【読書の時間?】シュトゥルティティア書簡



<オープニング>


 祖父の形見分けの日、孫のオプファーはシュトゥルティティアを見そめた。
 怪しげな物品を収集していた祖父の倉庫の奥で、シュトゥルティティアと名札を貼られたその人形は眠っていた。

 遠い昔、祖父から聞かされた記憶があるという母の話によれば、シュトゥルティティアは生まれながらに凡百の同族とは違っていた。それは彼女の使命が他と一線を画していたためだ。彼女は愛されること、あるいは商売や、正統なる伝統の継承などとは何の関わりもなく、ただ人を呪うために生まれた。
 だから彼女は綿の詰まったぬいぐるみでもなければ、土産用の木彫り人形でも、大理石の美術品でもなく、排他的で外からは目的を窺い知ることもできない、今は亡き団体が紅いガラスの眼球と本物の頭髪を埋め込んで作った呪術人形だった。
 少なくとも、祖父は行商人から聞かされたこの話を信じて購入した。

 オプファーにとって、シュトゥルティティアはただ最高にレアなアイテムだった。お金持ちのガイセラもこんな人形は持っていないし、器用なフューギィもこの独特の雰囲気を再現できないだろう。実際に見せたところ、二人は口を揃えて「不気味だ」と評価を下したが、全くそのために尚更オプファーは彼女を気に入り、どこへ行くのも一緒になった。

 だが、別れは突然に訪れた。少し目を離した隙に、木陰に休ませていたシュトゥルティティアが消えてしまったのだ。オプファーはふさぎ込んだ。このままでは可哀想だと案じた両親はオプファーに手紙が届いたことにした。気まぐれな旅に出たシュトゥルティティアが見知らぬ国から寄越す手紙が。

 オプファーは両親の書いたシュトゥルティティアの手紙を読んで、愛する人形が無事だったと分かり、元気を取り戻した。

「……ふりをしてとりあえず両親を安心させましたが、やはり人形が気になると依頼を持ち込みました」
 午後の霊査士・イストファーネは一息入れて続ける。
「霊視で、シュトゥルティティアは壊されたりはしていないことが分かりました。見つけ出してオプファーの元に戻してあげて下さい。

 オプファーによると、最近村周辺の山道に出没する盗賊が怪しいとのことです。盗賊の人数は一人で、訓練された犬を二匹従えています。弱いですがそれだけに慎重で、相手を選んで襲います。この盗賊がシュトゥルティティアを盗んだのかはともかく、ついでに捕まえておいて下さい。盗賊のアジトは分からないので囮を使うのが良いかと思います」
 イストファーネはエルフの紋章術士・カロリナを含む冒険者達に向かってそう結んだ。

マスター:魚通河 紹介ページ
・盗賊と犬を捕まえる
・シュトゥルティティアを取り戻す
 このふたつの条件を満たせば成功です。

 オプファーはまずシュトゥルティティアが見つかってから両親に話をしようと考えていますが、必要なら両親に依頼を受けたことを話しても構いません。

 シュトゥルティティアがどこにあるかはもう決まっています。オープニング文章だけではどこと断定できないので、予想される所を全部調べるのが良いでしょう。
 オプファー、ガイセラ、フューギィは十歳の女の子です。

 カロリナに何かさせたい時はプレイングで指示してあげて下さい。

 それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。

参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
北落師門・ラト(a14693)
緩やかな爽風・パルミス(a16452)
情報探偵家・クレイモア(a51311)
熱情の律動・ユヴァ(a53937)
格闘的大姐・シェルニィ(a54193)
NPC:次のページへ・カロリナ(a90108)



