<リプレイ>
●頓挫 「これ以上は無理のようじゃのう」 額に落ちかかる艶やかな銀の髪を手で払って、神速の銀雷・シェルフィー(a08364)が言う。町を出て幾許も経たぬ内に荷車を借りた事を冒険者たちは後悔していた。街中ならばともかく、舗装などされていない道である。重い荷物をたっぷり乗せた荷車を引いての旅は困難を極め、その負荷をほぼ独りで負っていたシェルフィーには疲労の色が濃い。 急激な段差につかまって、荷車は一歩も進まなくなってしまっていた。 「また土塊の下僕さんに手伝って貰おうよ。お願い、荷車を押して!」 月夜の姫御子・アキナ(a50602)の触れた土の塊が、見る間に小さな人型になる。かりそめの命を与えられた下僕は、アキナの命令に従って荷車を押し始めた。今までも何度かこれで急場を凌いで来たのだが…… 「……ダメ?」 懸命に押す土塊の努力虚しく、荷車はピクリとも動かない。首を傾げた少女の髪飾りがシャラン、と涼しげな音を立てて揺れる。心配そうに眇めたやや青みがかった紫の瞳を見上げる土塊の下僕は何だか「しゅん」としているようで。 「ここまで運べただけで十分としましょう。こんな時の為に準備はしてあるのですから」 「そうだな」 本は袋に入れて小分けし、背負って行けるように梱包してある。 光の乙女・ミレイナ(a39698)の柔らかな声に頷いて、森螺万掌・トゥエンティ(a46870)も荷台から一つを手に取ったが。 「いや待てよ。森までは俺たちも手伝えるが……その先はどうする?」 炎を振り撒くという化け物紅葉。それから本を守る為に、先行索敵班と護衛班に分かれる事になっていた。しかし護衛班だけで本を持ちきれないのは明らかだ。どうしてもあと一人は体力のある者が必要である。 黙りこんでしまった彼らの耳に、連れてきた使用人AとBの呑気な会話が聞こえてきた。 「俺さあ、冒険者さんなら何か凄い技で運べるんだろうなって思ってたよ」 「うんうん、俺も。ノソリン使わないなんてきっと何か秘策が! とかなぁ」 「其処、黙れ。……私が護衛に回れば問題あるまい」 二人をひと睨みし、眼光で黙らせたエルフォミナが残っていた荷を背負う。 「これで解決やな」 はんなり笑って場の空気を和ませた宵闇に散る花音・オリヴィエ(a54096)は、怒られてビクビクしている使用人ABにスススと近寄っていった。 「なぁなぁ、A、Bはんの名前は何ていうんかな。教えてもろてええ?」 端正な顔立ちに人懐こい笑顔を浮かべる青年に緊張を解き、次いで感動するAとB。オープニングにしか登場しない予定だった俺たちにも名乗る機会が! 等と訳の解らない盛り上がりを見せてから、余所行きの声でこう言った。 「ワタクシ、エイと申します」 「ワタクシはビーです」 ……所詮、脇役は脇役だった。閑話休題。
●困難 屋敷まで町から徒歩で一日半。冒険者だけならいざ知らず、一般人を抱えて進む行程は遅れに遅れ、魔物の居る森へ入る前に夜が訪れた。 「備えあれば憂いなし、ですじゃ」 皆を安心させるように安穏と笑う、言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)。彼と風折れの妖樹・シュゼット(a50578)が持参していたテントで夜を明かし、朝早く出立する。飲み水は何とかなったが、食料を失念していた冒険者たちはシェルフィーの用意していた僅かな保存食で飢えを凌いだ。 道はやがて森に至る――彼らは予定通り先行する者と本を護衛する者に別れ、十分な距離を取って道を進んだ。どうしてもエイとビーが遅れがちであるが、冒険者の体力と脚力について行けないのは当然だろう。気ばかり焦って滝のような汗を流している二人を見兼ね、シュゼットはフワリンを作り出すと乗るように言った。 「お疲れでしょう。これで少しの間休めますよ」 「やあ、これは有難い!」 