【豺狼の手】無血-Presentiment-



<オープニング>


 ああ、喜んで引き受けよう、お嬢さん。
 貴女の罪は我らの罪だ。お好きな様になさるが良い。
 総て、我らが引き受けよう……

 ――月のない夜。街の何処かで何かが壊れる様な音がした。
「見ィつけた。隠し部屋たぁ恐れ入る……が、隠れる為に出した中身がその辺に転がってりゃあねェ」
 見つかった。
 壁一枚向こう側から彼女の悲鳴が聞こえて来る。もう駄目だ。お終いだ。こいつら、一体何なんだ。
「お粗末ね。……あなたが隠し事をするからいけないのよ。あたしの邪魔をするから……!」
 不意に、声は近くで聞こえた。見下ろす様な。
 女の苛立つ声と共に一閃する刃光、噴き上がった鮮血は近くにあった陶製の壷に音を立てて張り付いた。ぼうっ、と近付く薄明かりが照らす白地に紅。悪趣味なアートが壷本来の価値を貶める。
「頭領……」
「うん?」
 急いて隠し部屋へと向かう女の足音を、愉悦の混じった目で追っていた男が呼びかけに応えた。
 耳打ちに一つ頷いて、男の唇が笑みを形作る。ぞっとする程、蠱惑的な笑みで……見遣る壁際。
「――どうにも、彼女はまだまだ詰めが甘い様だ」
「………」
 喉元を裂かれ、溢れた大量の血液で胸を濡らし、顔の下半分をも吐血で穢した彼は――もし、今すぐにちゃんとした手当てを受ける事さえ出来たなら、一命を取り留めていただろう。
 虚ろな視線を虚空に彷徨わせ、血で濁る細い息を喉奥から漏らしている男の胸に、一本の矢が容赦なく振り下ろされた。拳を叩きつけられるに等しい衝撃に、身体は一度大きく跳ね、それきり。
 ――動かなくなる。頭を垂れ、不自然に傾いだまま。
「おやおや」
 同胞の所業に困った素振りを見せながら、頭領の目は愉しげだ。
 哀れ、心臓を一突きに止めを刺された男の足元――血の染みが、床に広がって行く。刻々と。

 月のない夜に、静かに響いた始まりの音。

●無血−Presentiment−
「殺されたのは、その街の裏通りに居を構える好事家だ。一人暮らしで気侭な収集生活を送っていた。部屋には値打ちのある物もそうでない物も、隔てなく雑然と積まれ……しかし、賊はそれらには一切手をつけていない」
 盗賊の狙いは、高価な骨董品などではなく――
 彼が咄嗟に隠し部屋に匿ったのは、街ではそこそこ名の知れた良家の令嬢だった。狙われる理由としては充分過ぎる身上だ。……彼女は、近々結婚する事が決まっていた。
「そんな友人を守ろうとしたのだろうな。だが、それが裏目に出た」
 彼が命を落とした事は不幸な事故ではあるが、それだけだ。気の毒だが。
 淡々と静かにそう言うと、黯き虎魄の霊査士・イャトはさっさと話を本題に進める。
「さて。連中が彼女を手中に納めて程なく、彼女の婚約者の元に脅迫状が届いた。条件を飲めば、人質を返すと言うお決まりのパターンだ。連中は何を考えているのか……奴らの言葉を信用して良いものかどうか。少なくともこの依頼人は懐疑的になっている様だな」
 大事な婚約者の命が賭かっているのだから、当然だ。
「もし連中が本当に約束を守ってくれるのなら、条件を飲む事に迷いはないそうだ。しかし不安要素は付き纏う。故に、冒険者に護衛を依頼して来た。もっとも、自らの命を捨ててでも、恋人の安全を第一に考える男の言う事だ」
 護衛対象が誰であるかは、言うまでもないだろう。
「それで、人質解放の条件と言うのは?」
「富豪の娘を人質に取る身代要求にしては、あまり現実的ではないな」
 冒険者の問いに、霊査士は軽く肩を竦めた様に見えた。

