≪勇猛の聖域キシュディム≫青の可能性



<オープニング>


 深い森にたちこめた白い帳は、分厚く空から舞い降りて……あるいは、地の底から湧きあがって、あたりを包み込み、手探りでしか歩けぬほどにした。
 短い足を放りだし、時折、不意をつくようにして聞かれる仲間からの、なんとも耳障りな咆哮に、同じような騒がしさで応える。とある獣じみた姿の、人はグドンと呼び習わす存在は、霧の訪れを意に介する様子も見せず、ただ、あまりに五月蠅い眷族の狭い眉間に、泥のついた棍棒を叩きこむつもりで身を起こした。
 だが、その彼の――彼女であった可能性も否めない――目論見は、霧の帳に覆われて、幻のごとく潰える。赤い何かが目前に飛び散って、爪先が温かい肉の塊に触れて、そのグドンは気がついた。仲間が殺されたこと、自身も同じ道を辿りつつあること、それに、白い霧が冷たく固い刃のようになり、木々の幹と思っていた黒に影に吸いこまれて消える様に、ようやくと気づいたのだった。
 激しい雄叫びが響き渡った森では、すぐさま激しい戦いが行われた。グドンの群はけっして小さな勢力ではなかったが、相手がたった三体の、それこそ霧に佇む影のような存在であったと知った頃には、その数を半数にまで減らされていた。
 かくして、残されたグドンは、安住の地であった緑の内奥からの脱出を余儀なくされた。生命体が持ちえる、もっとも大きな不安を抱えたグドンらは、痛みに怯え、夜に震え、死に怒っていた。
 チキンレッグ街道にほど近い村落を、四方から迫る狼の咆哮が取り巻いたのは、森での凄惨な出来事がひとまずの終わりを迎えてから、それほど遠くはない時分のことだった。
 次に、逃げ惑うことを余儀なくされたのは、二百名を数える村人たちだった。それは、いくらかの品を手にするのが精一杯、ただ、大切な家族を抱え込むのがやっとの、悲惨な逃亡劇――。彼らは咆哮に脅かされ、方々へと散り散りにされながらも、チキンレッグ街道へと向かっていた。
 
「なぜ、このようなことが起こりえるのか……。確かに、グドンどもが勢力を高めるだけの余地はあったのです。森はその存在自体、他者から触れられることなく、静かに育まれるもの……その内側にあったのであれば、外界からは見渡せないことも多い……。ですが、場所が場所だけに悔やまれるのです。あと、いくらかでも早くに発見できていれば、最悪、このような事態とは陥らずに済んだでしょう……」
 深い悔恨の情を現した眉には、深い影の溝が刻まれている。青白い顔を伏したまま、薄明の霊査士・ベベウは震える声で言葉を紡いだ。
「キシュディムの『青』、そして、キシュディムの『赤』……。双方に所属する護衛士に、早急な任務として、この件にあたっていただきます」
 護衛士団の若き長は、『青』と『赤』に所属するそれぞれの護衛士たちに向け、彼ら為すべきことを、冷ややかな響きを帯びながらも内実には熱い火焔を含むかのような真摯さで伝えた。
 武を司る『青』の護衛士たちには、次のような任務が依頼された。
「街道を使って北上した後には、そうそうに道から離れ、森を北上していただくことになるでしょう。魔物が存在するであろう、小さな泉が見つかるはずです。三体がすべて揃っているはずですが、このモンスターたちは奇妙な術を用いて、人の目を惑わせてくる……討ち洩らさぬためには、相応の注意が必要です」
 モンスターの姿について、黒い柱のようだ――と表現したベベウは、その力についての説明を行った。分厚い霧の帳を現しては、白い刃を体内から尽きだし、刹那の斬撃を見舞う。さらには、複数の白刃を周囲に吐き散らして、一度に多くの身体を傷つけてくる。
 もし、『青』の護衛士たちが魔物を逃がすようなことになれば、逃げ惑う人々の身が危険となり、彼らを護るべく戦う『赤』の護衛士たちにも困難がもたらされる。また、逆の局面が現れることも考えられた。泉のそばにまで、グドンがやってくること、奴らばかりか、逃げ遅れた村人までが迷いこんでくる恐れがあった。
「魔物らは、泉を囲むようにして点在しているはずです。泉の深さは膝程度のもの、深くても一メートルほどでしょう。直径は……そうですね、五十メートルには満たない。形は完全な円に近いようです……」
 苦しげに息を飲んだ後、青年は言った。
「困難な依頼ですが、成功させていただかねばなりません。幸運を祈ります、皆に勇猛のグリモアの加護がありますように」

