モルグの黒い影



<オープニング>


 個性的な人間が多く出入りする冒険者の酒場に、今日は子どもの姿がある。
 部屋の隅に置かれたテーブル、その奥の席に座っている少女の表情は、硬く凍りついているかのようで、緊張した様子が窺える。それだけではない、普段なら明るく光っているはずの瞳が、悲しみに曇っていることに、心優しい人なら気がついたことだろう。
 だが、筋肉隆々の冒険者たちが通り過ぎる姿を目にすると、少し興味を惹かれているのか、じっと追っているのが瞳の動きでわかる。興味深い対象が見当たらない場合は、じっとテーブルの上を見つめている。子どもらしい好奇心の強さが、まだ困難な状況にある彼女を救っている。一人で冒険者の酒場にやってくるほどだから、冒険心に富んだ勇気のある少女なのだろう。
「お待たせしました、サリーさん。これをどうぞ」
 そう言って、壁とテーブルの間、サリーの隣へと静かに身を寄せたのは、ヒトの霊査士で、名をベベウ・シルヴィアンという。彼は、柑橘類の飲み物をサリーの目の前に置いて、もう一つ小さな何かを彼女から見えないように隠し持った。
「ベベウさん、大丈夫だったの?」
 サリーは心配そうに尋ねている。
「ええ、こちらの皆さんが、お話を聞いて下さいます」
 霊査士が手の平を向けた先には、幾人かの冒険者たちが集まっていた。テーブルに着いている者、カウンターでマグを片手に掲げてサリーに会釈している者もいる。
「よかった……」
 嬉しそうにサリーは微笑んだ。
 力ない笑みだったが、ベベウは少し安心したようだ。薄い唇の端を少し上げる、彼なりの微笑を浮かべている。
「それでは、冒険者の皆さんにサリーさんからの依頼について、お伝えします。
 事件が起こったのは数日前のこと。サリーさんが暮らしている村の近くに、昔からモルグと呼ばれている――どうしてなのかは、わからないそうです――場所があります。岩がごろごろと転がる山の中腹にあって、平らになって開けている岩棚で、村を一望できるだけでなく、遠くの景色までが楽しめる、とても眺めのいい場所だそうです」
 そうなんですよね、とベベウはサリーに促した。
 こくんとサリーが首肯いた。歳は一二か十三といったところだろうか。
「お父さんは二人で岩棚へ出かけていました。ですが、二人ともいつまで待っても帰ってこない。そこで、心配したサリーさんのお母さんは、村長さんに相談しました。数人の村人たちを連れて村長さんが岩棚に向かったところ、倒れているサリーさんのお父さんが発見されました。ですが、もう一人の村人は見つからずじまいで、残されていたのは大量の血痕のみで……。サリーさんのお父さん、ヘンリさんも、血まみれだったそうです。
 このようなことをサリーさんの前で口にするのは憚られるのですが、ご本人の希望ですから続けます。正確にお話しなくては。
 姿の見えない村人の名前は、チャールズさんといいます。彼の姿は、未だに発見されていません。
 現場の状況についてですが、岩棚の前方は、切り立った崖です。後方もまた、石の壁になっていて、とても、人が登っていける場所ではないそうです。
 村長さんたちは、崖の下にチャールズさんが落ちてしまったのだと考えて、捜索しました。ですが、こちらでは血の跡すら見つかりませんでした。
 そして、彼らは誤った結論に至りました。あろうことか、村長さんたちは、ヘンリさんがチャールズさんと争ったのではないかと考えているのです。ヘンリさんが手にナイフを握ったまま倒れていた、それだけの理由で。
 残念なことに、ヘンリさんは今、意識がありません。岩棚で何が起こったのか、彼の口から真実を聞くことができないのです。
 ヘンリさんとチャールズさんが、仲違いをしていたという事実はあります。ですが、それはチャールズさんが一方的にヘンリさんを羨み、逆恨みをしていたことが原因だったんです」
 サリーが口を開いた。
「すごく意地悪だったの、チャールズさんは……」
「そうなんですよね、サリーさん」
 ベベウはサリーに首肯いてみせた。そして話を続ける。
「ヘンリさんが、チャールズさんを傷つけると、サリーさんたちにはどうしても思えないそうです。僕にも、どうしてもヘンリさんが他人を傷つけたとは思えなかった。この勇気のあるサリーさんのお父さんですからね。
 そこで、このナイフを霊視しました」
 ベベウは、胸の内ポケットから、麻布の包みを取りだして、テーブルに広げた。中身は、小さなナイフだった。長くはない刀身には、黒くなった血痕がこびりついている。サリーがじっと見ていることに気づいたベベウは、さっと麻布を広げて、ナイフを隠してしまった。
「霊視の結果は、真相が想像とは別にあることを示すものでした。
 ヘンリさんとチャールズさんは、穏やかに話をしていたようです。どうやら、チャールズさんが抱いた独りよがりな感情も、ヘンリさんの真摯な態度に、ようやくと氷解のときを迎えていたようですね。二人が並んで岩棚に腰掛け、村を見下ろしている、そんな状況だったのでしょう。
 しかし、突然に巨大な影が現れ、二人は襲われてしまいました。とっさにナイフを抜き放ったヘンリさんですが、相手は巨躯にも関わらず非常に敏捷で、残念なことにわずかな傷を負わせる以外はできなかった……。長い腕が振り回されて弾き飛ばされたヘンリさんは、石の壁に叩きつけられて意識を失いました。
 チャールズさんは、その黒い影に抱えられて岩棚から姿を消していたのです。残念ながら、この時点でチャールズさんは亡くなっているようです。……相手は恐るべき力の持ち主です。
 影は、ヘンリさんたちの頭上から現れています。皆さんには、モルグと呼ばれている岩棚から、背後の壁を登っていただくことになるでしょう。おそらく、黒い影が移動した跡を辿ることで、比較的容易に住み処まで追跡することが可能でしょう。
 そして、ここからが大事なポイントなのですが、その黒い影の正体を、村人たちに実際に示して欲しいのです。霊視の結果では、ヘンリさんに向けられた疑いがまったくの誤りであることがわかります。ですが、もっと明らかな証となる、確かな目に見える物が必要なのです。そうでなくては、村長さんたちにわだかまりが残ってしまう恐れがあるとサリーさんは考えているんです。ヘンリさんの意識は、きっと近いうちに戻るでしょう。ですが、その前に、無実を晴らしてあげたい、気がついたときに傷ついたお父さんを困らせたくない、それがサリーさんの気持ちなのです」
 ベベウの手が、サリーの髪に伸びる。白い整えられた指先が少女の耳の上の当たりを軽く撫でて離れると、ブラウンの髪に赤い花が残されていた。
「黒い影の正体ですが……」
 とベベウが話しかけると、花に気づいたサリーに笑顔が戻った。
「大きなお猿さん!」
「ええ」
 霊査士は微笑んだ。そして、真摯な眼差しを冒険者たちに向ける。
「この猿は突然変異で大型化している上に、とても素早く力も強いようです。また、岩壁の地形を知り尽くし跳躍して移動する為、かなりの強敵かもしれません。
 勿論、冒険者の皆さんにとって、けっして負ける相手ではありませんが、大小の岩が転がる足場の悪い場所ですから、十分に気をつけて臨んで下さい。皆さんのご活躍をお祈りしています」
「よろしくお願いします」
 少女は、丁寧に、深々と頭を下げた。

