<リプレイ>
●黄緑の薔薇亭 壁には黒い額縁の柄が駆けられている。ややたわみつつあるそのカンバスには、『黄緑の薔薇亭』の由来となった花が、灰色がかった色彩となりながらも、たわわな綻びをあけっぴろげに披露する姿があった。 蒼い砂時計・ナナ(a03991)は机上の地図へと触れていた髪を手櫛ですくいあげ、肩の裏側へと流すと同時に背を伸ばした。 「昼間のうちに行っておくことになった『夜間外出禁止令』の通達なのだけれど、皆の首尾はどうだったのかしら」 「このあたりの話なんだが」 狂風の・ジョジョ(a12711)が身を揺するたび、彼のまとう『ノノの甲冑』の黒鎖が冷たい音をたてる。狂戦士は言葉を続けた。 「ウキョウの奴と一緒にまわってだな、化け物退治の依頼が出てることを告げておいたぜ。脅すぐらいのつもりで――な?」 部屋の片隅にかけられた額縁から、埃をすくいとった指先を見つめていたセイレーンが、ジョジョの声に応じて振り返った。細い息で、花びらのようになった埃の塊を指先から吹き飛ばすと、白玉の勇士・ウキョウ(a35811)は穏やかな笑みを浮かべる顔容を、肯定の意を伝えられる程度にまで傾斜させた。 次いで、銀の髪をしたヒトの求めに応じたのは、「ぅなぁ〜ん……」と手をあげた、ヒトノソリンの少女だった。くるくると曲線を描く純白の髪を、左右の人差し指を使って巻きつける――そんな仕草を止めると、春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)は言った。 「狩人さんたちにも、ちゃんと伝えたのなぁ〜ん……。え〜と…………外出は控えてくださいなのなぁ〜ん……って、そう言ったのなぁ〜ん」 組んでいた足の上下を入れ替え、黒革の長靴の踵を床に落として小さな音をたてると、銃と薔薇・アクセル(a10347)は帽子を持った手を掲げ、それから口を開いた。 「日中のうちに、ムサシと共に北の集落を巡ってきた。夜間出歩かないようにお願いしておいたぜ。住民連中には申し訳ねぇけどな……」 剣豪を目指す南国の侍・ムサシ(a44107)は、ただアクセルの言葉に肯いた。腰に下げられた蛮刀が、昼間に現れた夜盗などというつまらぬ輩を打ったことを、彼は話題すらあげなかった。 「ホーリーライトの確認をしておくね。赤の光は敵に遭遇したときに使う。それから、黄色の光は敵から逃げられない緊急のときだよ」 紅玉を思わせる深い色味の双眸が、燭台の灯りを浴びてわずかに色づく白亜の髪に良く合う――。紫霞の・カオル(a48252)は髪を結う正紺色のリボンに触れながら、言葉を続けた。 「それから、街道での合流だけど、ホーリーライトが切れてしまうまでの時間でどう? それでいいよね?」 机上の地図へと、彼は何気なく指先を這わせただけだった。だが、痛みが右肩から脇腹にかけてを貫き、翠玉の残光・カイン(a07393)は今更ながらに、重傷を負った我が身を忌々しく思うのだった。溜息の後、彼は仲間たちに言った。 「街道のこの地点に集合です。もし、現れない班があったら、彼らが化け物を捕捉したと考え、皆で駆けつける、と。では、そろそろでかけるとしましょうか。『夜』を捕えに」 ●古びた関所 業炎・セツキ(a49318)の首にさげられた小さな革袋は、彼らが宿場町の長から預かってきた、関所の扉を封じるための鍵が収められるものだった。 「闇を纏い、夜を引き連れた婆さんか。迷惑この上ないが、なんつーか雰囲気はあるわな。ま、嘗めてかかれる相手でもないがね」 「へへ、ここにはでっかいドクロマークを描いておくべ。化け物婆さんを討伐するまでは、しばし通行止めじゃ」 出所不明にして、おおらかなる大志を感じさせる、摩訶不思議な方言を呟きつつ、白の塗料で扉の表に下手な絵を描いたのは、破綻令嬢・フランシェスカ(a02552)である。