若菜摘 〜繁縷の恋愛



<オープニング>


 其の地方に伝わる古い慣わし。
 若く美しい乙女が春の若菜を摘み、村人へ振舞うのが無病息災を祈る風習であった。
 現在では、乙女の若菜料理を食べた者には、一年の幸福が約束されるとさえ言われている。

「……もう、秋よね」
 荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は窓の外を見遣った。
 高く澄んだ青空は秋めかしく彩られ、風が吹くたび舞う木の葉が季節の移り変わりを強く感じさせる。正直に言えば若菜摘みが云々と言う時期柄では無い。
「と言う感じで、若菜摘みは流石に終わっているの、だけれど……」
 冒険者が関わらねば為らぬような、ちょっとした問題が根付いているのだ。
 繁縷を使った若菜料理は、美しい乙女の手によって村中へ振舞われた。隣村から訪れていた人々にも、優しい乙女は若菜料理を振舞ったらしい。そして後日、乙女の家へ隣村の村長が訪れた。
「隣村の村長さんは、息子さんの御嫁さんに欲しいらしいの」
 別に、息子とやらは悪い男でも無いらしい。
 それなりに人々を統率する能力に優れ、それなりに積極的で猪突猛進、それなりに面食いで美人に弱く、それなりに資産家で亭主関白。父親の影響を強く受けている気配は感じられるが、外見にも内面にも判り易い欠点が元々あると言うわけでも無い。
「若菜摘みの……彼女の周りの人たちも、殆どは賛成らしいわ」
 彼女は独り暮らしているそうだ。裕福な村長家に嫁げるのならば願ってもない幸福だろう、と周囲の人間は考えた。しかし、この結婚話には彼女だけが反対し続けていたらしい。
「思い余った隣村の村長さんや息子さんたちが、彼女を浚ってしまいかねないの……当然のことだけれど、誘拐は犯罪よね? 今は未だ実力行使に出ていないけれど、先が思い遣られる感じ」
 隣村から毎晩六名程の男たちが、彼女の家を訪ねるらしい。
 独り暮らしの女の家に男たちを居れることは出来ない、と彼女は毎度扉を閉ざす。男たちは「他に好きな男でも居るのか」だの何が不満なのか聞き出そうとする。彼女は扉の向こうから、心に決めた男は居ないし不満も無いが、結婚する気も無いのだと気丈な声音で返すのだ。
 扉は何れ、業を煮やした男たちによって打ち破られてしまうかも知れない。いや、寧ろ我慢の限界は直ぐ其処まで近付いているのだと霊査士は語る。可能ならば説得で場を収めて欲しい。向こうは未だ犯罪と言われるような行動は取っていないが、言葉が如何しても通じてくれないようならば、懲らしめてしまうのも悪くは無いだろう。
「……確り、護ってあげてね」
 肩口で切り揃えた茶色い髪に、凛とした切れ長の瞳を持つ少女。
 名をベラと言う。
 彼女が作った若菜料理は、繁縷を使った雑炊らしい。春先ならば兎も角、この季節ならば――ぷりぷりとした海老と、味の濃い舞茸、更には艶々光る雑穀米を、朝、鶏が産んだばかりの卵が割り入られた出汁の中で煮込んでやるのが良い。黄色い卵が踊る横には緑の繁縷が散り、紅白鮮やかな海老に、秋色を思わせる茸の身が米の中を泳ぐのだ。
 身体を優しく温めてくれる雑炊は、冷え始めたこの時期に相応しいに違いない。
 真摯な態度で臨むなら、労いを込め、飛び切り美味な雑炊を冒険者に御馳走してくれるだろう。

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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
黒荊の埋葬機関・アオイ(a00544)
雑草王・アーク(a29905)
秘色の薔薇は闇に抱かれ夢見る・ミナ(a34424)
無垢なる白・ラシェット(a40939)
ヒトの医術士・エークス(a44207)
ブリキの道標・ゲルハルト(a46304)
大地を歩みゆく者・ラング(a50721)
夜明けのシ者・クラン(a55304)
聖騎士・ファルコネット(a57481)