 貴公が彼女に贈った愛の証が、本物である事を証明して見せて頂きたい。
 貴公の出方次第では人質の命をその代価として、速やかにお帰り頂く事になるだろう。

 ――要約すれば、大体その様な内容だった。
 最後の物騒な一言さえなければ、紳士的にさえ見える文面に加えて、愛だの何だの。
 まあ、およそ盗賊らしくない文面であるのは間違いない。
 『愛の証』と言うのは、依頼人自らが作って、彼女に贈った指輪の事らしい。磨き上げた銀輪に小さな紅玉を填め込んだ婚約指輪だ。作った本人ならそれと証明するのは難しくない筈だが……
「ゲームのつもりなのかもしれん。実にふざけた話ではあるが」
 霊査士はあからさまに一人ごちると、すぐさま声音を繕った。
「依頼人の青年・サモナは、決して裕福ではないが腕の良い細工師だ。奪われた愛すべきもの達を取り返すことしか、今は見えていない。人質は、例の好事家の屋敷にそのまま、盗賊達も居る。死体は見当たらない。それから――」
 『それから』――?
 促す視線を躱してイャトは、考える様に目を閉じた。
「手引きした者がいる様だ。依頼人とその婚約者にとっては、悲劇と言う他にない」
 悲劇。
 その者と話をする気があるのなら、よく考えて臨め。と霊査士は締め括った。

 連中を殲滅するのは容易いだろう。だが、それは最後の手段にした方が良いのかもしれない。
 仮にそうして全てを取り返した所で、依頼人は血に穢れた指輪を彼女に贈りたいと思うだろうか?

マスターからのコメントを見る

参加者
朱陰の皓月・カガリ(a01401)
星影・ルシエラ(a03407)
采無き走狗・スィーニー(a04111)
沈戈待旦・ハル(a28611)
世界を救う希望のひとしずく・ルシア(a35455)
闇の緑・ヴェンツェル(a43326)
仁乃甦輪・ティア(a53216)
夜明けのシ者・クラン(a55304)


<リプレイ>

「覚悟、ですか?」
 その恋に賭ける熱意と貫く覚悟の有無を、青年はこの時初めて意識したのかもしれない。
 根無し草の素浪人・クラン(a55304)に問われて、サモナは困った様な曖昧な笑みで応えた。
 正直、まだ実感がないんです――。細工師として招かれた屋敷。出入りする内に上のお嬢さんに見初められて……まるで、そうなる事が必定だったかの様に、結ばれる日ももうすぐ其処。
「僕は、試されているのかもしれませんね。その覚悟を、今」
 気持ちを整理する様に言葉を区切る。眼差しは答えを求めて遥か彼方へ、只管、真っ直ぐに。
「……もしもの時は、彼女をよろしくお願いします」
「誰に護衛を頼もうが、彼女は貴方が助けるの。それだけは忘れないで」
 冒険者が手を出すのは最終手段だと同盟を奮い立たせる応援団長・ルシア(a35455)に念を押された時、彼は確かに安堵の表情を浮かべていた。

●招かれざる客人たち
 好事家の屋敷は裏町の奥まった一角に在った。
 その口には重厚な拵えの『開くつもりがなさそうな』装飾扉が聳え、いかにも人目を避ける様に。
 構わずその前に立ち、真鍮のドアノッカーに触れた朱陰の皓月・カガリ(a01401)は、過日、同じ様にここを訪れたであろうサモナの婚約者――ソラリアを想う。
(「彼女、何しにここへ来てたんやろ…?」)
 何となく窺う依頼人の横顔。ノック。扉を見上げるその表情が一瞬曇った様な気がする。
 怪訝に思った次の瞬間、内から錠前を外す音が聞こえ、
「ようこそ」
 重く軋んだ音を立てて開く扉の内から若い男が姿を見せた。火を灯したランタンを手にしている。ここに来る途中、行商人然とした風体の男と擦れ違いざまに聞いた「窓がない」せいか、昼だというのに日没直後を思わせる暗がりの中、揺れるその灯をカガリは何とも思わず見つめていた。
「……そちらは?」
 招待した覚えのない人物を値踏みする様に、男が訝しげな視線を向けて来る。
「うちら、この人の友人や」
 説明の口を開きかけたサモナを制してカガリ。次いで前に出るのは対で同行していたルシアだ。
「貴方達を紳士と見込んで、一つ認めてもらいたいんだけど、立会人として同席させてもらえるかしら?」
「……女が、二人か」
 男はあからさまに眉を顰め、肺にたっぷり溜めた空気と一緒にそう吐き捨てると、
「どうします?」
 奥に向かって声を張った。
 おいおい女連れかよ。そう遠くない場所から聞こえて来た呆れ声を遮る様に、別の声――「構わない、通してくれ」 間を置かずに返って来たその声は、状況を楽しむ笑みを含んでいる。
「……だ、そうだ」
 顎をしゃくり、踵を返す動作に従い、揺れて流れる橙灯。