<リプレイ>

●依頼者
 木々に囲まれた山裾の小さな村に到着する。
 村の入口、古びた木の門の下で、小さな口を頑なに引き結んだ女の子が辺りを睥睨していた。彼女は冒険者達の接近に気づくと短い足で精一杯に走り寄り、ぴょこんとお辞儀してオプファーですと名乗った。
「ぜったいぜったい、シュトゥルティティアを見つけて下さい!」
「必ず見つけるから大丈夫。そのために少しお話を聞かせてくれない?」
 想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)とカロリナに連れられて、オプファーは村の広場の方へ歩いていった。
 大切な人形についての大仰な賛辞をとめどなく溢れさせながら小さくなっていくオプファーの後ろ姿を見送ってから、情報探偵家・クレイモア(a51311)が口を開いた。
「呪うためだけに作られた人形ですかぁ。一体どこに消えてしまったんでしょうかねぇ」
「シュトゥルティティアの在り処として、可能性としては……」
「ガイセラちゃんと〜、フューギィちゃんと〜、オプファーちゃんのご両親と〜、盗賊さんの内の誰かですね〜。
 ガイセラちゃんなら〜、羨ましくて〜。フューギィちゃんなら〜、お人形作りの参考にするために〜。ご両親なら〜、気味が悪いからでしょうか〜」
 玉鋼の森守・ラト(a14693)の言葉を緩やかな爽風・パルミス(a16452)が引き継いだ。
「小さな事件とはいえ、子供を犯罪者扱いしなければならんとは」
 と熱情の律動・ユヴァ(a53937)。見た目は明るい少女だが、喋り方は頑固な中年男性のようだ。
「でも万が一のことも考えたら、念のため、総当たりで調べた方が良いわよね」
 腐れ縁のユヴァに、格闘的大姐・シェルニィ(a54193)が応じた。
 腕組みして頭の中で話を纏めながらも、クレイモアの閉じたまぶたの裏には先程の依頼人の姿が浮かんでいた。
「ちょっと不気味な代物みたいですが、オプファーさん、大分その人形を気に入っていたようですし……探してみますか」

●両親
「そういうわけで、無くなったオプファーの人形を探しに来たのだ」
 ラトが依頼を受けた経緯を伝えると、オプファーの両親は驚いたようだった。くつろいだ様子で粗末な椅子に腰掛けていたオプファーの父は神妙に座りなおし、
「そうでしたか。あの子のためにわざわざ有難うございます」
 と頭を下げた。質素な客間にオプファーの姿はなく、ラトとオプファーの父母がやや緊張して向かい合っている。
「あなた方が娘への悪影響を懸念するなりの理由で隠したということも、可能性のひとつとしてあり得ると考えている。もしそうなら人形を返してもらえると有難い」
 誠実に対応しようとは思っていたものの具体的なことは考えていなかったラトは、とりあえずかしこまって一礼した。
「まさか!」
 豊かな口髭を蓄えた顔が面白そうに微笑んだ。
「私達がそんなことをするはずありません。ねえ、お前」
「ええ」
 母の方は言葉少なに頷いた。
「そうか。しかし念のため人形が仕舞ってあったという倉庫を調べさせて頂きたいのだが」
「はい、構いませんよ。ねえ、お前」
「ええ」
 案内された倉庫は胡散臭い品物の山だった。邪竜導士はざっと眺め回し、ひとつひとつ手に取って調べていったが、シュトゥルティティアらしき人形は見当たらなかった。
「ここにはないか。……失礼した。御協力感謝する」
「疑いが晴れて良かったですよ」
「この件でオプファーを叱らないでやってくれ」
「それは勿論。オプファーは可愛い一人娘ですから。ねえ、お前」
「ええ。……本当に」

