名無しの森〜作戦名は陽動〜



<オープニング>


久遠の楔・ノイシュというドリアッドがいる。冒険者でありながら、グリモアの誓いに背きし呪われた者……キマイラと呼ばれる者らしい。その男は名無しの森に潜み、そこを拠点にしている節がある。

「今回、皆様にお願いしたいのはノイシュを名無しの森から誘き出す事……ですわ」
 エルフの霊査士・マデリン(a90181)は冒険者達に説明し始めた。

 あるセイレーンが過日ノイシュに関する事を議題として会合を開いた。その席で提案されたのがノイシュが潜むだろう森を大々的に捜索すること。そして、ノイシュに罠をかけて、冒険者達にとって都合の良い場所に誘い出すこと、であった。他にも色々とあったのだが、すぐに対応できるのはその2つだ。

 マデリンは話を続ける。
「今は誰も住んでいない湖畔の一軒家を用意いたしました。元は裕福な家の別荘だったようで、付近にはどなたも住んでいらっしゃいません。ここにノイシュを誘き出して欲しいのです。わたくしは何かノイシュが関心を抱きそうな噂を広めたらどうかと思ったのですが……方法はなんでも構いませんわ」
 いつになくマデリンの表情は厳しい。勿論、グリモアの誓いに背く様な行動をしてはならない。

 実は名無しの森で大がかりな探索を行う計画がある。その際、森にノイシュがいればドリアッドの結界が発動する可能性がある。発動すれば森の捜索活動に著しい障害となるだろう。もし、噂に誘き出されてノイシュが森を離れてくれれば、それだけ探索はし易くなる。
「本当はどのようにすればノイシュを森から引き離せるのかわかりませんの。ノイシュが聞けば自分でそこへ行きたくなる様な話をばらまけば良いかと思いましたが……自信はありません。ノイシュという人が何を考え、何を思い、何を求めるのか……わたくしにはさっぱり理解出来ないのです」
 マデリンは目を伏せた。本当なら目を背けていたいが、それも出来ない。
「どうにかしてなるべく長く……ノイシュの関心を森の外に惹きつけたいのです。世間の事にお詳しい冒険者の皆様なら何か策を考えてくださいませんこと? お願い致しますわ」
 思い詰めた様子でマデリンは言った。

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参加者
美しき猛き白百合・シキ(a31723)
桃ノソリンの行かず後家・トロンボーン(a34491)
刀将・コジュウロウ(a34599)
流浪の日和見風見鶏・デラガ(a39324)
ふわふわ綿毛のヒヨコ・ネック(a48213)
翆棉帛・イヴァナ(a54034)
狂天童・リカーシュ(a57358)
閃風の・ナキア(a57442)


<リプレイ>

●湖畔の街 1日目
 そこは閑静な……あまり活気のない街であった。唯一の特色はすぐ近くに美しい湖があることだ。随分前に金持ちの好事家が湖のほとりに瀟洒な別荘を建てたが、長い間訪れることもない。ぬるま湯に浸かってまどろむような、少し退屈だけどありふれた毎日が続くものと街の者達は思っていた。
 けれど、その日は朝から少し違っていた。

 見慣れぬ少年があちこち見ながら歩いている。服装も街の者達からすると随分奇抜に見える。といって、余所者が街を歩いてはいけないという法はない。皆、遠巻きに少年を見つめるだけで何も言わない。
「えっと、こんにちわー」
 少年は……それは死子舞・リカーシュ(a57358)であったのだが、雑貨商の前で足を止め、店先で座っていた親爺に声を掛けた。椅子からふさふさの尾が揺れている。
「ほぉ……あんたは見慣れない顔だね。どこから来なすった?」
 開口一番、ストライダーの親爺はそう尋ねる。
「あっち」
 リカーシュは上体をひねって歩いてきた方角を指さし、向き直って親爺に笑いかける。
「僕……こう見えて冒険者なんだけど、これから湖の近くにあるっていう別荘を訪ねるところなんだ。どうやって行ったらいいか教えて貰えないかな?」
 無邪気そうに満面に笑顔を作り、リカーシュは胸の前で両手を合わせる。親爺は目を大きく見開き驚いた後で首をひねる。
「あんたが冒険者ねぇ……へぇ〜でも、湖の別荘って言ったらずっと誰もおらんよ」
「おっかしいなぁ。娘さんが狙われているらしいんだよ。虹色の宝物がねっ……ってこれは内緒だったんだ。ね、近道、教えてくれるかな?」
「あ、……ああぁ。戻って最初の四つ辻を右に行ったら街を出る。そのまま道を進んだら湖に出るよ」
「ありがとう!」
 元気良く頭を下げ礼を言うと、リカーシュは小走りに今言われたとおり道を戻っていった。
「はぁ……あの湖の家にねぇ」
 親爺はポツリとつぶやいた。
「ねぇ、今の子供はなんだったのさ?」
 親爺の妻が店の奥から顔を出した。リカーシュが去っていくのを待っていた様だ。
「冒険者だそうだ」
「な、なんで冒険者がこの街に?」
 親爺は今聞いたばかりの話を妻に話して聞かせた。