背後から聞こえてきた子供たちの笑い声に、彼女はきっとなって振り返り、関所の壁面と一体となった門番の家に戻るよう手を振った。 「じゃじゃじゃのお姉ちゃん、気をつけてね〜!」 戸口に立つ少女の言葉に、フランシェスカはにんまりと笑うと、ほっそりとした腰の脇に左右の掌を押しあて、こう胸と声を張ったのだった。 「なあにオラたちに任せとくだよ、オッカンネエ化け物婆さんなど、くるりと退治じゃ!」 ●森の中 立派な獣脂蝋燭が四本も灯された燭台を手に、それをぶんぶんと危険感じさせるほど振りまわしては時々、自身の頬に暑いしずくを受けて、「うえっ、なぁーん!」と驚きの声をあげるのは、全開・バリバリ(a33903)――ヒトノソリンの武道家――である。彼は、一所懸命に握りすぎたあまりにくたくたと波打ってしまった、一枚の羊皮紙を手にしている。それは、ベベウから預かった地図の写しだった。 燭台を頭上に掲げては、「あちっ、なぁーん!」と騒がしいヒトノソリンを先頭に、冒険者たちは街道脇から木々の合間へと分け入り、鬱蒼とした闇を老婆を求めて探索した。 ●約束の時間 ここは、関所と宿場町の中間点、西方へと向けて張りだした街道のとある場所――。冷たい夜風に皮膚を撫でられ、月の面を灰色の塊が過ぎるのを見つめて、ナナたちは合流の遅れる仲間の到着を待っていた。 北の方角から、白い輝きが道の裾を照らすのが見え、続いて、頭上にその光源を浮かべるカオルと、その同行者が姿を現した。 「お待たせしました。僕たちで最後でしたか? ちょっと、町からやって来たっていう人に出会ってしまって、送っていたものですから遅くなってしまって……えーっと……」 屈託のない笑みを浮かべていた少年は、ほっりとした指先で空を示しながら、暗がりに佇む仲間たちの数を勘定した。紅焔舞う夢幻之宵天・オキ(a34580)はまだ数が足りていないことに気がついた。彼らは確か、森を南西へと向かっていたはず――。 乾いた土の街道から離れ、根が隆起する柔らかな土の地面へと移った彼らを、まず出迎えたのは、癒しの・シズクだった。ナナの求めに応じて、先に森の様子をうかがっていたのである。 導かれ森を進んだ一行は、やがて木々の合間に、まるで燃え盛るかのようではあるが冷たい、赤い光を見いだした。光の源なる球体を頭上に浮かべ、木立の影から姿を現したウキョウは、仲間たちへ手招きをしながら、こう声を張った。 「こちらでござる。お早く――ジョジョ殿が一人で相手をしてござる。この方々をお助け申せねばならなかった故……」 セイレーンの医術士に手を引かれ、うっとりした様子でその美貌の面差しを見あげるのは、双子と見まごうほどに姿の良く似た、二人の老婆――無論、モンスターではない――であった。 シズクに姉妹を任せると、ウキョウたちは暗闇の内奥へと向かった。倒木が周囲の木々を巻きこんだのだろう、悲鳴のような軋みが聞こえてきた。 ●老婆と大鴉 あちらに行かせるわけにはいかない――。自身の胴ほどもあろうかという幅、背丈は張るかに超える長さを誇る黒金の刃を、目前の空間で旋回させながら、ジョジョは嵐の夜の唸りにも似た叫声を発した。 かすかな羽ばたきの騒ぎを残して、月の浮かんだ空を渡り、狂戦士の側面へと飛来した黒い翼の魔物は、『ノノの甲冑』をまとう男の腹部へと、刃のように鋭い光を帯びる嘴を突きたてた。『彼女』は、首からさげた袋のようなものを開くと、その縁から黒い魔炎の舌先をちらつかせた。そして、あたりの夜気を袋の内部へと吸いこむと、耳元まで裂けた三日月のような口から狂った笑いを発し、禍々しい力を解き放った。 ――『狂風』にも果つるときは訪れる。