(a04778)
銀の竪琴・アイシャ(a04915)
恋する乙女・レイナ(a05201)
白楔・レイク(a05680)
熾炎の灰燼・ヴォイド(a05810)


<リプレイ>

●黄昏のニャーンと騎士様
 夕日が水面を紅く彩る頃。
 ローランの町に接した小さな湖畔には、甘い一時を楽しむ多くの恋人達が集う。だが新しく設置された銅像に注意を払う者は殆ど居なかった。タイトルは『ニャーンと騎士様』
 実はこれ、朱の重鬼士・ライノゥシルバ(a00037)が染料を全身に塗り偽装した姿だったりする。猫の像は徹夜で仕上げた彼の力作で、とても可愛いのだが『斧と盾を構えた重騎士が紐付き首輪で猫を連れている』その異様な像に寄ってくるのは子供ばかり。
「へんなのー」
「クギでなまえ書いちゃえー」
 子供達の仕打ちにもじっと耐える『ニャーンと騎士様』だったが……
 説明しよう!ニャーンと騎士様には『怒りゲージ』が標準装備されているのだ!取り扱いには十分気を付けてね!因みに限界突破まであと60%だ!
「……おい」
 銅像が口利いちゃいけません。
 そこから少し離れた場所には様々な露店が立ち並び、カップルや家族連れ等で特に賑わっている。その中には、熾炎の灰燼・ヴォイド(a05810)が出店した「生ジュース屋」もあった。
 店を手伝うのは紋の申子・レイク(a05680)だ。仕事で来られないヴェインに頼まれての代役だが、慣れた手付きで果物のジュースを作り、手際よく客を捌く彼はヴェインの50倍は役に立っていた。優美な立ち振る舞いに見惚れる女性客も多い。
「町の人に『モラル向上委員会』と称する彼らについて聞いて周ってみましたが……。気の良い青年達だったのに残念だと言うのが、大体の意見でしたね」
 客が途切れた隙に、レイクとヴォイドは今回の騒動元について意見を交わした。
「正義感がやがて悪意に、か……彼らと話し合う必要があるな」
 重々しく頷くヴォイド。今日は地味な服装ながらも、立派な体躯が相まって貫禄十分、この道20年な感じだ。
「兄ちゃん、ジュース10人前な」
「あ、はいは……」
 短い会話の合間にも客が来る。愛想よく返事をしかけ、レイクは固まった。
 集団で現れた青年達が着ている白いシャツには、大きく『モラル命』と書かれていたのだ。
(「わ、判り易い、判り易すぎる……」)
 ちょっぴり挫けそうになるレイク。それでもここで捕えては騒ぎが大きくなると判断し、言われた通りジュースを作った。やがて飲み終えた青年達は店の前を離れる。
「後を追います」
 エプロンを外してそう断ると、レイクは人混みへ消える集団を足早に追った。

 人混みの中には、恋人のシャルロットとデートを楽しむ白陽の剣士・セラフィード(a00935)も居た。今日の彼女は可愛らしいワンピースに身を包み、金の髪を綺麗に結っている。
「シャル、離れないでね」
「大丈夫。この手は絶対に離しませんよ」
 しっかりと手を繋ぎ、甘いムードを漂わせながら歩く美男美女。そこに奴らが喰い付かない訳がない。二人が混雑を避け横道に反れたのを見ると、暗い情熱を迸らせながら追いかけ、あっという間に取り囲んでしまった。
「シャル……この人達、怖い」
 怯えた様子で彼の背中に隠れるセラフィード。シャルロットは毅然と周囲を睨み付けた。長身の彼にちょっとビビリ気味の会員達だったが。
「畜生、可愛い彼女連れてるじゃねーかよー」
「ちょっと顔がイイからって、威張るなよー!」
 涙目で吠える彼らに少し気の抜けた瞬間だった。突然、横手から襲い掛かってきた男が棍棒でシャルロットを殴りつけた!
「きゃあ!シャル!!」
 彼女を庇って動かなかった青年の額から一筋の血が流れる。
 ぷっち――ん!!
 お知らせ致します。セラフィードさんの中で何かが切れました。
 ゆらり……立ち昇る陽炎。そして、彼女の隠し持っていた武器が凄まじい勢いで噴出される!
「だぁぁ!!」
 ドカン!!
 地面に突き刺さった杖に、飛び退く男達。勿論ワザと外したのだが、冒険者の攻撃など見たこともない彼らにとって、それは恐怖の一撃となった。
「調子ブッこいて好き勝手してるんじゃないわよ!これ以上シャルに酷い事をするなら……後が怖いわよ!」
 ギラリと輝く青い瞳とドスの利いた素晴らしい啖呵に、ガクガク震え出す男達。逃げ掛けた会員は、背後に忍び寄っていたレイクの手刀であっけなく伸び、残った者は眠りの歌で倒れていく。こうして、その場に居たメンバー全員が捕まり、説教担当のヴォイドに引き渡されたのだった。

