波寄せる温泉の里 〜暁の水平線〜



<オープニング>


●波寄せる温泉の里
 天然の岩回廊の先からは絶え間なく波の音が響いて来る。
 幾重にも折れ曲がる洞窟を進んで行けば、その先には宮殿ひとつをも抱え込めそうな大空洞が広がっていた。巨大な岩壁に穿たれた洞窟と大空洞、けれど岩窟はそこが果てではない。大空洞の奥では大きな岩穴が外界に向けてぽっかり口を開け、果て無き大海原へと続いているのだ。
 深い瑠璃や藍、碧を湛えた海はどこまでも広がって、彼方で空と交わり光の筋の如き水平線を成している。空と海の彼方から寄せる波は荒く、黒や海松色の岩があちこちから顔を出す磯を噛みつつ岩穴から大空洞の中まで押し寄せて、岩穴の縁を洗って行く。それが醍醐味なのだと瞳を潤ませ語るのは、藍深き霊査士・テフィン(a90155)だった。
 大空洞の中には、薄らと翡翠を溶かし込んだような淡い乳白色の温泉が滾々と湧き出している。
 硫黄の香を孕んだ湯気で満ちた空洞には潮の香を纏う風が流れ込み、岩穴から果て無き蒼海を眺めれば、温かな湯に身を浸しつつ白く砕ける冷たい波飛沫を浴びることができるという塩梅で――つまりは、この大空洞が霊査士気に入りの温泉であるということだ。
 温かで柔らかな湯と冷たく荒い波を同時に堪能できる機会は、そうそうある物ではないのだから。

●暁の水平線
「本当は……帰るのを忘れてしまいたかったんですの」
 酒場の卓でほうと溜息をつくテフィンに、気持ちはわかるのですとハニーハンター・ボギー(a90182)が相槌を打った。昨年の夏に皆と出向いた岩窟温泉の話である。
 大海原の壮大な息吹を感じさせる潮騒に心を浸し、視界にはどこまでも広がる碧海を映す。優しく肌に馴染む心地よい湯に身を浸しながら、荒く力強い波濤をその身に浴びるのだ。一度経験してしまえばその爽快感は忘れ難い。まして昨年霊査士は岩窟温泉で、発泡米酒を呑みつつマグロの目玉の煮付けや胃袋の酢味噌和えに舌鼓を打っていた。それはもう帰るのが嫌になるのも当然だろう。
「帰りはしましたけれど……夏になるとやはりあの温泉に行きたくてたまりませんの。けれど同じ趣向でも芸がありませんから、今年は……早朝、水平線からの日の出を見に行きましょう?」
 暁の空が菫に染まる頃、紺青の海面を金に染め、微かに橙を帯びた陽が水平線から顔を出す。湯に浸かり波を浴びながらその風景を眺めようというわけだ。
「岩穴の縁に腰掛け、曙光に発泡米酒のグラスを透かして……ああ、素敵ですの……!」
「はうあっ!?」
 すっかり潤んだ藍の瞳で彼方を見遣る霊査士に対し、ボギーは突っ込みのタイミングを失ってしまった。夜明けから酒を呑むのかとか、また岩穴の縁に座るのかとか、その調子なら昨年同様転落防止の柵を外させててるのだろうとか、そういう突っ込みをしたかったのだが、最早ムダっぽい。
「肴はマグロの目玉の煮付けや胃袋の酢味噌和え……頬肉は醤油と酒とニンニクに漬け込んでから、軽く焼いて下さいまし……」
 昨年より一品増えてる。しかも「焼いて下さいまし」ということは……まぁ深く考えるのはよそう。
「と言う訳で、もし宜しければ皆さんもご一緒くださいなのです。景色の素晴らしさと温泉の気持ちよさはボギーも保証しますですよ〜」
 すっかり浸りきってしまったテフィンに代わって、ボギーが冒険者達に声をかけた。

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参加者
NPC:藍深き霊査士・テフィン(a90155)



