朝焼け



<オープニング>


(「人は美しい記憶を残し、嫌な記憶は忘れようとする……」)
 とすれば美しい顔は憶えられ易く、そうでない顔はそれなり、という理屈が成り立つ。逸脱の度が過ぎた容姿はまた別の意味で判別されやすく、従って平凡な見た目ほど憶え難い。
 そんな話を思い出しながら、エルフの紋章術士・カロリナは午後の霊査士・イストファーネを見た。腕輪を外した彼女と酒場以外で出会ったら、きっと誰だか分からないだろう。
 そのイストファーネは普段と比べればかなりのハイテンションで、先程から烏の雛・ミルコムと話し込んでいた。
「とにかく、言語に絶する素晴らしさでしたね」
「そ、そうですか」
「それじゃあ、そろそろ失礼します」
「あ、さよならです」
 イストファーネは酒場を去る。ミルコムはじっと見送った後、ばたばたとこちらに寄って来た。
「カロリナさ〜ん」
「どうしたの、ミルコム君」
「イストさんがうらやましいです。ぼくも川の上で夏の朝焼けをながめたいですよう」
 話を聞いてみると、ミルコムはイストファーネから、川の上で夏の朝焼けを見て来たという自慢話を長々と聞かされ、すっかり自分も見に行きたくなってしまったらしい。
「行っても特別なことは何もないわよ。彼女は自宅と酒場の半ひきこもり生活をしているから、たまに外に出ると必要以上に感激するのよ」
 カロリナの脳裏に数々の朝焼けがぼんやり蘇る。枯れ野でひとり野宿した冬の朝焼け、ドラゴンズゲートでひとり迷子になった春の朝焼け、海藻採りでひとり漂流した夏の朝焼け、山菜採りでひとり遭難した秋の朝焼け……そう珍しくはない風景だった。
「もしたいしたことなくても、おおぜいでいけばそれなりにたのしいですよ。だからいっしょにいきましょう。きてくれたら今度どら焼きおごりますよ」
「じゃあ行くわ」
 どら焼きは栄養のある食糧だ。カロリナは頷いた。
「夏がおわっちゃう前にいそぎましょう! みなさんもごいっしょにどうですか?」
 ミルコムは皆に声をかけた。

マスターからのコメントを見る

参加者
NPC:次のページへ・カロリナ(a90108)



<リプレイ>

 黒。
 輝く揺らめき。
 予言者めいた立像達。
 光と影の抽象画。
 ……目覚めたばかりの頭が段々はっきりして来る。

 ミルコムは毛布にくるまれ、小舟に揺られていることに気づいた。立像に見えたのはカエデの林、抽象画ではなくランタンの明かりを受けた川面だ。辺りは暗いが夜ではなかった。空気の湿気や木々のざわめきが夜明けの近さを告げているように思える。
「あら〜。自分で起きたのね〜」
「毛布を持ってきて良かったな」
 同舟していた緩やかな爽風・パルミス(a16452)と大凶導師・メイム(a09124)が言った。
 おはようございますと答えながら隣の舟を見ると、カロリナが早々とお弁当を食べながら何か読んでいる。
「カロリナさんの朝焼けの思い出は不憫過ぎます〜」
 くすん、とパルミスが涙ぐんだ。
「?」
 怪訝そうにカロリナは目を上げる。
「せめて一人で無ければ寂しくないのに〜」
「私は一人でも寂しくはないです」
「カロリナさんはあれがいちばんのおともだちなんですよ」
 ミルコムはパルミスを見上げた。
「ええっと……せ……セロリ!」
「? カロリナさんは〜、セロリが好きなんですか〜?」
 ミルコムは何だか違う気がしてカロリナの方を見る。本に夢中になってこっちの話はどうでも良さそうだった。
「その本、気に入ったなら後で写本を渡そうか?」
 鍛冶屋の重騎士・ノリス(a42975)がカロリナに訊ねる。カロリナのお弁当もノリスが用意したものらしく、金時草と豚ばら肉の炒め物と、ブルーベリーが詰まっていた。
「読んで内容を覚えておくから大丈夫です。色々ありがとうございます」
「ああ、お腹が減ったらいつでも俺を呼んでくれ」
 ノリスは笑う。
「シュークリームもあるにゃ」
 ノリスの隣でシュークリームを頬張りながら言うのは幸せを呼ぶ黒猫・ニャコ(a31704)。
「こういうのも楽しいのにゃ」
 舟の縁に腰を掛けたニャコは、足を水に浸してぶらぶらさせている。
「新しいシュークリームのアイデアのヒントが沸いてくるかもしれないにゃ。色んな風景や物を見るのはインスピレーションが沸いていいと思うのにゃ」
「でも私も〜、朝焼けにそれほど思い入れは無いわね〜。お館で働いてた頃は〜、一日の仕事は日の出前からだったから〜。この時間帯だと〜、朝食の用意をしてる頃ね〜」
 パルミスの奉仕種族時代の話に聞き入りながらも、他の皆はどうして過ごしているだろうと、ミルコムは広い範囲に散った冒険者達をきょろきょろ探した。


