泳げゴタックくん



<オープニング>


 南方のとある小さな漁村で、一年に一度、海の恵みに感謝を捧げる祭りが開かれる。
 村に代々伝わる大きな皿に、新鮮な魚介類をふんだんに使った料理を盛って、それを囲んで和気藹々と食べるという、素朴でありながらも豪快なお祭りだ。
「それが……今年は開催が危ぶまれていまして」
「なんでだべ? すっげぇ楽しそうな祭りなのに……」
 ゴタックが尋ねると、僅かに困ったような微笑を口の端に刻んで霊査士が続ける。
「大皿は船でしか行けない入り江にある祠に祭られています。毎年猟師たちが大漁旗をはためかせた釣り船で取りに行くのが慣わしとなっているんですが、その祠に絡みつくように巨大な蛸が……」
「ごめん、おら用事を思い出しただ」
「こらこら」
 巨大蛸と聞いただけで席を立とうとしたゴタックの手を笑顔でガシッとつかまえる霊査士。
「後生だべ、離してくんろ。すっげぇ嫌な予感がするだよ〜」
 数々の悲惨な経験がゴタックに逃げろと警告を与えている。しかし霊査士もこの反応は予測済みだった。
「海老と魚介のパエリア」
「うっ」
 にこやかな笑顔で囁かれた言葉にゴタックの表情が変わる。一瞬で心を支配したのは、しっとりほっこり炊き上がった黄金色のサフランライス……それはきっと魚介の旨みを十分に吸い込んで、うっとりするほど美味しいに違いない。その上を彩るように、沢山の魚介と大きな海老が……ごくり。想像するだけでお腹が空いてきたゴタックは生唾を飲み込んだ。
 更に霊査士は畳み掛ける。
「蟹のクリームパスタ」
「ううっ」
 肉厚の新鮮な蟹は海水で茹で上げるとほっこりプリプリで驚くほど甘味を増すのだ。蟹味噌を裏ごしして入れられたソースには蟹の旨みが凝縮され、濃厚なソースと絡み合うもっちりしたパスタは蟹との合性がバツグンに違いない。
「鯛の塩釜焼き」
「うううっ!」
 魚介類、特に魚はゴタックの大好物である。大きな鯛に様々な香草を詰め込んで、丸ごと粗塩で包んで焼き上げる一品は、魚の旨みを最高に惹き出すのだ。あの、塩釜を割った時に上がる湯気の香りが忘れられない……
「その他にも魚介料理がたくさん、全部食べ放題なんですけどね……残念です。ゴタックさんはお嫌いでしたか」
「そんなことないだよ! おらも食べたいべ!」
 諦めたように言われ思わず即答してしまうゴタックである。
「では大蛸退治の方も、宜しくお願いしますね」
「…………うん」
 ゴタックさんの名誉の為に付け加えておきますが、決して食べ物につられた訳ではないのです。そうきっと、村人が楽しみにしている大切なお祭りを守るため、彼は立ち上がったのでしょう……ということにしておいてあげて下さい。
「ええと、どこまで説明しましたっけ? ……そうそう、巨大蛸が祠に絡みつくように陣取っている、と」
 巨大蛸は優れた体力を誇り、気性も荒く、近づく者には容赦なく襲い掛かってくるそうだ。主にその長い8本の足を器用に使って、痛烈な薙ぎ払い攻撃を仕掛けてくるらしい。更に遠方の獲物には小タコっぽいものを作り出して撃ち出し、攻撃するとか。小タコの追突を避けるのは難しく、しかもかなり痛い。
「戦場は海の上……船は貸してもらえるでしょうが、地の利は敵にあります。海中戦に持ち込まれたら厄介ですね」
 船が壊れてしまえば猟師たちもがっかりするだろうし、祠が戦いの余波で崩れれば大皿は勿論使い物にならなくなってしまう。戦闘には十分な注意が必要だろうと言い添え、最後に霊査士が付け加えた。
「巨大蛸には何故か泳いでいるものを見ると執拗に追いかけて攻撃する習性があるようです。これを利用すれば、祠を壊さずに退治できそうですね。どうぞ宜しくお願いします」
 ――ちなみにゴタックさんの趣味は『水泳』です。ご参考までに。

マスターからのコメントを見る

参加者
陽射の中で眠る猫・エリス(a00091)
外法蜘蛛・ジュウゾウ(a03184)
白鴉・シルヴァ(a13552)
銀の剣・ヨハン(a21564)
岩壁・リカルド(a40671)
美味しい・クルミパン(a46369)
きのこ貴族・シュゼット(a50578)
ヒトノソリンの紋章術士・シェルト(a52822)
蒼き激流の舞闘士・ニルギン(a55447)
純白虎魂・ミズナ(a57609)
NPC:深緑蒼海の武人・ゴタック(a90107)



