<リプレイ>
●清水の飛泉 絹糸を震わすような細い音が、さらさら、さらさらと尽きること無く夜に響いた。 冷えた氷を思わせる澄んだ光を踏み締めて螺旋を描く階段を登り、辿り着いた舞台にてミナは華やかな黒い衣装の襟を正す。其処は綺麗と言い表すのが最も相応しいように思えて、シュチは深い溜息を洩らす。見上げれば満天の星、流れる星は見えまいかと夜に光る輝きを探った。 水晶を切り出した椅子に腰掛けたシノブは、結局のところ、寵姫は冒険者贔屓だったのだろうと考える。今宵だけに限らず繰り返されて来た招待も贈り物も、思い遣りも気配りも、単なる気紛れにしては好意が含まれ過ぎていた。 舞台の頭上、水が流れ落ち滝が生まれる河原にも今宵は人の姿があった。彼らは己に舞台へ華を添える役目を課し、白薔薇を流しては寵姫が喜ぶよう願い、水上に白い絨毯を創りあげる。 白い燕尾服の胸に白い薔薇を押し当て、ヤタは黙した。逢うことも出来なかった女性の存在を、彼も確かに知っている。終える為に駆け抜けた者たちに感謝と羨望を抱き、嫉妬を隠して薔薇を流した。夜の水辺に漂う凛と張り詰めた空気に包まれ、咲く薔薇と輝く白月が何処か寵姫に似て見えて、ユイは薄い微笑を浮かべる。想いを抱いて彼もまた、一輪の薔薇を滝に流した。 綴られた童話の世界で微笑む御姫様へ憧憬の念を抱いたのは、特に不自然な話でも無い。寵姫が罪人であることはオドレイとて理解している。けれど彼女が接した寵姫は唯、優しく綺麗な女性だった。好きだったから、死んだことが悲しかった。籠に集めた沢山の白い花を水に撒き、贈る。眼下の舞台に居るだろう知人を案じ、彼女は僅かに睫毛を伏せた。 寵姫の笑顔を願いながら、リセは想いを篭めて薔薇を手に取る。訪れた救いと言う名の終焉に祝福として、エンは哀しみが届かぬよう祈り薔薇を流した。灰白の衣装を風に靡かせ、カナタは届かなかった想いを告げる。小さ過ぎる声は夜気に染みて消えたけれど、寵姫が確かにくれたものを愛しむように思い返した。 薄色から藍紫に揺らめく裾を見下ろし、過ぎたひと夏を振り返る。深く刻まれた記憶を探れば、思い出すのは圧倒された存在感。数多の者には気付けぬ何かを知った人々に囲まれての最期なら安らかだとステュクスは信じた。捨て切れぬ畏怖に奪われた資格を嘆き、黒紗の下で瞳を伏せる。 楽園の名を冠した灰銀に艶めく薔薇を一輪、花束から抜き取り滝に流した。悼まれることなど望まず、美しい時を楽しんで欲しいと願う女性だと知っている。だから麗しき青の琥珀を思わせる寵姫の姿を目蓋に描き、彼女を模した美しい人形を抱えてノヴァーリスは小さく零した。 「おやすみなさいませ、ルクレチア様」 囁きは滝の音に掻き消され、世界へ緩く染みて行く。
●水晶の舞台 寵姫が冒険者を多く招いた舞踏会の夜と同様の衣装を纏い、同様の飾りで今宵だけは黒のスカーフを留め、黒の手袋を嵌めてアレクサンドラは其処に立った。舞台の主が血に濡れし殺戮者と記録されれど、彼自身の記憶に残るのは満たされた森の泉が如く典雅な姿。 「此れほどの物を手中にしながら、貴公は如何な想いで眺めていたのだ……?」 月、水、晶、薔薇。何より美麗な光景だと思えた。彼は感嘆の声を吐く。 今宵此処を訪れし皆の心には間違いなく、彼女の姿があるのだろう。ハイレディンは流れる時に身を沈め、茫と思考を浮かべて刹那の時を贅沢に過ごした。関わり過ごして来た日々を思い返しながら、今は唯、寵姫がゆっくり休めれば良いとグリュウは思う。 嵌めた金鎖に指先で触れ、ユズリアは寵姫が愛する人々の幸福を祈っていた。飾りで髪を纏め正装したリィリの目に、美しい情景が儚く映る。寵姫に関わった此れまでを想い、リリカは己の不足を悔いた。