≪ベルークス音楽事務所≫ミュージカル【裏方シンデレラ】



<オープニング>


【ベルークス音楽事務所】
 それは……、
 同盟各地に音楽を通して、愛と平和と勇気を広める伝道師達の集まる場所……。
 かどうかは解らないが、無垢なる茉莉花・ユリーシャ(a26814)団長の下に、音楽と演劇を愛する人々が集まった場所であることは間違いない。

 此処に一枚の招待状がある。
 ベルークス音楽事務所が主催するミュージカルの招待状だ。
 演目には【裏方シンデレラ】とある。
 古来より伝わる物語を、新しい解釈で演じる物語らしい。

 同盟の人々はいつでも娯楽に飢えている。
 前売り券の売上げは上々。あとは役者たちが舞台に揃うのを楽しみに待つだけだ。

「というわけで……」
 チケットの売上金を手に、ライムはユリーシャにそれを渡して。
「これで衣装代と舞台の設備を買おう、ユリーシャ君」
「……そんなにうちは火の車だったと仰るのですか!?」
 見つめ返す赤い瞳に浮かぶ焦燥の色。ライムはぱちくりと瞬きを打ち、
「だってこれが最後の公演だなんていうから……」
 と少ししょんぼりしながら、儲けがあれば解散しないで済むんじゃないのか、と世間の冷たい風を感じるのだった。

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参加者
螢火夢幻乱飛・メディス(a05219)
魔戒の疾風・ワスプ(a08884)
倖涙花・イオ(a09181)
おしまいは・テルミエール(a20171)
制限解除高速進行・スルット(a25483)
黒猫の花嫁・ユリーシャ(a26814)
夜天に煌く淡き光の螺旋・カイト(a39849)

NPC:三日月王子・ライム(a90190)



<リプレイ>

●開幕
 緞帳の裏で本番前の役者達は、まだ少し慌しくしている。
「えーと……最初の台詞は」
 ツインテールに結った髪が床に着くほど、舞台の上に正座して座り込み、台本を確認しているのは、ちみっこエンペラー・イオ(a09181)。中古ドレスに、白エプロン、彼女が演じる役は物語の主人公シンデレラだ。
「飲み物いる?」
 三日月王子は黒マントに銀糸の派手なスーツ姿で、熱中しているイオに声をかけた。イオは驚いて顔を上げ、突然真っ赤になった。
「王子様……」
「……すっかり役に入っているね」
 見つめ返されいささか照れたライムは、夜天に煌く淡き光の螺旋・カイト(a39849)の差し出す銀布に目を止めた。
「ライムさん、この布を羽根に被せたらどうでしょうか?」
「さらに派手になるんだ?」
「王子は華やかな方が宜しいで御座いますよ」
 微笑。端正な顔立ちの少年エンジェルの清らかな笑みにライムは「……任せた」と呟き、マントから溢れる羽根を覆ってもらった。
「ひえ〜! 客席満員御礼や〜!!」
 緞帳の隙間から、客席を覗き込み、関西私鉄連合覇王総長・スルット(a25483)が目を丸くして皆を振り返る。可愛らしい三角帽子を被り、緑色のホーリーガープ姿の彼女は、幼い表情を喜びと驚きでいっぱいにして、振り返ったメンバーへ視線を流す。しかし彼らはその言葉に緊張の度数が急上昇し、一瞬だけ静まりかえった。
「こうなったら頑張りましょうねぇ……」
 螢火夢幻乱飛・メディス(a05219)が漸く、紫の瞳で優しく仲間を見渡し目を細める。
「ああ、この音楽事務所の有終の美を飾る演劇だからな!」
 そして魔戒の疾風・ワスプ(a08884)の響く声が、さらに皆を元気づけた。
 ……そう、これが最後なのだ。頑張らなくては。
 しかし、なんだ、彼の格好は。ライムは眉を吊り上げワスプを見つめた。
 意地悪な義姉役のワスプは着慣れぬドレスに「足がスースーする」とぼやきつつ、胸にパットを休まず詰めている。あまりの凄さに思わず凝視していると、気づいた彼はライムにウインクをよこした。
「ワスフィーヌってよんでちょうだいね♪ 王子様」
「……」
「ああ、逃げちゃ駄目です」
 カイトに捕まった。何故か涙ぐんでいる。
 その時舞台の袖から、終焉の・テルミエール(a20171)の声が響いた。
「BGM、OKですー!」
 その声と同時くらいに袖から青い髪を結上げた無垢なる茉莉花・ユリーシャ(a26814)が、台本を手に現れる。彼女の纏う硝子旅人の服は、髪の色とも統一のとれた鮮やかなブルーの色彩で、華やかでもあり、控えめでもある。
「最終公演、気を引き締めて参りましょう」
「勿論! 気合入れてやったるどー!」
 スルットが両手を握って叫んだ。
「おー!」
「「「おーー!!」」」
 言われたわけでもないのに、全員がその掛け声に続いて気合を入れていく。
 そして壇上の彼らは無言でそれぞれの舞台袖に去っていきそれぞれの準備を始めた。
 間もなく舞台開演の銅鑼が響き、赤い緞帳が重々しく上がっていく
 深く息を一度吸い、ユリーシャは満員御礼の客席に視点をあわせた。
 
