風のグラウフィールズ



<オープニング>


 風が、吹いた。
 山の横を飛んでいく緑色の鳥。
 男は、珍しい鳥だと思いながら歩みを進める。
 それからしばらくして、また風が吹いた。
 また、あの緑色の鳥が飛んでいくのが見える。
 町で買った赤いハンカチを取り出して、汗を拭う。
 村までは、あとどれくらいだったろうか?
 再び、風が吹いた。
 男の真横に現れた、強烈な竜巻。
 男だったものは竜巻にバラバラに引き裂かれるようにして崖から落ちていく。
 風が、啼いている。
 その音は、哄笑にも似ている。
 竜巻の消えた向こうで、赤いハンカチが粉微塵になって吹き飛んでいく。
 その向こうで緑色の鳥が、更にその欠片を吹き飛ばすように飛翔していた。

「原因は、モンスターです」
 ミッドナーはそう語る。
 問題の場所である山道は、山頂にある小さな村へと繋がる現時点での唯一の道だ。
 というのも今現在作っている新しい道が出来るまでの間は、ということだ。
 しかし、現時点で唯一のルートでもある道は、山の外周をグルリと回っていく危険なルートでもある。
 登っていけば登っていくほど、道幅は狭くなっていく。
 足を踏み外せば、崖の下へと転落していく。上手くいけばすぐ下の道に落ちるかもしれないが、それとて怪我は免れない。
 山の外側の壁面を構成する土も脆い為、縄や杭を打ち込む事による安全策すら取れないのが実情だ。
 だが、それとて気をつけていれば問題はなかったのだ。
 緑色の鷹を思わせるような姿。
 強烈な風を纏って飛翔する姿。
 そのモンスターが、山の周囲を常に飛び回るようになったのだ。
 時折、戯れのように人をも叩き落すそれが村人に与える恐怖は、計り知れない。
 無論、冒険者達とて一筋縄で勝てる相手ではないだろう。けれど、引く理由は何処にも無い。
「どうか……最良の結末を」

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参加者
色無き世界を彷徨う片翼の天使・エリシエル(a18134)
混沌の群・フォアブロ(a20627)
蒼穹に舞う翼・アウィス(a24878)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
紅焔の・マディン(a34736)
武勲詩抄・フレッサー(a37890)
NPC:放浪剣士・デスト(a90337)



<リプレイ>

●山頂へと続く道
 ゆっくりと、山道を登っていく。
 秋の山は寒々しく、けれど緊張で身体は高揚している。
 登る度に緊張は高まり、周りを警戒する。
 けれど周りばかり注意して登れるほど山というものは甘くは無い。
 特に、このような崖道であれば尚更だ。
 周りにばかり注意していれば、足を踏み外して落ちてしまうだろう。
「何とも戦いにくい地形だな。だが、村人達の為にも力を尽くす」
 武勲詩抄・フレッサー(a37890)の言葉には確かな決意が篭もっている。
 しっかりとした登山用装備を整えてきた辺りにも、その決意の確かさが伺える。
 その一歩一歩は、決意の確かさを示すかのように力強く足場を踏みしめていく。
「脅威となるのは魔物よりも不安定な足場か。それにしても山頂付近の道を行く人を襲うくせに、なぜ山頂にある村を襲わないのだろうな」
 混沌の群・フォアブロ(a20627)の言葉は不謹慎ではあるが、もっともな疑問でもある。
 けれど、それは理性ある生き物故の疑問だ。
 モンスターに理性は無い。本能のままに動くのがモンスターであるが、全てのモンスターが殺戮願望を持っているわけではない。
 グラウフィールズもまた全ての人を殺しているわけではなく、戯れに人を殺すモンスターだ。
 たまたま、山道を歩いていた人間がモンスターの本能に引っかかっただけだったのだろう。
 最も、それを不運で済ます事など許されない事態ではあるのだが。
 戯れであろうと何であろうと、人の生き死にに大小など有り得ない。
 運の有り無しではなく、間違いなくモンスターによる災害なのだから。
 出会った事を不運などという言葉で片付けられるはずもない。
「何としても、山道に平穏を取り戻さなければね」
 蒼穹に舞う翼・アウィス(a24878)の言葉は、まさに冒険者達の想いの代弁であったろう。
 冒険者達は決意を新たにし、周りに何か異変がないか確かめる。
「ん?」
 その時、フレッサーの視界の端に何かが映る。
 遥か上空を飛んでいくそれは、間違いなく。
「……グラウフィールズ……か!」
 色無き世界を彷徨う片翼の天使・エリシエル(a18134)が、その正体をいち早く看破する。
 遠く離れたこの場所からも分かる強烈な風。
 緑色の巨大な体。
 みるみるうちに消えていく「風」の名に恥じない速度。
 間違いなく「風のグラウフィールズ」であった。
「でっけえ……あれがグラウフィールズ……」
 ライジングサンヴァーミリオン・マディン(a34736)が心の底から驚いたような様子を見せる。
 だが、それは誰もが同じであった。
 一瞬だけ体感した威圧感に、身体が思わず震えるのを感じている。
「風も、お守りも、いつも味方してくれる……きっと今日も」
 蒼翠弓・ハジ(a26881)が、自分に言い聞かせるように言う。
 風を相手にする緊張感。
 いつも風と共にあるが故のそれは、どれ程のものか。
 知らず知らずのうちに出てくる汗を、ハジは拭う。
 風のグラウフィールズ。あれを倒せなければ、山道に平和は戻ってこないのだ。
 風は、少しずつ強くなってきたような気がして、アウィスは足を強く踏みしめた。
「もう少し登ろう。此処には、もう来ないようだ」
「……そう……だな」
 フレッサーの言葉にアウィスが同調し、冒険者達は再び歩みを進める。
 強くなってくる風を受けると、山に吹く風の全てが敵のような気さえしてくる。
 冒険者達の緊張の度合いも少しずつ強まってきていた。

