≪西森の砦アイギス≫少年の面影



<オープニング>


●帰郷
 両手に、ベッタリと着いた血糊。
 それだけは忘れられなくて。
 毎晩のように、紅い、夢を見た……。

「皆さんに、気にかけて頂くようお願いしたクレイの事だけど……」
 ケイザン村のモンスター退治の際、そこで話を聞いた戦に舞う白い妖精・アニタ(a02614)は目ぼしい収穫を得られなかった。
 一方で、毒の残留性の確認に出ていた泪月銀花・ヒヅキ(a00023)達や、捜索に赴いた月を詠し邪龍・ムーンリーズ(a02581)達から、いくつかの『拾い物』が寄せられていたのだった。
「霊視に時間がかかって、ごめんなさいね……。届けて頂いた物が、クレイに関係するものとは限らなかったのもあるけれど……、最初は、ドリアッドの成長の仕方をよく知らなかったし、分からなかったの。アイギスを出た当時、クレイは15歳だったのだけれど、今は……外見年齢が20歳ぐらいの青年に成長しているわ」
 数ヶ月という短期間の経験が、少年だった彼を大人へと変えたのだ。
 クレイの家族が、ケイザン村近くに現れたあのモンスターに襲われたのは確かで、彼の両親は既に死亡している。クレイが助かったのは、モンスターの凶刃に倒れた2人が、彼に覆いかぶさるようにして息を引き取ったから。
 その後の光景は、あまり説明したくない。――そう言って、アリスは言葉を濁した。
 リザードマンに追われ、両親の血にまみれ、たった1人で遠ざかるモンスターの足音に恐怖しながら。発狂しなかった代わりに、クレイは一時的に記憶を失くした。
「彼は今まで、ドリアッド領の東――旧同盟領の方にいたの。彷徨った挙句に辿り着いたのね……。見知らぬ土地で、記憶もなく、途方に暮れていた時に面倒を見てくれたのが行きずりの冒険者だったのもあって、身を立てる為に、彼も同じ道を歩もうとしているわ」
 戦が終わった事も、ノーラの存在も、彼をアイギスに引き戻す力にならなかったのは……そんな状況の所為だった。
「そのクレイが帰ってくるの。リザードマン領へ向かう、商人の護衛として……」
 取り戻した記憶と共に、リザードマンとモンスターへの恨みを抱いて。成長した彼が帰ってくる――。

●不死者
「クレイの護衛する商人達が、森の中で襲われるのが視えたわ。敵は複数のアンデッド」
 依頼を切り出したアリスは、ひと呼吸置くと、
「彼にそのアンデッド達を倒させないで……!」
 祈るようにそう言った。
「……? 『彼に』倒させなければいいの?」
 確認する声にコクリと頷く。
「ええ。クレイにとっては帰郷ついでの初仕事だけれど……。彼が相手にするには危険過ぎる相手だし……」
 けれど『手を貸せ』というのでもない。護衛士達には疑問がわき上がる。
「まさか、そのアンデッド……」
「……」
 アリスは黙って視線を逸らした。
「……そのアンデッド達は10体ほどで、鋭利な爪には毒もあるみたい。それに、なぜか行動に統制が取れているの。普通のアンデッドとは違うのかしら……? もしかすると、そう遠くない場所に指揮官がいるのかも……。街道を通る者を襲うよう、働かされているように感じるわ」
 特に木々の混んだ暗闇に潜伏しているらしい事からも、意識的に、動きを鈍らせる日の光を避けているのが分かる。
「出現したばかりで、被害報告はまだないけれど、逆に、アンデッド側の動きも詳しく分からないから、注意してね。アンデッド達を捜索しながら行くと、クレイと商人達が先に襲われてしまう事があり得るわ。……よろしくお願いね」
 言うと、アリスは丁寧に頭を下げた。

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参加者
フェイクスター・レスター(a00080)
赫風・バーミリオン(a00184)
フレイハルトの護衛士ー紅神の・フーリィ(a00685)
緋の剣士・アルフリード(a00819)
月吼・ディーン(a03486)
緑の拳・シャリアーナ(a04082)
たんぽぽ園の園長・セルヴェ(a04277)
傾城情夫・ウメ(a04589)