 この時。男が同行者は女二人と思い込んだお陰で、夏惺圜繞・スィーニー(a04111)はその目を免れ、一行の後について正面から忍び込む事にまんまと成功した。橙灯持ちの男に案内されて三人が扉のない一室に入って行くのを、影に気配を忍ばせたまま、見届ける。
(「さァて、と」)
 慎重に辺りを見回す。流石に玄関ホールに盗賊の姿はない。
 所狭しと積み上げられた古道具類の壁、無造作に置かれている骨董品の隙間をゆっくりとすり抜け、彼は屋敷の奥を目指した。壁に触れた指先に微かに伝わる声の振動から、その距離と頭数を探り――宝物を護る為に敷かれている柔らかな絨毯は、忍ばせた足音を靴底ごと包み込む。

●その頃、屋敷の裏手にて
「今日はやけに妙なのがうろつく日だなぁ、オイ」
 黒いノソリンが男に尻尾を掴まれて右往左往していた。面白がって手を離そうとしない不埒な男を睨み付ける様に振り返る様は、どこか人間的ですらある。
(「く、屈辱的なぁ〜ん」)
 実際、変身を解かなかったのは仁乃甦輪・ティア(a53216)の最大の自制だった。
 外壁に沿って歩いていた彼女が窓の代わりに見つけたのは、比較的最近のものと思しき虫喰い穴。中の様子を窺えるかと覗き込んだ所で、ちょうど内蓋をずらした中の人間と目が合って……
 すぐ近くに、背の低い扉がある。正面以外の侵入経路としては唯一だろう。
(「よく捜せば他にもあるのかも知れないけど……あまりウロウロ出来ないもんね」)
 などと星影・ルシエラ(a03407)が思っている間にそれは起きたのだった。遠眼鏡越しに仲間のピンチを目の当たりにしたルシエラは、一瞬惑う。影を解いて飛び出すべきか否か。
「そ、そ――そのノソリン、拙者の……っ」
 そこへ、息を切らせて走って来た行商人然とした風体の男を、若い盗賊は眺め回す。
「売りモンか?」
 日の届かない裏通りに、珍しい黒ノソリン。そこに行商の男とくれば、そう思われても仕方のない事か。行商人――歌う山伏・ハル(a28611)はいっそう慌てた素振りで頭を振る。
「とんでもない。これは旅の連れ合いでござる。ちょっと目を放した隙に居なくなってしまって」
 捜していたのでござるよ、と乾いた声で笑う。その目がじっとり突き刺さるのを感じた黒ノソリン――ティアは首を竦めて知らん振り。盗賊は「何だ、ハグレか」と何の感慨もなく呟いた。
「拙者、ここの主人にお世話になってござってな〜」
 今日は掘り出し物が……などと尤もらしく言いながら荷物を探り始めた行商人に、待ったの声。
「あいにく、主は今大事な来客中でな。出直してくれ。じゃなきゃあ……」
 その眼によぎった黒い光が意味を持つ前に、ハルの唇が歌を紡いでいた。
「身包み剥ぐか、殺して奪うか。そうはいかぬよ。貴殿はここで眠りに落ちるのでござる」
「何言ってン……」
 訳が解らないまま術中にはまって、かくりと膝を落とした盗賊を踏みつけてやりたい衝動に駆られたが、目を覚まされてもマズイ、とティアは思い留まった。須らく潜入が第一だ。
「危なかったね、扉の影にもう一人いたみたいだよ」
 彼らが問答している隙に確保した裏口から顔を出したルシエラが、声を潜めて示す足元、寝息を立てる盗賊達を縄で縛りながら闇緑の迷い子・ヴェンツェル(a43326)が一人ごちた。
「……もしか、しなくても…バレてた……デス?」
 元々人通りの少ない裏路地に立ち入れば、それだけで否でも応でも目立ってしまうというものだ。目深に被ったフードは控えめに見ても、充分怪しかった。が、それはさておき。まさか覗き穴とは。
 彼の呟きは、内部に既に警戒が伝達されている可能性を示唆していた。
「ソラリアさん、大丈夫かな」
 呟き、ルシエラは不安を振り払う様な仕草。人質の無事を願い、そして――
 視界に翻る何かに彼女は思考を止めた。大きな布が黒ノソリンの身体を覆う。ハルは、その装いの為、行き掛かり上仲間達の荷物持ちをもこなしている。ふと、心配そうに大通りの方を見遣った彼は、「とにかく」と言って視線を戻した。
「ティア殿は今の内に服を着るでござる」
「なぁ〜ん」