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参加者
六風の・ソルトムーン(a00180)
暁の皇狼・ヒューガ(a02195)
重拳の反逆者・アルシー(a02403)
千変・ギネット(a02508)
氷雪の淑女・シュエ(a03114)
闇黒の死を告げる蒼の伐剣者・アシル(a06317)
森の闇・シュセル(a06636)
烈風炎舞・ソフィア(a06737)


<リプレイ>

 よく晴れた空から降り注いだ陽光が、岸壁の白を際立たせている。その白の中に、上方へと移動する小さな点が二つ確認できる。
 
 氷雪の淑女・シュエ(a03114)は、右手を大きく伸ばして、岩のわずかな隙間に指先を差し入れた。左手から力を抜くと、彼女の身体は不安定な角度に傾いたが、すぐにバランスを取り戻す。太陽の光を左手で遮りながら、彼女は険しい断崖が、ようやく終わろうとしていることを確認した。
「そろそろですわね」
「そのようだな。奴も近いということだ、気を引き締めていこうぜ」
 左手一本で身体を支えながら、壁に楔を打ち込むと、暁の皇狼・ヒューガ(a02195)はシェエと自分を繋げているロープを束ねて緩みをなくした。
 ロープは楔に固定されている。滑落するような事態に陥らないためだ。万が一のことが起こったとしても、仲間たちが布を広げて受け止めてくれる手はずとなっている。
 岩壁最後の岩に、ヒューガが装備している爪を突き立てた。警戒しながら頂上付近を覗き込むと、山頂には思ったよりも広い空間がある。奥には、板のような岩が折り重なり、テントのように尖った形状を造りだしている場所があった。
 腕を振って、シェエに登るようにうながすと、彼女も細い身体を持ち上げて辺りを見渡す。岩が折り重なる地点には、大きな切れ間がある。どうやら奥まで進めるらしい。
 強い日差しの中、二人は敵の気配を窺いながら、切れ間に接近した。中は闇で何も見えない。しかし、獣の臭いが強く立ち篭めている。そして、血の臭いも。ここが巨大なクロザルの住み処とみて間違いない。
 シェエは、弓を構えながら奥へと進んだ。急に光のない場所に入ったが、エルフである彼女には、中に敵がいないことがわかる。静かに歩みを続けていた彼女は、つま先で何かを蹴った。拾い上げてみると、それは靴だった。チャールズの物だろう。
 靴を手に取ろうとシェエが屈もうとしたそのとき、表の方から耳をつんざく咆哮が響いた。
 ヒューガが叫ぶ。
「シェエ! 奴がおいでだぜ!」
 シェエが外に出ると、ヒューガは彼女に向かって爪を構えていた。
「上だ!」
 シェエが振り返ると、住み処の屋根に、両腕をだらりと下げ、口から血糊のような紅く染まった涎を垂らす、醜い敵の姿があった。背中を丸めた前傾姿勢だが、それでも雄に五メートルはあるだろう。巨大な敵だ。
「みなさま、わたくしたちは、敵を発見いたしました。これより、陽動に入りますわ」
 シェエの弓からメッセージを込めた矢が放たれた。これで、下の岩棚で待つ仲間たちにも、戦闘の開始が伝えられる。
 クロザルがシェエの放った矢が、自分とは見当違いの方向へ飛ばされたことに気を取られているとみて、ヒューガが素早く攻撃に移る。
 鋭い振りで繰り出された正拳尽きのようなモーションから、空を切り裂くように放たれた爪が、クロザルの右肩に突き刺さった。そして、チェーンに引き寄せられたヒューガの大きな身体がクロザルに激突すると、二人はもんどりうって住み処から転げ落ちた。
 機制を逸したクロザルだが、ヒューガに襲いかかる。長い腕から繰り出された鋭い爪の一撃が、腹を切り裂く。
「くっ!」
 ここで戦っても埒があかない。シェエは、岩壁を登攀する前に、仲間から聞かされていた、野生動物としての猿の習性について思い出した。
 
 重拳の反逆者・アルシー(a02403)は、自分の見解を伝えていた。
「非常に凶暴な相手よ。敵は、おそらく頂上付近に雨に振られても平気な洞窟などの住み処を持っているわね。身体が強靱なだけじゃない、悪知恵が働く厄介な相手よ。こちらの裏をかいてくるかもしれない。シェエ、ヒューガ、奴を誘導するためには、目をじっと見つめて。これ以上ない挑発になるはずだから」
 
 シェエは、クロザルの瞳を静かにじっと見つめた。ヒューガに注意を払っていたクロザルは、シェエに向かって牙を剥き出しにすると、突進してきた。
 相手は挑発に乗った。ヒューガとシェエは崖に向かって駆け出し、ロープで身体を固定すると、岩壁を蹴った。ロープに吊られて、二人はするすると降下していった。
 クロザルは、大きな掌で岩を鷲掴みにしながら、ゆっくりと二人を追っている。頭の下に向けた体勢で、例の涎を垂らしながら。
 