●第一幕 可哀相な娘
「ある町にシンデレラという娘がおりました。
 大きなお屋敷に住んでいた彼女の母は3年前に亡くなって、彼女のお父様は新しい妻と妻の連れ子をお屋敷に呼びました。
 新しい母や姉は何故か何時もシンデレラに辛くあたり、お父様が外国に出かけられたのをいいことに彼女をまるで使用人のようにこき使ったのです」

 ユリーシャは長い台詞をさらりと読むと、舞台に転じた。
 代わりに照明の落ちる舞台の中央。粗末な服を着たイオが箒を手に何度も頭を下げている。
「……ごめんなさい」
「どうしてお掃除も満足に出来ないのですの?」
 義母は先程までナレーションをしていたユリーシャだ。しかしよく見ていた者しか同一の人物とは気づかなかったに違いない。次に義母の後ろからテルミエールが黒髪をなびかせ、颯爽と登場してきた。
「あなた、まだお掃除が終わってないの? いい加減にして頂戴!」
「……義姉様ごめんなさい。今すぐっ」
 イオは箒を握って床を掃く。その後ろでテルミエールはエプロンに隠してあったゴミをイオの見えない場所に向ってぽんぽんと放り投げた。
「ほら、ここも汚れてる」
「ああ、ごめんなさいっ!!」
 イオが拾う。テルミエールが投げる。
「ここにもっ」
「はいっ」
 また拾う。また投げる。拾う。投げる。拾う。投げ……目が合った。
「……あ」
「何よ、知らないわよ」
 くるっとドレスを回転させ義姉はそっぽをむく。心の中でごめんなさーいと叫んでるなんて、誰も信じてくれないかも知れない。
「ふふふ相変らずね、……姉さん」
 ドレスの裾をつまみ優雅に登場するワスプ。過剰な量のパットを詰めたバストは、俯けば顔が埋もれて窒息しそうな程豊かだ。スレンダーなウエストに腕をあてワスプは義母と義姉に呼びかけた。
「そろそろお支度しなくては間に合いませんわよ?」
「そうですわね、ワスフィーヌさん」
 ユリーシャが大袈裟に名前を強調して言う。ホホホ、とワスプは裏声で笑って続けた。
「今夜をどれほど待ちわびた事かしら。わたくしの美貌で王子様を脳死……
 もとい悩殺してご覧に入れますわよ〜、お母様〜♪」
 舞いながら叫ぶワスプに、会場からどっと笑いが起こる。しかし気にせずに(むしろ喜びつつ)ワスプは「そうでしょ?」とテルミエールを見つめた。
 ……直視に耐えないメイクはわざとなのか。
 テルミエールは一瞬表情を強張らせ(吹き出さぬように)次の台詞を叫んだ。
「と!とにかく、シンデレラ!私達は舞踏会に出かけてくるからそれまでに部屋を綺麗に片付けておくのよっ!」
「……は、はいっ!!」
 暫くおいてけぼりにされていたヒロインは慌てて頷く。足元で子猫が恐ろしい形相で威嚇しているのは見ないふりしとくべきだろう。
「ああ何て楽しみなのかしら……美味しいお料理も沢山出るのでしょうね」
 とテルミエール。
「王子様はとても素敵な方らしいわ。それに今日の出席者の中からお后様をお決めになるって噂ですよ」
 とユリーシャ。
「それは勿論わたくしのことよ。おーほっほほほほ」
 とワスプ。三人は派手にお城への憧れと野望を語りながら、去っていった。

●<幕内>
 緞帳が下りる。
 義姉達と義母は、即効で第三幕のドレスに着替え、更に裏方の仕事をこなさねばならなかった。楽団との打ち合わせに行くテルミエール、ナレーション台本を確認するユリーシャ。ワスプは胸のパットを抜くのと、入れるのにとても時間がかかった。しかしそれを済ませると、三幕まで出番のないライムと共に大道具運びなど舞台裏で走り回った。
 既に二幕の出演者達が、一幕の間に舞台装置の用意を袖に集めてくれていたので二幕を開けるための作業はさほど難しくない。無数の土塊の下僕達が単純な仕事を手伝ってくれて、5分後には二幕目の幕を上げることができた。