 太陽はまだ姿を見せないが、空気は既に爽やかな匂いを孕んでいる。
「朝の空気ってのはいいもんだなぁ。こんな中で吸う煙草ってのは、やっぱ最高だな」
 飄風・カーツェット(a52858)は紙巻煙草の味を空気と共に吸い込み……しかしこんな時に煙草もないものだ、と思い直して携帯灰皿で火を消した。
 岸辺を歩きながら、釣りでもやってみるかと背中の釣竿を下ろす。ちょうど櫻を愛する栗鼠・ガルスタ(a32308)がのんびりと釣り糸を垂れていた。
「釣れるかい?」
「ああ。悪くない」
 ランタンに集う虫を払いながらガルスタ。傍らの桶の中で、のんきそうな魚が三匹悠々としている。
「狩りはまぁ好きなんだが、こっちはそんなに経験ないんだよな。良ければご教授願いたいとこなんだが」
「私も得意なわけではないが」
 そんな会話をしながら並んで釣るうちに、太陽はとうとう顔を覗かせ始めた。
「朝焼けは美しいな」
 ガルスタは目を細める。
「これから光り輝くときが来る、希望の美しさだ。空が白み、星の輝きが薄まる。白が強くなり、光がさす」
 朝露に濡れた草葉が煌き出す。川面は海の彼方からずっと伸びてくる光の帯に変わる。
「……が、疲れていると目が痛かったりするのだよな」
 目を瞬かせるガルスタ。カーツェットは穏やかに口元を緩ませた。


(「思い返せば、のんびりする時間なんてほとんど無かった……」)
 紅蒼遊戯・フィネル(a39487)は心に呟く。朝焼けをゆっくり見る時間ができて、胸は期待に膨らんでいた。緑に縁取られた川、その向こうにある白い水平線……思うだけでもワクワクしてしまう。
 小舟に乗って朝焼けの川へと漕ぎ出す。川を少し下ってぽつんと一人になった彼女は手を止めて、まず辺りの風景を楽しんだ。
 カエデは夜明け前の陰鬱さを捨てて若返っていた。豊かな緑の巻き毛も誇らしげに、浮き彫りを施した鎧のような幹をすらりと伸ばし、騎士の列は主の登天を待っていた。
 やがて木々の緑が赤みがかる。肩に当たる日が温かくて、水面が眩しくて、目を細めて東を向いた瞬間……フィネルは久々に、言葉にならない感動を味わった。
「この空の下、ボクの知ってる誰かが居る」
 自然に、にっこりと顔がほころぶ。
(「それって素晴らしいことだよね」)
 光を背に浴びていたくて、日が水平線にかぶるうちにフィネルは川を遡った。


