≪移動診療所『東風』≫高原の村の夏



<オープニング>


 夏の陽射しに呷られて、なおもその清冽さを際だたせ、美しく萌えて盛る緑の木の葉たち――。鏡の湖へと注ぐ流れは、冷たい清水がたてる白い泡沫をふりまきながら、なめらかに研がれた岩の合間を伝ってゆく――。
 愛を振りまく翼・ミャア・ベルウッドが、瞳を閉じ、両手を広げ、まるで星空を仰ぐかのような仕草で伝えた景色は、美しい緑の園の、限られた一瞬の煌めきであった。
 ノソリン車に揺られて行く、一泊の避暑旅行、夏の休暇――。
 額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、ミャアは友人たちに言った。
「きっと、楽しい旅行になるにゃふう……」

マスターからのコメントを見る

参加者
愛を振りまく翼・ミャア(a25700)
果て無く煌く紅き閃光・レイス(a32532)
小さな絵描き天使・ゼフィ(a35212)
神を斬り竜をも屠るメイドガイ・イズミ(a36220)
加護を齎す黄金色の聖女・リリーナ(a39659)
宵闇猫街道・セラフィータ(a45009)
光騎士・ルクス(a47651)
星霜の雪華・エト(a50912)
NPC:天水の清かなる伴侶・ヴィルジニー(a90186)



<リプレイ>

●あさま?
 艶やかな光沢を帯びた、硬質の黒い材木。それが、熟練の職人の手にかかれば、たちまちのうちに……とは語弊があるのだけれど、見事な造作の小舟ができあがる。オールはもっと明るい色味の木材から削りだされたもの、握りには皮のバンドが巻きつけてあり、少女の掌にも優しい。
「夕刻にヒグラシが鳴く……ここはカルザワイ、有名な避暑地。サスペンスな展開は……期待しなくてもいいわよね?」
 透明な水底をのぞきこみ、小さな粒の、様々な色味が集まる土砂と、水面に宿る自らの輪郭とを見遣りながら、刻まれし記述を叶える者・セラフィータ(a45009)は言った。彼女が足を伸ばして乗り込むカヌーには、横腹に白いラインが描かれてある。透明な水が湛えられた流れのゆるやかなその場所には、もう一隻の小舟が浮いていた。緑のラインが施されたカヌーだった。
「まさか……。楽しいひとときであれば、それで何よりですわ」
 水面に這わせていた指先を船の縁へとかけ、爪から滴るしずくが広げる小さな波紋を見つめていた少女は、身体を起こし、親友であり、セラと呼ぶ相手に微笑みかけた。それから善なる者に女神の祝福を・リリーナ(a39659)は、膝の上に預けておいたオールを取りあげ、それらをカヌーの左右へと降ろしながら、ふうと溜息をついて、セラに言った。
「花を育てたりするのは慣れているのですけれど、カヌーは初めてですわ。でも、折角の機会です。」
 藤色の瞳を細めて肯くと、セラフィータはせせらぎのたてる音色に耳を傾けた。カヌーを快く貸してくれたあの青年が云うには、この先には険しい流れが待っているはず。岩肌に飛沫が弾かれる音が聞こえてくるように思われた。
「いざというときの為のアビリティは用意しましたわ、防御用の護りの天使奥義に回復用の癒しの水滴、フワリンまであれば大丈夫かしら?」
 そう告げるとセラフィータは船を漕ぎだした。
 急な傾斜を過ぎ去れば、その先には美しい湖面の煌めきが瞬いているはず。涼しげな空気を胸一杯に吸いこんで、彼女たちは水面を滑るように進んでゆく。
 