<リプレイ>

●若菜摘
「冒険者様ですね! 本当に来てくれるなんて、私、とても嬉しいわ」
 若菜摘みの乙女ベラは、小さな彼女だけの家に訪ねて来た冒険者を迎え入れ、安堵したように微笑んだ。噂通りの綺麗な娘で、愛想も良い。霊査士からの話では芯が確りしているようだし、魅力的な女性だった。礼儀正しく接する冒険者たちを丁重に持て成し、夕食を御馳走してくれる。
 ヒトの医術士・エークス(a44207)らが突然大勢で伺って申し訳無いと紡ぐと、娘は驚いたように目を瞬き、冒険者様へ依頼したことは存じていますし寧ろ待っていたくらいだと答えた。
 食器が足りないからと隣の家まで借りに行ってくれ、暖かな繁縷の雑炊を椀に盛る。
 料理の腕も、事前情報通り確かなものだ。
「お口に合えば良いのですけど……」
 はにかみながら尋ねた娘に、体は雑草で出来ている・アーク(a29905)が満面の笑みで答える。
「うん、大丈夫。俺、野菜嫌いじゃないって言うか、雑草食えるから!」
「……」
 娘の表情が悲しげに翳ったような気がして、アークは不思議そうに目を瞬いた。若菜料理を雑草と並べられたからだとは気付けない。大地を歩み行く者・ラング(a50721)が口を開く。
「美味しい料理ですね」
 ベラが嬉しそうに微笑むのを確認してから、そう言えば、と問いを切り出した。
「御家族の方々は、今どちらに?」
「……居ません」
 答えを聞き、思わず謝罪しようと口を開き掛けたラングを遮り、「気にしないで下さい」と娘は微笑む。今は居ない家族を懐かしんでこの家を離れたく無いと思っているのだろうか、とラングは考えた。しかし若菜摘への執着があると言うことでは無いだろう。若菜摘みは所謂村で一番器量の良い乙女が選ばれると言う行事であるし、彼女が繰り返し選ばれていた可能性もあるが、結婚を申し込まれるだけあってそろそろ卒業の年齢だ。
「取り合えず。護衛させて貰うってことは良いんです、よね?」
 事態を整理すべく闇に咲き舞う華・ミナ(a34424)が発言する。綺麗に食べ終わった椀を、礼と共に娘へ返した。彼女は頷いて手を貸して欲しいのだと願い、けれど村の意向としては単純に早くこの事を片付けたいだけなのだろうとも目を伏せる。
「結婚するだけが幸せじゃないと思うし、結婚したくないならそれで良いと思うけど……」
 ミナの言葉を聞いて、娘は表情を晴れやかなものに変えて頷いた。
 少なくともこの村の村人たちは、結婚するのがベラの幸せだと信じてやまぬのだった。
 良くも悪くも古風な村社会では、権力者の嫁に為れる以上の幸せが女に在ろうかと言う風潮がある。娘の自由を護ってくれる親も居ない以上、娘への風当たりが弱く無いだろうことは、霊査士から聞かされた依頼の概要を思えば想像出来た。

●繁縷摘の娘
「んー」
 アークは悩むように後頭部を掻いてから、思った事柄を話し出す。
「俺は碌なアドバイスも出来ないだろうけど、無理矢理ってのは良くねーと思う」
 嫌がる人に強要したり、他人が勝手に決定したりするのは恋愛として間違っている。結婚なんて一世一代のイベントなのだから尚更だ、と主張する彼の言葉に娘は顔を綻ばせた。
 冒険者様ならきっと判ってくれると信じていました、なんて言葉で喜びを紡ぐ。
「でしたら、求婚を御断わりしておられる理由を詳しく御聞かせ頂きたいのです」
 エークスの言葉に、娘は虚を突かれたらしかった。冒険者らがこの時点で気付くことは無かったが、例えばアークが口にした事柄も彼女の拒否の一因であり、だからこそ娘は既に「自分が断っている理由」を冒険者が理解していると思っていたのだ。
「理由は……結婚したくないから、です」
 どうして伝わらないのか、娘には判らない。
 このような理由であれば霊査士からの情報にもあった。娘はこの理由を紡いで、そんなものは理由になるかと男たちを憤慨させているのだ。霊査士が告げた事柄では理由に為っていないと感じた聖騎士・ファルコネット(a57481)も、娘の心を解すべく問い掛ける。
「ベラ様が抱える御悩みを、同じひとりの女性として解決して差し上げたいのです。悩みとは、抱えるものではなく分かち合うものですわ。御願いします、どうか本心を聞かせて下さい」
 ファルコネットが如何に真摯に紡ごうとも、ベラは困惑を深めるばかり。
「……あの、だから。本当に、結婚したくないの」
 娘は徐々に、やっぱり私が可笑しいのかしら、と表情を不安で染めて行く。
 エークスとファルコネットは顔を見合わせた。
「やはり、人に言えないほどの理由があるのですね」
「まるで絵に描いたように理想的な結婚話ですもの。余程の理由なのでしょうね」
 娘は余計に参ってしまう。本来心の中にだけ留めておく筈の事柄を、彼女らが口にしてしまった理由は、何時の間にか家の中を漂い始めた淫靡な香りの紫煙が原因だった。想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が使用した放蕩の宴によって、家の中に居る面々は普段ならば理性で留める遠慮を失ってしまっていた。