<リプレイ>

●蒼波
 硫黄の香る湯気に濡れ漆黒に艶めく岩壁に挟まれた天然の岩回廊。
 洞窟を抜ければ一気に広大な空洞が広がって、壁ごと抜け落ちてしまったかの如き巨大な岩穴から望むのは遥か彼方まで広がる蒼い海。
 薄ら白く煙る湯気とほのかな硫黄の香立ち込める大空洞は、岩穴の縁を噛むように寄せる荒波に洗われて、冷たい波飛沫と潮の香に包まれながら洞窟にまで波の音を反響させていた。
 微かに翡翠の色を帯びた淡い乳白色の湯に腿の辺りまで浸かりつつ、岩穴の縁に手をかけ外界へと身を乗り出してみる。どこまでも続く海は蒼く紺青に波立ち、果てで海と交わる空の際は既に明るい菫に染まっていた。首を捻って天頂を仰げば未だそこには濃藍の空と白銀の星。
 日の出はまだ先かなと思った刹那、アーケィは打ち寄せた大きな波に頭から呑み込まれた。温かな湯と湯気に包まれた中でいきなり襲い来る冷たく荒い波。濃い潮の香が鮮烈で、アーケィはぶるりと頭を振って瞳を輝かせる。
「うわー、これは確かに面白い! でも空の色合いが変わるのも見逃さないようにしないと……楽しい慌ただしさだ〜」
 声を弾ませるアーケィの傍では、ゆったりするつもりで来たのに突如荒波の洗礼を受けてしまったユリカが驚きに瞳を瞬かせている。二人の様子があまりに対照的で、藍深き霊査士・テフィン(a90155)はくすくすと笑みを零した。
 金の翼に臙脂色の紐が結んだお守りを手にしたゼロが「一緒できたのも何かの縁だ」と自前の酒を周りの者に振る舞い、キルシュが湯豆腐を運んでくる。本当なら温泉の湯を使いたかったようだが、流石に硫黄泉での湯豆腐はまずいように思えて諦めたらしい。蕩ける豆腐を試したかったのにと呟く彼女に、昨年秋に行った温泉ならできたのですけれどと霊査士が何処か困ったように微笑んだ。
 夜明け前の空気は清冽に透きとおり、命の息吹を感じさせる潮の香と相まって、呼吸をするたびに体の芯から綺麗に洗われていく心地がする。眠くなるかと思ったけどそうでもないんだなーときっちり覚醒した顔で笑い、クリスが霊査士の杯に酒を酌む。
「親分っ! ささ、まずは一献!」
 いまひとつよくわかってないらしい少年の物言いに笑みつつそれを受け、霊査士は彼の杯に冷たい黒豆茶を注いだ。笑い合いながらマグロの目玉の煮付けをつつく二人の傍では、セアトが顔ほどもある巨大おにぎりにかぶりついている。ネジが炙り始めたマグロ頬肉のニンニク醤油が焦げる香りだけでおにぎりの二つや三つは食べられそうだ。相変わらず波に洗われている岩穴から雲ひとつない空を見遣り、ネジはええ天気でほんま良かったと思いつつ「ひとつ味見せん?」とボギーを手招きした。は〜いと飛んできたボギーの手にはマグロ胃袋の酢味噌和え。焼き上がった頬肉と艶々の酢味噌和えに「美味しそうですなぁ〜ん」とセアトが手を打って喜んだ。
 ほのかに明るさを増した水平線の際が、菫から紫苑へと色を変える。その様に瞳を細めながらチェリアが皆へ黒豆茶を配り、霊査士の杯が空くのを鋭く察知したミヤクサが素早く発泡米酒を運ぶ。乾した途端に淡い金に輝く酒を注がれ、霊査士は「まぁ」と嬉しげに藍の瞳を潤ませた。次いでテルミエールがポン酢で和えたマグロの皮の湯引きを勧めれば、ひとくち食べた霊査士は、そのぷつりと弾けるような歯応えに感激のあまり身を震わせる。くすくすと笑いながら、テルミエールはお茶お願いしますねーとボギーに向けて手を振った。
 紺碧の海から寄せる力強い波は岩穴の縁を乗り越えて、翡翠がかった乳白の湯に白く砕ける。頭から波を被ったアリュナは不思議そうに瞳を瞬かせ、楽しいですかぁと頭を撫でつつ訊くアスティナに「……あのね、アルね……楽しいのー」と笑ってみせた。
 再び波を被りその感触に破顔して、アスティナは一緒に食べましょうですぅ〜とボギーを捕まえる。用意されたのはアスティナ手製のレモンヨーグルトムース。さっぱりしてて美味しいのですよ〜と並んで腰掛けムースを食べる三人を微笑ましく見遣りながら、イツキは岩穴の縁から海を眺める霊査士の隣に腰を下ろした。以前は牙狩人だったのだという彼女と同職ならではの話を笑みを交えつつ語り、やはり牙狩人であるボギーとはその縁で知り合ったのかと訊ねてみる。霊査士は小さく首を振り、もっと昔から付き合いがありますのと瞳を細めた。

