<リプレイ>
●甘い香りにつつまれて 「さすがパティシエさんですね」 マシェルは、パティシェ・ストロの隣で、彼がポテトを滑らかにかき混ぜていく様子をじっと観察していた。 微笑を浮かべパティシェは次の手順を皆に説明する。 「じゃあ、次にミルクをくわえましょう。ミルクの分量は……」 説明を聞きながらミルクを加え、ふとケネスは、隣でまだお芋の裏ごしを続けているアユナを見た。 「あ、うっ……」 説明が次の工程に進み、アユナは僅かに頬を上気させ、急いで作業を続ける。ケネスはボウルの隣にあったお芋を取ると、自分のボウルへとそれを裏ごし始めた。 「あっ」 「無理はしないで下さいね。あとで材料を合わせて分ければいいんです」 「……はい」 アユナは頬を染めてケネスを見上げ、それから慌てて作業を再開する。 ケネスはその手元を少し伺うと、そっと彼女の斜め後ろに立ち、「こうするといいですよ」と彼女の手に自分の手を重ね要領を教えてあげた。 「あっ……」 彼の腕の温もりと共に、それは驚く程簡単に進んだ。 「わかりましたか?」 「は、はい……ありがとうございます」
「『甘さ2倍増し』というやつだね!!」 何故か遠くから、調理台の上で拳を握りしめライムが大きな声で呟いた。
「……そんな所で見てないで、一緒に作ったらいいのに」 振り返って突っ込むのはオルフェだ。 「一緒に作りませんか? ライム様」 「アリス君!!」 ライムは目を丸くして、アリス嬢を見つめ、しかしふるふると首を横に振った。 「男子厨房に入らずなのだよアリス君。男は座して出来上がりを待つものなのだ」 「……そうですか?」 アリスは少し寂しそうな表情を見せる。既に厨房にいる気がするけど、とオルフェ。まさか包丁の煌きが恐いとか、竃で幼い時火傷したのが忘れられないんだ、と言える訳もなく、ライムは高らかに笑って誤魔化した。三日月王子は小児性トラウマの多い人なのである。 「それでは、アリスが美味しく作れるように応援しててください♪」 「応援ならいくらでもするのだ!!」 微笑みと共に腕まくりをしてみせるアリス嬢に、ライムは偉そうに答え、それから気づかれないように小さく息をついた。
「ミルクの分量はこのくらい……でしたよ、ね」 パティシエの見守る視線の中、若干の緊張と共にマシェルはゆっくりと白いミルクを注ぐ。もうちょっと、もうちょっと……もうちょ……どぼぼぼぼぼぼぼ。 「「!!」」 ストロの手がミルク壺の傾きを止めようと伸び……それより一瞬早く、マシェルもミスに気づき壺を止めた。。 「……ちょっと入れすぎちゃったかな」 「そうですね……」 引きつり笑顔のストロ。そのボウルは、マシェルのではなく彼のお手本用だった。 「き、きっと煮詰めればなんとかなりますよ!!」 「うん、なんとかなる。大丈夫!」 励ましあい勇気づけあう二人。ちらりと横目で伺いヴィは、その視線を凍らせた。どぼどぼってスゴイ。 「……先生、私にも教えていただけますでしょうか〜?」 「ええ、いいですよ。マシェルさんは自分のをどうぞ」 「はい、そうしますっ」 ストロは自分のボウルを見捨てて、ヴィが混ぜ合わせた材料の形作りを丁寧に教えはじめた。 「ここはこうして、少し平らになるようにですね」 「はい、平らに、ですね」 ヴィは教えてもらったことを忘れぬようにと、メモをしっかりと取っている。 その耳に大きな声が響いてきた。 「ヒカリ、一体何を入れようとしているんだ!?」 「……色似てるから〜」 「だからって、カレー粉だろ?これっ」 (「!!」) クロスが長い金髪を高く揺らし、隣にいる恋人のヒカリに大きな声で注意するのを、その場にいる全員が聞いてしまった。 スイートポテトにカレー粉。 なかなか意外な組み合わせである。しかしイモはイモでもジャガイモのほうがあっていたかもしれないと、少し残念に思わなくもない。 「え〜駄目ぇ〜?」 甘い声でおねだりの視線を恋人に向けるヒカリ嬢。 惚れた相手の甘い視線に気が緩みそうなるのを、理性と常識の糸でクロスは、なんとかこらえ、一言、だめだ!と搾り出す。 無言だったが、厨房中の誰もがその決断を讃えたに違いない。 「う〜ん、じゃあ、普通の形じゃつまらないから、形を変えてみよう〜っと」 不満そうな声は一瞬で消え、スイートポテトの生地を粘土細工のようにこね始めるヒカリ。カレー粉は気の迷いに過ぎなかったのか。