「もし、結婚したくない明確な理由があるなら、どんな理由であれキッチリ話すべきだわ」
 生命の監視者・ラシェット(a40939)が確りとした眼差しで言う。理由を告げるのは最低限の礼儀だと言われては、理由を言っているつもりなのに責められているように思えて、娘は益々縮こまった。何と無く結婚したくないのであれば適当な理由を作るとか、と提案されるも――娘には名案が浮かばなかった。
 男たちを納得させることの出来るでっち上げの理由は、冒険者が用意して行くべきだった。
「いっそ、潔く結婚しちゃうのはどう?」
 時間が解決してくれることもあるし、長く一緒に居れば愛情は深くなっていくものだもの、とラシェットが言う。やはり女の幸せは結婚なのだろうか。良く知りもしない人間と突然に結婚することに抵抗を感じてしまう私は可笑しいのだろうか。ベラは悩んだ。
 翳る表情を案じてブリキの道標・ゲルハルト(a46304)が口を挟む。
「ベラは、今は未だ結婚したくないの?」
 娘は少しの間を置いてから頷いた。
「結婚するつもりが無いから、結婚したくないんです……」
 自信無さげに洩らす彼女とは正反対に、ゲルハルトはあっさりと頷いた。
「そう。じゃあ村長さん親子に諦めて貰うしか無いか」
 娘は顔を輝かせた。けれど、
「だから、ベラの素直な気持ちを伝えるのが一番だと思うよ」
 穏やかな声音で返されて、娘は再び俯いた。
 今までも何度も伝えて来たと言うのに、向こうは理解してくれなかった。折角冒険者様たちが来てくれたのに、今日もまた何時もの繰り返しなのだろうか。
 ベラ嬢に結婚を承諾して貰うのが何処にも角が立たなくて良いのだが、と漆黒の鎮魂歌・アオイ(a00544)が洩らす。紫煙に満ちた場で、娘の肩がまた震えた。
「納得出来る理由を示して見せないと、向こうは納得しないのだろうな」
 アオイが零すのに、ミナも同意する。
「それらしい理由をでっち上げたら良いんだろうけど……『想い人は居ないけど貴方は嫌い』だと少し弱いかな」
 実際ベラが言うのにも霊査士の話と同様に、村長の息子とやらは特に悪い男だと言うわけでもないらしい。人物として嫌いだと言うのでは無いようだし、かと言って「御友達から」等と返答してしまうと「判った。では挙式は冬に、其れまでは友達で。だって結婚を断る理由は無いのだろう?」と返されかねない。結婚を前提とした友人関係を結ぶ約束などしたくは無いと言うのが、結婚を拒むベラの意見だった。