●選択と証明
 幾つかの小さな橙灯が照らす室内。アンティークのソファに身を預けた男に勧められるまま、対面のソファに腰掛けるサモナの背中をそれとなく庇う様に立つ二人の女。卑しい笑みを浮かべた盗賊の眼には、彼女らが不安げに青年に寄り添っている様に見えたかもしれない。
 ぶっとばしてやりたい――、ルシアは思った。
 依頼人にああ言った手前、穏便に事が進む様に計らう事が務めだと自負してはいる。それでも、背後で無意味に優位を主張している『扉代わり』の盗賊達は気に障る。
「(ルシアはん…辛抱や…)」
「(判ってるわ)」
 努めて冒険者のオーラを消そうと縮こまるカガリは本当に非力な街娘に見えたが、彼女がその服の内にチャクラムを忍ばせている事をルシアは知っていた。

「さて――」
 誰かがさっきまで脚を乗せていた低いテーブルの上に、ハンカチに包まれていた二つの指輪が恭しく姿を現した。どちらも細やかな細工が施された銀の輪に小さな石を嵌め込んで仕上げられた物だ。
 一方は内に揺らめく炎の様を湛えた、血雫の如き赤。
 もう一方は、淡い哀しみの色に滲む、落涙の染みの如き青――
 それを見て息を飲む様に凍りついたサモナの顔色が、みるみる失せて行く。
「貴公が愛する女性に贈った指輪だ。『違う』と思った方を、叩き潰す。……こいつで」
「……。…どういう、ことですか」
 呻く様な。微かな呟きに、対面の男はすました顔で肩を竦めた。その手に握った鎚を器用に回転させ、指輪に並べて置かれた鎚の柄は、ひた、と細工師を指している。
 ややあって彼は思い至った様に膝を打った。
「――ああ、失礼。こんな事で試そうなどと」
 簡単すぎたかな――。そういう意味ではない事など、知っているのだろう、その笑みは。
「サモナはん」
 カガリが気遣う様にそっと呼びかける。だが、細工師の青年もまた盗賊の言葉を聞いてはいなかった。視線はただ真っ直ぐに、指輪を見つめ、見つめたまま逸らす事も出来ずに――
「……何故」
 震える声は先程よりもさらに小さく、青年の口中でくぐもった。
「『何故』? 不思議かな。これがここにある事が」
 耳聡い豺狼が――牙を剥く笑みを浮かべる。あくまでも穏やかな声で、深々と、獲物の心を抉る。サモナはとうとう堅く目を瞑ってしまった。
「これは、どちらも僕の……」
 然り。身を乗り出していた男は満足げにソファに座り直して腕を組む。待つ体勢だ。
 細工師の青年が葛藤する様を愉しむ様に、目を細めて無言。尊大な笑みを口許に滲ませる。
(「サモナさん」)
 全てはあなた次第だと。声にすれば追い詰めるだけかもしれない。ルシアは祈る様に心の中でその名を呼んだ。形の見えない想いだからこそ拠代は必要なのかもしれない。だが所詮、物は物だ。
(「……一番大切なのは、気持ち。見失わへんとって……」)
「解ってます。僕は、それを証明する為にここへ――」
 カガリの思いが通じたのか、それにしては遠い呟きを口にしてサモナが目を開く。
 意を決した様に、鎚を、扱い慣れているであろうその道具を手に取り、眼前の男を見据えて言う。
「……彼女の無事を、確かめさせては貰えませんか」
「無事でないなら、端から意味がないだろう。こんな茶番は」
 言葉は返してもサモナの要求に応じるつもりはないらしい。胃液が煮え立つ様な錯覚を覚えたルシア。カガリが咄嗟に袖を引くが、彼女の口は止まらなかった。
「信じていいんでしょうね?」
「勿論だともお嬢さん。我々は『紳士』だからね」
 明らかに皮肉交じりのそんな台詞。
 さざめきの様に広がる下卑た笑い声は、男がさっと挙げた片手が空を掴むと同時に引いた。
「………」
 沈黙。鼓動が時を刻む沈黙。そして。
 振り下ろされた鎚の下で、銀の輪がひしゃげ――
 パシャっと呆気ない音を残して、砕け、飛散る水色の粉。

●評判の二人
 ――いいヤツだよ。仕事は丁寧で、アフターケアも万全。ちょっと生真面目で。自分の作品を、仕事をとても愛している人。人が好すぎて損をするタイプ。――似たもの同士でお似合いの二人。
 人々は言う。
 嫉妬するほど、あの二人には何故か「幸せになってもらいたい」と思う気持ちが勝るのだと。