●風との遭遇
 風とは、自由の象徴だった。
 蒼天を自在に駆ける風は何者にも縛られず、掴む事さえ出来ない。
 風とは平和な光景の象徴でもあった。
 柔らかな風に包まれた時、人は幸せを感じた。
 そして、同時に風とは畏怖の象徴でもあった。
 荒れ狂い、人を吹き飛ばす猛威。
 二面性を持つ風は人の良き隣人であった。
 だが……その風が今、冒険者達の前に圧倒的な威圧感を持って立ち塞がっている。
「なんて敵だよ……!」
 マディンの口から、思わずそんな言葉が漏れる。
 目標としていた地点についた冒険者達は、即座に風のグラウフィールズの攻撃を受けた。
 真っ先に攻撃されたのは、赤い布を振っていたハジだ。
 突風というには、あまりにも強烈な風。
 助けに入る暇も無い。
 吹き飛ばされて足を踏み外したハジは、下へと落下していく。
 幸いにも2階層ほど下へ落ちただけだったようで、最悪の事態には至らなかったようだ。
 だが、ほっとしている暇は無い。
 狭間に漂う虚ろな幻像・リバーサイド(a46542)のライトニングガンナーから放たれた鮫牙の矢がグラウフィールズへと向かい、突き刺さる。
 その途端グラウフィールズは忌々しげな声をあげると、外周を回るように飛び去っていってしまう。
 無論、逃げたわけではないだろう。次の攻撃をするつもりなのだ。
 しかし冒険者達とて、同じ手は2度くわない。
 戻ってくるであろう方向をフォアブロは見つめ、山の壁面へと寄っていく。
「来るぞっ!! 戦闘準備を!」
 叫ぶようなフレッサーの言葉に全員が身構える。
 現れたグラウフィールズは、先程とは明らかに動きが異なっている。
 どうやら、先程の一撃で冒険者達を外敵と認識したらしい。目に明らかな敵意が宿っているのが見える。
「儂は頑丈だからな、おぬしの分を多少貰っても平気だ」
 そう言ってフレッサーが素早くアウィスに触れ、誓いの言葉を述べる。
 フォアブロの身体を黒い炎が包み、マディンがスーパースポットライトを放つ。
 グラウフィールズはスーパースポットライトを放ったマディンに敵意を持った視線を向けるが、どうやら初弾から手加減する気はないようだ。
 風のグラウフィールズの纏った風が強くなっていき、その場に竜巻が巻き起こる。
「ぐう……あっ!」
 フォアブロとリバーサイドが吹き飛ばされ、タイミングよく放たれたエリシエルの粘り蜘蛛糸に捕まる。
 残されたメンバーとて、無傷ではすまない。すかさずアウィスの高らかな凱歌が響き渡っていく。
「……さっさと登れ」
 緑の影・デスト(a90337)が手を貸し、フォアブロが登りきる。
「また飛んでったな」
 マディンが忌々しげに舌打ちする。
 此方はいつでも仕留められるという余裕か、連続攻撃を許さぬ為か。
 グラウフィールズはある程度攻撃すると飛んでゆく。
「……厄介なタイプ……だな」
 エリシエルの言葉に無言の同意が成されていく。
 冷静に、自らのペースで物事を進めていく。
 ある種の本能なのだろうが、自らを見失って突っ込んでくる事のないグラウフィールズは、間違いなく強敵であった。