「やっぱり冒険者さんは凄いですねー」 フワフワ、なぁ〜ん。フワフワ、なぁ〜ん。 ゆっくり進むフワリンに合わせて進行スピードは落ちたが、エイとビーはとても喜んだ。しかし―― 「先行班の姿が見えなくなっちまったぞ。距離が開きすぎてないか?」 冒険者・フェレン(a48830)の危惧はもっともだ。普段は鷹揚で悠然と構えている彼だが、躓き通しの行程では自然と慎重にならざるを得ない。 ――紅葉狩りにはいい季節なのにな。 せっかくの紅葉もおちおち眺めていられないのだから。残念そうに頭上を振り仰ぐフェレン。シェルフィーが鋭い声を上げたのは丁度その時だった。 「ガルスタの剣が消えたのじゃ!」 それは先行班が敵と遭遇したという、ウェポン・オーバーロードでの合図。 「お二人は此処に。何があってもこの場を動かないで下さい」 荷を置いて合流に向かった蒼穹の果てを知る者・アルトゥール(a51683)の声も瞳も氷のように冷たく鋭かった。彼と同様に次々と本を置いて駆け出した背中を見送りながら、エイとビーは穏やかだったアルトゥールの豹変ぶりをこう評す。 「よっぽどお腹が空いてるんだろうなぁ」 「だよなぁ。俺も腹ペコだよ。冒険者さん、何か食べ物―」 「……ああ、言い忘れていましたけど。そのフワリンは十分程度で消えますから」 グッドタイミングで消えるフワリン。調子に乗っていたエイとビーは強かに顔面を強打し。消えてから言うシュゼットの天然アビスフィールドの如し笑顔を見て、この人にだけは逆らうまいと決意したのだった。
●紅葉よ燃えるなかれ 「ジルヴァラよ、ここに」 守護者・ガルスタ(a32308)の声に応え、白銀の剣が彼の手に忽然と出現した。翻る銀黒の召喚獣を背に前方を見据えた彼の目に映るのは道を塞いで燃え盛る巨大な紅葉。空を塞いで広がる枝葉がザワザワと蠢く度に、灼熱の炎が舞い落ちる。魔物は意外に素早く、見る間に冒険者たちへ迫ってきた。 「我が剣よ……光を宿せっ! 我に加護をっ!」 頭上に出現した守護天使の光を伴い、ガルスタは大地を蹴った。炎を払って繰り出された白銀の一閃が幹の一部を豪快に削り取り、魔物の突撃速度を緩める。 炎が更に激しさを増した――それは、声ならざる悲鳴のようで。刹那、トゥエンティの瞳に憐憫の影が過ぎる……だが。伏せていた瞼を開いた彼の双眸に迷いは無かった。 火の粉を払って駆けるトゥエンティに溶け込んでゆく紅蓮と青の獣――召喚獣の力を宿し、魔炎と魔氷のオーラを噴き上げる体が軽々と跳躍する。炎の雨を切り裂く斬鉄蹴は易々と枝を叩き折り、大地に落とした。 それでも尚、魔物の振りまく炎の木の葉は止まる事無く降り注ぎ、自然界では在り得ぬ動きで逆巻くと、冒険者たちの肌を焼く。特に深刻なダメージを受けているのはヨウリとオリヴィエだった。 「ラウレック様、どうか皆様を御守り下さい。癒しの光を……!」 ミレイナの手に包まれた宝珠が柔らかな白い光を解き放つ。彼女の体から溢れ出た癒しの波動は焼け爛れた皮膚を再生し、瞬く間に傷を塞いでくれた。医術士である彼女がそうして戦線を支えてくれるからこそ、冒険者たちは安心して戦えるのだ。 「本を燃やすやつは天が許しても俺が許さねぇ」 ガラリと口調の変わったヨウリが、治ったばかりの体に鞭打って針の雨を浴びせかけ、魔物に一矢を報いると。 「紅葉は見に行きたいなぁ思っとった所やったんやけど、この紅葉は始末に負えんなぁ……」 溜息混じりに呟いて。オリヴィエの唇から流れ出すのは仲間を励ます高らかな凱歌。紡がれる旋律は木漏れ日溢れる森を思わせ、癒しきれずにいた傷を塞いで仲間を助ける。 それでも真紅の視界の中で繰り返される炎の演舞は容赦なく体力を奪っていった。やがて徐々に勝利の天秤が魔物に傾くかと思われたその時――駆けつけた銀の雷が一撃で魔物を押し返したのだ! 「これはまた、盛大に燃えておるのう」 金と銀のオーラを纏うシェルフィーは一撃を当てた後素早く飛びずさり魔物との距離を取った。