【豺狼の手】無花-Sufferings-



<オープニング>


 さぁ、踊っておくれ、お嬢さん。
 我らの前で、いつだってそうして来た様に。今宵も。
 総て、我らのせいにしてしまえば良い……

 ――取り残された橙灯。薄夜の闇に、波紋の様に怒声が響いている。
「どういう事よ! 捕まったって……バカ!! 何やってンのよ!」
 感情を爆発させた女が蹴倒した橙灯を拾いながら、人影は何も答えず嵐が通り過ぎるのを待った。
「たまには家に顔見せとかないと大騒ぎになるからって……二人で散歩でもして来いって!? 何よそれ!? その間に帰る場所なくなっちゃったじゃないバカ!」
 一向に止む気配がない。そもそもどこかずれている怒り処に、嘆息する男。
 ――その『散歩』に大はしゃぎして人質と『仲良く出かけた』のは誰だったかな。
 いつも通りに声は出さなかったはずだが、ふと気付けば女が黙り込んでいた。
 肩で息をする気配だけが、闇の中、肌に纏わりついてくる。
 ――殺そうか。
 そんな事を思う。ここで、この女を始末する事は容易い。
 しかし、今となってはそこまで付き合ってやる義理も理由もない。
「君の帰る場所はここではないだろう」
 頭目を失い、離散するのみ、廃業だと言ってやっても良かった。だが。
 そこまで付き合ってやる義理も、理由も、最早その必要すらもないのだ。
「帰りたまえ。君の在るべき場所へ」
「……っ、バカ、バカバカバカ……――! 役立たず! あなたはその間何してたのよッ」
 男は答えない。答えない。答えない。言えば火に油を注ぐ様なものだと解っていた。
 黙って灯を点け直す。持ち主のいない橙灯を女に持たせようとしたが、女の手がそれを拒んだ。
 振られた腕に弾かれて吹っ飛んだ橙灯が転がる派手な音を聴きながら、視界はまた闇に煙る。
 ――! ――!!
 駄々っ子の様に喚く女の声だけが、闇に反響していた。いつまでも。

●無花−Sufferings−
 人捜しの依頼だ、と霊査士が言った。
「依頼人の名はソラリア、……ソラリア・ラクトゥム。いつかの依頼で人質となっていたはずの女だ」

 先日の依頼で冒険者達は、彼女を『直接、屋敷から救い出した訳ではない』。故に、その名を聞いても、即座に顔を思い出せた者は数える程もいなかったかもしれない。……或いは、思う事がある者もいるだろう。それについては既に終わった事でもあった。終わり、始まった事であるとも。

「『捜してあげて欲しい』、と。……例の屋敷の、本来の持ち主たる好事家、その人を」
 名をレイギルと言う。街には彼の身寄りも、一緒に捜してくれる様な人もいないから……と、泣きそうな眼差しを伏せた女の言葉を、黯き虎魄の霊査士・イャトは淡々と冒険者に伝える。
 自分が盗賊に捕まった後、彼がどうなったのかを、ソラリアは知らない。
 事件の後も、依然として行方の知れない友人の安否を、ひどく気に病み、自責している。自分が訪ねて行きさえしなければ、彼を危険に巻き込まずに済んだのかもしれない、と。
「……あの日、ソラリアは結婚の報告に行ったそうだ」
 両親には内緒だった。結婚を間近に控えた娘が他の男に逢う事を、許してくれるはずもない事は解りきっていたし、互いの家に行き来する事を禁じるほど、彼女の両親は彼を嫌ってもいた。
 だが彼女には、親に逆らい親の目を盗んででも『直接』彼に報せたい理由があった様だ。
「噂に託すのではなく、直接。……もっとも今回の件とは直接関係ない。動機の一つくらいにはあたるのかもしれんがね。聞き流せないなら肝に銘じておけ。時と場合と、言葉は選ぶ事だ。……あれから『何故か街中に広まっていた』結婚の噂話に、当人は戸惑い、親は浮かれて、式の日取りを早めると言い出したと聞いている。今は姉妹で何とか抑えているが、花婿不在でも式を挙げそうな勢いだ」

 もし好事家の死が必然だったとすれば。前回の件について、両親には少なくとも動機があった。
 だが彼女の両親は白だ。大事な娘のみならず、一家の財産を危険に曝してまで盗賊に依頼する程……あの事件に意味と中身があったとは思えない。
 手口もその動機も。裏に絡んでいるのはもっと幼く、情が激しく、分別と思慮に欠けた――