 どうしても歩く速度が遅くなる。不得意とわかっている事に挑む時、理性が納得していても心にわだかまりがあるのだろうか? 刀将・コジュウロウ(a34599)は湖から最寄りの街へと続く道を1人で歩いていた。
「ふむ、今回の依頼は敵を倒すことではなくおびき寄せること、か。俺は演技とか言うのはあまり得意ではないのだが……これも冒険者としての任ならば、やるしかないか」
 コジュウロウは護衛の役だ。正体とあまり変わらないような気もするが、為すべき事が違う。護衛役として、情報を伝わりやすいように漏洩してやらなくてはならない。街の者達とどう話をすれば良いか妙案があるわけではなかったが、それでも行かなくてはならない。
 気がつくと正面からこちらに向かってくる者がいる。見知った顔……リカーシュだ。けれど、お互いに素知らぬ振りですれ違う。
「次は俺の番というわけか」
 コジュウロウは少しだけ歩を速めた。

●湖畔の街 2日目
 正午より少し早い頃、街に若い娘の2人連れが入ってきた。1人はエルフ。上品で高価そう服地をたっぷりと使った服を着ている。少し遅れて慎ましやかに歩くのは使用人だろうか。不思議な青いゆらめく長い髪をしている。前を歩くエルフが目配せをすると、後ろを歩いていた娘が先に立ちすぐ近くで輪になって立ち話をしていた女達に声を掛けた。あるじ風にしているのが美しき猛き白百合・シキ(a31723)、使用人を演じているのは翠鳥の青き・イヴァナ(a54034)であった。
「あの、すみません。ちょっと物をお尋ねしても良いでしょうか?」
 イヴァナは普段なら絶対に使わないほど丁寧な口調と態度で話し掛けた。女達は4人、皆細い尾を持っている。
「あら、見ない顔だね。迷子かい?」
「そんなわけないだろう、ミトラのおかみさんは冗談がすぎるねぇ」
「そうだよ、娘さん……なんでも聞くといいよ。わかることは教えるし、知らないことは言えないからねぇ」
「そりゃそうだ」
 女達は大きな声で笑いあう。
「あ、あの……あのですね。わたくし達は昨日から湖近くの別荘に滞在しております。この街で日用品を調達したいのですけれ……」
「どこか良い店を知りません?」
 イヴァナの言葉に被るようにシキが口を開いた。驕慢なお嬢様というよりは、深窓の令嬢風に演技している。いつもよりもゆっくりとした口調で視線もやや下向きだ。
「あれーあんた達、湖の空き屋敷にいるのかい?」
「あんなところに住むなんて……酔狂だねぇ」
「身内に不幸があったのです。それで静かな場所で形見の宝を、あの虹色の……」
「お嬢様、それは……」
 イヴァナにやんわりと咎められ、お嬢様役のシキは目を見開き口元に手をあてた。それは女達がびっくりするほど激しく不自然に言葉を途切れさせる。
「……ごめんなさい」
 シキがイヴァナに小さな声で詫びる。イヴァナは優しく主人に微笑み返し、女達に向き直った。
「申し訳ありません。それで、日用品や食料を扱うお店を教えていただけませんか?」
「あ、あぁ……そうだったね。この道を真っ直ぐ行くとすぐに店が道の両側にあるよ。パン屋以外は開いてる筈だよ」
「ありがとうございます」
「ごきげんよう」
 娘2人の主従が教えられた通りに道を進む。その後ろ姿がまだ見えるうちに女達の話し声がひそひそと始まる。
「うまくいったみたいね」
「ほんと、大成功ね」
 シキとイヴァナはいつも通りの表情になって小声で言い合い、また役柄の顔に立ち戻った。