カップルか……。ヴィはスイートポテトをこねながら思った。 よく見ると、右前方にアユナ&ケネスがいて、左前方にクロス&ヒカリがいて。 どこに視線を向けてもカップルばかり。思い切って正面を見たら、アリスがひとり無心で芋をこねている。一生懸命作らなくっちゃ、と気合を入れ、頬を上気させ頑張る姿は微笑ましい光景だ。 「……私も好きな方ができたら、その方のためにお菓子を作ったりしたいですわね〜」 ヴィは小さく呟き、祈るように思った。 「そうだね。好きな人が喜んでくれるのは嬉しいよね」 隣で、何度も味をみたり、柔かさを確認し、パティシエともよく相談しながらスイートポテトを丁寧に作っているアルタイルが微笑んで頷く。 その優しげな眼差しはきっと誰かを思い浮かべているのだろう、とヴィは確信する。 「……」 ちょっぴり拗ねたい気持ちになったのは内緒だった。
●つまみ食い班 ひたすら甘い香りを嗅ぎ、じっと我慢の子を続けていたライムに、悪魔の声が忍びよったのは、それから間もない時だった。 「ライム様、食材の味を知り、味の変化の過程を知り、そして完成した味を知ることでその料理を最大に楽しむことができるのですわ」 「!」 魅惑的なセイレーンの娘、リゥの誘惑に、彼の心は揺れた。リゥはさあいらっしゃい、と誘う様に、低い姿勢で、調理台の人々へと近づいていった。
まず接近したのは、お芋のニョッキに取り組むノリスである。彼は料理のレシピの書いてある書物を手に、「デュラム小麦から精製された小麦粉と、蒸かしておいたサツマイモ、チーズ、生卵を混ぜ、団子状にし、塩とオリーブオイルを加えたお湯へ入れて茹でる……」と呟き乍ら、手際よく料理を作っている。 リゥの指は、その死角から茹で上がったものを置いてあったザルへと伸びた。 「……ん、美味し」 「!」 ノリスがぴくっと顔を上げ、辺りを見回す。しかし既に接近者は遠く離れていた。
「さすがだ……!」 感嘆符を吐くライム。悪戯っぽく微笑み、リゥはポテトパイをオーブンから取り出しているノゾミの背後へと忍び寄った。 ノゾミはふわふわと羽根を揺らしながら、別会場で妹が作っているカボチャ料理のことを想像していた。彼女よりも立派なものを作り、姉の威厳というものを見せ付けてあげなくっちゃ。 焼きたてのポテトパイは香ばしく甘く、色鮮やかな出来上がり。 軽く包丁をたてて、試作品の一口目を味見すると、まろやかで甘さも抜群のよい出来栄えであった。 「……♪」 嬉しそうに微笑む彼女。忍び寄る白い指が、パイの切れ端を音もなく連れ去っていく。切れ端なので盗られても困らないが、気づかれぬ内にという事が重要なのだ。
「次はあなたの番ですわ」 セイレーンの魔力すら感じる蒼い瞳でリゥが微笑む。勇気づけられ、王子もぎゅっと拳を結んだ。 彼が狙ったのは、マユリ嬢が作っている、サツマイモチップス。薄切りにしたお芋を水にさらし、水気をきって、油で揚げる。 パリッとした食感を大事にしながら裏返しながら揚げて、マユリは熱いうちにお砂糖やシナモンを振りかけ皿に盛った。 (「なんて……甘い香りだ!」) リゥを真似、ライムの指が静かに伸びた。しかし…… 「あつっ!!!」揚げたてのチップスはとても熱かった。 悲鳴をあげた人を、マユリは綺麗な黒い瞳で見下ろし、「味見ならどうぞ?」と微笑んで分けてくれたのだった。
「?」 その声で、マユリの近くでお芋の羊羹作りをしていたガルスタが顔を上げた。刹那、彼の背後から伸びた影に気づき、寒天汁を容器に注いでいたババロアが小さく叫ぶ。 素早く芋羊羹をつまみ食いして、厨房の見えない場所へ消えていったリゥの姿を、人ごみの向こうに見送り、チップスを齧りつつライムは心の底から尊敬の念を抱いたのだった。
●スイーツ・ティー・パーティ☆ 「……芋羊羹ってこうやって作るのですね」 「うん、型から抜くときはこうやって冷やしながら……」 ババロアに習い、ベルフラウは冷やした型を押す指に力を込める。 猫型の羊羹がつるんと滑り落ち、彼女は漸く嬉しそうに目を細めた。 (「綺麗な人……」) その横顔を見上げて、ババロアは小さく思った。ベルフラウは可愛らしい明るい茶色のスイーツを無邪気な表情で見つめて微笑み、ババロアに「教えて下さってありがとう」と目を細めて言うのだった。 「こちらも完成だな」 向かいでガルスタが皿に切り分けた芋羊羹を手に持ち、微笑んだ。 ガルスタの芋羊羹はオレンジの皮と果汁を混ぜ、さらにシナモンパウダーをまぶしてあるので、ババロアのとはまた少し色も違って見える。 味見役のライムは何処かと、会場を振り返ると、たくさんの菓子の皿を手に持ち、王子は至福そうな表情でふらふらと歩いているようだった。 声をかけようかと思った時、厨房から中庭に続く、扉が大きく音をたてて開いた。 そして姿を現した翔翼・ティー(a35847)が大きな声で皆に知らせた。 「お茶会の支度……できました……」 「皆さん、よかったら、お外にお茶を用意しましたから、試食会しませんか?」 ティーの後ろから顔を出したドリアッドの少女は、イチゴである。 やはり、甘いスイーツには、香りのよい紅茶や、大人の味の珈琲がよくあうことだろう。 「そうしましょうか」 ストロが賛成し、冒険者達も手に手に完成したスイーツを持って、お茶会&試食会へと進んだのだった。