●求婚者たち
 屋根の上で待機していたアークが、男たちの姿を発見して降りて来た。本音を聞く為にとして再び放蕩の宴を使おうとしたラジスラヴァを、男たちが感情的に為らず冷静に話せる場を保とうと考えていたエークスが制止している。彼の言葉に彼女も納得し、放蕩の宴を取り止めた。正直に為り過ぎて理性を失った男たちが、冒険者相手とは言え怯まずに暴力を振るい始めれば面倒だ。
 普段通り娘の家を訪ねようとした隣村の面々の前に、夜明けのシ者・クラン(a55304)が立ちはだかる。冒険者だと身分を明かせば、村人たちは畏まった。
「相手への熱意がそれなりにあるのは判る」
 何せ、毎晩尋ねて行くのだ。
「だがな、恋愛は相互理解の究極の形だってことを理解してるのか?」
 困惑を見せる村長の息子へクランが言う。
「頭を冷やして、彼女にとって最善を考えろ」
 自己犠牲も厭わぬ行動こそが愛だと聞く。間違い無いと信じて主張した青年に、村長の息子は答えた。彼もまた自分の言葉が何ひとつ間違っていないのだと確信した様子で、「彼女は自分と結婚するのが最善だ」と胸を張る。確かにこの村の村人たちも皆、願っても無い幸福だろうと考えていた。意識の差を感じて言葉に詰まる。
「……女性に無理強いは駄目」
 ひとりの女性相手に大勢で寄って集って情けない、とラシェットが溜息を吐いた。村長らしい人影がムッとした様子で、「村長の息子たる者が結婚を申し込むのに、貧乏臭い真似が出来るか」と反論する。見れば確かに男たちは全員正装をしていたし、プロポーズ時に男性側が尋ねて行く際に必要な礼儀の一種なのだろうか。此処にもまた意識の差がある。
「この話、村長さんだけでなく息子さんの意思でもあるのね?」
 ラシェットが確認するように問い掛けると、息子と思われる人物が当然とばかりに頷いた。
「結婚したい女の子を口説くのを人にやらせるのが可笑しいよ。普通に考えて、息子さんが直接ベラにプロポーズするのが道理じゃないの?」
 辛辣なゲルハルトの言葉にも、息子は怯まない。
 娘を知ったのは親が先だったと言うだけの話、親が勧めてくれる通りに娘は良い女性だから結婚したいと思うに至った。親に口説いてくれと頼んだのでは無い。ラジスラヴァが更に問い掛けたが、息子は本心結婚したいと考えているらしい。
「ベラを嫁に欲しいと思った理由は何だ」
 答える義理は無いとされても仕方ない問いだが、冒険者と言う身分が効いているのだろう。息子は答える。理由は彼女が非の打ち所の無い女性だからだ、と。美人で気立ても良くて料理も巧い。親が勧めてくれているし、嫁に此れ以上何を求めるのかと息子は言う。

 黙って話を聞いていたラングが一歩、前に出た。
「もし初対面の人間から突然結婚を申し込まれた場合、私ならまず戸惑う。そして、断る」
 茶色の瞳で男たちを見据え、はっきりと言う。
「理由は『相手をよく知らないし、今は結婚なんて考えていない』からだ。此れ以上の理由が必要なのだろうか」
 娘は彼女の言葉に全くもって同感だった。
 けれど娘以外の者たちにとって、此れは理由ですら無いのだ。何せ、この結婚は至上の幸福であるのだから。娘を不自由させるつもりは無いし大切にもする。けれど娘が拒むのだから、何か理由があるに違いない。理由を聞くまでは諦めることも出来ない。
 霊査士の話を聞いた時点で、予想出来ていたはずの結果だ。
「……相手は人形じゃねーんだ。押し付けで結婚出来るほど甘かねーんだよ」
 人の心は金や力などでは決して捕まえることが出来ない。
 クランが唸るように呟くも、村人たちの思考は予め予測出来ていた。ベラだけが異端なのだ。
 冒険者たちは取り合えず、娘と息子が二人で話を出来る場を取り持とうと交渉を始めるも、其の時、娘の傍で控えていた筈のファルコネットが大慌てで駆けて来た。
「ベラさんが……!」

●娘の行く末
 冒険者様方と御話して、私は此れ以上この村には留まれないと感じました。
 私が此処に居ることが諍いの原因です。
 ですから、旅に出ようと思います。
 都会はきっと、此処よりも過ごし易いのだと思います。
 このたびは有難う御座いました。

 簡潔な手紙を残して、ベラは旅に出た。
 簡単な衣服だけを持って、人知れず裏口から何処かへと向かったのだ。
 此れでベラは二度と村長の息子から求婚されることは無い。
 事態は収束した。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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わからない
参加者:10人
作成日:2006/10/15
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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