●風のグラウフィールズ
 ハジの青碧からホーミングアローが放たれ、離れた場所にいるグラウフィールズに突き刺さる。
 一進一退の攻防戦に、互いに疲労の色が目立ち始める。
 回復の技を持たないグラウフィールズのほうがダメージは上のはずだが、その素早さに似合わぬ巨体は相応の耐久を持っているようだ。
 何より、叩き落された仲間達の疲労が激しい。
 ただでさえ注意が必要な山道を急いで登ってくるのだ。
 緊張感と焦りから来る疲労は、叩き落された時のダメージと相まって倍増していく。
 だというのに。グラウフィールズには「落下」という危険性が無い。
 モンスター故か、「風」故の特性か。
 グラウフィールズは、何度も空中で静止してみせた。
「来るぞ!」
 ゾクリとするような感覚に、フレッサーが叫ぶ。
 竜巻とは違う風の集まり方。
 強まっていく強烈な威圧感。
 たかが風、と思う者は居ない。
 風は良き隣人であると同時に、手のつけようの無い暴君でもあった。
 風は一度荒れ狂えば、全てを吹き飛ばした。
 故に、人は風を愛し。同時に風を恐れた。
 もし、風が敵に回ったのならば……これ程恐ろしい敵は居ない。
 風は常に、人の側にあるのだから。
 そして、その風が今、確かな形を持って迫り来る。
 風のグラウフィールズ。自身の名を冠した最強の技。
 真正面のマディスに迫り来るそれは、圧倒的な存在感を備えてマディスを強烈に吹き飛ばす。
 後ろにいたハジに衝突して足を踏み外しそうになるが、アウィスがフォローして何とか踏みとどまる。
「これを喰らうがいい!」
 その隙を狙ってグラウフィールズへ打ち出されたフォアブロのデモニックフレイムとエリシエルのソニックウェーブが同時に炸裂する。
 体勢を立て直すべく再び上空へと舞い上がるグラウフィールズだが、この最大のチャンスを逃す冒険者達ではない。
 ハジのホーミングアローとアウィスの気高き銀狼が放たれ、グラウフィールズを追い詰めていく。
 此処に、互いの優勢は逆転する。そしてそれは同時に、グラウフィールズの敗北をも意味していたのだ。
 やがて、最後の一撃を敢行したグラウフィールズをエリシエル達のコンビネーション攻撃が叩き落す。
 高度を落としたグラウフィールズはフォーマリティソードの一撃を受けると、軽い音と共に風となって消えていく。
 一片の灰すらも残さず、あっさりと。
「やれやれ、何とかなったか。これで村人も安心するだろうな、冒険者の本分を果たせて良かったわい」
 剣を鞘に収め、フレッサーが心底安心したという顔で笑う。
 アウィスが取り出したハープで鎮魂歌を奏で始め、エリシエルが犠牲者達に祈りを捧げる。
 もはや、この山道でモンスターに殺される人間が出る事は無い。
 死んでしまった人達の命が戻るわけではないけれど。
 せめて、その魂に安らぎあれと祈って。
「……まだ、問題があるな」
 デストの呟きに、ハジが怪訝な表情をする。
「問題、ですか」
 その問題は、あえて考えなかった問題だ。
「登るか、下るかだろ」
 マディンが心底嫌そうに呟き、冒険者達は各自の体力を考える。
 山頂の村まではまだ登らねばならず、麓まで下るにも体力が必要だ。
 どちらにせよ地獄。中腹を戦闘地点に選んだが故の難問であった。
 登るか、下るか。冒険者達は、新たな難題に頭を悩ませ始めるのだった。


マスター:じぇい 紹介ページ
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