 モルグでは、蒼き眼の死神・アシル(a06317)が集中して、状況の変化に気を配っていた。小さな音が頭上から降ってくる。続いて、ぱらぱらと細かい岩の破片が転がってきた。アシルは、静かな口調で仲間たちに告げた。
「敵だ」
 冒険者たちは、アシルの声に反応し、陽光を反射する白い岩壁を見上げた。ほどなくして、仲間の二人がロープに吊られて、降りてくる姿が確認できた。
 そして、巨大な黒い影が岩壁から離れる瞬間も。岩壁にあるわずかな足場を狙って、クロザルは岩壁から飛び降りたのだ。弾むようにして、降りているクロザルは、たちまちヒューガたちを追い越すと、モルグにいる冒険者たちに接近した。
 まだ敵とは五〇メートルほどの距離がある。アルシーは、敵の発達した顎と両腕を見て、仲間に注意を促した。
「噛みつかれたらただじゃすまないわ、身体ごと持っていかれる! 腕の力も、胴をねじ切るくらいのことはやる、注意して!」
 モルグの冒険者たちに気づいたクロザルは、岩壁から迫り出した大きな岩の上に立つと、ボウゥゥゥという咆哮を響かせた。まるで楽しんでいるかのように両腕を左右に振り、口元には不敵な笑みが浮かべられているように見える。
 もう一度叫ぼうと、胸を大きく膨らませたその瞬間、クロザルの右手から黒い炎が燃え上がった。白い岩が作りだしていた黒い影の中に、千変・ギネット(a02508)が身を潜め、奇襲の機会を窺っていたのだ。
 スキュラフレイムの攻撃をまともに受けたクロザルは、体勢を崩して落下しそうになったが、長い腕を伸ばしてなんとか落下を防ぐと、不意の攻撃を繰り出してきたギネットを睨みつけた。
 クロザルの視界には、黒いマントをひるがえし、ステッキを片手に、礼儀正しい仕草でお辞儀を返すギネットの姿があった。芝居がかった態度で、敵を挑発しているのだ。
 ギネットには攻撃が届かないと判断したのか、クロザルは掴んでいた岩から手を放すと、岩から岩へと跳ね、別の足場を確保すると、岩棚にいる冒険者たちに向かって大きな岩を投げつけた。
 素早くアシルが刀を振るったが、風は巻き起こらない。
 しかし、歩幅を広げてしっかりと大地を踏みしめた、六風の・ソルトムーン(a00180)が盾をかかげている。大きな衝突音をあげ、彼のラージシールドは岩の圧力を受けきった。
「人は『点』なり。あれもこれもしようと『線』になると細く切れてしまうものだ。己の点を太くして仲間たちそれぞれの点を作戦に紡いで繋げればよい。我は己の成すのみだ」
 そう言い放つと、ソルトムーンは流れるように鮮やかな所作で槍を扱うと、クロザルに向かってその鋭い先端を向けた。
 禍々しい咆哮を挙げ、クロザルは再び飛び跳ねようとしたが、ドリアッドの忍び・シュセル(a06636)が見逃さない。凄まじい勢いで射られた矢が、迫り出した岩を鋭い軌跡を描いてかわし、敵の足に命中する。
「落ちるぞ!」
 シュセルが叫んだ。矢を足に受けたクロザルは、バランスを崩して落下する。冒険者たちの目の前で、肉の塊が鈍い音を立てたが、クロザルは獰猛な表情を浮かべて起き上がった。
 そこへ、頭を低く下げた姿勢で駆けるソルトムーンが接近する。地面すれすれにあった槍の剣先が、気合いの込められた叫びと同時にクロザルへ突き立てられる。左肩にダメージを受けたクロザルは、苦しそうな表情を一瞬浮かべたが、槍を右手で引き抜いた。その怪力に対して、ソルトムーンは再び間合いを広げる。
 立て続けに攻撃されたクロザルは、この場からなんとか逃げ出そうと、走り出した。クロザルの背後には、切り立った岩壁がそびえ、目前には冒険者たちが布陣を組んで控えている。逃げられるとしたら、側面しかない。
