<リプレイ>
●冷えた海 塩辛い水の中を滑るように泳ぎ、ごつごつとした岩肌から堅い貝殻に包まれた牡蠣を素早く切り出す。此れだと確信して水面まで浮き上がり、肺に酸素を送り込みながら握り締めた牡蠣を確認した。リセの片手から零れ落ちてしまいそうな程の大振りな貝。此れぞ夏の岩牡蠣である。 「……少しでも、私が御役に立てれば良いのですが」 手に入れた喜びと共に、胸に去来する小さな不安。琥珀の寵姫・ルクレチアが喜んでくれるように、ティアレスの負担を減らすことが出来るように願った。 短剣を手に潜ったノリスも岩に張り付いた藻を削りながら牡蠣を探すが、やはり簡単に見付かるものでは無い様子。特にアーバイン等は大漁に牡蠣を採ることで漁村に迷惑を掛けないよう、敢えて牡蠣の取れない場所に向かった為、全く牡蠣を見付けることが出来ないで居た。 両手には専用の手袋を嵌め、口に短剣を銜えてルージは海を泳ぐ。水泳自体を得意とはしないが、労働面ならば自信がある。出来る限り大振りで形の良い牡蠣を選り好み、余った分は深雪の優艶・フラジィル(a90222)に渡して、他の者たちと食べて貰う予定だ。 地元の漁師と世間話で盛り上がっていたガルスタも、準備を整え終えると海に入る。所詮素人であると己に言い聞かせ慢心を払うも、冒険者はまず基礎体力が一般人とは大きく違うものだ。基本に丁寧に作業を進めれば大きな失敗は犯すまいとも考える。ラジスラヴァは今回牡蠣を運ぶ面々に、牡蠣を食べさせてあげたいのだと漁師に願い出た。漁師は採った分は好きに食べれば良いじゃないか、と困惑した様子で返答する。そもそも運ぶ者は食べるな等と漁師が言ったわけでは無いのだ。 問題は、琥珀宮まで牡蠣を運ぶ面々には、斯様な暇が残されていないことのみなのである。 「よ、ジル。久し振りかな」 毎日暑くて大変だよね、とミナが溜息混じりで空を見上げる。今日が良い天気なのは良いことだろうけど、と呟く彼にフラジィルは明るい笑顔で頷いた。んじゃ牡蠣採って来るわ、と海に向かう彼の背に「重傷で海は厳しいでしょうから、無理は駄目ですようっ」と声を掛ける。ミナは案外と的確な手振りで牡蠣の採取を行い、海中に居る時間を最低限に留めた。 日傘を構えたノヴァーリスは、牡蠣を入れた容器を携え空に誓う。 「直ぐに、届けます!」 大罪人だろうが何だろうが、ルクレチア様の笑顔の為に。彼が先輩として尊敬しているティアレス――胃薬を拝借してしまった負い目もある――だって、きっと新鮮な牡蠣を喜んでくれる。そうと信じて彼は駆け出す。漁村で牡蠣を貰い受けるつもりだったナゴミは、まずは自力で採取せねば為らないことを知り、慌てて海へ飛び込んだ。
●新鮮な牡蠣 「牡蠣は、大好きなんだ」 アニエスは無意識に呟きを洩らすも、はっと我に返り、誤魔化すように視線を逸らした。丁寧に岩から剥がして来た牡蠣を抱えて、運搬役の居る浜まで戻る。彼の胸に沸くのは仄かな安堵だ。美味しくて質の良い牡蠣を届け終えることが出来れば、安堵は更に確かなものへ変わるだろう。 海女姿のフェイルローゼは皆が運んで来た牡蠣の中から、特に此れと思われるものを厳選する。 得意の水泳を生かして海の中を渡り、漁師に聞いた綺麗な海水が流れる牡蠣を採り易い場所から、ニューラは結構な量の牡蠣を手に入れて来た。牡蠣同士がぶつからないようロープで縛って牡蠣を固定し、海水に濡らした布で包み込む。序でにさり気無く酢と清酒も入れてしまう。更にさり気無く、シュハクは籠から予定よりも幾らか多めの牡蠣を取り出す。独りきりで食べる食事は楽しく無いだろうし、寵姫の性格を考えるに、多くて困ることは絶対に無い。 「ティアレスさんが毎日吐血してて大変そうでスし……」 ほろり、と同情も口にした。 持参した保冷容器に持参した溶け掛けの角氷を詰め、間に牡蠣を詰めると日傘片手に第一走者ラスキューが出発する。 「走るー走るー拙者ーたちー」 具体的に言うと危ぶまれる胃を案じつつ彼方に消える彼の背を見送り、セドリックは凱歌にて応援を歌った。頑張った牡蠣を採った面々にも、御疲れ様の愛を篭めて歌を贈る。あの方にもティアレスさんにも喜んで貰えれば良いな、と青い空に目を細めた。