「盗賊のアジトに向かえ」
 霊査士の事務的な口調に、空気が息を止める。
「あの……その好事家って、もしかして生きていたりする?」
 期待と、僅かばかりの疑念を孕む冒険者の問いに、イャトは「その可能性はゼロだ」と断言した。
 明言は避けるが、遺体の回収は難しい状態にある。遺品の一つでも持って帰ってやる事が出来れば、彼女の心の持ち方も、また違って来るのかもしれない。
 肝心のアジトの場所は……またも霊視による特定には至らず。手がかりは、唯一。
「依頼人の妹が、その場所を知っている。まずは彼女を保護する事だ」
「妹――?」
 数日後、依頼人の妹・ユーメリアは家族に内緒で花屋へ出かける。花の種類に意味はないが、内緒にする事には意味があり、その花を得る事は彼女の中ではとても大事な事だ。彼女の機嫌を損なえば、それまで。かと言って機嫌を取る必要もないが、……くれぐれも、慎重にな。
「先の事件――手引きしたのは」
 彼女だ、と。霊査士は最後までその調子を変える事なく言い切った。

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参加者
朱陰の皓月・カガリ(a01401)
星影・ルシエラ(a03407)
采無き走狗・スィーニー(a04111)
沈戈待旦・ハル(a28611)
世界を救う希望のひとしずく・ルシア(a35455)
晨ノ創作主・アキ(a39490)
闇の緑・ヴェンツェル(a43326)
世離好・ハルキ(a49586)


<リプレイ>

●其は誰が為に
「どの様な花をお探しでござるか?」
 店の表にずらり並んだ季節の花の向こうから、妙に古めかしい口調で気さくにそう声をかけてきた新顔の店員をまじまじと見つめ――女は、少しだけ面倒臭そうな顔をした。
「ゆ、ユーメリアさん……!」
 店の奥から誰かのぎょっとした声が聞こえて来るが、歌う山伏・ハル(a28611)は気にせず目の前の女性を見つめ返す。かなり率直に感情を顔に出す娘だと思った。……そう聞いてはいたのだが。
「頼んでいたものを受け取りに来たのだけど」
「左様でござったか、それは失礼を致――うむ?」
 とりわけ顕著なのは不満の類だと。考えていた所を、後ろからパタパタとやって来た店の小僧に押し退けられた。目の前を小振りの花篭が通過し、少し遅れて花の香りがむずむずと鼻を擽る。
 そして、目に留まったのは、花篭を受け取る彼女の手に巻かれた白い包帯だった。
「………」
 ――お嬢どうしたんだろあの右手。お姉さんに倣って花嫁修業でも始めたのかしら。
 ハルの背後で目聡い店員達が囁き合う小さな声は、どこか好意的な微笑み混じり。
 ふわり、と空気が動き、次に聞こえて来たのは和やかな客の声である。
「おめでたい色ならやっぱり紅白?」
「でも、赤はイメージじゃないし……。んー」
 ねぇ? と、店頭で花を見ていたその二人連れの片方が顔を上げる。視線がかち合い、首を傾げるユーメリアに彼女――星影・ルシエラ(a03407)は懐っこく笑いかけた。
「お姉さんのお祝いに贈る花なんだけど、何色メインがいいと思う?」
「さぁ。あたしにはよく判らないわ」
 あっさり目を逸らしたユーメリアは、向き直った相手に思い出した様に小言を言い始めた。
「新しい人を雇うのは構わないけれど、話が通じていないのは困るわね」
「す、すみません、急な事で……そのぅ」
 代価の宝石を受け取りながら、少年。時折困った様にハルの方を見ては、へどもどしている。
 押しかけ店員ハルは少し肩身が狭い。その間も、ユーメリアの意識は篭に納まった純白のブーケに奪われている様ではあった。満足げに、絹のレースを被せ直して花を隠し――
「ちょっとあなた」
「……はっ。拙者でござるか?」
「他に誰がいるのよ、新人さん。ぼーっとしてないで、彼女に良いのを見繕ってあげなさいな」
「えっ?」
 焦ったのはルシエラである。
 思わず隣の同盟を奮い立たせる応援団長・ルシア(a35455)を見遣ると、彼女は諦めた様に頭を振った。善意の申し出と解るだけに、『フリ』なんです、とも言い難い。見ればハルの方もぽかんとした顔でルシエラを見つめている。
 何も知らないユーメリアだけが、清々しい笑みを浮かべてその場を颯爽と去ろうとしていた。
「役に立てなくてごめんなさいね、それじゃ」
 ――待っ……!