●湖畔の街 3日目
 翌日、街のまた別の見慣れぬ者達がやってきた。3人の旅人達だ。この辺りでは珍しいチキンレッグの商人が2人、彼等から数歩遅れて歩く黒鱗のリザードマンにも視線が集まる。けれど、誰も話し掛けては来ない。ただ一行が歩くにつれてざわめきが大きくなってゆく。
「みんな見てますねぇ〜ボク達注目の的ってやつですねぇ〜」
「その様だな。小さな街だし……どうやら見た感じストライダーが多い様だ」
 チキンレッグの商人達が小声で言い合う。まだ若い、子供と言ってよい外見をしているのはふわふわ綿毛のヒヨコ・ネック(a48213)であったし、青年の姿をした理知的な目を持つのは流浪の日和見風見鶏・デラガ(a39324)だった。
「……これハ、幸先良イと思ってイいのだナ」
 商人の護衛役である黒鱗のリザードマン、静謐なる風・ナキア(a57442)がポツリとつぶやいた。その口調は流暢とは言い難いが聞き取れない程ではない。今回の『依頼』の為には、人心をたくみに利用する必要があった。見向きもされなかったり、警戒され過ぎては情報を広めることも出来ない。
「悪くはないだろう。どうやら街の者達は好奇心が強いらしい。俺達の事ならどんな事でも知りたい、知って他の者達に教えて自慢したいと思っているだろう」
 デラガは低い声で言う。顔は真っ正面を向いて歩いているが、視線は絶えず色々な方向に向いている。道の両端やその奥にいる街の者達を観察しているのだろう。
「ホントにそうかなぁ〜」
 ネックは横を歩くデラガの向こうを見たくて上体を前にしたり後ろに戻したりする。確かにそうして視線を向けると、街の者達がこちらをじっと見つつ、何やら言い合っていることがハッキリわかる。
「それデ……どうすル? 今日ハこのまま戻ルか?」
 ナキアが尋ねる。けれど事態は別口から動き出していた。3人の行く手を遮るようにして男が寄ってきたのだ。若くはないが年老いていると言うほどでもない。長い灰色の尾を持っている。
「へぇ……あんたらチキンレッグにリザードマンかい? 珍しいねぇ。おばあちゃんが昔、ランドアースには色々な種族が住んでいるんだよって言っていたけど、本当だったんだねぇ。で、こんな田舎の街に一体何の用だい?」
 気さくそうな口調と態度の男だが、根底に警戒心が見て取れる。
「誰ダ?」
 ナキアがデラガとネックの前に出た。背の弓にそっと右手をかける。
「いいんだ……」
 小さくナキアに言ってデラガは男に数歩近寄った。わかりにくいかもしれないが、笑顔を作る。
「俺達は旅の商人だ。こっちは相棒……っていうかまぁ見習いだな。で、こっちが護衛」
 デラガはネックとナキアを簡単に紹介する。
「デラガ、ひどいよぉ〜ボクは物心ついた時からこの商売をしてるんだからね。子供だけど経験はあるんだよぉ〜」
 いかにも子供らしくネックがデラガの紹介に抗議する。ナキアは無言でデラガの背後にまわった。それとなく、自分たちの廻りにも目を配る。
「旅の商人か……この辺りは素通りしたほうがいいよ。ここらじゃ旅の商人がよく狙われたり襲われたりするらしい。帰りに寄るといって戻らなかった行商人もたくさんいるんだよ」
「そういう同業者が行かない場所にこそ儲け話がある。貴……いや、あんたはそういう珍品や……珍品を持ってそうな金持ちの話を知らないか?」
「そうそう! 例えば虹色の……」
 ネックが『虹色』という言葉を言うと、デラガとナキアの態度が変わる。ナキアは厳しく素早い所作で辺りを睨め付け、デラガは大声を出す。
「皆さんも知らないか? 珍しい品物やそういう品を持ってそうな金持ちを!」
「知っているよ」
 デラガの声に答える女の声があった。そちらを向くと店屋の女将風の女が立っている。
「湖のほとりにある建物に金持ちの娘が住んでるよ。大層なお宝を持っている様子だったよ。ねぇみんな」
 その女は辺りを見回す。そうだ、そうだと同意する声があちこちから聞こえてきた。
「その女は護衛に冒険者までつけているらしい」
 人垣の向こうから男の声もする。
「湖の家か……ネック、行ってみるか?」
「そうだねぇ〜なんかわくわくするよぉ〜」
 ネックはすぐに歩き出し、くるりと振り返った。
「ねぇ。その家ってどっちにあるの?」
 その場にいた者達が一斉に1つの方角を指し示す。
「南カ……行こウ」
 ネックとナキアが指さされた方へと向かって歩き出す。デラガは街の者達に一礼してから、2人の後を追って歩き出した。