 静寂の黒狼・トーマ(a25803)は恋人の手をとって、浅瀬に立っていた。手をとられている総てを抱く癒しの翼・エリオ(a38371)は顔を水に浸けて体を浮かせ、足は懸命に水を蹴っている。泳ぎの練習だ。
 顔を上げて必死に息継ぎするエリオに、トーマは声をかける。
「……随分……上達した……」
「本当ですか?」
 いつか海に行く時、一緒に泳げるようにと頑張っていたエリオは歓声をあげ……油断したせいで沈みかけた。トーマが素早く抱きかかえて助けてくれる。
「あッ!? あの……ありがと……です……」
 体が密着した恥ずかしさと照れで、エリオは慌てる。赤くなって俯いた。トーマも水着のエリオを直視できずに目を逸らす。と、
「あッ! もう太陽があんなに」
 エリオが東の空を指差した。
 橙と桃と赤を混ぜたような濃密な輝きの源が低い空に懸かっていた。海上の朝霧の中に入って煙る姿は熟れた果実のようにも見えたが、果実とは逆にゆっくりと上昇しているはずだ。
「わたし、昔から空を見るのが好きだったんです♪
 ……いつか、好きな人が出来たら、一緒に空を見たかったんです。ほんの一瞬だけ見える空の色……好きな人に……トーマさんに、教えてあげたいって……」
「……エリオと泳ぐことができて……良かった……。……それに……二人の道を照らす……朝日も……。
 ……夏の思い出……ちゃんと作れたな……」
 トーマはそっとエリオの肩を抱く。二人は寄り添って朝焼けを眺め続けた。


「夜明けの河口には朝日の朱色が流れて
 初夏の日差しを連れてきた渡り鳥が小さく飛び去る白い空。
 波になり凪になり
 潮を含んだ風に水は緩くうねり
 摘んだ夜の花を浮かべれば
 川面は輝きの情熱の海へ運んでいきます」

 大地の永遠と火の刹那・ストラタム(a42014)の詞に、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)がリュートを爪弾いて音を合わせる。

「さようなら大きな翼の自由な鳥。
 次の夏も訪れて旅の話を聞かせてほしい。
 私もまた季節の旅人。
 明日、朝日が昇っても
 私はもうここにはいない。
 次の夏が来たときに
 私はどこにいるのでしょうか。

 迷わぬように惑わぬように
 二度と来ない今日に道標をひとつ、
 同じ暁を見るいつかの朝に
 この夏を思い出すことができる何かをひとつ、
 残すことができたのならば
 それは今一瞬を精一杯生きたという証。
 手にした人は自分を誇ることができるでしょう」


 ミルコムは舟を降りて川辺を歩いていた。メイム達はじっくり朝焼けを眺めたり、足を滑らせて川に落ちたカロリナを乾かしたりしているが、ミルコムは何となく心が浮き立って歩き出さずにはいられなかったのだ。だから木陰で静かに休んでいる暁闇の狗人・カナエ(a36257)の横顔が見えた時、少し不思議で、「かなしいんですか?」と訊いた。
 カナエは首を横に振り、話をしてくれた。

「悲しいことや辛いことがあった時は夜明けを待つの。
 それは小さい頃からのおまじないのようなもの。
 黙って側に居てくれた闇がいつの間にか涙を持ち去って、
 差し込む朝日が優しく頭を撫でて背を押してくれる。
 それから太陽が空に昇りきるまで眠るの。
 嫌なことが全て消えてしまうわけではないけれど、少し心が軽くなる。
 教えてくれたのはもうここにはいない人。
 その人がいなくなった日もそうして朝を待ったっけ。

 今日はただその美しい情景を感謝と共に心に焼き付けましょう。
 幸せな気持ちのままただ静かに。
 豊かな楓の木の下で」


 川のほとりで朝焼けを眺める幻双鏡・グラス(a50660)。
「美しい……あの日と変わってない」
 色々間違ったが、それでもこの心は目に映る黎明を美しいと感じている。

「変わったのは衣装の数だけさ」
 そう呟き、昇った朝日に向けて片手を振る。


「朝日も夕日も似たようなもんなのに、やっぱ違って見えるよなあ。新しい一日の始まりだからかねえ」
 小舟の上で朝日を眺めながら、四天裂く白花・シャスタ(a42693)は呟いた。
「ここんとこ戦いばっかだったし、たまにはのんびりしねぇとな」
(「自らの民を守る。その誓いを新たにするためにも」)
 心に誓いを新たにし、シャスタは目を閉じた。水のせせらぎや森のそよぎ、風に乗って微かに歌声も届く。
 揺り篭のように振れる舟にのんびりと寝そべる。すぐに再び戦いに赴く彼を労わるように、舟上に雲の柔らかな影が落ちた。