<リプレイ>


 南方独特の強い日差しが燦々と照りつけ冒険者たちの肌を焼く。大漁旗をはためかせた漁船は帆にいっぱいの風を受け、揚々と波間を進んでいた。
「おお、順調じゃね? 何とかなるもんだなー」
 軽快に舵を操るのは、白鴉・シルヴァ(a13552)だ。操舵はほぼ素人だが、漁師からしっかりレクチャーを受けて来たのでたぶん、大丈夫……の筈。舵の上の特等席には相棒のシャルクマドンナがちょこんと座っている。
「そろそろ祠が見えて……見えますね、蛸が」
 瞳に空の蒼と海の藍を映して、どこか遠く視線を巡らせていた銀の剣・ヨハン(a21564)は見た。小山の如き蠢く巨大な物体を……何だか、出来れば見たくなかったモノを。
「……これ以上は無い位に絡んでますね、蛸が」
 風折れの妖樹・シュゼット(a50578)も遠眼鏡でしっかり見てしまった。頭髪に咲くスミレが萎れそうな光景に背筋が泡立ち、呼応してミレナリィドールも出現。――届くなら、今すぐ聖槍を投げつけたい。そんな気分。
 ――うごうごうご
 擬音にするならこんな感じで、巨大な蛸がみっちりと祠に絡んでいるのだ。
 ぬめぬめ光る色だけは無駄に爽やかオーシャンブルーの巨大な吸盤がグロテスクな八本足……そんな姿もさることながら。
「祭、邪魔する、その根性、まさに、シーデビル、です」
 岩壁・リカルド(a40671)の感想は若干意味不明だが、何となく憤りは伝わってくる。
「祭の為、村人の為、頑張りましょう!」
 甲羅の盾を持つ逞しい手に力を込めて――心中で「ニシンパイの為にも」と付け足す。……食べたいらしい。
「お祭りというのはどこの場であっても本来は神聖なものじゃ……それが出来ないとあらばさぞかし困っておるのじゃろうのう」
 船を見送っていた村人達の顔が白月剣姫・ミズナ(a57609)の脳裏に浮かぶ。誰もが皆、祈るような目をしていた……冒険者に一縷の希望を託して。その想いに応える為にも、先ず大蛸を祠から引き離さなくては。
 と、いうことで。
「終わったら温かい魚介料理にありつけますよ。頑張って泳いで下さいね」
 笑顔で励ますシュゼットの言葉につられた訳ではないですが。
「蛸さんと競泳ですなぁ〜ん?」
「おら頑張るべ!」
 囮役はこの二人、美味しい・クルミパン(a46369)さんとゴタックさんです。
「……どうぞご無事で」
 ――……泳ぐから、重い鎧は鎧聖降臨で水着にするなぁ〜ん。どんな水着が良いかなぁ〜ん?(悩む)剣も盾も置いてかないといけないなぁ〜ん(悩む悩む)めんどくさいから脱ぐだけでも良いような気がしてきたなぁ〜ん(ポイポイ)
「「「うわぁ、ダメダメ!」」」
 ……――という紆余曲折を経て、やっと鎧聖降臨での水着姿に落ち着いたクルミパンに手を添え、ヨハンが真摯な声で唱えた。君を守ると誓う――同様にシルヴァもゴタックへ誓いの言葉を掛け、準備は整った。
「ちょっと大変かもですけど、全力で応援するので、全力で逃げてくださいねぇ」
 二人を送り出しながら、常夏のお嬢さん・エリス(a00091)が言う。いざとなれば躊躇わず海に飛び込むつもりでいる彼女の装いは潮風に翻る淡い色合いのパレオも華やかな水着姿だ。
「うん、皆も気をつけてな!」
「がんばって泳ぐなぁ〜ん」
 エリスの優しい瞳に見送られ、二人は仲良く同時に水飛沫を上げて海に飛び込んだ。