認められる機会を作れなかった自身が、ノリスにも情けなく思えて為らない。 銀の夜会服を身に付けたユーリアは、寵姫の城下町を見るたび抱いた感慨を水晶の舞台にも感じていた。寵姫が本当に民を想っていたことが良く判る。手持ちの衣装から一番良いものを選び、訪れたシュハクは踏み出す分に足りない出逢いと、過ぎた機会を悔やんでいた。グリューネは夜に鏤められた星々を見上げ、見守っていてくれるよね、と小さく呟く。煌きは酷く美しく、心に響いた。 寵姫と寵姫を想う者たちが結ばれていたことは、口に出来るものが無い己にすら判るでは無いか。濡れた眦を拭う風のように、アソートの篳篥が清水を謳う。流れる水音に掻き消されるほど密やかに、ペテネーラは旋律を奏でた。寵姫を知るたび届いた静やかな音が今宵には相応しかろう。微かな喪失感を埋めるよう慕情を乗せて、アネモネも弦を爪弾いて行く。 「貴女の旅路が、安らかなものでありますよう……」 鮮明に焼き付いている寵姫を想い、ハーウェルは胸にさした紅の薔薇を護るように掌を翳した。甘やかな琥珀の香を纏いし姿を目に出来なかったことだけが心残りだけれど、世界が泣きたくなるほど美しいから、彼女は涙も浮かべず祈りを捧げる。 寵姫の笑顔が好きだった。寵姫を前にするたびに隠してしまった素直な想いを、今宵ばかりは露に過ごす。寂寥も哀悼も深く拭えぬものだけれど、哀しむ顔を彼女が喜ぶとは思えない。水晶の舞台の袂に座し、セリハは流れ行く白き花々と星々と時間とを眺め唯、彼女を想う。
●喪失の慕情 初めて出逢ったのは護衛士として赴いた折。舞踏会で言葉を交わし、星凛祭も楽しく過ごした。思い返せばシルヴィアの頬にも微笑が浮かぶのに、心は寂しくて悲しい。 「後を追うことも、立ち止まることも……貴女は望んでないでしょうね」 だから前に進みますと確かに誓って、彼は青い瞳を伏せた。 秋の月を見上げたハートレスは記憶を探る。生まれて初めて袖を通した礼服が齎した緊張は、水音と夜風が徐々に拭って行ってくれた。寵姫は「手に入らぬものが愛しい」と紡いだ瞳が忘れられない。死なせたくないと想ってしまったのは、此れが理由だろうか。 「手に入らないもの、形を留めておけないものが……多過ぎる……」 彼女に言わせれば、世界は愛しく美しいもので満ちているのだろう。ビャクヤは微笑し、輝く哀しい世界に浸る。仮初めのものでは無く、真実、心からの感謝と寵姫の姿を胸に秘めた。 キルは手の中で飴細工を弄ぶ。彼に教えられた寵姫が手ずから作り上げ、彼に贈って寄越した品だ。不恰好なノソリンを見るたび、唇には笑みが浮かび、胸には愛しさが湧く。ずぶ濡れに為って笑っていた彼女は好奇心に満ちた瞳を瞬かせ、今宵も此方を覗き込みに来るのではないか。飴細工が崩れようと、忘れない限り無くなりはしない。極上の微笑を零して白薔薇を渡り、流されるまま遠ざかる彼女の姿が見えたような気がした。 戯れるように踊った夜が夢のように消えて行く。シャオランにとって寵姫は最高の女であり、理想の女性だった。愛して憧れて欲した女性が永久に還らぬならば此れは最早、叶わぬ恋だ。何時かと願えば腕が震え、抱いた花束がぐしゃりと潰れた。殺されても構わないとまで想えた人を失って、此れから如何生きていけば良いのか。暗闇に独り放り出された苦しみに、彼は声を詰まらせ唇を噛んだ。 真夏に訪れた午睡の夢から醒めてしまえば、最初で最期の邂逅は、リルケに刻まれた痛みを伴う甘美な想い出。彼女が望む物、望めぬ物、望まぬ物を全て持っていた寵姫には否応無く心惹かれた。澄んだ酒を運んだ唇に指先で触れ、蘇る記憶を幸福に想う。寵姫はグリモアの加護すら失ったキマイラだとの事実があれど、彼女の影は見習うべき淑女としてシャアの心に残されている。寂しがりの寵姫の為に、彼女は微笑を浮かべて夜空を見上げた。 失った過去への想いを振り切るように流れる薔薇に視線を向け、ぐい、と杯を傾けた。酒を飲み干し、オリエは熱い息を吐く。こんなに多く愛された人など他には知らない。あれは面白い女だったよ、とイワンが語る。一介の冒険者として共に過ごせたのならば、さぞ組み甲斐のある仲間だっただろう。苦労も楽しく思えたに違いないのだ。