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参加者
夢想紋章術士・アルテア(a02573)
鋼帝・マージュ(a04820)
桐一葉・ルカ(a05427)
棘石竜子・ガラッド(a21891)
ダンディ・クロコ(a22625)
在天願作比翼鳥・キオウ(a25378)
馨風・カオル(a26278)
白き金剛石のヒト・ミヤクサ(a33619)
剛健たる盾の武・リョウ(a36306)
世界を駆巡る暴風・ノーラ(a40336)
冰綴の蝶・ユズリア(a41644)
空游・ユーティス(a46504)


<リプレイ>

●黒い柱
 閉じかけた蝶の羽根を思わせる葉が、ほっそりとした白い枝に整列して、終わりかけた夏の、それでいてまだ高い陽から降る輝きを浴びている。だが、馨風・カオル(a26278)の瞳に映る輪郭は、先ほど手の平で確かめた際とは異なり、遠海に浮かぶ孤島もさながらにぼやけていた。あたりは霧に包まれて、陽の所在こそ確かなものだったが、自然が織りなす細かな造形までは確かめられなかったのである。
「グドンにモンスター……まだまだ、危険は多いのですね……。早く平和な一時が訪れれば良いのですが……」
 そう呟くと、カオルは瞳を閉じて、口元をもごもごと波打たせた。再び彼が目蓋を開くと、頭上にはもう一つの小さな太陽が浮かんでいた。
 恐竜殿下・クロコ(a22625)は仲間の肩に手を重ねると、そのまま念を練り始めた。わずかに大気が揺らいだかに思われたが、それ以上の出来事は何も起こらなかった。あたりにたちこめる霧は自然の織りなす綾、すべてを覆い隠す必要などないだろうに、とガラッドは浅く笑う。
「これまた厄介な敵だねぇ……泉に近づけば、さらに変な霧か……」
 金の髪を無造作にかきあげた少年が口にした言葉は、文句であり、愚地でもあった。だが、鋼帝・マージュ(a04820)の目元に悲壮な影は潜んでいない。彼は真剣な顔を取り繕ってはいたが、心の裡にどこか、戦いに逸り踊るかのような闊達さを抱えていた。その様子が唯一、端的に表へと現れるのが、青い外衣の裏側に隠される狐の尾である。
 戦いの始まりは、あちら側から告げられた。音もなく進みでて、霧の帳に浮かんだかと思われた黒い柱から、すうと音をたてながら白い霧が噴きだして、それがたちまちのうちに凍りつき、鋭い刃へと変わって、カオルの肩を貫いたのだ。
 不満げに喉を鳴らすと、クロコは指の合間に奇妙な影が蠢くかのように浮かびあがる一枚の剥片を浮かべた。右腕を振り抜き紙片を投擲したクロコの指先からは、鱗に宿った霧の集合であるしずくが飛んだ。
 柄と刃の調和を試すように、マージュはバトルアックスで霧の帳を引き裂いた。さらには武人の術により、重厚な刃に新たな外装を備えさせる。それだけでは終わらない。キルドレッドブルーの息吹をも武具にまとわせてから、少年は魔物に挑みかかった。
 仲間の武具が敵に触れるたび、金属同志が打ち合わされたかのような玲瓏な響きが、泉の面に波紋を広げた。当初、身に浴びた斬撃の痛みが消えきらぬまま、カオルは箱形の魔楽器から軽快な旋律を響かせて、淡い光彩が波打つ光の輪を拡散させる。堪えて、みせましょう――そう心の裡で呟きながら、癒し手としての役割に徹する。
 黒い柱は静かな自転を繰り返した。そうして、対象の懐に霧に紛れて飛びこんでの斬撃、相手と十分な距離を保ったまま発する無数の乱撃、といった攻撃を浴びせかけてきた。
 