「!!?」 第三走者フレッサーは、漁村方向から来る第二走者の姿に目を見開いた。 体操服とブルマ着用のレーンが、豊かな胸をぶるんぶるん震わせながら全力疾走して来ている。思わず赤面し仰け反った彼に構わず、彼女は襷の代わりに大きな箱を差し出した。多少動転しつつも彼は箱を受け取り、担当区間を走り出す。レーンは息を整えながら、「此れも寵姫の為ですわ……」と道の先に想いを馳せた。 まだちょっぴり赤い頬に意識して気付かない振りをしながらフレッサーは駆ける。御労しい、と離宮で胃痛に悩んで居そうな青年を案じて眉を寄せた。リレー参加者が多いこともあり、彼の体力が有り余るうちに担当区間が終わる。受け取った第四走者アルムは、可能な限り急いで走り出した。何と言っても、ティアレスの命が懸かっている――ような気がする――し、寵姫が牡蠣程度で我慢してくれるなら可愛いものだ。 第五走者のエルサイドも、全身から汗を流しながら必死で駆けた。汗に滑る眼鏡を何度押し上げたか判らない。しかし遣る時は遣ってやるとの意気込みで、倒れる寸前まで己を追い詰め走り続けた。
●琥珀宮へ 肩に掛けることが出来る運搬用の箱を見て、「此れは便利だな」とユーリィカが舌を巻く。 第六走者である彼女は夏の陽射しを浴びながら、流れる水を思わせる青い髪を風に流して道を駆けた。琥珀宮ではあの男が己の不幸を嘆きつつ、仕事に勤しんでいるのだろう。想像すると思わず小さな笑みが浮かんだ。 彼女から箱を受け取ったフィードも、形振り構わず全力で駆け出す。 寵姫とは全く面識も無いし、彼にとって此れは勤めでも何でも無い。けれど胃薬を手放せなくなったらしいティアレスの姿は、涙無しに見ることが出来ない。彼に少しでも安息を、と願いながら第七走者は曇った視界を走り続けた。 第八走者は、第九走者を見て固まった。 御互いに悪気は欠片も無い。唯、ルイは極普通にフワリンを呼び出して其の背に乗っただけである。全員が全力疾走して此処まで運んだ牡蠣を持って、寵姫に美味しいか尋ねたり一緒に食べたりしたいと彼女は出来もしない夢に想いを馳せた。 「……あの御方が御所望の品、だからねッ……」 暫く悩んでいたビャクヤは彼女の手から牡蠣を取り戻すと、もう一区間走る覚悟を決める。 悪気が全く無い彼女に今直ぐフワリンを降りて走れとは言えなかったのだ。第十走者のカナタは現れた第八走者の姿に酷く驚いたが、彼の憔悴っぷりを見て今は事情を問うべきでは無いと判断する。頑張りますから、とだけ言葉を残して彼の頑張りの為にもと全力で地を蹴った。
「君に教えてもろた、て言うから」 「ほんとっ?」 リーガルの言葉に美少年は顔を輝かせる。 寵姫の為に上物の柑橘類が欲しいと言う彼女に、美少年は頷きで応え「今直ぐ採って来てあげる! 待ってて!」と果樹園に向けて駆け出した。生牡蠣も焼き牡蠣でも、香り高い柑橘類を搾って食べると美味しいものだ。寵姫も好んでくれるだろう。 宮殿の入り口辺りの日陰に椅子を持ち出し涼んでいたティアレスは、遠くから駆け来る冒険者の姿に立ち上がる。相手が知人であるのに多少驚きながら、「御苦労」と短く声を掛けた。額に汗しながら第十二走者であるリウナは、思い切り走るのも結構気持ち良かったですよ、なんて微笑みながら箱を手渡す。 暫く後、宮殿に辿り着いたケンハはティアレスに牡蠣とキャベツを渡した。キャベツは胃に優しいんだぞ、とさり気無く労いつつ、「一応言っておくが、俺はまだ胃薬とか持って行って無いからな」と胸を張った。 「って、『まだ』って何だ」 半眼のティアレスに、えっちらおっちら此処まで来たらしいユイが声を掛ける。 多分牡蠣はもう駄目だろう。保冷にも気遣いが無いし、運搬にも時間を掛け過ぎだ。 「牡蠣、好きじゃないけど……沢山持って来たから、一緒に食べよう……」 「嫌いなら食うな。寧ろ食うな」 何の為の牡蠣運搬だ、とティアレスの表情が益々渋くなる。 「あの、ティアレスさん」 第十一走者であるティーナは遠慮がちに声を掛け、そっと包みを差し出した。中身は薬草や紅茶等、身体に優しいものばかり。問題は多少、琥珀宮で手に入れたものも中に含まれていると言うことくらいだ。微妙に憐れむような眼差しを向けられて、ティアレスは深く沈黙した。 「……まさか貴様ら、我を虐げに来たのか」 彼は精神的に追い詰められて居るようだったが、この牡蠣は多分、彼の胃を幾らか救うだろう。