「あいつら、何をやってるんだ…?」
 夏惺圜繞・スィーニー(a04111)は、通りを隔てた角にあるパン屋の軒先から『それ』を眺めていた。呻く様な言葉につられて、闇緑の迷い子・ヴェンツェル(a43326)が顔を上げる。石段に腰掛けた少年の膝の上には、本ではなくパンが一斤。正直、持て余している。些細な事だが。
「………あ」
 固定した視線の先。歩き出すユーメリアを呼び止め、ルシアが通りに出て来た所だった。
 二人並んで歩き出す後ろ姿を確認して、スィーニーも歩き出す。何を告げるでもなかったが、ヴェンツェルが後に続く気配を感じる。互いに殊更に無口であるのは考え事をしていたせいかもしれない。
 暫し後、溜息。
「………判らない事、沢山デス」
 全くだ。
 が、肝心なのはその先である。それを知りたいのか、知りたくないのか、知ってどうするのか。
 自覚の無い行動が招く結果をスィーニーは懸念する。それは、とかく自分達の身にも言える事だ。
(「探してやるべきなんだろうな……それぞれの、納得の在り処って奴を」)

「――それで、あなた達は」
 当たり障りのない世間話が不意に、さらりと気色を変えていた。その変化にルシアは一瞬息を止め、そのままユーメリアの視線が自分を素通りしている事に気付く。
「姉さんに頼まれて来たの? それとも……サモナ?」
 バレている。妹姫・ハルキ(a49586)が素性を明かすまでもなく。
 じっと見つめられて、やはりどこからか面が割れていたのだろうかと、思わず両手で頬を押さえた朱陰の皓月・カガリ(a01401)はすぐに、そんな心配は無意味だったのだと悟る。
 ユーメリアがくすくすと笑っている。
「そっちのぼくは花屋に居たわね」
「あう」
 ハルキが呻く。つまる所はその理由。民間人を装う努力も虚しく、入店拒否された所を見られていたらしい。『ぼく』呼ばわりされた事と、どちらがショックだったのかは当人以外判りかねるが。
「あら」
 唐突に、ユーメリアの言葉と視線が更に後方に流れた。
「素敵な花束ね。あなたのお姉さんも喜ぶわよ」
「え、えーと……」
 花束を抱え、一行に追いついたルシエラは妙に返事に困って仲間達の顔を見る。
 カガリの傍に当たり前の様に居る二色の狼と、ハルキの後ろに居る三つ首の蛇は、少なくともこちらの正体に関して何の誤魔化しも必要としない事を、ルシエラに告げていた。
「これはあくまでも推論なんだけど……前回の事件。手引きしたのは、あなたなの?」
(「ルシアさん、それ質問が違……!」)
 ぎょっとするルシエラを尻目に、ルシアが投げた問いは実はかなり曖昧なものだったが、ユーメリアは解り易く反応した。みるみる内に眼差しは鋭く尖り、眉がつり上がる。
「それが何? ……どうせ、それも姉さんに聞いたんでしょ。判りきってる事を訊くのは嫌味よね。そうよ。あいつらにちょっとだけ協力してもらったの。雰囲気出るものね?」
 何か、誤解もある様だがユーメリアにとっては同じ事だった。それまでの小細工がかえって彼女の神経を逆撫でしたらしく、苛立ちも露わに開き直ってまくし立てる。
 ルシエラは慌てて辺りを見回した。幸い、往来の人通りは途切れている。無用の騒ぎを避けるべく、促して適当に歩き出す――
「……気ィ悪くせんとってや。うちら、別に咎めるつもりはないんよ」
 必死でなだめるカガリの横から、ハルキが純粋な興味で問いを重ねている。
「何故、そんな事を……?」
「だって、本物じゃなきゃ意味ないじゃない。真剣になってもらわなきゃ困るの。あの人が本当に大事なのは姉さんか、自分の作品か……それだけはちゃんと確認しておかないと……」
 ふと、その瞬間を思い出し、破壊された指輪に思いを馳せたカガリの眉が哀しげに顰められた。
 彼女は何とも思わないのだろうか。それとも、自分が少し思い詰めすぎなのだろうか……?
 それに、とユーメリアは自分勝手に話を続けた。話している内に可笑しくなって来たらしい。
「彼の困る顔、見てみたかった。でも、何もかも滅茶苦茶よ。誰かさんのせいで」
「………」
「壊れた物は作り直せばいい。彼はウチの細工師だもの、また作らせるわ。それが仕事でしょ」
 絶句して、カガリは己の指に嵌っている指輪『Flora』を確かめる様に握り締めた。
 あの指輪がユーメリアの物であるとは限らないと思っている分、ルシエラは冷静だった。もっとも、ユーメリア自身は、サモナが選んだのは姉だと確信している様だが。
 拘りのない淡白な口調は、諦めの翳りに似ているとルシアは思う。ルシエラは何か言いかけた彼女を今度こそ遮って、口を開いた。本来、真っ先に聞かなければならなかった事だ。
「アジトの場所を教えて欲しいの。お姉さん――ソラリアさんを守る為だよ」
 ユーメリアは、無言。
「話したくなければ、無理にとは言わないよ」
「ルシアさんっ」
 ルシアはしかし、それを失言とも思わず、続ける。
「私はあなたを応援したい。力になってあげたいのよ。あなたを傷つけるつもりはないわ」
 二呼吸ほど黙考していたユーメリアは唇の端を吊り上げ、「ふぅん?」と試す様な溜息一つ。
「じゃあ一つ、頼まれてよ。これからちょっと小用で出かける所があるんだけど……」