●薔薇の芳香 労いの意を篭めレインは男の杯に酒を注ぐ。白薔薇の香りは、優しく世界を満たしてくれた。 ユーリィカの心には己の弱さが鋭い棘として残される。絵空事と思われた底無しの愛情に束の間、触れていたのだと今更気付けば壮絶過ぎる美麗な夜が切なくて、酔い醒ましにと酒を求めた。 早死にするタイプだと茶化された毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は、良く知りもしない女ならば外見を褒めるしか無いと薄く笑う。確かにな、とヘルガも笑い月へ向けて杯を掲げた。 「月みてーな女だったよ、アレは」 遠くにあれば綺麗なだけで、寄れば血腥いものまではっきりと見える。態々近付いた連中は良い意味で馬鹿なのだろうと彼女は褒めた。閉じ込めた香気は蓋を開けば儚く消える。けれど薔薇が咲いていた事実には何ら変わりはあるまいと、酒に映った月を覗いた。 何時か寵姫に出逢う日の為、誇りを忘れず生きて行こう。愛でた白薔薇を水に返して微笑むアニエスの前を、何故か美しくないものが薔薇に混じり流れていた。酔っ払いは此れだから困ると彼は銀の首飾りを鳴らして笑い、二本の腕を引っ張り上げる。 冒険者は腕白で逞しいから退屈はしないで済みそうだ、とリピューマは哀しい胸の内に寵姫を想い囁いた。穏やかな琥珀色に揺らめく薔薇徽章に目を落とし、フェイルローゼは漣のように周囲へ零れた小さな笑い声たちを有難く感じた。寵姫は何より笑顔を愛する。寵姫の眠りし地にも薔薇が咲き誇っていることだろうと彼女は胸元に手を当てた。 道化服を着込んだニューラはずぶ濡れに為りながら、青銀の仮面を被り直す。今はもう判らない寵姫の心を探してみるも、全ては最早薔薇の向こうへ行ってしまった。水中から舞台に戻りつつ、夜空を見上げたラスキューは取り分け美しい輝く月に目を奪われる。幸せだった、と想い出が残された覆面の下で静かに誓った。精一杯生きた寵姫を忘れない。在り続ける姫君の笑顔を愛しんで、彼は只管に良き夢を願う。 「……もう少し、一緒に居たかったわぁ」 杯を手に薔薇月夜を臨み、リーガルは睫を伏せた。 共に過ごしたいと願える日々が未だ、彼女の中には少しだけある。求めた「もう少し」には実のところ限が無いのかも知れないけれど、小さな悔いが消えなかった。 濡れた白薔薇に親愛を乗せて小さく口付け、ルーネは涙を堪えて瞳を見開く。不足無く綺麗な光景の中には寵姫だけが居ない。大好きな想いをずっと抱いて行くのだと、滲む視界で強く想った。不意にルージの目頭が熱くなる。あの人は髪を撫でてくれた。耳にキスをしてくれた。 「今日だけは、泣いても、良いかなぁ〜ん……」 誰が否定を告げるだろう。望まれる強い子になるため、想いを流すため、彼はぽろぽろと涙を零した。慰めるように隣へ腰を下ろしたレーンは、薔薇の切れ間から覗く水面が広がり始めたことに気付く。夜は何時しか更けていた。彼女が促すような視線を送ると、元護衛士団長は軽く頷き口を開く。