●友達
「自慢じゃないけど、昔から子供と動物にだけは好かれるのよね〜。これで男も寄って来てくれたら言うことないんだけどなぁ……」
 そんなことを呟きながら、シェルニィは尋ね回ってガイセラを見つけた。
「こんにちは」
 小さな村の住人にしては高級な服を、しかし濡らすのも構わず池に石ころを投げ込む。そんな遊びに興じていた女の子に、武道家は笑いかけた。
「? こんにちは。どちらさま? 何かご用?」
 とガイセラは、丸っこいくせに険のある目で見知らぬ女を見上げた。
「私はシェルニィ。少しあなたとお話したくて」
 自然体で話しかけるシェルニィ。
「ここはなかなか良いところね」
 雑談を始める。竹を割った様な彼女の性格が、ガイセラと何か通じるところがあったのか、話は弾んだ。
「ところで、ガイセラはお人形好き? 私は大好きなの」
 さりげなく探りをいれようとしたシェルニィの問いに、相手は目を輝かせた。
「そうなの? わたしもだいすき! うちにはたくさんお人形があるのよ! それでみんなとお人形遊びを……あ、でも」
「でも?」
「最近はやってないの。オプファーったら、不気味な人形を連れてくるんだもん。やだわ、あんなのと。
 だから置いてきなさいって言っても、オプファーはあれを手放さないの。なまいきなの。それでやっとあの人形がどこかにいったと思ったら、オプファーは遊んでる場合じゃないって遊んでくれなくなるし……で、でもわたしは全然平気なのよ!」
「そうなの」
 もしガイセラがシュトゥルティティアを盗ったなら、自分からこんなに語ることはあるまい。彼女は犯人ではない、と判断したシェルニィは、友達との仲直りを勧めながら雑談を続けた。

「人形が好きなのか?」
 切り株に腰掛けてひとりで人形遊びをしていた女の子は、ユヴァが話しかけるとこっくり頷いた。
 初めて会った人間と雑談などしない性格らしい彼女に、ユヴァはしゃがんで目線を合わせ、旅の話を面白可笑しく話して聞かせた。そのうちフューギィの気も緩み、少し赤くなりながら受け答えするようになった。
「フューギィは友達と人形で遊んだりはしないのか?」
 話の途中でできるだけ自然な風を装ったユヴァの問いに、相手はぽつりぽつりと話し出した。
「前は遊んだけど……友達のひとりは、きっと私達より不気味な人形の方が大事なの。……私はそんな大事な人形に不気味だって言っちゃたし……だからあの子とは何となく遊べなくなったの。もうひとりの友達とふたりだけで遊ぶのは苦手だし……だからひとりで遊ぶの。
 少し前、不気味な人形はどこかに行っちゃって……オプファーは気が気じゃないみたい。はやく見つかるといいのに」
 ユヴァはフューギィをじっと観察していたが、明らかな動揺は見て取れなかった。たったそれだけの理由だったが、彼女は犯人ではないのだろうと判断を下すと、ユヴァは礼を言ってその場を後にした。

●盗賊
 パルミスとクレイモアは並んで山道を歩いていた。エルフの忍びは少しだけ身なりの良さそうなワンピースを着て、ストライダーの狂戦士は右手にダイヤモンドを弄び、双方とも武器は帯びていない。
 村から幾分離れた頃、木々の奥にわだかまる闇が道に跳び出した。かと思うとそれは二匹の黒犬で、前後から冒険者二人に激しい唸り声を浴びせ、威嚇した。続いて抜き身の短剣を携えた覆面の男が現れた。
「へへへ、坊ちゃんに嬢ちゃん、痛い目にあいたくなければ金目のも」
 最後まで言い切る前に、クレイモアの咆哮が台詞を遮り山の静寂を破った。紅蓮の咆哮で二匹の犬は麻痺し、盗賊はパルミスの両手から放たれた糸に絡めとられた。パルミスのダークネスクロークはいつの間にか主人の背後に現れていたが、役目を果たすことなくまた影の中へ消えた。
「ごめんなさい。もうしません。どうかお許しを」
 粘り蜘蛛糸で巻かれたまま額を地面にすりつける盗賊。
「それじゃあまず、アジトまで案内してもらいましょうか」
 クレイモアはトレンチコートの裏から出した荒縄で更に盗賊を縛った。二匹の犬も足の一本に縄を結んで逃げられなくした。