●白波
 鮮やかなまでの潮の香を孕んだ風が吹き込み、風に続いて寄せた波が岩穴の縁に砕けてきらきら輝く飛沫が散る。
 肌を優しく包む温かで柔らかな湯に半身を浸しながら、レインはビャクヤの手から硝子杯に注がれる発泡米酒に笑みを零した。薄らと金色がかった酒の中で弾ける細かな気泡は波の飛沫に似ている気がする。酌のお礼に食べさせてあげる、とレインが引き寄せたのは煮付けの皿。じっくり煮込まれているとは言えよく見れば目玉とわかる品にビャクヤは頬を引きつらせたが、妙に晴れやかな笑顔のレインが「あーん」と目玉のひとかけらを摘んだ箸を寄せれば、まるで神に殉じる決意をした聖者の如き悟りの表情で口を開けた。
 やはり細かな気泡の立ち上るエルダーフラワーシロップの炭酸割りを口にしながら、ルリィはぼんやり空と海に見入っていた。海鮮雑炊でおなかを満たしたユーロが己の胸に凭れうとうとしていたが、日の出にはまだ間がありそうなので起こしはせずにそのまま優しく抱いてやる。傍では同じように睡魔に襲われたのか逆上せてしまったのか、岩穴の縁の凭れかかったトリンが温泉卵にはお砂糖が一番とかいう不思議な譫言を洩らしていた。
 朝日に向かって誓いを新たにするのですわと意気込むバームクーヘンに茉莉花茶を渡してやりつつ、ミルクレープはのんびりと妹の話を聞いてやる。ふと何者かの視線を察知し振り返れば、獲物を見つけた鮫の如き勢いで突進してくるヤルダヴァルダが目に入った。ヤルダヴァルダはナイスバデーのおねーさんなのだーとバームクーヘンに抱きつこうとしたが「怖いですわ!」とあっさり彼女に回避され、タイミングよく寄せた大波に攫われていく。
 まぁ自力で這い上がってくるだろう、冒険者だし。
 根拠なくそんなことを思いつつ、ガルスタは眼下の磯から遥か水平線に視線を移した。酒と生姜醤油に漬け込み焼いたマグロの血合いをしがみつつ空を眺めるのは心が和む。紫苑の花弁を溶かしたような果ての空は徐々に明るさを増し、彼方の海は銀の色に煌いていた。
 緩やかに空の色が移ろっていくのと共に、波立つ蒼海までもが少しずつ色を変えていくのが不思議だった。己を背凭れのようにして湯に浸かるフェイスに「ワシが食べさせてやろうぞ」とマグロの目玉を取りわけてやりながら、ノインはひとときも同じ形を留めぬ波に瞳を細める。蒼に碧に藍に波立ち氷青を帯びた白に砕ける波頭。移ろう空と海の彩に心が動くのも己が生きている証と思えば、自然と口元が綻んだ。潤んだ青の瞳にとろりと目蓋を落としたセレンを肩にもたせてやって、アヴァロンは彼女の頬にかかった髪を指で梳きつつ払ってやる。桜色の唇が微かに紡いだ言葉は波音で聞き取れなかったが、幸せそうな寝顔に彼女の心を感じ取った。だが穏やかな時間は荒い波に断ち切られ。冷たい海水を被ったセレンは声を上げて飛び起き、おはようと苦笑するアヴァロンにむーとむくれて背を向けた。
 波を被るたびに楽しげな声を上げるテフィンに声をかければ、お帰りなさいましと微笑まれた。だが伸ばした手はさり気なくかわされてしまう。他の誰にも聞き取れぬよう秘めた言葉を紡げば、翳りの色を湛えた藍の瞳が一瞬だけ潤みを帯びた。
「春……いえ、貴方が蜂蜜酒を下さった冬の日から……私は貴方を愛したかった。……けれど貴方のいらっしゃらない間に、私は一緒に世界を見たい人を見つけてしまいましたの」
 波の音と共にその言葉を聞いたユウは、複雑な光を宿した瞳を半ば伏せて囁きを落とす。テフィンも瞳を伏せつつそれを聴き、ありがとうと小さく紡いだ。