黒金の大剣であたりの大気を揺すぶるようにしてなぶると、彼は闘気の流れを発現させ、二体の魔物を囲むように渦巻かせた。荒ぶる風は、巨人の指先を思わせる膂力を振るい、二体の魔物を襲ったが、それが吹き止んだ後、ジョジョは四肢の自由を失っていた。 足止めには成功した。ウキョウは上手く、あの傍迷惑な婆さんたちを逃してくれただろうか――。袋へと吸いこまれてゆく夜気と、目前に閃いた鉄の嘴を視界に捉えながら、ジョジョは来るべき痛みを覚悟した。 視界のすべてを――空の月や頭上の葉、屹立する樹木の幹といったものを貫きながら、老婆の鞄から発せられた剥片の群は、仲間の身を案ずる冒険者たちへと襲いかかった。 「おい!」 苛立たしげに声を発したのはセツキだった。夜刀で空を切り裂き、彼は三首の魔炎を暗闇へと解き放つ。直撃を浴びた大鴉は、空を飛ぶことを止め、老婆の肩へと戻った。 ウキョウは地に伏すジョジョを庇う位置をとった。凍結行――氷魔の術手套――で守られた指先を空をなぞり、癒しの光波をあたりへと広げ、魔物から与えられた痛みを和らげる。 「先に鳥を叩くわ」 そう発したのはナナだった。老婆の左肩を見据え、その側面へと回りこむ動きをとる彼女は、『シャンディーローズ』の斧刃に気を収束させ、そこに新たな刃を備えさせた。鮮紅の刀身に加わったのは、翼を思わせる意匠の、黄金の縁取りである。 無言のまま振り返り、瞳のわずかな所作でカインとバリバリに無理するなと告げると、アクセルは長靴の踵を打ち鳴らし、老婆の肩から再び飛びあがった大鴉を捕捉するべく、双剣『紅炎』と『黒炎』を腰の鞘から解き放ちつつ、薄暗闇へと身を躍らせた。青い衝撃を帯びた鴉の嘴が、彼の左肩を貫いたが、ヒトの狂戦士もまた負けじと雷鳴を感じさせる凄まじさで対の剣を振り抜き、黒羽を宙に散らす。 扇状に位置した冒険者たちの後方では、ムサシが深い傷を負った冒険者たちの身に、聖なる加護を付与する姿があった。聖衣の姿へと変貌を遂げた、かつての革鎧の『袖』を掲げると、カインは星辰七支剣を逆手に取り、その切っ先を地へと突き立てた。彼を中心として広がった黄金の輝きは、風に吹かれる薄絹のように揺らめく光の幕であたりを包み込み、瞬秒の後には巨大な紋章を象った。 「ちっ……」 舌打ちの後、バリバリは燭台を足元に転がすと、右目と左目の間に深いしわを刻み、鼻の頭もひくつかせ、『翠嵐』で空を薙いだ。霊験あらかたな神木より削り出されたその木刀が風に悲鳴をあげさせた後、バリバリの胴体は柔らかな光で包みこまれていた。彼はそれを鼻息であたりへと広げ、癒しの波で仲間の身を浸した。 老婆が鞄から発した力は、しのつく雨を思わせた。冷たい輝きを帯びた剥片は、空から滑るように落ちてきて、次々とフランシェスカの身体に突き刺さった。愛らしい少女の名を与えられた刀剣を翻すと、彼女はずずいと前方に歩みでて、敵との距離を詰めた。 「オキだんちょ、背中は任せるのなぁ〜ん」 そう言うと、ミアはロングボウに闇色の羽根を持つ矢をつがえ、片方の瞳を閉じ、唇の端には愛らしく舌をのぞかせ、老婆の足元に狙いを定めた。次の瞬間、矢は地表に突き刺さり、闇色の羽根は細かな振動を繰り返しているのが見えた。影を縫いとめたのだ。 だが、彼女は、気になる団長の姿を見失っていた。 双剣を凄まじい勢いで繰り返し突きだし、アクセルは大鴉の翼にいくつもの風穴を穿った。巨大な紋章の中心にあるカインは、そこから異形の頭の生えた魔炎を撃ちだし、敵の黒く艶やかな胴に衝撃をもたらした。そして、セツキもまた、足元から噴出させた黒炎の塊を大鴉へと飛びこませ、無数の黒羽を宙に漂わせた。 口元に柔らかな線を浮かべ、そこからやや鼻にかかった笑い声を漏らすと、カオルは白の宝玉で装飾される杖を、月の天空の中心へと突きたてた。