●<第二幕 冒険者と舞踏会>
 次の風景は、夕暮れ時の町外れの墓地。
 シンデレラは家の仕事を済ませると、悲しくなっていつもの場所へとまた来てしまっていた。
「……お母様、私も本当は舞踏会に行きたいの」
 涙を零しながら呟くイオ。しかし舞踏会に夢中な街の人々は誰も気づかなかった。しかし夕暮れの空が藍に染まりはじめた頃、隣町から歩いてきた三人連れの冒険者が漸く彼女の姿に気づいたのだった。

「何か声がしませんか?」
 耳を済ませるのはエルフの冒険者メディス。両手杖を大事そうに抱いた彼女は印象的な紫瞳で辺りを伺う。
「あそこかな?」
 幼い三角帽子のエンジェル冒険者スルットが、真直ぐシンデレラの方向を指差した。
「何かお困りなので御座いましょうか……」
 灰髪のエンジェル冒険者カイトは、吟遊詩人らしい優雅な身振りでシンデレラへと近づいた。

 彼女は冒険者達に話しかけられとても驚いた。
 しかし何故泣いているの?と優しい言葉をかけられたのも久しくて、嬉しくなり思わず正直に全部話してしまった。
「……私も、本当は、お城に行きたいの」

 その言葉に冒険者達は同情し、三人で相談を交わす。
 そしてすぐに答えは決まった。
「私達があなたを連れていって差し上げましょう」
 カイトが恭しく告げた。驚きの表情を浮かべるイオに優しく微笑し、メディスは「まずは身支度が必要そうですね……」と髪を梳き始めた。
「銀のティアラに硝子の靴、……それからドレスもありますよ」
「ドレス?」
 髪を結上げアクセサリーを飾ったイオの前でメディスは杖を一振りする。
 イオの体が聖なる光に包まれ、みすぼらしいドレスは一瞬で美しい白い豪奢なドレスへと変化したのだ。
「……素敵」
「じゃあ乗り物はわたしに任せてね」
 スルットも宝珠を構える。そこから放たれた光の中に、突然フワリンが浮かび上がった。

 大きなどよめきと拍手が起こる。
 鎧聖降臨のドレス変化で驚きの為に目を見張っていた観客達は、フワリンの登場でとうとうそれが素晴らしい舞台演出と知ったのだ。

「まあ……」
 イオは美しいお姫様の衣装と、美しい白フワリンを前に瞳を輝かせた。
 しかし伝えるべきことがあった。
 カイトはゆっくりとイオに告げる。
「宜しいですか、シンデレラ。……このアビリティはたった10分で途絶えてしまうんです。お城に入ったら10分以内には出てこないといけませんよ」
「……たった10分?」
「ええ……」
 それでもいいの、イオはけなげに言った。絢爛豪華なお城の席に少しでも混ざることができるなら、たった10分でも構わないと。

●<幕内>
 第三幕は、登場人物は全員出てくる必要がある。
 裏方で下僕達と一緒に働いていたライムも、一幕の義母や義姉たちも、そしてヒロインのイオも冒険者役3人も、全員で協力して舞踏会のセットを緞帳の下りている5分間で設置し終えたのだった。
 また、見せ場となる階段シーンは、舞踏会セットの後ろにおいて、もう一枚の緞帳で隠した。舞踏会セットを舞台袖から二つに割って片付け、そして緞帳を上げることで連続したシーンを見せる為である。

●<第三幕 舞踏会>
「まあお母様、なんて美しいのでしょう」
 舞踏会服のドレスに身を包んだテルミエールは、肘まである手袋をつけた細い掌を体の正面で合わせて目を細めた。ユリーシャもまた上品な貴婦人の一人として羽飾りのついた豪奢なドレスを纏い、孔雀の羽の扇で口元を隠して、「本当ね」と笑う。
 その時、一斉にわっと歓声が上がり、照明が一人を映し出す。
 浮かない表情をしたライムが派手な服装をして、グラスを片手に辺りを眺めている。
「……美しい娘ばかりだが、僕の心を打つ人はいないな……」
「おりますわ! 王子様」
 真直ぐ手を伸ばし登場したのはワスフィーヌだ。相変らずの強烈なパットではちきれんばかりのバストを揺らしワスフィーヌは挨拶し、こっそり義母に呟いた。
「んまぁわたくし好みの素敵なト・ノ・ガ・タ(はぁと)……落とし甲斐がありますわねお母様〜」
「ワスフィーヌさん、頑張るのですわよ」
 見慣れてきたのかユリーシャは自然に微笑み、王子を見上げた。
「!!!」
 ライムは暫く硬直し、何度も瞬きを繰り返す。そしてやみくもに叫んだ。
「なんだあれは!成敗してやる!」
「いや、お待ちください、王子様。あれは私の娘ですわ」
「そうですわ。意地悪を仰らないで下さいませ」
 ワスプはすっかり悪乗りをして、鳥肌中のライムにウインクを決めた。