●滅する
 半数ほどは膝丈の水に足を濡らし、半数は水辺に残って囲んでいる。護衛士たちの標的となっているのは、楓華の職人の手になる、漆塗りの櫛箱をどこか思わせる風情の、黒光りする柱状の体躯を誇る魔物であった。
 この指輪に恥じぬ戦いを――。胡蝶の紋様が彫りこまれ、白銀の刀身には真紅の華散る意匠が施された剣を手に、さらには、漆黒の片翼を思わせる新たな外装を添えて、霽月の蝶・ユズリア(a41644)は魔物を囲む輪の一翼を担っている。
 黒い柱が痙攣的に震え、白い霧から紡がれた刃が四散した。
「まったく、面倒なことしやがって……この世に生まれた事を後悔させてやろうじゃねぇか」
 夢想と渾名される霊布を掌からなびかせて、その端に到るまで、額にかかる髪の先に及ぶまで、青い不可思議な舌先をちらつかせる魔炎によっと縁取らせ、霧を刃とする術を用いてくる敵に対して毒づくのは、夢想紋章術士・アルテア(a02573)である。『インドゥーラの杖』をアルテアと同じく青の魔炎によって包み込み、世界を駆巡る暴風・ノーラ(a40336)はその身体から仄かな癒しの波動を拡散させた。鳶色の瞳で魔物を睨みつけながら云う。
「一気に片をつけるなぁん」
「民を救うためには、負けてはならない戦いか。これこそ重騎士の骨頂――」
 頭上に白亜の羽根からなる塊を浮かべると、剛健たる盾の武・リョウ(a36306)は全身を弓のようにしならせ、大上段の構えから一気に肉厚な刀を魔物の体躯に叩きつけた。『梅幸』の刀身を伝い、魔物の硬質な肉体からの反応が返る。まるで鉄の塊に斬りつけているかのようだった。
「こんな攻撃……堪えてみせます」
 そう呟きを洩らすと、桃想錬歌・ミヤクサ(a33619)は鮮やかな朱色に染めあげられた光を、桃の花咲く聖衣に包まれた身体から発し、傷つけられた仲間たちに癒しの力を届けた。霧を操るかのような敵の攻撃は苛烈だったが、少女に臆する様子など微塵も見られない。
 戦いに挑む護衛士たちを、彼らが水と陸にまたがって象る輪を、棘石竜子・ガラッド(a21891)は忸怩たる思いで、それこそ砂を噛むような思いで見つめていた。後衛の位置に下がり援護に努めることは、何も戦いを放棄する行いではない。けれど、狂戦士である彼にとって、『灰爛瞳』なる篭手を装備しての戦いは、何故だかしっくりとこないのだ。リョウが感じたような、標的の硬さを感じるようなことがないせいなのかもしれない。戦場に逃げ遅れた村人が迷いこみやしないか、あたりの様子をうかがいながら、彼は癒しの輝きを広げた。
 霧の刃が銀の盾に遮られ、軽くはない衝撃だけを残し掻き消えた。ユズリアは心の裡でそっと、ある女性の名を口にした。この戦いを必ずや勝利へと導く、と約束した相手だった。たった今、ユズリアの身を守ってくれた盾は、その彼女から贈られた品である。波紋を広げながら走る手には、『鐐蝶刃』が下げられ、その切っ先は泉に触れなんばかりの位置にある。刀身に青い輝きが走った。稲妻にも似た光を迸らせて、ヒトの武人は魔物へと斬撃を打ちこむ。
 術士たちも速攻を仕掛けていた。アルテアとノーラには共通点が認められる。身体の端を帯状に変えたミレナリィドールと結びついた姿であり、また、召喚獣の髪と同じ色をした魔炎によって、自身の身体を包みこんでいた。さらには、頭上に紋章の力の結実たる強い輝きを浮かべ、その内部に連なる文字を封じ、術の威力を高めたという点まで一致している。
 斬撃と光球による衝撃を浴びて、柱状の魔物は半ばから真っ二つに折れ、上部を水のなかに落下させた。残された下部だけが宙に浮遊して、件の霧を噴出する行いを続けている。アルテアは再び魔物へと衝撃を浴びせかけるべく、心の力を研ぎ澄まさせようとした。だが、彼の視界には霧の帳の向こうに現れた黄色い光が映りこむ。その色彩は、仲間たちの危機を知らせる印だった。声を張る。
「救援に行ってくる、こっちは任せます! ミヤクサさん、ユズリアさん、一緒に!!」
 三名の護衛士が、手負いの魔物を残して離脱した。ガラッドたちもここでケリをつけ、霧の向こうで彼らを待つの仲間たちの元へ急がねばならない。
(「まったく直接戦えないのが歯痒くて仕方ないな。これでツキが戻ってくれるか、賭といこう……」)
 身を震わせ黒炎に身を包みこむと、ガラッドは輝石のはめられた篭手で目前の空間を叩き、魔炎による蛇を撃ちだした。欠けた身体の魔物に、宙をのたうつ蛇は、直撃した。
 砂の陸を蹴って宙にまったリョウは、ふわりと舞い降りる羽根の塊に、『梅幸』の刀身と自らの重みをすべて加え、聖なる一撃を魔物に叩きこんだ。
「悪いけどな、お前のために時間は割いてやれねえんだよ!」
 そう吐き捨てると、リョウは踵を返した。ノーラもガラッドも、すでに次の戦場に向け駆けだしていた。
 