 夕刻。薄闇が迫る中、湖に面して建つ別荘の敷地内。その庭木の影で誇り高き美姫に杯を・トロンボーン(a34491)は昼に会った人物と再会した。
「こんな場所で何をしているなぁ〜ん?」
 薄着をしているトロンボーンにひやりと冷たい風が吹く。食堂の調理場にいた若い男は逃げることも進むことも出来ずに立ち尽くす。相手の意図が掴めずにトロンボーンも警戒心を解けない。向き合う男が冒険者でない事はわかる。そして多分キマイラでもない。キマイラとはもっと……常とは違う存在だと思う。少なくとも、トロンボーンの心に消えない跡を残していった『あのひと』は何から何まで他の人とは違う存在だった。その生き方も戦い方も愛し方も……薔薇の様に……強い思いがトロンボーンの心を過去へ連れ去ろうとする。皮肉にもそれを阻止したのは目の前の男だった。
「俺、金が欲しいんだ!」
 男は力を込めて叫んだ。両手をぎゅっと握っている。
「この家には凄い宝があるってみんな……あんただって言ってたよな。それを狙っているヤツもいるって。だから俺が盗ってもバレないって……それで」
 トロンボーンは浅く溜め息をつく。男の言うような事が実現可能かどうか、それさえも目の前の男はわからないのだろうか?
「だから宝物もここに住む人も、みんな守るためにトロンがここにいるなぁ〜ん」
「あんた、あんまり強そうじゃないから。なんかのんびりしてるし、ほんわかだし。俺でもあんたなら出し抜けるかなぁっ思ったんだ」
「……」
 男の告白にさすがのトロンボーンも目を見開く。そうだった。冒険者でもなんでもない、特に武芸のたしなみもない普通の人には、戦わずに相手の強さなどわからないのだ。
「でももうちょっと考えるなぁ〜ん。ここにいるのはトロンだけじゃないなぁ〜んよ〜。他にも……あ、ほら来たなぁ〜ん」
 騒ぎを聞きつけたのか、コジュウロウが庭をゆっくりと向かってくる。厳しい表情と装備を見ると男は途端に及び腰となる。
「た、た……助けてください!」
「どうかしたのか?」
 コジュウロウはいぶかしげな表情で男とトロンボーンを見つめる。
「魔が差しちゃった街の人なぁ〜ん。最初からこんな事もあるかと思ってたなぁ〜んから、この人を止めるのもトロンの仕事なぁ〜ん」
 トロンボーンはクスッと笑って肩をすくめた。多分、この場所はそう遠くない時期に最も危険な場所になる。その時、誰も危険に巻き込まれないようにしなくてはならないのだ。

●湖畔の街 6日目
 それからも折りを見て冒険者達はそれぞれの役を演じつつ街へ出向いた。最初の日から5日目に待っていた兆しが現れた。街の者達がドリアッドを見たらしいのだ。それは若い男で、外から街の様子を伺ったり、街を出ると道を外れて行ったりしたのだと言う。

 湖畔の別荘内で冒険者達は『時が至った』事を確認しあった。
「やっぱり来たのね。虹色の物にそうとう執着があるのね」
 シキは感慨深げに言う。もう大人しいお嬢様の仮面はない。隣でイヴァナがほっとした様に溜め息をつく。
「よかった〜これでもうあのバカっ丁寧な口調しなくていいよね。ホント助かった〜」
「これダけ幸運ヲ呼ぶ品ヲ集めたノだ。我ラの努力ハ当然として……幸運ニも感謝すべきかモしれない」
 ナキアは手した幸運を呼ぶと言われる品をもう一度見つめる。
「この我慢比べ、此方の勝ちと見て良いものか……」
 コジュウロウは低くつぶやく。
「ノイシュが来たのなら俺達の仕事は終わりだ。俺達商人は買収失敗と言うことで退散する」
 デラガがネックとナキアに向かって小さくうなずく。
「ボク、木靴を履いてもう1回街とここを往復するよぉ〜ノイシュがちゃんとこの別荘に辿り着けるか心配だからねぇ〜」
 ネックは言いながら無骨な木靴をカバンに詰める。
「ならトロンも街まで行くなぁ〜ん。ノイシュが街の人に危害を加えないとも限らないなぁ〜ん。心配だから見てくるなぁ〜ん」
「僕、あの街のおばあちゃんが心配だよ。ここを離れるなら様子を見てからでもいいよね」
 トロンボーンとリカーシュもネックと街に向かうと言う。
「わかった。皆気をつけて散ってくれ」
 デラガは別荘を発つ仲間を見送り最後に扉を閉めた。作戦の第1段階は終わった。

 街ではいつもと変わらぬ一日が今日も続く。ただ食堂で働いていた若い男が無断で仕事を休んだ事だけが、昨日と違う事だった。


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