<リプレイ>

 『クレイにアンデッドを倒させないで欲しい』――そう願ったアリス。
「俺なら、生者を害し、他者に使役されるものに果てた身内は、この手で確実に解放してやりたいと思うんだが……」
「……」
 誰にともなく呟くフェイクスター・レスター(a00080)を、赫色の風・バーミリオン(a00184)はじっと見つめた。時々、『お兄さん』なレスターはとても『大人』になる。実際の年齢差を思えば、当たり前の事なのだけれど……。
 自分達を見送るアリスをチラと振り返り、そしてバーミリオンへと戻ってくる紫の瞳が、苦笑して細められる。
「俺が冷たいだけかな?」
 小さな問いかけに、バーミリオンはふるふると首を振った。
「冒険者をやっていれば、この程度のやるせない事は良くある事よ……」
 慣れろとは言わない。けれど、乗り越える強さは『冒険者』には必要だろうと薬神ユンケル様使徒どくたぁ〜・フーリィ(a00685)が言い、同意するように、天駆地翔・ディーン(a03486)は口元を歪めた。――アリスは甘いのだと言いた気に。
 緋の剣士・アルフリード(a00819)は傍らでスッと目を伏せただけで、否とも応とも相槌を打たなかった。経験からくる感想を、晒してみようとまでは思えなくて。
「わたし……アリスさんの気持ちも分かる気がするんですぅ。今また、クレイさんに苦しみを強いる事はないと思うしぃ……」
 今まで大変だったはずだから……と、緑の拳・シャリアーナ(a04082)は小さく抗議した。
「だが、いつかは直面する」
 言い切ったディーンの表情は、ゴーグルの下に消える。
「……」
 彼らの会話を聞きながら、アイギスの保父見習い・セルヴェ(a04277)はアリスの様子を思い起した。
 彼女が恐れるのはクレイの不幸だろうか。それとも、その先に待つものだろうか……。クレイの帰還は、少なからずアイギスに波風を立てるはずだ。
(「だが、クレイにはノーラがいる……」)
「俺達が悩む必要はない。クレイに『仕事』を放棄させなければ、アリスの願いも叶えられる。今はそれでいいのだろう。そして、自分の選んだ道が如何なるものか、クレイに自覚させれば良いだけの事……」
 深緑の旅人・ウメ(a04589)の言葉だけが、正しい道を言い当てているように聞こえた。


「急ごうっ」
 先に立って駆け出したバーミリオンを追って、仲間達が続く。
「……?」
 ふと、ウメは違和感に小首を傾げ、そしてバーミリオンの尖った耳を見て気付いた。――ドリアッドでないからだ。『急いでいる』割りには、無駄にあちこちを見回しているように感じたのだ。
 迷いの森を抜ける道は、ドリアッドの案内無しでは辿る事が出来ない。それでもアイギスの護衛士達が仕事を果せるのは、小さな複数種類の目印を知る御陰。
「彼らかな……?」
 行き合った旅人達に目を止めたレスターは、剣を携えた1人の胸元を見る。5人のうち4人は商人か荷物持ちのようで、1人だけが冒険者らしく見えた。
 『クレイに倒させないでほしい』というアンデッドは、揃いの指輪と、リーフ型のお守りを持っているという。そしてクレイは、同じリーフ型の首飾りを。
「そうみたい」
 一緒に情報を確認してきたバーミリオンは、その冒険者の胸元に揺れる、小さな銀のリーフを見て頷く。カンテラの灯りの中、それは煌めいていた。