●苦闘の味
 陽射しを思わせる白光が、あたりを強く照らしながら、水辺を滑るように移動してゆく。それは、黒い柱状の身体をした魔物が位置を移すのに合わせ、その周囲を取り巻く冒険者たちが泉の淵を馳せたからだった。
 黒の鱗に赤の双眸を光らせるペインヴァイパーを引き連れて、頭上には輝きの源を冠して、桐一葉・ルカ(a05427)は魔物との戦いを持続させていた。共に戦う護衛士は二人、リザードマンの武道家とヒトの吟遊詩人である。霧の帳に浮かんだ彼らの姿を見て取ると、ルカは指を摺り合わせてその合間から紙片を出現させ、それを手首を返す所作で投擲した。なめらかに白の領域を裂いた紙片は、黒い柱の中途に吸いこまれるようにして消えた。
(「護衛士になって最初の依頼としてはちょっとハードかなー? まあでも、がんばらないとねー。魔物は逃がさないー」)
 心の裡で決意を述べると、首を振って半白の金髪を宙に梳かし、灰の瞳にかかりそうになって房を、左右のこめかみへと退場させる。霧のせいだろうか、髪は少し冷たく、そして、重たくなっていた。かすかに頬を膨らませ、唇の合間から渦巻く息で吐きだしたのは、虚戯・ユーティス(a46504)である。彼があたりを薄暗い闇によって閉ざし、魔物の周囲に漂う濃霧を消し去ってから、すでにいくらかの時が過ぎている。それから後、彼が二人の同輩たちに対して担った役割は、いささか間延びしているものの、勇壮な英雄について謳われた詩を、美しい旋律に乗せて歌うこと。そうして、彼らの身体に――魔物の白刃を浴びた場合には自分自身にも――力を取り戻させてきた。
 暗き業宿りし者・キオウ(a25378)は自身に鎧聖の力を与えると、続いてユーティスにも、ルカにも同様の力を付与した。そうしてから、腰に帯びた鞘から刃を抜くことはせずに、自らの拳や踵をもって、黒く滑らかな身体の粉砕に挑んだのだった。
 この戦いは平板な推移を見せた。魔物に確実な手傷を負わせてゆく代わりに、護衛士の持ちえる力が徐々に消費されてゆく。キオウたちの戦いに変化が訪れたのは外界からだった。その変化とは、泉に迷いこんだ人影として現れて、それまでに続けられていた繰り返しという均衡を失わせてしまう。
 守るべき対象を得てしまったユーティスの対応は素早かった。黒い柱が霧状の何かを吐いて刃を顕在化させるよりも先に、夢でも見るかのように表情を失った少女を肩に担ぐと、その場はルカたちに任せ、自分たちは一目散に戦場から離脱したのである。
 そうする必要があったのだし、何より、ユーティスの判断は一人の命を救った。だが、癒し手を失ってしまった残る二人はその後、相応の苦戦を強いられてしまう。剣を引き抜いたキオウが、武道着のように変貌した防具に守られる身体から、淡い癒しの輝きを発したが、それだけでは魔物が発する刃や斬撃による衝撃を拭いきることはできなかった。ルカは前衛として立ち、霊査士が『刹那の斬撃』と表した攻撃と対峙したが、ペインヴァイパーを引き連れる上位の冒険者とて力に限りはあった。不吉な影の浮かぶ剥片を叩き込み、二度目となる幻影を従えての斬撃を終えた直後、ルカの身体は黒い柱から噴きだした霧が象る刃により深々と切り裂かれてしまった。彼が頭上の輝きを白から黄へと変えたのは、その直前のことだった。
 振り乱した髪を頬に張りつかせたまま、戦場へと戻ったユーティスは歌声を響かせ、キオウの身体に残った傷口を塞ぎ、体勢を立て直すべく務めた。けれど、彼の歌声もまた、その力を果てさせようとしていたのである。
 黒い尾を鞭のようにしならせ、その反動を利用して身体を素早く反転させると、キオウは鉄のような輝きを帯びた踵で、黒い柱の中心を切り裂いた。胸部を裂かれたユーティスが、灰の瞳を宙に彷徨わせ何事か――おそらくそれは、明るい調子の励ましの言葉だった――を口にしようとしながら倒れた後も、キオウは蹴りを叩きこむべく痛みの残る足で砂地を踏みしめた。
 刹那の斬撃ではなく、白刃による乱撃を身に浴びて、キオウは自身を幸運と感じた。前者であれば倒れていたろうと、判っていたのだ。その直後、彼の感じた幸運は、真実としての幸運の予兆であったことが明らかとなる。高らかに響かせた歌声の主はアルテア、癒しの波動を持って水面に光の輪を浮かべたのはミヤクサ、そして、雷光を帯びた刃を手に柱状の魔物へと斬りかかったのはユズリアだった――救援が間に合ってくれたのだ。
 苦闘の末、ルナ、ユーティス、そして、キオウたちが味わったのは、確かな勝利がもたらす高揚、刹那ではあるが甘美な幸福感だった。
 