●銀波
 波に濡れて光る黒や海松色の岩を波が噛む。白く砕ける波頭と水の流れが時折渦を巻く磯の水面は、紺青に柊の葉の色を溶かしたような深い碧の色をしていた。
 清しさすら覚える濃い潮の香と冷たい飛沫にグレイは満足気な息をつき、黒糖焼酎の初垂れをお持ちしましたと声をかける。縁に座っていた霊査士が即座に腰を上げる様が可笑しく、思わず笑みが洩れ。良く冷えた酒が放つ華やかな香りにたちまち瞳を潤ませて、とろりとした中に凝縮された旨味に至福の吐息を洩らす。ああ、と蕩けるような声を零しながら軽く炙られた頬肉へ箸を伸ばせば、やはり酒杯を呷って頬肉へ箸を伸ばしていたセントと目が合って。柔らかで風味豊かな頬肉を頬張ったセントは「酒の肴にピッタリ」と悪戯っぽく微笑み、霊査士から更に楽しげな笑みを引き出した。笑い合う彼女らに供されたのはノリスの用意した海老と鯵の寒天寄せ。鰹と昆布の出汁を含んだ寒天が海老と鯵を包み込んだその品は焼酎にも発泡米酒にもよく合ったから、彼女らの酒が更に進む。イータナシーラも持参した酒を周りに勧め、数々の肴に舌鼓を打った。
 酒も肴も美味で、湯も景色も素晴らしい。歌いだしたくなる程に心が弾んでいく。
 彼方に広がる水平線が光を帯び、リラの色を映す空が淡く金を溶かした光で照らされて。
 絶え間ない潮騒を聴いているとまるで時が止まっているかのようだったが、緩やかに明け初めていく空を見遣ればやはり時は動いているのだなと思う。誰よりも先に日の出を見つけようと岩穴の縁で目を凝らしていたロレンツァは、瞬きを忘れた瞳にまともに波を被って大きく瞬きをした。彼のすぐ後ろでマグロの頬肉を嬉しそうに煤竹の箸で摘んでいたアクラシエルはがぼがぼ言いながら波と湯に沈み、オルーガが慌てて引き上げてやる。頭を振って飛沫を散らしながらはしゃいだ笑声を上げるアクラシエルに釣られてオルーガもころころと笑い、誘われるようにしてロレンツァの口元にも笑みが刻まれた。明け初める光に包まれていく彼らを見遣り、ローは保護者の気分で息をつく。
 皆の楽しげな様子を瞳に映すのは――とても幸せなことだった。
 岩穴から見る空に月はない。見えない位置にあるのか、それとももう消えてしまったのか。ユリアスはそっと寄りかかってくるミンの温もりに愛しさを募らせながら、残月を称号に冠する彼女の耳元に吐息のような囁きを落とす。
「私の残月さん……日が昇ろうと消えないでいてくださいね……?」
 重ねられた手の感触に微笑みながら、ミンも甘い囁きを返した。
「ん、残月は見えなくなってもずっと側にいるの」
 水平線は光に満ち、波は銀とも金ともつかぬ色に煌いている。
 岩穴の縁に腰掛けたテフィンは空と海に見入っているのか動こうとはしない。けれど肩をそっと抱けば引き寄せられるまま自然に身を預けてきた。向けられた藍の瞳は幸せそうに潤み、ひとかけらの曇りも見出せない。知らず、欲が頭を擡げてくる。
「君の在るべき場所が俺の下であれば……」
 君の気持ちを知りたいと独白のようにボサツが洩らせば、テフィンの顔に笑みが咲いた。
「一緒に……世界を見て下さいます?」
 私はもう、貴方でなければ嫌なの。
 囁きは寄せる波音の中に――包まれて。