 アジトは山奥の洞窟だった。
「ここにあるとはあまり思えませんが、一応探してみますか」
「あるとは何のことで? 冒険者様」
「人間の髪が埋め込まれたお人形さんです〜。知りませんか〜?」
「いいえ、そんなものは盗ってません」
『♪犬さん達も〜、知りませんか〜?』
『『♪知りません』』
 パルミスは獣達の歌で犬にも訊いてみたが、二匹は声を揃えて簡潔に否定した。
「そうですか〜。あれは呪いの人形で〜、その入手経緯に関わらず〜、持ち主に破滅の呪いをもたらします〜。拾ったり盗んだりしたのでも〜、一旦手にしたら〜、捨てても呪いが降りかかります〜。良くて大怪我で〜、悪ければ死にます〜。壊そうとすると〜、逆に襲われて殺されるそうです〜。以前の持ち主から〜、私達に破壊の依頼が来たんです〜」
 念のため脅しをかけてみるパルミス。
「ひいい。知りませんよ、そんなものは」
「どうやら本当に見たりませんね」
 盗品と思しき品々を荷物にまとめ終わって、クレイモアが言った。盗賊は細々と仕事していたらしく、冒険者二人は全ての盗品を運び出して下山できた。それから村の役場に品物と盗賊と犬を引き渡して丁寧にお礼を言われると、仲間達と合流するために村外れへ向かった。

●人形
 喋り疲れて眠ってしまったオプファーを家に送り届けたラジスラヴァとカロリナを含め、冒険者七人が村外れで落ち合う頃には日も暮れかかっていたが、依然として人形の行方は掴めなかった。そこへ、
「あの……」
 と声がかかった。見るとオプファーの母が、布に包んだ何かを抱いて人目を忍ぶように木陰に立っていた。
「これを……」
 包みを渡されたラトが布を取り去ってみると、それは話に聞いていた通り、いかにも不気味な人形だった。
「娘の人形を隠していたのは私です。夫の前では言い出せませんで……」
「やはりか」
「隠す場所ぐらいいくらでもあったでしょうが、一体どうして?」
 とクレイモア。
「こういう小さな村では、それも女の身では、隣人との関係はとても大切なのです。人形を愛でるより、人形のように愛でられることの方が大切なのです。オプファーがあの人形をきっかけに、どんどん周りと距離を取るようになることが心配で……」
「だからといって、黙って取り上げることはないだろう」
 そう問うユヴァに、犯人は怯えを含んだ神経質そうな目を向けた。
「オプファーは頑固で天邪鬼なところがあって……」
「友達から不気味がられる人形をそのせいで余計気に入ってしまうみたいにね?」
「ええ。普通に言い聞かせても、ますます人形を手放さなくなるかもと思うと、つい。人形は燃やしてしまおうとも考えましたが、父の遺品でもあって傷つけることはできませんでした」
「もっと子供の意思を尊重しなさい!」
 ユヴァはお説教を始めた。オプファーの母はうな垂れて神妙に話を聞き、ひとしきり話し終わったドリアッドの医術士は、人形は道端に落ちていたことにしてオプファーに返そうと提案した。
「罪を憎んで人を憎まずってやつよ♪」
 シェルニィが補足する。
 冒険者達は、こちらを振り向き振り向き、お辞儀しながらとぼとぼ去って行く彼女を見送った。

 しばらく時間を潰した後、改めてオプファーの家を訪ねた。眠い目をこするオプファーに、遠くの道で拾ったとシュトゥルティティアを見せると、彼女は一瞬のうちに眠気を払い落として人形にとびついた。
「会いたかった、シュトゥルティティア! ありがとうございます、冒険者様! お父さん、お母さん、実はね……」
 依頼を果たした冒険者達はオプファーの家を辞去し、夜道を村の門へと辿った。オプファーと両親は七人の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 そしてオプファーの片腕の中では、不気味な人形が何も語らず何も聞かず、赤い視線で持ち主を凝視し続けていた。


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参加者:6人
作成日:2006/10/03
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