 道を逸れ、野営地を探そうとしていた彼らに、
「わたし達はアイギスの護衛士ですぅ。最近、この辺りにアンデッドが出るっていう情報があって、警戒していましたぁ。これから引き上げるところですけどぉ、ご一緒しませんかぁ?」
 当たり柔らかく言って出て、シャリアーナは微笑する。
 アンデッドと聞いて俄かに商人達が怯え出してしまったのは誤算だったが、彼女の雰囲気が僅かながらプラスに働いた。
 その様子をチラと見てから、クレイは自己紹介をした。
「俺は護衛を兼ねて案内役に雇われた――クレイという。君達が……新しい護衛士団員なのか」
 数ヶ月前、15歳だった青年は、淡々と、だがアイギスへの懐かしさを滲ませて言う。
「(で。霊査士が迎えを寄越した……と)」
 ここに護衛士達が居るのは、ただの偶然などではないのだろうと、クレイは小さく言って確認する。
「……そういう事よ。協力する為に来たの。一般人が一緒という事だったしねぇ」
 力無き者の盾となる為だと、強調するフーリィ。
「クレイさん、ご無事で何よりでしたぁ。ノーラさんも心配していましたよぉ」
「……っ」
 シャリアーナが言うと、僅かにクレイの口元が歪んだ。
「ノーラは……今?」
「孤児院で生活している」
 セルヴェの端的な返しに、だが、クレイはビクッと反応した。――ノーラの親が亡くなったのを、彼は知らなかったのだ。
「孤児院か……」
 呟く様子は、急激な成長をとげた自分の事も改めて省みているようだ。
「野営……するんだよね。場所、決めようか……?」
 何となく話題を変えたくて、バーミリオンは言い挿し、皆を促すのだった。

「私達エルフは、3交代の班それぞれに分散しておこうね。……テントを張って、先に休むといいよ、バーミリオンさん、フーリィさん。私は、一応、鳴子を仕掛けてくるつもりだから」
 革のテントを差し出し、自らはカンテラと仕掛けを手に出て行くアルフリードに、ディーンが首を傾げて問う。
「アンデッドでも『見える』のか?」
「見えないだろうね。でも、夜目が何かの役に立つかもしれないから」
 エルフの夜目は、温度の変化を感知するもの。体温のないアンデッドには有効とは言えない。それはアルフリード自身も承知していた。
 納得したような、しないような。ディーンはただ小さく肩を竦めて見せる。アンデッドの襲撃を予測するという1点において、策を立てている者は少なく、彼もまた『現れたら倒すだけ』の心積もりだった。
『腐れ爛れた異形の姿を、お前達は森の中に見なかったか〜♪』
『お前達の縄張りに異常は無かったか〜♪』
 ウメは問いを歌に乗せてみる。聞きとがめた蝙蝠が、彼の頭上を旋回したが、めぼしい情報はくれずに去って行く。4度しか使えなかったのが難だったかもしれない。それとも、動物があまりいない事自体が、既に異変の始まりだったか。
「クレイも……先に休んでおくといい」
 当然のように、バーミリオンの寝床を整えてやりながら、レスターは気を回して――いや、ついでかもしれないが――言う。何となく寝付けない様子のバーミリオンの頭をぽふぽふと叩き、一緒に眠ってやった。
 時折、アルフリードが仕掛けている最中の鳴子がカラリと密かな音を立て、やがて、闇の中に振りそそぐのは葉ずれと焚き火の小さく爆ぜる音だけになった。
「……?」
 木立の奥に何かの気配があった気がして、アルフリードは目を凝らす。
「(気のせいかな……?)」
 確かめに、先へ分け入るのが返って危険なのは、アイギスの護衛士ならば分かる事。仮にアンデッドだったとしても、それが『指揮官』だったなら……、その捜索でテント周囲を手薄にするのは愚策だ。
 仕方なく、彼は諦めて皆の元へ帰った。
 『何も見えない』闇の中を、度々ふり返りながら。


 翌朝。
 嫌な予感を抱えつつ、アルフリードは商隊と仲間達の先に立ち、森を進んでいた。
 警戒が、足りないのだ。
 アンデッド達はどこに潜むと言われただろう?
 相変わらず、ウメは獣達の歌で話しかけられる動物に遭えず、襲撃の近い予感ばかりが大きくなっていた。
 そして――。まだ、夜明けの冷えた空気が残る頃。それは起こった。
 アルフリードが気配に足を止め、訝しむようにゆっくりと首を廻らせて――気付いた。
「……っ!」
 深い、森の一角。
 木々が混んで深い影を生む場所から、アンデッド達が現れたのだ。彼の後ろ、仲間達の左側から。
 数の確認を怠らなかった御陰で、別の2体がアルフリード自身を襲ったのには反応できた。だが、爪に裂かれた腕に、僅かな痺れがくるのを振り払った時、……悲鳴を聞いたのだった。