●金波
 眩い光の中に空と海が溶け合って、境の見出せなくなった海の涯てから陽が顔を出す。ゆるゆると上る陽は波立つ蒼海を金と銀に染め、世界をあまねく照らしていった。
 水平線を白く輝かせていた陽は空へと上ってみれば何故か朱金に染まっていて、カガリは不思議な心地で瞳を瞬かせる。けれど淡い撫子色の空から齎される曙光はやはり清冽で、眩い光を背にして振り返ったカガリは「お誕生日おめでとさんな♪」と満面に咲かせた笑みをタケマルへと向けた。ありがとーですと穏やかな笑みで応えたタケマルは、少しずつ高鳴っていく鼓動を感じつつも優しく彼女を抱き寄せて、互いの肌から温もりを溶かし合わせつつ暁の世界を見遣る。世界は美しく、大切な人と過ごすひとときは、たまらないほどに愛おしかった。
 陽に向けてぱんぱんと拍手を打つリーナの様子にけらけらと笑いながら、マーガレットは岩穴の縁に凭れ空と海を映した瞳を緩めた。昨年冒険者となって初めて訪れたこの地は――何も変わらない。湯の色も、波の味も。懐かしさに心を浸していると、やはり大きな波が襲い来る。咄嗟に己の腕を掴んできたリーナと共に湯に沈んだマーガレットはきゃあと大きな声をあげ、遊ぶのも程ほどにと微笑みを向けてきたリラに主犯はリーナよと抗議した。当のリーナは「おお〜!」と大喜びで岩穴の縁に戻り、また波を被って転げ落ちる。リラはふふと笑みを洩らしながら水平線を見渡して、朝を迎えた宝物のような世界を心に映しとった。
 しょうがないなぁと笑いつつ、セトは霊査士とアデイラの杯に酒を注ぐ。いつもボギーさんがお世話になってますと笑って言えば、霊査士は瞳を瞬かせ、こちらこそと返してとても嬉しげに微笑んだ。
 あたしは何もしてへんのよ〜、と笑みつつ杯を呷ったアデイラがふと立ち上がる。その姿を認めたアロイジウスは足早に歩み寄り、感慨を込めた瞳で彼女を見つめて軽くその身体を抱いた。アロイちゃん、と震えた声が潤みを帯び、お帰りなさいと優しく紡がれて――思い切り抱きしめ返される。
 波の荒さに些か怯えを見せつつ空の色に感嘆の息をつくセラフィンの身体を、キョウが軽々と抱え上げた。この色はこの一瞬にしか見れないんだよと囁きながら岩穴の縁に向かい、淡い金に煌く波飛沫を浴びつつ広がる空を見渡して。朱金の陽を抱く空の果ては撫子だけれど、天頂は既に優しい勿忘草の青に染まりつつあった。まるで空全体が虹のようと思いながら、ファオは凛と冷えた潮の香を抱く空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 一日のはじまりは、何故こんなにも清廉な心地にさせるのだろう。
 冬の日に誓いを立てたのも、愛しいひとと永遠の絆を結んだ日の初めに眺めたのも、暁の空だった。
 眩い曙光に瞳を細めながら、アルムは何かと朝日には縁があるのかなと思う。ならば。
 離れていても、会えなくても、僕は僕の出来る限りをする。
 生まれ出た光に誓いを新たにして、そっと唇を引き結んだ。

 硝子杯を満たす発泡米酒は細かな気泡を立ち上らせながら淡い金に煌いて、ウピルナの杯を満たすエルダーフラワーシロップの炭酸割りもやはり光の粒の如き気泡を抱いて金色に輝いている。
 けれど輝いているのはそれだけじゃないのねと想う彼女の瞳に映るのは、それぞれ想いを抱いて暁を眺める皆の顔。このひとときが素敵だと思いつつ杯を掲げれば、霊査士も同じく杯を取り。

 軽く合わされた杯から零れた光は曙光に溶けて、波立つ飛沫の中に消えた。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2006/09/12
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