●鏡の中心
 鮮やかな夏の緑に囲われたその湖は、流れ込む水の清澄なことこの上ないといった条件もあっては、陽の高さによって、また、見る者の位置によって、まさに鏡のごとき水面の絶佳を誇るところだった。
 清流が流れ込む入り江から、岩の剥片が並べられた自然の長椅子からは遠く離れて、湖水の中央に、一つの、小さな点が浮かんでいる。陸からは目映くて、確かな輪郭を確かめることは難しいが、小さな膨らみが立ちあがったようにも思われた。
(「空気も水も、綺麗なところですね〜。事件続きの世の中、のんびり過ごせるのは久しぶりです〜」)
 バランスをとってボートに立ちあがり、愛用の釣り竿から糸を垂れたのは、ピンポイントクラッシャー・レイス(a32532)だった。あたりを見渡しても、湖面の中央へと漕ぎ出でる人たちの姿は、一つも見当たらない。
「釣れないですね〜……場所でも悪いのでしょうか?」
 オールで静かに水面を掻いて、レイスは場所を葦が建具のように茂る浮島に近い位置へと移した。そこからは、きらきらと輝く銀の剥片を敷き詰めたかのような、美しい湿原の眺めが一望できた。そこには、人の手になる木の道が、泥濘の上に架けられており、靴を汚すことのない散策が可能とされている。
「まぁ、焦らず、騒がず、ですね〜」
 黄と赤の染料で塗られた浮きが、水面に波紋を広げる。朱色とも琥珀色ともつかぬ不思議な虹彩に光を集めて、レイスは湖水の魚の背を見つめた。黄金の背に、腹は瑠璃色をしているようだった。
 
●散歩する湿原
 木道を歩むと、楽しげな足音が追いかけてくる。踵が立てる音を聞いていると、足取りはさらに風のように軽やかとなるし、友人たちと追いかけっこすれば、笑い声も生まれるのだった。
「……ここも、久しぶりですね」
 深緑の生地で仕立てられた、清楚な印象の衣服をまとう少女……ではなく、少年は息を整えて、すぐ後を駆けてくる友人たちに云った。
「……あの頃は雪で覆われたこの地もすっかり夏色めいてますね。ここはしっかりと羽を伸ばさせていただくとしましょう。メイドといえど、常時木を張り詰めてばかりでは体が持ちませんもの」
 そう言葉を続けて、控えめな表情を浮かべることの多い顔に、開放的で溌剌とした笑みを浮かべたのは、メイドガイ量産するメイドガイ・イズミ(a36220)だった。
「レキ、待ってー。行ってしまいましたか。大丈夫ですイズミさん、別に追わなくても、お腹がすいたら帰ってくる子ですから安心です」
 右肩にへばりついた黒い毛並みの獣の仔は、とんと木道に降り立つなり、そのまま道の先へと駆けていってしまった。粉雪と落ちゆく桜餅・エト(a50912)は少し困ったような顔をしていたが、イズミにも話したとおり、それほど仔狼の身を案じる必要がないことをよく知っていた。一匹でどこかへと駆けていってしまうのは、いつものことなのだ。
 てくてく、と彼女が木の道を歩む度に、他の人が歩いたときとは異なってどこか愛嬌のある、ぽてぽて、といった音が鳴るのはどういうわけなのだろう。そんな愛を振りまく翼・ミャア(a25700)の足音は、彼女が連れて歩く白猫のネージュが油断をして足音を殺し損なった際の響きに、とても良く似ていた。
 木道の、風が吹き抜けて心地よい地点に集った三人と一匹は、そこでしばらく涼んだ後、丘を越えるべく、もう一匹の獣と合流すべく、再び歩きはじめた。
 その際には、エトの求めに応じて、ミャアがこれまでに自らが実際に体験した冒険譚を語った。
「あれが着ぐるみ冒険者としての第一歩だったなぁ……」
 彼女がそう語ったのは、『白猫の行方』なる冒険譚。時期は初夏、黒猫のリュックと白猫のジャンヌとの恋を取り持ったのだ。
「そういえば、猫といえばこんな話も……」
 頬に人差し指を触れさせて小首を傾げ、ミャアは『足の生えた雲と、ニャアと鳴く何かの問題』について、エトたちに話し聞かせた。こちらは春の終わり頃、トニオという名の若き芸術家に出会った。
「大樹を吹き飛ばしたら、シュールな光景が展開したんだよねぇ」
 幾分か誇らしげに、少女は『古木の悪戯』についての話をした。あれは夏の終わり頃、天水の清かなる伴侶・ヴィルジニーと参加した依頼だった。
 想い出に浸るミャアが、あやうく木道から逸れそうになったところを助けたのは、先の角にちょこんと座って主の到着を待つ、黒狼の仔だった。わおん、と幼い遠吠えで気づかせてくれたのだ。
 額を撫でられた瞳を細めるレキの愛らしい姿を見遣りながら、イズミはしゅんとした様子で述懐した。
「これまで……色々ありましたね。様々な人と出会い、そして別れ……今生の別れとなった人も幾人かいらっしゃいます。ですがそのおかげで、今の私が居るのです……。逝かれた方々の為にも、私は精一杯生き抜こうと思っています」
 