 素早く反応したのはウメ。そして、フーリィが仲間達に適切な応戦指示を出したが、予めの警戒無しに、それで護れる一般人の数には限りがある。
 襲撃は一方から。その敵に先制を許したのが、そもそもの過ち。セルヴェの巨大剣が唸り、シャリアーナの鋭い回し蹴りで1体がグラつくその傍で、2体のアンデッドの毒爪が、商人1人と、応戦したクレイを傷つけたのだ。
 幸運があったとすれば、その混乱が、アンデッドの『素性』を隠す結果になった事ぐらいだった。
 バーミリオンの裂帛の気合が聞こえ、アルフリードは破鎧掌を叩き込んでアンデッド1体を倒し、取りつこうとするもう1体をライクアフェザーで回避してシンクレアを振るう。
 アンデッドの動きが止まった瞬間、咄嗟に、レスターは毒消しの風を使ったが、クレイにしか効果が見えない。
「ダメだ。……フーリィっ!!」
 毒の回りは速い。一般人ならば数分も待たずに死亡するだろう。見切ってすぐにフーリィを呼ぶ彼の面には、常にない焦りが見えた。ウメが毒消しを引き受け、フーリィが回復に回る。だが、ほんの少し間に合わなかったと知るのは、その直後だった。
 戦線から仲間達が否応無く減っていく代わり、ディーンはマッスルチャージをかけ、レスター、バーミリオンと共に反撃に出る。
「ち……っ!」
 舌打ちして、クレイがフォローに出ようとするのを、セルヴェの腕が止めた。
「お前の仕事は護衛だろう! 自分の役目をまっとうできない者に、冒険者を名乗る資格はない! 早く、ここから避難させるんだっ」
「……」
 ハッとしたように立ち止まり、毒に倒れた男を見下ろす。既に彼は、護りきれずに1人の命を失ったのだ。その事実は重い。
 そうして、やっと、セルヴェ達が商人達を退避させようと動き出す。
 まだこの場を通す訳には行かず、そして手加減の余裕も、ない。仕方なく、バーミリオンは剣を鞘走らせた。
 紅蓮の咆哮の麻痺を解こうと動き始めた者から順に、イヴィルブラッドと両手剣が弧を描く。腐乱したアンデッドの身体を薙ぎ、そこへニードルスピアが突き立つ。
 大勢はそこで決した。冒険者達だけならば、それほど苦労しなかったはずの敵だったかもしれない。
 疲れた様子で歩み寄るアルフリードは、回復の手なしの戦いが少し堪えたようだった。レスターが気付き、毒消しをかけてやる。


 地に転がる腐れた腕。その指先に指輪を見つけ、ばーミリオンは嘆息した。すぐ傍に、懐から落ちたらしいリーフ型のお守りが落ちている。丁重に葬ってやろうと、亡骸を集めて回るレスターを手伝いながら見つけ、彼は困ったように、あるいは悲しいと言うように顔を歪めた。
 ウメとフーリィは霊査の為の遺留品と、指揮官の調査に出かけ、そこでもう1つのお守りを見つけて帰ってきた。
 結局、リーフのお守りは2つともアリスに届けられる事になった。
「火葬できたらいいんだけどねぇ……」
 帰還した時、フーリィは今後の為にもと提案したが、灰にまで出来るような施設がそもそもないし、少なくともアイギス近辺の人々は、あまり火葬に馴染みがない。無理だろうとアリスに言われた。
 住む世界が森の中なのだ。それは当然かもしれない。
「さて。アリスとあの新米は、どんな答えを出すのか……」
 ディーンの言葉を、セルヴェとシャリアーナは黙したままで聞いていた。
「……」
 ふと思い立ち、シャリアーナはクレイを探しに出る。
 そして。
 孤児院の前でその姿を見つけた。
「……?」
 入りづらそうに、佇む彼に、声をかけに行く。
 彼女は待っているから……と。


マスター:北原みなみ 紹介ページ
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