「クロス、見て〜! 星型〜! それから三日月型と……」 「色々作ったな……」 ヒカリが嬉しそうに運んでくる、可愛い形のスイートポテト達。クロスは微笑ましくそれを眺める。その表情を観察する様に見つめつつ、ヒカリは一番心を込めて作った最後のポテトの皿を彼の前に置いた。 「これは……ハート型」 お皿の中央に黄金色にほくほく焼けて湯気を放つスイートポテト。 可愛らしい手作りハート型のポテトの真ん中には【クロス&ヒカリ】の名前入り。 「……」照れたように押し黙るクロス。心配そうに見上げるヒカリの髪をクロスはくしゃりと柔らかく撫で、微笑した。
「紅茶はいかがですか?」 「はい、頂きます!」 お茶会の白いテーブルにつき、二人で完成させたスイートポテトを真ん中にアユナとケネスは腰掛けている。ケネスに紅茶を注いでもらい、アユナは嬉しそうに微笑んだ。 一緒に作ったから、余計に美味そうに見えるスイートポテト。 その味はお芋の甘さよりも、ずっとずっと甘いのではないだろうか?
「ライム様……」 アリスはオルフェと歓談しつつ貰ったお菓子をほうばっているライムの方へと緊張しながら向かっていた。テーブルに並ぶ山ほどのお菓子を独り占めする王子にオルフェは軽く嘆息する。 「こんなに……よく食べれるんだなぁ」 「甘いものならいくらでも! ……アリス君!」 ライムは相槌を打ちながら立ち上がる。アリスは遠慮がちに可愛らしいハート型に焼き上げたスイートポテトの皿を差し出した。 アピール半分、可愛さ半分のハート型の意味……わかってもらえるだろうか。 その沢山のお菓子を食べたあとじゃ食べて貰えないかも…… 様々な不安が乙女の心の中にたちのぼる。 「……ハート型か……」 ライムは深刻な表情でそのスイートポテトを見下ろした。 「あの……」 アリスは頬を染め、彼を見上げる。ライムはナイフとフォークを握り深刻そうに眉根を寄せた。 「真ん中から切っては縁起が悪い……。じゃあこう切るか? いやいやいや」 「縁起が悪いって」 アリスは緊張で胸をドキドキさせながらも、小さく突っ込み。 「半分ずつ頂いたらどうだ?」 ガルスタが芋羊羹を味見して欲しいと近づいてきながら、背後から良い提案をする。 「それはいい!アリス君、さあこちらに来たまえ!」 きらきらと瞳を輝かせ、ライムは隣の椅子を引いて彼女を招いた。 君の分はこちらからこちらだよ、と優しく微笑む彼の心がスイーツにあるかアリスにあるかは微妙なところだが、それでもアリス嬢はきっと幸せ……なのだろうか?
「うん、とても良いですね」 ストロはアルタイルのスイートポテトを食べて、笑顔で頷いた。納得いく味が出たのか彼も満足そうに微笑んで頷く。ノリスもよほど満足のいく出来栄えのニョッキが出来たらしい。手作りの包丁と銅鍋をストロにプレゼントして、今日の礼を告げるのだった。 「……ありがとうございます。しかし、皆さんとてもお上手でとても楽しかったです」 優しく微笑むパティシエ。その視線の先に、マシェルが映る。 「大丈夫……だったですか?」 「ええ、勿論」 ミルクたっぷりのスイートポテトも、ちゃんと無事に完成したらしい。 少しまろやかな出来栄えになったのも、けして悪い結果にはならなかった。 「珈琲はいかがかしら? 紅茶もありますのよ」 イチゴと共に、給仕を楽しんでいるベルフラウが、二人に笑顔で話しかけた。 芋羊羹にポテトパイ、ニョッキにチップス、あまいあまいスイートポテト☆ 「ベルフラウさん、わたしの作ったのも……食べてもらえますか……?」 恥かしそうにティーが話しかけると、ベルフラウは勿論よ、と嬉しそうに頷いた。
甘い甘い香りのパーティー会場。 甘いカップルも、甘い思い出も、甘いスイーツのお土産も。 きっとみんなの心を幸せにしてくれることだろう。
それは秋の日のとても素敵な一日の出来事だった。
【おわり】

|
|
参加者:16人
作成日:2006/11/28
得票数:ほのぼの13
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
|
|