炎を弾く灰色の瞳をうっすら細め、小さく笑う。 「……わしの焔と氷もなかなかじゃろう?」 魔物の一部が凍りついていた。白色に染まった一部が音を立てて崩れ落ちる。紅葉が動きを止めた隙に態勢は立て直され、護衛班が駆けつけた事で陣形は大幅に重厚なものとなった。 「――己が想いを示せ、纏いて鎧と為せ、其が汝の力なり」 仲間を守るべく力を送り込むガルスタの鎧聖降臨とミレイナのヒーリングウェーブ、そしてオリヴィエの凱歌が支えてくれる今、彼らに勝利の女神が舞い降りる。 「本物の紅葉なら歓迎したいんですけどね……」 魔物を前にしたアキナは静謐な気配を纏って対峙した。魔道書の文字を白い指先で辿り、凛とした声で唱える紋章術――空に出現した幾何学模様から光の矢が撃ち出され、舞い散る炎が大地を舐めて赤に染めあげる。烈風が森を揺さぶり喉を焼く熱気の中で、フェレンが放った蜘蛛糸が再び敵を捕らえた。白い糸に絡まってもがく炎の枝葉に思わず叫ぶ。 「下手に動くなってーの。森が焼けるだろうが!」 フェレンの言葉にはまったく同感だった。火の粉をマントで払い散らしたトゥエンティは燃え盛る幹に怯まず手を当てる。――これ以上、森を蹂躙させはしない。 「退け……!」 軽く添えたように見えた彼の掌から爆発的な気が叩き込まれ、欠片を四散させながら吹っ飛ぶ紅葉。 「さて、炎が効きますかどうか……」 ひっそり唱えたアルトゥールは繊細な刺繍が施された手袋の位置をちょっと直して。優美な唇が綴る呪文が指先に炎を伝わせる――弾け飛ぶように躍り出た炎の魔獣、スキュラフレイムが紅葉に絡みつき喰らいつき……従える三つ首の召喚獣が吐き出す紫煙の力を融合して、爆発炎上した魔獣の炎は恐ろしいほどのダメージを紅葉に与えた。 「……因果応報、じゃのう」 朱月を正眼に構え、一陣の風が走る。もはやほぼ原型を留めず炎の壁となった紅葉の脇をすり抜けざま、銀の剣閃が音も無く炎を断ち切る。一拍を置いて響き渡った激しい爆音が鳴り止んだ時、あれだけ逆巻いていた炎もまた、消え去っていた。
●事後談 帰ってきた冒険者たちの姿を見てエイとビーは肝を冷やした。誰もが炎に焼かれた痕を残し、それでも自分たちに無事を尋ねるのだから。 「二人とも災難やったなぁ。お疲れはんや。怪我しとらへん?」 「オリヴィエさんの方がよっぽど……だ、大丈夫ですか?」 「ああ、こんなん平気やって」 笑って二人の肩を叩くオリヴィエに、エイもビーも思ったものだ。――やはり冒険者とは素晴らしい人達なのだと。 「さあ、早く本を届けよう。ネカラ氏が待ち侘びている事だろうしな」 煤を拭き取った眼鏡を掛け直して微笑むガルスタ。その声に後押しされて旅を再開した冒険者たちはその後何事も無く、無事に屋敷までたどり着けた。 あまりの遅れぶりにクビにされそうだったエイとビーを、フェレンが何とかとりなして。管理人が数十人も必要だという広大で壮麗な素晴らしい書庫から、何人かはお目当ての本を譲り受けたようだった。 帰り道、満足そうなシュゼットの懐には墨のような黒い物体がある。コートの上から手を添えて、ふと振り仰いだ頭上には――目を見張るほどの美しい紅葉が色彩の万華鏡を作り出していた。 「ようやく紅葉が楽しめそうですね」 彼の言葉に誰もが異存なく。暫しその風景を眺めてから帰路につく冒険者たちだった。
■END■

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参加者:10人
作成日:2006/10/22
得票数:冒険活劇11
ほのぼの1
コメディ3
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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