●最後
 自分が離脱するわけにはいかない――。もう瞬きをする力すら残されていないのに、カオルは魔楽器の鍵盤に指をかけ、唇を震わせて、何事かを仲間に伝えようとしていた。彼の胸部から白い流れが噴出する。それは、魔物の体躯から伸びた刃が霧消した瞬間だった。
 霧の帳に広がった癒しの光は、医術士の身体が深く傷つけられたことにより失われてしまった。クロコは心の裡で賞賛の言葉を捧げつつも、『呑取』の名を与えられた槍で空を切り裂き、魔物との間合いを広げた。残されたマージュと共に、この戦線を維持しなければ、そうしなければ――守れないものが現れる。
「次に倒れるのはどっちかな」
 鉄の味が滲む唾液を吐き捨てて、マージュは笑った。二人はどちらとも傷だらけ、カオルが倒れてから、その数は増えるばかりだった。マージュの左肩とクロコの腹部が酷い。刹那の斬撃が無慈悲にも彼らの身体を貫いた跡だった。
 ふん、と鼻で笑うと、クロコは不敵に息巻いた。どちらかがやられるのなら自分が先でいい、それに、あの黒い柱に攻撃を叩きこんでやらねば気が収まりそうにない。
「時間稼ぎでイラついてたところだ、俺が先にやらせてもらうぜ!」
 歪な影の浮かんだ紙片を魔物の体躯に楔のように打ちこみ、クロコは喉を鳴らした。不幸を刻まれた柱には、干からびた膠のような亀裂が走り、そこからは闇色の靄のような何かが滲んでいた。
 リザードマンが倒され、頭上に浮かべた羽毛の塊が貫かれて、マージュは孤立無援を覚悟した。だが、彼の予想は呆気なく覆されることになる。ツキを望んでいたガラッドが戦いに間に合うという幸運を得て、「待たせたなぁん」とノーラが元気な声をかけ、黒衣を思わせる召喚獣を連れたリョウが加勢に現れたのだ。
 ふん、とクロコの笑いを真似ると、マージュはバトルアックスを振りあげ、頭上には白い塊をたゆたわせ、そして、魔物に対してはこう言い放った。
「ここからが本番。すぐに終わらせるよ!」
 最後の柱が、まるで砕かれた硝子のように砂地に四散した後、カオルは肩を貸してくれたノーラから話を聞いた。
「森で赤の護衛士の皆さんと会ったのなぁん。きっと今頃はあっちでも決着をつけてるはずなのなぁん」
 古びた石門に二十四名のキシュディム護衛士たちが集い、互いの勝利を祝したのは、それからしばらく後のことだった。


マスター:水原曜 紹介ページ
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参加者:12人
作成日:2006/09/15
得票数:冒険活劇7  戦闘20  ダーク1  コメディ1 
冒険結果:成功!
重傷者:桐一葉・ルカ(a05427)  ダンディ・クロコ(a22625)  馨風・カオル(a26278)  空游・ユーティス(a46504) 
死亡者:なし
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