●岩牡蠣の美味 「ティアレス様も災難ですわ……不幸体質ですのね」 岩肌の中から蕩けるような身を秘めた貝を探し出す作業は、何と無く買い物に似ているようで楽しかった。エルノアーレは価値あるものを探し出すことが好きなのかも知れない。実は負けず嫌いである彼女は、飽くこと無く延々と海に潜っては牡蠣を探した。 「やりましたー!」 ばしゃり、と海面が跳ねる。慣れない作業ながら挑戦し続けるうちにコツが掴めて来たような気がする。海女さんは凄いです、と尊敬の念を抱いたリューシャに、砂浜からフラジィルが声を掛ける。何やら炭火焼も始まったようで、潮風に混じってふんわりと美味しそうな香りがして来た。 「……不思議な形ね」 ラシェットは開かれた牡蠣に唇を近付ける。ぷっくりした灰白い身に良く判らないビラビラが付いていた。少しばかりの警戒を抱きながらも用意されていた檸檬を絞って、つるりと其の侭頂き、 「……!!」 思わず感動に打ち震える。 言葉が出て来ない。 柔らかな触感が口の中で踊る。貝の中に潜んでいた汁の程好い塩味が最高だ。 「す、素晴らしいわ……!」 仲良しっぽくヴィンが採って来た牡蠣を焼いていたフラジィルのところに、イワンが自分のも焼いてくれないかと声を掛けに来た。代わりに清酒があるから少し垂らして香り付けてやろう、と笑う。アルコールが飛ぶから問題は無いと言いながら清酒を垂らすと、独特の食欲をそそる香りが広がった。 熱い牡蠣を口に含む。 何とも言えない旨みを味わい表情を緩めて、イワンは清酒をちょいと口に運んだ。檸檬と醤油で味付けした牡蠣を汁ごと食べたヴァイスは、口の中で滑る牡蠣を噛んでしまうのも勿体無く、舌で味わうように転がした。此れが海のミルクかと食べることが出来ない面々を不憫に思いつつ、残った牡蠣をフラジィルに「どうぞおひとつ」と渡してやる。 二個ずつの牡蠣を美味しそうに食べながら、何事か楽しげに話をしていた彼女に、「此れなら土手鍋も作れそうだね」とヴィンが笑顔を向けた。フラジィルも「じゃあ早速準備しましょう」と立ち上がり、浜に残った少ない面々の為に香り高い味噌の鍋を作り始める。 寵姫が牡蠣の美味しさを語っても、牡蠣を食べたことの無い自分では話を合わせることが出来ないだろう。そう思ったルーネは運搬を買って出た面々に申し訳無く思いつつも、生牡蠣をひとつ食べてみた。つるりとした柔らかな触感に溢れ出る潮を思わせる不思議な味。興味を惹かれたか瞳を輝かせ、炭火焼すべく牡蠣を抱えて火に近付いた。 「……嗚呼、嗚呼」 炭火で焼いた最高の香りを楽しんだアレクサンドラは、牡蠣を食して感嘆を洩らす。 「美味さに目が眩みそうだ……!」 新鮮な牡蠣の美味さとは此れほどであったのかと、肩を感動で震わせた。 「まさに海のミルクという名が相応しい……ッ!」 牡蠣の味が舌の上から消えて行くのは酷く名残惜しく、胸が苦しい。其の時、土手鍋が出来ましたよー、と言う明るい声が聞こえて来た。アレクサンドラは素早く身を翻し鍋に向かう。そして日の暮れる頃になって、漸く、取れたての牡蠣を美味しく頂いた面々は、おなかを膨らませて帰路に着いた。

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参加者:37人
作成日:2006/08/24
得票数:ほのぼの41
コメディ18
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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