 ここは静かで、良い所だ。微笑という名の無表情・ギルバーナ(a54337)は思った。
 いつもゆったりした生活をしていると自分でも思っているが、夜明けの川を眺めるなんて、恐らく初体験に違いない。
 小舟に乗ろうかとも考えたが、上手く操縦する技量は自分には無いなと思い、川のほとりで優雅に泳ぐ魚を眺めるにとどめた。連れてきたカラスのドゥイユは浅瀬で水浴びをしている。
「あまり向こうへ行くと溺れるよ」
 と声をかける。川のせせらぎを耳で感じながら、目の前に広がる美しい景色に、一人微笑んだ。


 川に落ちた後、乾かされたカロリナは岸辺に座っていた。ノリスに借りた物語を頭の中で繰り返している。
 小舟で釣り糸を垂れていたストライダーの翔剣士・ソウゲツ(a54955)は舟を岸に寄せ、折角なのでカロリナを誘った。
「やあ。暇なら一緒に釣りでも楽しまないかい?」
「いえ、今は忙しいから遠慮します」
 断られ、同乗している二人の義妹、黒耀薔薇・ショウコ(a43271)と宵闇に潜む光刃・スウリン(a51465)に冷ややかな目を向けられたソウゲツはとほほと肩を竦める。
「最初は、私一人でのんびり釣り糸を垂れに行く予定だったんだけどねぇ。二人のかわいい義妹ちゃんがどうしても一緒に行くって言ってきかないもんで、渋々お二人様ごあんな〜いてな流れに」
 状況を語るソウゲツに、カロリナは「はあ」と相槌をうつ。
「まぁなんだ……きっとあれさね。義妹ちゃんたちは、大好きな義兄ちゃんが川遊びに来た他のお姉ちゃんの色香に惑わされないよう心配して……あーいやいや、逆です逆。私がおねーちゃんをナンパして回らないよう、お目付け役ですな」
「舟遊びなんて涼しげな楽しみ、独り占めにさせる手はないからついて来ただけよ」
 とショウコ。水面と同じように揺れる盃の酒に視線を注いで楽しんでいる。
 ソウゲツはカロリナに別れを告げ、再び舟を出した。

「折角だから、泳がないとね」
 静かに釣りと舟遊びに興じるソウゲツとショウコから離れ、水着のスウリンは川に入った。
 水面に浮かんで朝焼けを眺める。上空は青く、東の空は赤かった。その境目のすみれ色に染まった辺りに目を奪われながら、流れに任せて緩やかにスウリンは下っていった。


「わー。綺麗な朝焼けだすねー」
 マグロ一名様予約入りま〜す・タンツェン(a31108)が感動する。
「本当ですね」
 その隣で終焉の白・エスティア(a33574)は頷いた。二人は小舟の上、仲良く寄り添って釣竿を握っている。
「んー、タンつんとこうやって釣りするのも何だか久しぶりですね……」
 しばしの心地良い沈黙の後、エスティアが言った。
「最近依頼ばっかりで、タンつんとまともに話する機会が無かったですからね……」
「そうだすねー」
 同意するタンツェン。
「遠出が多いみたいで大変だろうけど、体には気をつけてなぁ」
 エスティアはまた頷く。
「さ、だからこそ今日は釣りを楽しむよなのさぁ」
「大物釣れるといいですね〜」
「いいだすねー」
 そんなことを言い合いながら魚を待つ。しばらくして、エスティア愛用の三メートル釣竿に強い引きがあった。
「二人で一緒に」
「釣り上げるだすよー」
 タンツェンが手を貸し、二人は力一杯釣竿を引き上げる。でも、それがいけなかった。
 大物は空中に躍り上がった。だが勢い余って舟は転覆し、二人は揃って川に落ちた。お互いに笑いあい、舟を岸まで引っ張っていき、釣竿を拾い上げ、既に逃げていた大物の大きさを検証しあい……そんなことをしているうちに、連日の依頼の疲れが溜まっていたのだろう、エスティアはうとうとし始める。そのままタンツェンに寄りかかって眠ってしまった。
 タンツェンは肩を貸しながら、そっとその寝顔を見守っていた。


 日は完全に白くなって朝焼けは終わった。ガルスタ達が釣った焼き魚、メイムやパルミスのお弁当、カナエの用意していた紅茶を欲しい者は分けてもらい、朝食を終えた皆はそれぞれの道に帰っていった。


マスター:魚通河 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:20人
作成日:2006/09/18
得票数:ほのぼの14 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。