 しかし、星天月奏・ソフィア(a06737)がクロザルの意図を見抜いていた。
「貴様の動きはお見通しだ」
 日記を手に集中したソフィアの紫の瞳が見つめる先には、数百の針によって足元の自由を奪われたクロザルの姿があった。
 クロザルに向かって肩を構えていたアルシーは、一瞬、何か大きな影が視界をよぎって強い日差しを遮ったことに気づいた。その次の瞬間、岩壁から飛び降りたヒューガが冒険者たちの布陣に加わっていた。
「ヒューガさん!」
「おう、あんたかアルシー。誘導は成功したみたいだな。シェエも、戻ってるぜ」
 ヒューガが、鼻をつんと上へ向ける。そこには、弓を引き絞るシェエの姿があった。雪散弓と名付けられた弓から、矢が射降ろされる。クロザルはなんとか避けようとしたが、かわせない。半月の軌跡をなぞるようにして矢は敵の背中に突き刺さった。
 クロザルが悲鳴を挙げ、両腕を振り上げる。そこへ、身を低く音もなく走り、アルシーが間合いを詰めた。彼女の手が、敵の腹部に添えられる。
「はぁっ!」
 懐に敵が入り込み戦慄したのか、甲高い鳴き声を挙げてクロザルが両腕でアルシーを掴みかかろうとする。だが、彼女のかけ声が響くと、腹部に強烈な衝撃を受け、クロザルは身体を大きく折り曲げた格好のまま吹き飛ばされた。岩壁に、巨大な身体が叩きつけられる。
 さらに、三つの煌めきが蠢く黒い炎がクロザルに直撃する。
「貴様もそろそろ終わりだな」
 ギネットがスキュラフレイムを放ったのだ。
 続いて、ヒューガが拳を振り上げる。高く跳ね、敵の頭部を狙った一撃だったが、クロザルは間一髪でその攻撃を避けた。衝撃を受けた背後の岩から白い粉塵があがる。
「ちっ、よけやがったか」
 絶対的な危機を悟ったのか、クロザルは長い両腕を振り回し、絶望的な咆哮をあげて、冒険者たちを威嚇している。そして、大きな足音を立てながら冒険者たちに接近すると、右手で空を切り裂くような攻撃を放った。その爪は、ソフィアを狙っていた。
 しかし、漆黒の鎧で身を包んだアシルが間に割って入る。背中で攻撃を受けたアシルは、その衝撃に片足をついて耐えた。そして、素早く振り向くと、刀が水平に振り抜いた。陽光を受けて煌めく刀が半円の光を残像を残すと、次の瞬間には鋭い衝撃の波がクロザルの膝付近に直撃していた。
 揺れ動くクロザルの巨体に向かって、シュセルが跳躍する。敵の背後の岩を蹴り上げてジャンプすると、首筋を狙って狙い澄ました一閃を放った。しかし、太い首筋からはわずかに逸れ、肩口に矢が突き立てられた。
 シュセルがアシルに向かって声をかける。
「アシル! 問題ないな」
「うん……? ああシュセル、俺は大丈夫だ」
 アシルはのんびりとした口調で応えた。
「画竜点睛を欠くわけにもいかぬからな」
 こう呟いたソルトムーンが、すり足でクロザルとの間合いを詰め、敵の長い腕が届く前に、半月槍を敵の身体の中心に突き立てた。
 多くの攻撃を受けた敵の目はうつろだ。
「うむ、その通りだ」
 ソルトムーンの言葉に首肯いて、ソフィアは意識を集中した。彼女の身体が淡く光り輝き、癒しの波動が周囲を包み込む。傷を負っていたヒューガとアシルのダメージが回復した。
 冒険者たちの体勢が万全となった状況下で、クロザルは最後のあがきとばかりに腕を振り回しながら、ヒューガやソルトムーンに向かって突進した。だが、クロザルは自分の背後に迫るシェエのホーミングアローに気づいていなかった。
 風を切って飛来した矢は、クロザルの頭部に突き刺さる。
 巨大な敵は白目をむいて、大きな音を立てて前のめりに倒れた。
 敵はモルグの岩の床に倒れ、ようやく、戦闘は終結した。
 