●ニャーンと騎士様、怒る!
 日の落ちた湖に浮かぶ幾つもの小さな灯火は、恋人達の思いを乗せて輝いている。伝説に倣った愛の誓いに少々照れながらも、おかしな屋店長・バタニー(a04778)は恋する乙女・レイナ(a05201)と共に、小さな船を浮かべた。重なり合った手の隙間から、ゆっくりと灯りが離れていく。
「綺麗ですね……」
 うっとりと見詰めるレイナの頬がほんのり紅く染まって、とても初々しい。
「レイナ……僕は本当に君のことが……」
 そんな彼女の手を握り締め、真剣な様子でバタニーが言葉を紡ぐ。とっても良い雰囲気だったのに。
「ぬおぉ!環境破壊、許すまじ!」
「砲撃ー!砲撃ー!」
 何処からともなく現れた『モラル向上委員会』が、一斉に二人の船に向けて石を投げ始めた。中には『ニャーンと騎士様』に登っている輩もいる。
 ぶち。
 再びお知らせ致します。バタニーさんが取り乱されました。
「折角人が真面目に……邪魔しないで下さい!もっと不幸にしてあげますよ!」
「うぎゃぁぁ!」
 闇が凝縮され、放たれる黒き光り。周囲に展開されたアビスフィールドの効果で、砲撃を行っていた何人かが足を滑らせ湖に転落する。さらに。
「許っさーーん!で御座る!」
 ずごごごご――!!
 ニャーンと騎士様の怒りゲージが一気に限界突破!そう、恋人達に危機が訪れる時……どちらかと言うと今危険なのは加害者の方だったりするのだがそれは置いといて、騎士様は立ち上がるのだ!多分。
 振り落とされた青年が悲鳴を上げる。
「怖!てか、キモ!」
 ぶっちん。
 さらにお知らせ(以下略)
 どが――ん!!
 斧が大地に大穴を穿つ。目前に放たれた大地斬の威力に、不用意な発言をした青年は泡を吹いて気絶した。
 ふと、どこからか流れる優しい歌声に、抵抗を諦めない青年達が眠りに落ちてゆく。碧藍の瞬き・アイシャ(a04915)の眠りの歌だった。
「やれやれですじゃ。他の邪魔をしている暇があるなら、彼氏のいない女性にアタックする方が余程有意義に思うがのぅ」
 影で何人かを捕縛した氷輪に仇成す・サンタナ(a03094)も姿を現し、しみじみと言う。
 縄を打たれたメンバー達は、そのままライノゥシルバに連行されて行った。

 連行先で青年達に向かい、得々と言い聞かせるのはヴォイドとライノゥシルバ。
「で、人の恋路を邪魔してみてスッキリしたか?人の邪魔をしたところで自分には何も残りはせん。自分が変わらなければ何もかわらんのだからな」
「う……」
「いつから嫌がらせをする様に成ったのか?……女性に振られたから?……ははは、拙者も振られたばかりなので判らぬ事も無いが……」
「うう……」
 ヴォイドが露店の菓子等も振舞い、じっくり膝を交えて語り合う内に、青年達の表情は徐々に後悔の色へと変わっていった。
「皆様お若いのですもの、あんな事をしている時間が勿体無いですわ」
 同席していたアイシャの澄んだ歌声は、彼らの気持ちを優しく解きほぐす。そこに、ライノゥシルバの言葉が響いた。
「貴公等の当初の目的を思い出すで御座る……」
 青年達は3人の暖かな言葉に更正を誓い『モラル向上委員会』は此の時をもって解散された。

●願いの湖
 緑の髪を揺らして、少女が湖畔への道を急いでいた。そこに愛しい人がいると信じて。
 ……否、呼び合うように二人は出会うのだろう。彼女を導くのは確かな絆だった。
 翡翠色のマフラーを巻き、灯火の浮かぶ湖を眺めるその姿を見付けた時、アイシャの胸中は彼への愛しさで一杯になった。
「サンタナ様……!」
 後ろからそっと抱き付き、思いを言葉に込めて。
「どこに行かれてもきっとついて行きます。そうさせて下さい」
 震える指に、冷え切った彼の手が重ねられた。
「アイシャ殿……」
「どんな時でもアイシャはお側に居ます」
 振り向こうとすると、彼女は恥ずかしがって首を振る。その仕草も愛おしくて、サンタナは微笑んだ。
「お顔を見せて頂けますかな?アイシャ殿」
「……」
 彼女は動かない。彼はいつまでも待つ心算だった。夜は長いから、背中越しに伝わる体温が、暖かいから。
 何より彼女を、愛しているから……


 別の場所では、気を取り直して告白の続きが。
「ちょっと邪魔が入りましたが……。えぇと、私の言いたいことはですね……」
「ハ、ハイ……」
 向かい合って彼女の瞳を覗き込むバタニー。レイナは緊張のあまりぎくしゃくとした動きで頷く。
「だがら……その、僕はレイナの事が誰よりも、好きだ。僕だけのレイナでいて欲しい……ずっと」
「バタニーさん……!」
 驚きに潤む彼女の瞳が綺麗だった。
 どんな灯火もこの輝きには敵わないだろう、そう思った。
 溢れ出す想いは伝わっただろうか。
 柔らかな体をそっと抱き締めて、彼は返事を待っていた。


 二人で浮かべた小船を見送って、セラフィードは彼の額に手を伸ばした。
「シャル、ごめんね……痛かったでしょ?」
「掠り傷ですよ。それにセーラを守って付いた傷なら、私にとっては勲章に等しい」
 その手にそっと触れて、彼は優しく微笑む。
「だからもう、そんな顔をしないで……」
 青い瞳から零れる涙が何より辛い。シャルロットは強く、彼女を抱き締めた。
「シャル……」
 そっと唇を寄せて涙を拭うと、セラフィードの頬は艶やかな朱に染まる。
 そしてシャルロットは、やっと微笑が浮かんだ口元に、そっと口付けを落とした。
 見守る月が照れたように姿を隠しても、二つの影は誓いの灯火に祝福され、ずっと、離れずにいた……

 願わくは恋人達に幸多からん事を。


マスター:有馬悠 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2004/03/14
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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