●終曲の旭光 「アンリが死んだ」 ティアレスは切れ味鋭く語り始めた。彼は表向き責任を取りたいとの理由で自害したらしいが、何にせよアンリの話した事柄を護衛士らが口外することは無い。結局美少年らの処遇は、家族が返還を求めた場合帰郷させ、行く宛が無いならば貴族らの召使として働き場を斡旋して頂けるそうだ。護衛士らの働きにより、美少年らの反感が抑えられていた結果らしい。 また、被害を出さずに抑え切った同盟冒険者の能力を女王は高く評価し、 「何れ酒場に、セイレーン王国の商業組合から様々な依頼が齎されるやも知れん」 運搬や護衛等を主とした事柄を依頼するに足ると信頼を下さったそうだ。護衛士の働きは財産の献上も含め、女王の想定を大きく上回っていたらしく、責任は既に果たされたと認めても下さった。言葉の裏には勿論、此方に借りがあるのだから断れぬ筈との圧迫が在ったが、報酬の払われる通常通りの依頼が酒場に並ぶと言う未来は互いの距離が縮まったとも取れるだろう。 セイレーン王国は同盟領なのだから、民の為に同盟の冒険者が手を貸すのは義務とも言える。 何にせよ、貸し借りが綺麗に片付いたとは最良だ。 安堵の滲む声でトロンボーンが洩らした言葉を、ティアレスは簡単に了承し隣に座るよう誘う。此ればかりは面目が無いなと足りぬ背丈に苦笑を浮かべて、彼女を抱き寄せ身を貸した。もっと沢山話をして仲良く為りたかったと漸く想いを零しながら、静かに短く涙を流す。 寵姫を嫌うのは所謂同族嫌悪なのでは無いか、と揶揄するようにエルサイドは言った。決定的に違う部分が厭われるのだ、とティアレスはやや肯定的に答えを返す。彼は微笑んで清廉な星空を見上げ、美しさを感じることが出来た自身を誇った。寵姫から様々な表情を引き出し、心底寵姫の身を案じ護ろうとした冒険者らにイドゥナは最大の敬意を抱く。彼らの姿を見てこそ、寵姫には人を惹き付ける何かが在ったと思えるのだ。 肩を寄せる距離に佇み美しき世界を共に臨める、そんな埒も無い夢想がフレッサーに降り注ぐ。愛しき日々を噛み締めて堪えるように月を見上げ、徽章を付けた者同士、時を惜しむように語り合った。言葉の尽きた後、彼はティアレスと握手を交わし、突然引き寄せて抱擁もした。ティアレスは筆舌に尽くし難い表情をしたが、囁かれた言葉には「男の定めだな」と良く判らない相槌を打つ。 「何か一曲選んでもらいたいんだが、良いかな?」 穏やかな微笑を湛えたセドリックは、望まれて弾く方が楽しいのだと続けて紡いだ。寵姫に曲の好みを尋ねることが出来なかったことだけが、喉に刺さった小骨のように気に掛かる。ティアレスが飛び切り華やかなものをと答えれば、彼は終わり行く夏への感謝を篭めて音を奏でた。 流れる水音に掻き消されるか細い曲を耳に、エルノアーレは先見の明を持つ聡い寵姫を想う。普段とても慈悲深い彼女が依頼の折には、まるで冒険者を試すかのように厳しかった。願う未来を託せる存在を、彼女は探していたのだろうか。 「俺の、馬鹿」 クーラは滲む視界に悪態を吐く。寵姫は間違い無く幸せに最期を過ごしたろうに、未だ逢いたいと想うのだ。頬を擦り、全て手遅れに終わったとクライテは自身を責める。寵姫も恐らくは彼が護りたいと願ったことは、理解してくれているに違いない。彼の唇は謝罪を吐いた。 ハコは己の知る中で、誰より綺麗で可愛くて、目が離せなかった女性を想う。泣くまいと虚勢を張り、夢のような時に感謝した。忘れられぬ人に、心からの言葉を贈る。 「ありがとう。愛してるよ」 月明かりに照らされた薔薇の花弁は青く煌いて清水の上を流れ行く。

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参加者:61人
作成日:2006/09/21
得票数:ミステリ1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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