 クロザルの巨大な身体が、村の入り口付近を占拠している。そこには、脅えた様子の村長らが青い顔をして立っている。
 ギネットとシェエ、シュセルたちが、村長に説明している。クロザルは、岩山の頂上付近で暮らしていた。モルグへやって来て、ヘンリを攻撃し、チャールズをさらった云々……。
 これで、岩棚に突然に現れ、チャールズを抱えて消え去った事件の真犯人が、クロザルであることが認められ、ヘンリの無実が証明される。
 ヒューガは、村人たちへモルグについての危惧を述べていた。
「このような場所はまたいずれ別の生き物が住み着く可能性があるからな」
 村人たちはさらに顔を青くした。
 アルシーは、チャールズの遺品を手にしていた。シェエの見つけた靴だ。
 この血がべったりとついた靴を見て、ソフィアは失われた命の痕跡だけが残されているという現実に想いを巡らせていた。
「冒険者とて、出来ないことは多いな……」
 
 その頃、依頼主の少女、サリーの家では、父親のヘンリが意識を取り戻していた。父親は、娘が自分のために冒険者の酒場にまで出かけたことに驚き、また嬉しく思ったようだ。娘を抱きしめている。
 抱きしめられながらサリーは、霊査士さんに教えてもらったのだという話を父親に聞かせていた。
 ヘンリは首肯いて言った。
「そうなんだよ、村の皆が知らないくらい古いお話なんだけどね、モルグというのは死体を置く場所という意味があるんだ。元々、あの岩棚には死体を置いて弔う場所だったんだよ。鳥葬といってね、死んだ人を自然に還していたんだ」
 サリーは真面目に首肯いていたが、今はそれよりもずっと、父親の無実と力強い抱擁のほうが嬉しかった。


マスター:水原曜 紹介ページ
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