 予想に反して、身分の違いは深刻な妨げと言うより、むしろ美談である事にクランは驚いていた。
 両親は二人の仲を応援し、姉妹仲もすこぶる良いと言う。
 評判の良い二人の事を聞き出す事は造作もなかった。しかし。それ以上の収穫は無いに等しい。
 聞けば聞くほど、卑劣な手段で二人の仲を裂こうとする者の気配が、遠ざかる気すらしていた。
(「冗談じゃないッ」)
 見えない相手に憤る、クランの足は大通りの雑踏の中へ。
 ――引っかかる事もあった。恋人達とは対照的に、悉く住民達の不評を買う男の噂話。
 人との関わりを断つ様に暮らし、時折ふらっと居なくなってはガラクタを持ち帰る彼の『奇行』。家を長く空ける事もしばしばで。得体の知れない男。――そして。いまやこの世にいない筈の男、である。

 彼もまた、件のお嬢さんに好意を寄せていたと言う。だが、彼女の両親はこれを良しとはしなかった。
 普段近付きもしない好事家邸で起きた事など知る由もない住民達の論調は、どこまでも平和で無遠慮だ。――ご両親は彼に身を引かせようとしてお嬢さんに相応しい男を宛がったんだ、って――

●呆気なく終わり、終わらない始まり
「人質は何処だ」
 スィーニーが静かに詰問する。眼下には縛した盗賊達。その数、十余名。
 あの後、細い廊下の奥で隠し部屋を見つけた。だがそこから飛び出してきたのは人質ではなく、武器を手にした盗賊達だった。縛り上げて転がした後、裏口から侵入したハル達とも合流して、邸内を隅々まで捜したが、血痕はおろか人質の姿は何処にもなかった。
「何を、企んでるでござる?」 と、ハル。
 別に、何も。首領格の男は肩を竦め、「冒険者相手に危険を冒す程、我々は身の程知らずではない」とすんなりお縄についた時にも見せた、豪胆な笑みを浮かべて言う。
「今頃、家に帰り着いてる頃だろうさ」
 スィーニーは、人質の無事をこの場で確認出来ない事に舌打ちした。

 ――数刻後、急ぎ引き返す市街にて、その言葉が嘘ではなかった事が証明される事になる。

 愛しているなら姿を現すべきではない。愛されたいなら、なおの事。だが――結局。
 まだ会った事もない、名前も知らない『その女』を屋敷の中で見つける事は叶わなかった。
 どうやらティアはその女を盗賊共々縛り上げてしまうつもりだったらしいが、願い叶わず、盗賊達と埒の明かないやり取りの果てに、大仰に肩を落としている。
 彼らにとっては所詮、茶番に過ぎない。二人の恋路がどうのと問い質した所で、知った事ではないのだろう。内通者……否、今となっては黒幕ではないかとさえ思える『その女』でなければ、見聞き知る事も叶わない領域に、踏み込む準備を冒険者達は怠ってしまったのかもしれない。
(「貴女は誰? 何の為に…こんな事するの?」)
 解らなくなりそうだった。見届ける事さえ放棄するなら、証明など無意味だ。
 すっきりしない胸を押さえるルシエラの傍らで、スィーニーが呟く。
「……まだ、終わってねぇんだ」
 真剣な声色。彼の緑の瞳は、二つの指輪を掌に見つめて立ち尽くすサモナを映している。現場に『現れなかった』のなら、まだそれは終わってはいない。少なくとも、その誰かが残骸を確認せずにいる内は、何一つ、証明されてなどいないのだ。
(「その女……サモナに嬢ちゃんを渡す事を良しとしてねぇんじゃねーか?」)
 スィーニーが内に零した声は、橙灯に滲む闇に溶け、聞く者も答える者もありはしない。
「…悲劇って、何なんやろな」
 不意に脳裏に甦るその言葉。悲劇。
 護ろうとしていたものは何一つ欠ける事なく還って来たと言うのに、カガリの表情は晴れなかった。
 ……何一つ、欠ける事なく――?

 欲深い獣が潜む沈黙の館は未だ、入口の扉を開いたに過ぎない。


マスター:宇世真 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2006/09/21
得票数:ミステリ6  ダーク4 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
星影・ルシエラ(a03407)  2009年12月19日 17時  通報
謎ー☆は、続きへー☆