●何より雄弁に語るもの
 身の危険を感じるのだと言った割には、ユーメリアは道中どこか楽しそうだった。
 自宅に友人を招く気安さか、或いは秘密基地を得意げに誇る子供の無邪気さとでも言おうか。
 ――街を出て、アジトを目指す道程。体よく誘き出されているのではないかと勘繰りもしたが、途中で残党に出くわす事もなく、そして其処に着いた時、彼女はそれをばっさり否定した。
「もぬけの殻よ。どうせ誰もいやしないわ」
 鉱窟跡地を再利用したらしいアジトの入口を前に、忌々しげに吐き棄てられる諦め混じりのそんな台詞。だが、万が一というものは常に人の目の届かない場所に潜んでいるものだ。
「……暗いな」
「ちょっと待ってね、今灯りを……」
 用心深く中を覗き込むスィーニーの傍ら、ユーメリアはいきなり壁に張り付いた。
 淡い色のワンピースが汚れる事も厭わず、慣れた様子で内壁を探り、縦穴状の隙間からカンテラを引っ張り出す。さすがに火を点けるのは不慣れなのか(怪我のせいでもあろうか)、もたつく彼女の手からカンテラを取り上げ、火を点けてやる。赤い顔で何やらもごもご言う彼女に、手渡そうとした橙灯を憤然と突き返され、スィーニーは肩を竦めた。

 灯を手にしたスィーニーが先に立ち、一行はアジトの中へと突き進む。
 足元と近くの壁を照らす淡い橙色の灯を頼りに、点在する空ろな灯の器に火を移して視界を広げながら、彼らはやがて広い空間に出た。雑多に散らばる賊の生活痕。その中で好事家の遺品を捜し、壁に組まれた簡易棚に引っかかっている鉤縄だとか、そんな物まで「何がそうだか判らない」とばかりに片っ端から回収している食欲の・アキ(a39490)に、ユーメリアは唖然としている。
 冒険者というのは、盗掘紛いの事もするのかと。
「まぁ、何だっていいけど」
 と、肩を竦めたユーメリアは冒険者達の目的を深く気に留める事なく、洞窟の奥へと歩を進めた。そんな彼女からルシアは目を離さない。彼女の為に出来る事、それだけを考えながら。