 大海原を泳ぐ人影に気付いた大蛸の反応は素早かった。あれほど絡んでいた祠をアッサリ離れ、猛然と囮を追い始める。しかし……
 金と白のオーラを纏い、遠眼鏡越しに状況を見守る外法蜘蛛・ジュウゾウ(a03184)は冷静に祠・大蛸・囮の位置と距離を測り、悟った。
(「……誤算は、敵の泳ぐ速度か」)
 八本足が轟々と波を逆巻かせ飛ぶように海をゆく。これでは到底距離は稼げまい。いや、二人の体力次第だろうが――
「なぁ〜ん!」
 轟く波音が背後に迫る。それでも力の限りに水をかき、クルミパンは頑張っていた。
「ゴタックさん早いなぁ〜ん、負けてられないなぁ〜ん!」
 ……途中で目的がおかしくなったが、スピードは増したので結果オーライ。
「なーん! なぁ〜〜〜ん!」
 泳ぐ、泳ぐ、とにかく泳ぐクルミパン! 溺れてるっぽく見えるのに何故か早い、不思議な『なぁ〜ん泳法』で。
 その頃船上では。
「祠へ急がないと……リカルドさん、フワリンはどうですか?」
「ダメ、です。出ません」
 蒼流の舞闘士・ニルギン(a55447)の問い掛けにリカルドが首を振る。背に召喚獣を従えた今の状態ではやはり無理だった。
「リカルド、船、守ることに、します」
「そうですね。なら私は……囮のお二人の援護に」
 眼鏡を外し、纏めてある髪を解きはじめたニルギンの背後で、ヒトノソリンの紋章術士・シェルト(a52822)の悲鳴が上がった。
「危ないですなぁ〜ん!」
 とうとう大蛸が二人に追いつき、巨大な足が叩きつけられたのだ。噴き上がった縦波に揉まれ成す術もなく翻弄される小さな影。その瞬間、ヨハンとシルヴァにも鮮烈な痛みが走る。受けた衝撃の強さは二人の命運が一刻の猶予も許さない事を教えていた。まだ祠から十分に引き離せてはいないが……それでも。
「このままじゃもたないですよぅ」
 ――早く、助けないと。桜色の唇をきゅっと噛み締めるエリス。赤茶の瞳を向けられ、シルヴァは頷いた。指をコキコキ鳴らし、不敵に笑うと舵を握る。
「行くぜ! ちっと揺れるからな、覚悟しろよ!」
 サングラスの奥で光る紫の瞳が物騒だ。
「もしかして舵を持つと人が変わ――」
 嫌な予感に冷や汗の吹き出たニルギンの声は動き出した船の衝撃に消し飛ばされた。
 無理矢理波を裂いてゆく無謀な操船にあちこちから悲鳴が上がる。転覆するかと思う横波、甲板に降り掛かる痛い程の波飛沫――しかしその甲斐あって、船は狙い違わず祠と蛸の間へ滑り込むことが出来た。この距離、今なら弓が届く!
「ジュウゾウさん!」
 ヨハンの声に頷きで応えたジュウゾウは弓に金と白の光を宿す矢を番えた。甲板に肩膝を着き――上下左右に揺れる視界の中、焦らず迷わず狙いを定め、撃ち放つ! 
 風を割いて飛来した矢は狙い違わず魔物を射抜き、噴き上がる炎と体内を侵食する氷が同時に襲い掛かった。手に入れた一拍の間。
「お二人は無事ですか!?」
「エリスが行きます!」
 波間を覗いてもゴタックとクルミパンの姿が見えない。ぺんぎんうきわを手に甲板を蹴るエリスに、ミズナは鎧聖降臨の力を送った。
「無事に帰ってくるのじゃ!」
「もちろんですよぅ」
 言葉の後に続く水音。次いで飛び込んだニルギンにはリカルドが鎧の力を送り込む。
「ニルギン、二人、頼みます!」
「はい!」
 水の尾を引いて離れていく戦友の姿を見送る間もなく、視界の端を飛来してくる物体。咄嗟に盾を構え、自ら進んで己の体で受け止める――!
 ガガガガガッ!
 動きを取り戻した魔物の飛ばす『小タコっぽい何か』。その衝撃は凄まじく、盾と鎧に弾けてリカルドの鱗に裂傷を刻み込んだ。それでも――灰色の瞳に気概を漲らせ、咆える。
「船、リカルドが守ります!」
 有言実行の重騎士の言葉に、シュゼットの声が被さる。
「エリスさんとニルギンさんを援護しませんと、今度はお二人が狙われます!」
 蛸は再び泳ぐ影を捉えていた。もう迷っている暇は、無い。
「やってやるぜ、畜生!」
 舵を切る――目標到達海域、大蛸より10m地点! 
 