彼女の頭上で収束した銀の輝きは、やがて美しい女性の姿を象り、地表へと舞い降りた。大鴉の嘴を雷光をもろとも撃ちこまれ、身体の自由を失っていたムサシは、聖女の接吻を頬に受けた後、まばたきをして、曲刀を構え直し、すぐさま駆けだした。バリバリは魔物らを威嚇するように牙を剥いているが、その胴はやはり、件の柔らかな光によって包みこまれている。 (「次に降り立った瞬間を……逃しはしませんよ……」) その身を影へと封じ、静かな足取りで無音の空間をただ一人歩んでいたオキは、わずかに紅色を帯びつつある『闇無懺海紅』の刀身に視線を落とし、短く息を吐いた。 月影に溶けだすようにして現れたオキの姿を見るなり、ミアが小さな歓声をあげる。闇の闘気を含んで振り抜かれた曲刀は、音もなく鴉の首を通過して、胴との繋がりを断ち、開かれた真新しい傷口から、赤い血を空へと吹きださせた。 眷族を失った『彼女』へと、蛮刀を手にするムサシが迫る。頭上へと垂直に掲げられた刀身を、彼は双眸の合間を通過する軌道で振りおろした。額を割られた老婆から狂ったような叫びが響く。 「勝負じゃ! 脳髄に叩き込んだるねん!」 威勢のよい言葉を終えるが早いか、フランチェスカは『ヘンリエッタ』で空を薙ぎ、その刀身が闇に描きだした半円の終着点を、夜を集める老婆の脳天とした。刀身が頭蓋に達すると同時に放たれた闘気により、魔物の頭部は半ばから溶解したようになっている。だが、その三日月のような口は歪むことなく健在だった。 真紅に染められつつある『闇無懺海紅』の刀身に空を駆けさせ、オキは老婆の腰に鋭い斬撃を見舞った。片腕が落とされても、魔物は笑っている。 「ぅなぁ〜ん……集中、集中なのなぁ〜ん――」 戦う団長の背を見つめつつ、自身でも気づかぬうちに頬を紅潮させていたミアは、ロングボウの蔓を絞り、青い光の迸る矢羽根を耳元にまで引き寄せた。 凄まじい勢いで飛んでゆく矢を見送りながら、カオルは心の裡で呟いた。 (「ボクが夜から解き放ってあげる……!」) 頭上に収束した黄金の輝きは、光の殻を成した後、その内部に紋章文字を注ぎこまれると、その煌々たる有様をより荘厳なものへと変えた。カオルの頭上から飛びたった光球は、頭部を半ばと、片腕をも失った魔物へと迫り、その痩せた身体を吹き飛ばした。 光の粒子がまだ立ち込めるあたりに、ナナは瞬秒の跳躍で飛びこむと、足の合間にさげていた『シャンディーローズ』に雷光を思わせる闘気の迸りを駆けめぐらせ、それを頭上へと振りあげると、次は一挙に振り抜いた。 老婆はどろどろと溶けだすようにして崩れ落ちたが、哄笑する唇だけは、どういったわけかその場に残されたのだった。 ●奢りの催促 目を覚ましたジョジョは、「あいつらは?」と声をあげながら飛び起きようとした。痛みに波打った彼の唇に、かすかな笑いを覚えつつ、ウキョウは相方に老婆らの無事を伝えた。今頃は『黄緑の薔薇亭』のベッドで眠っているだろう、とも。 魔物らの最後を聞かされたジョジョは、ふうと一息ついた後、急にカラカラと笑って膝を打ち、皆にこう言ったのだった。 「さぁ帰って疲れを癒そうじゃねぇか、ベベウの奢りでな!」 酷い傷を負わされたのだ、それくらい望んでも拒まれはしないだろう。

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参加者:12人
作成日:2006/10/18
得票数:冒険活劇2
戦闘12
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冒険結果:成功!
重傷者:狂風の・ジョジョ(a12711)
死亡者:なし
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