●彼と彼女のために
 灰褐色の石が積み重ねられた壁は、触れると少しひんやりとしていて心地がよかった。屋根には広く刳り貫かれた天窓があり、今は硝子の戸も開かれて、麻布のシェードがかけられている。陽射しが柔らかに優しくなるが、様々な鉄の道具が並べられた机の上にも、十分が光が届けられるよう、きちんと配慮がなされている。
「……だ、だいじょぶです……御気になさらず……」
 上着を脱いだらどうでしょう。それとも、娘の服を貸しましょうか?――小屋の主がかけてくれた言葉に、白い髪を頬に垂らす少女は、少し慌てた様子で返事をした。手元の作業に集中するあまり、少し返事が遅れてしまったように思えたからだった。
 空の風纏いし翼持つ守護天使・ゼフィ(a35212)は今、カルザワイでも名を知られているという木工職人のアトリエを尋ね、ある人物の姿を三頭身ほどに小さく変形させた人形作りに挑戦していた。額の汗をぬぐいつつ、少女は黙々と没頭する。
(「ここを……こう彫って……」)
 そんなゼフィの隣には、光騎士・ルクス(a47651)の姿がある。彼もまた、今日ばかりは手にする刃物を重厚な斧である『白銀の獅子』から、鋭利で小さな刃の生えた彫刻刀へと持ち替えて、ある人へと贈り物とするための細工作りに精をだしていた。
「作りすぎたかな……」
 テーブルに並べられたいくつもの霊符を眺めつつ、ルクスがそんなことを呟くと、隣ではゼフィからこんな発言が聞かれた。
「できました……」
 ルクスがゼフィの手元に視線をやると、すでに出来上がったはずの人形はどこかへと隠されてしまった後だった。室内の温度のせいか、それとも別の理由があるからなのか。頬を赤らめながらも、少女はわずかに唇を尖らせ、肩をほんの少しだけくねらせて、嬉しそうに微笑んでいた。
 