 光を放ち壮麗な外装に変化を遂げた弓を構えたヨハンは闇色の矢を番え、足を振り上げた蛸に狙いを定めた。
「やらせません……!」
 仲間を救うべく撃ち出した矢が、厚い体表を易々と貫く。痛烈な一撃に魔物は悲鳴じみた咆哮を上げた。更にジュウゾウの矢も再び突き立ち、刹那の間をもたらして。ミズナの凱歌が響き渡る中、シェルトが叫ぶ。
「敵、射程距離に捕捉、ですなぁ〜ん」
 唱えた紋章の力を宿して煌く『黒羽―crow―』。虚空に描かれた幾何学模様が虹色の光を纏う木の葉を生み出した。逆巻く炎が魔物を包み込み、凄まじい勢いで燃え上がる。
「茹蛸になりなですなぁ〜ん!」
 炎上する大蛸はお腹が空くいい匂いを出しながらも、しつこく海中のエリスたちを狙っていた。揺れに揺れる船上でバランスを保つシュゼットの右手に、神々しい輝きを纏う槍が白き光と共に出現する。
「……小蛸のお礼ですよ」
 飛沫の果てに向けて放たれた慈悲の聖槍が大蛸に突き立つ。上がる断末魔の悲鳴――。
「吹っ飛ぶですなぁ〜ん!」
 沈没の余波に仲間を巻き込むまいとシェルトの放った緑の突風が虹色の輝きを迸らせて巨体を吹き飛ばす!
 ゴゴゴゴゴゴ――!!
 高波を立てて海に落ちた大蛸は、自らの作った渦に巻き込まれながら消えていった。


「つかれ、た……」
 操舵禁止令を受けたとかそんな事はさて置いて。
 甲板に大の字に伸びたシルヴァの呟きは、ほぼ全員の気持ちを代弁していただろう。あの後……沈んでいたゴタックとクルミパンを助け出し、エリスたちを船に引き上げ、治療を施し、祠に向かい、最後の力を振り絞って大皿を運び出し……何だか事後処理の方が面倒だった気がする。
「あ、村の皆さんが桟橋に……手を振ってますよぅ♪」
 ――それでも。
「皆さんすごく喜んでますなぁ〜ん。お〜い、大漁ですなぁ〜ん!」
「シェルト殿違うのじゃ。この場合は大皿が……たいさら、かのう?」
 村人達の笑顔と感謝の言葉に出迎えられた冒険者達は満足だった。
 こうして、誰かの大切なものを守れたのだから。


 海を眺めながら入れる大きな樽風呂にゆっくり浸かって、元気を取り戻した冒険者達を待っていたのは大皿に盛られた満載の海の幸。その中にはミズナとニルギンの力作料理もあり、それは村人達にも大好評の素晴らしい出来栄えだった。
「ご馳走、です」
「たくさん食べて下さいね!」
 うっとりするリカルドに笑顔でニルギンが言う。リカルドはさっそく『念願のニシンパイ』に齧り付いた。ニルギンのブイヤベースも魚介の旨みが凝縮されて、最高に美味しい。大満足のリカルドである。
「エリスは、タコしゃぶを食べたいです〜♪」
「…………」
「どうかしましたかぁ?」
 あの魔物を見た後にそんな事が言えるなんて。固まる仲間を見て首を傾げる勇者エリスさん。オットコマエ(?)です。
「想像以上に豪勢ですね」
 眼鏡を押し上げて大皿をしげしげ眺めてしまうシュゼットである。
 山のように盛られた料理の数々は山崩しのようにして食べるのだ。こうして大勢で囲んで食べるからこそ、美味しさもひとしおなのだろう。
「豪快でいいじゃん! ゴタック、食ってるか〜?」
「……(こくこくこく)」
 シルヴァに応えたのは盛大に振られている緑の尻尾だった。口いっぱいに頬張っているので返事が出来ないらしい。
 ――もしゃもしゃもしゃ、ごりごりごり、カリカリ、ごくごく
 凄い勢いで山を崩しているクルミパンの白いノソリン尻尾も盛大に揺れている。この分なら魚の骨まで無くなりそうだ。
「慌てなくても料理はたくさんあるのじゃ。ミズナは料理が得意故、美味しい部分を見分けるのが得意じゃ。取り分けてあげるのじゃ」
 二人に挟まれたミズナがコロコロと笑う。
「これこそ生きているという喜びですね」
 海岸に沿って焚かれた篝火の美しさに瞳をほころばせるヨハン。

 ――こうして祭りは夜の間続き、笑い声はいつまでもいつまでも、潮騒と共に響いていた。

■END■


マスター:有馬悠 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:10人
作成日:2006/11/10
得票数:冒険活劇6  ほのぼの6  コメディ7 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。