(「生きてる人が居たら、多分盗賊さんデス。……多分」)
 通路の向こうで揺らぐ気配を仲間のものだと確認するのも幾度目か、細い隙間に身体をねじ込んだヴェンツェルが見つけたその場所――
「……? 何、デス?」
 小ぢんまりとした空間の中央、石柱と言うほど背の高くない石の突起に布製の何かが引っかかっている。
「何やってんのよ、触らないで!」
 別の通路からやって来た女の悲鳴じみた制止の声に思わず、伸ばしかけた手を引っ込める。
 アジト中に響いたその声に、冒険者が続々と集まってきた。
「ここは……」
 見渡すほど広くもない、そこに安置されているもの。ほんの僅かに指が触れ、翻る懐に微かに見えた黒い滲みは、乾いた赤の成れの果てだとヴェンツェルは直感していた。
「触らないで……」
 膝を着き、守る様に石柱に腕を回して繰り返す彼女に。
「……好事家さんの……デス?」
 確認する。
「持って、帰りマス……」
「駄目よ」
 短い拒絶の言葉一つで、認めた様なものだ。それが好事家の持ち物であると。
「彼の遺品を届けるのが、うちらの仕事やから」
「駄目だってば。絶対駄目。こんなに血がついてるのに……姉さんが汚れちゃうじゃない!」
 でも。と、口ごもるカガリ。
「帰ろうみんな。ユーメリアさんが嫌だって言ってるんだし」
「そういう訳にも行かないだろう」
 あくまでもユーメリアの肩を持つルシアに、スィニーが呆れた視線を向ける。
 当事者達のそれぞれの意思を尊重したい気持ちは解るが、それとこれとは全く別の問題だ。
「譲ってもらえぬのなら仕方がありませぬな。今日の事は全て、姉上に報告する事に致す」
 何より雄弁に語る『物』が得られないなら、依頼人への説明は已むを得ない事だと。
 丁寧に断じるハルキの言葉に、ユーメリアは目に見えて狼狽した。
「それは……あたしが、今日ここにいた事を、姉さんに告げ口するって事?」
「……お姉さんを苦しませても良いの?」
 ルシエラも言った。
 姉を何より大事に想っているなら、彼女は心得ているはず。ソラリアを傷付けるものが何であるか。
 秤に掛けるものは――きっとつり合わない。

●泪
 隠しようもない血液の染みは容赦ない現実を伝え――
 しかし彼女は決して取り乱す事なく、何を聞きたがるでもなく、冒険者達に静かに頭を下げた。
 両親は挙式の準備で外出していると、通された応接室にて。血染めのコートが依頼人の胸に帰るのを、複雑な想いで見守っていたカガリが沈黙を破る。
「これから先、何もないとは言い切れへんから今の内に確認しておきたいんやけど……」
「はい」
「サモナはんには、どう思うとるの?」
「………」
 少なからず抱いている依頼人、否、ソラリアへの不信感は今もって拭いきれない。そんなカガリの様子に気付き、ソラリアはふと寂しげな笑みを浮かべた。
「言い訳するつもりはありません……けど、あなた方には話しておいた方が良いのかもしれませんね」
 彼とサモナは古くからの友人で、サモナとの縁を作ってくれたのも、彼だという事。
 仲人の様なものだと。それから、共通の大事な友人としての慈しみ、悼み。それが全て。
「あの晩は三人で会う事になっていました。でもサモナがやって来る前にあんな事になってしまって……サモナは、指輪を取り戻してくれたあの日以来、私達家族の前に姿を見せません。『僕のせいだ』と言って、この指輪だけを残して……」
 ――私達このまま結婚して良いのかなって、時々……思ってしまうんです。月の見えない夜は特に。
 紅玉の指輪が入ったケースに指先を添えたまま、訥々とそこまで言ってソラリアは深く吐息した。
 不安げに。それから少し、痛ましげに。
「妹は――どうしてあんな事をしたんでしょう、ね………」

 冒険者達は答える事が出来なかった。

 ――何も。

 数刻前、彼女達はまだその場所にいた。
「好事家さんはどんな物語を歩むんやったんやろね?」
 押収した盗賊達の遺留品を腕一杯に抱えたまま呟いたアキは、答えを得られず、ふてくされた様に鼻を鳴らしてその『墓』を見つめた。
 薄闇の中、コートを剥がれた石柱の足元に、白い花篭が橙灯に照らされて影を揺らす。取り落とされたままになっていたのをルシアが拾って置いたのだ。大輪の白いカサブランカが豪華に見せかけてはいるが、祝花にしては少々地味に思える白一色のそれは、そこに在るのが相応しく見えた。
 祝い事にも弔い事にも花は必要でしょ、と道中笑っていた誰かが、今は感情を押し殺している。
「父さんも母さんも、サモナも――あなた達だってそう。皆、姉さんを一番に選ぶのよ……この人も――」
 泣きたいのか笑いたいのか――何の為、誰の為に、この娘は涙を流しているのだろう。


マスター:宇世真 紹介ページ
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星影・ルシエラ(a03407)  2009年12月19日 17時  通報
愛は、迷宮。 人生も、なのかなー。
たどりつくのを楽しめるなら、望む場所へたどりつけたなら、幸い。

たどる道も先もー、自分の知らない、あまり想像つかない先へは行けない。
迷っちゃったら、灯りを探して。
灯りが、自分だけをてらして欲しいって思うのはー普通。
だけど、よくばりすぎると〜迷宮は抜け出せないよね。
出口。ゴール。もう一度のスタートへの入り口を決めるのは、自分。
みんな、しあわせになれたらいいのに。