●単調ではない晩餐会
 その夜、いつにも増して、メイドガイであるところの少年の動きにはそつというものが見られなかった。一口大に切り揃えられた肉を、鉄製の長い菜箸を操っては、炭火に熱せられた網の上に並べてゆく――かと思えば、すぐにも鮮やかな手並みでそれらを裏返し、抜群の焼き加減で皆の皿に運ぶのだ。慌ただしく給仕を勤めながら、イズミはこんなことを考えていた。
(「やっぱりこうしていると落ち着きますね」)
 それはやはりメイドの性の為せる技なのだろう。
 自身が結んだおむすびを友人たちにも勧めつつ、エトは網の上に並べられた肉の部位、その厚み、形状や焼き加減といったところを、さりげなくも確かな目利きで確かめていた。自分で並べた肉を横からさらわれてしまっては、やっぱり残念ではないか。赤いままの肉をもらったレキは、そんな主のことを青い瞳で不思議そうに見つめている。
 肉は他の人に譲る。その代わりセラフィータは、レイスが湖から釣り上げてくれた鱒に舌鼓を打っていた。他にも、高原らしく新鮮な野菜がたっぷりと用意されている。そのまま食べても美味しいものを、簡単に炙って口に入れれば、夏野菜の香味が口いっぱいに広がって、この時期だけの愉しみが味わえるのだった。
「貧乏騎士は牛肉を狙うですにゃふー!」
 と、高らかに宣言はしたものの、肉のほとんどはイズミの手によって完璧に管理されていた。……ではあるのだが、その代わりに、ルクスの皿には次々と焼きあがったばかりの肉が並べられてゆく。その点、さすがにイズミはよくわかっていた。むむ、と隣人の皿をうらやんだエトの手元にも、薄く切りとられ、あっさりとした味の部位が、三枚も重ねて並べられた。
「秘密兵器の登場ー! 夫のところの新商品なんだけども」
 そう言ってミャアが持ち込んだのは、鉄製の釜が備え付けとなった、小さなテーブルだった。炭火が下部に放り込まれ、釜が熱せられると、なみなみと注がれていた油に泡が立ち、準備が完了となる。ミャアが云うにはその品、『揚げテーブル』と呼ぶらしい。
 はらわたを抜き、水で洗い、塩で締めたうえ、さらに、卵や小麦粉の衣をまぶしておく。さらには身を串で貫けば、それで準備万端整った。レイスは自身が吊り上げた鱒の身を、そっと油のなかに泳がせた。さっと揚がったところで、塩の山に触れさせ、一口で食べてしまう。熱さに我慢しながらの咀嚼を終え、涙目となった少年は、こう言った。
「これぞまさに新鮮!」
 テーブルを囲む友人たちの楽しげな様子に満足しつつ、ミャアは輪からそっと離れて、もう一匹の友人が待つノソリン車のそばへ歩いていった。火があるから危ないと遠ざけられていたネージュは、へそを曲げたご様子だったが、少女が綺麗な魚の切り身を鼻先に吊り下げてやると、「にゃふう!」と喜びの声をあげ、特別な晩餐に飛びかかった。
「可愛らしいですわ〜〜」
 後方からの声の主はリリーナだった。彼女はミャアと同じく、ノソリン車の荷台に残していた二匹の猫――犬みたいに芸達者なヒマワリと、真っ白な毛をした仔猫のサクラ――を抱きかかえ地面に降ろしてやると、彼女たちにも鱒の切り身を御馳走した。お腹がいっぱいになったら、後でヒマワリには芸を披露してもらうつもりだった。お手も、お座りも、それに、ジャンプも、きっと見事に成功させてくれることだろう。
 食事が一段落ついたところで、セラフィータは頭上から美しい光彩を発し、あたりを幻想的な輝きの淵に取り込むと、このような提案を行った。
「せせらぎにわたしがご用意した西瓜と、エトさんが持ってきてくださった梨が冷やしてあります。皆さんもそろそろデザートを召しあがりになりません?」
 
「……っ!!」
 声にならない悲鳴をあげたのはゼフィだった。ぼんやりとした気持ちで、月影のやどるせせらぎをのぞむ川辺に腰掛け、昼間に作った木彫りの人形を見つめているところを、西瓜にかじりつきながらやってきたルクスに見つかってしまったのだ。
「彼、かな? よく似ていますね。私は恋人のために霊符を作りましたが、この通り、少し多すぎたみたいです」
 そう言って微笑む重騎士に、エンジェルの少女は人形を膝の裏側に隠してしまいながら言った。
「えっと……ただ作りたかっただけだから……き、気にしないで……。そんな……あの……こ、恋人とか、そういうことって……」
 
 件のテーブルをはじめとして、『東風』の面々はきちんと後かたづけをした。かちゃかちゃと皿を重ねながら、レイスが言う。
「また来て見たいですね〜。カルザワイ」
 すべての荷をノソリン車の荷台に詰めこみ、それぞれの胸を大切な想い出でいっぱいにしたところで、移動診療所『東風』副団長であり、他にも『同盟の白い猫』、『黎明の武器庫』、『王の財宝』、『攻撃型医術士』等々と呼ばれる少女は、高らかに締めの挨拶を行った。
「ではでは〜帰りましょう〜。まだまだ暑い日が続くと思うけど、冒険者として暑さに負けずにがんばろー♪」
 夏の終わりはいつの間にかやってくる。


マスター:水原曜 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2006/09/01
得票数:ほのぼの9 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。