 ……その時。

「新しいお嬢様がいらっしゃいました」
 とパーティー会場の扉が開き、フワリンにまたがったイオが純白のドレスを纏い、子猫と共にゆっくりと会場の中央に着地した。

「あれ、なにかしら!?」
 フワリンを指差し叫ぶ義姉。彼女達はその美しい少女が誰なのかすら解らない。
「……おお、なんと美しい。僕にはわかる、君は心まで真白で純情なお嬢さんだ」
 王子は感激の余り、言葉を詰まらせるようにしてイオの元に歩いた。
「王子様に、お逢いできて、嬉しい、の……」
 イオは耳まで赤くなり王子が近づくのを待って、丁寧にお辞儀をした。
 一曲踊って欲しい、という王子の誘い。二人は甘いメロディに身を任せ、優雅に躍り始めた……しかし!

 曲の最後まで時間は許してくれなかった。

「シンデレラ!」
 カイトが叫ぶ。
「もう時間ですよ」
 メディスが告げた。
「フワリンももう消えちゃう!」
 スルットの悲鳴の如き声と共にフワリンが消え、イオは咄嗟に王子の手を解くと、出口へと駆け出した。

 <舞台暗転・セットが二つに割れて、お城の階段のシーンになる>

 階段を下りていく姿はもう、……元のみすぼらしい服を着た少女。
 悲しくて涙を落として逃げていくイオ。
 階段の上では、「まああの子は!」と叫ぶ義母と義姉たちがいる。
 冒険者達はその後を追おうとして、ふと立ち止まった。ライムを先に行かせるためだ。
「待ってくれ、姫君!」
「……私は……もう」
 振り切ろうとするイオの細い腕を掴み、ライムは引き寄せた。
「僕は女性の化粧なんか嫌いだ。香水も嫌いだ。心の美しい人が好きなんだ。
 ……君は容姿も美しいし、心も綺麗な人だと思う。
 どうか、僕の后になって欲しい」
「……王子様!」
 イオは驚いてライムを見つめ返す。ライムもこの時ばかりは真剣な眼差しで、彼女を見つめた。
 階段の上で「なんなのよー!!」と叫ぶワスフィーヌの声など聞こえぬかのように、二人はしっかりと抱き合うのであった。

 ……めでたしめでたし。

●カーテンコール
 静かに緞帳は下りていく。
 役者達は最後のシーンの姿勢のまま暫く保ち、やがて緞帳で身が隠れると、耳を済ませた。
「すごい歓声ですわね」
 ユリーシャがほっとしたように笑顔を浮かべる。意地悪母の面影などある筈もない。
「終わりましたねー!」
「終わったー!」
 テルミエールとスルットが同時に声を出した。
 メディスとワスプは視線を合わせてくすりとし、カイトは目を細め、「いえ、まだ終わってないようですよ」と囁いた。

「ん?」

 鳴り止まぬ拍手。
 それは何時までも止まらない。

 階段の上で抱き合っていた二人も怪訝な表情で緞帳を見つめていた。
 拍手はまだ止まらない。

 ……何が起きたんだろう。

「カーテンコールですわね」
 ユリーシャが微笑んだ。
「さあ、皆さん最後の出番ですわよ……私達の有終の美、しっかり飾りましょう!」
 団長の声に、団員達は漸く気づき、瞳を輝かせて、一斉に階段を下りた。
 ヒロインを中心に彼らが真横に並んだところで、再び緞帳が上がる。

 席を立って拍手をしている観客達は、彼らを大きな歓声で迎え、素敵な舞台を贈ってくれた彼らに感謝の思いを鳴り止まぬ拍手という形で、何時までも何時までもたたえてくれたのだった。

 ありがとう……ベルークス音楽事務所。
 ありがとう……素敵な仲間達。

【おわり】


マスター:鈴隼人 紹介ページ
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ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:7人
作成日:2006/09/13
得票数:ほのぼの12  コメディ1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
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