はじめてのお散歩〜秋〜



<オープニング>


 少しだけ開かれた窓から爽やかな風が吹く。
 その風は一人の霊査士の髪をさらさらと撫で、軽く結んだリボンをゆらゆらと揺らす。
 
「少し、肌寒くなってきたのです」
 本をめくる指を止め、呟くユバ。
 そっと立ち上がると、かちゃりと窓を閉める。
「……そういえば、最近バタバタとしていてお散歩するのを忘れていたのです」
 パタン、と本を閉じ、机の上に置く。
 タイトルは『リゼルの拳外伝〜秘伝熊殺し〜 作:ユドーフ』
「今回もみなさんが何をされているのか、楽しみなのです」
 ユバはそう呟くとトテトテと歩き始めた。
 いつものように行く宛もなく、思うままに――


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参加者
NPC:ヒトの霊査士・ユバ(a90301)



<リプレイ>

●ひととき
 珈琲を片手に窓際に立つ冒険者。
「ん、あれは……」
 ゆらゆらと揺れる大きなリボン。
 大事そうに抱えるスケッチブック。
 トテトテ歩く小さな身体。
「ふーん」
 別に声をかけたりはしないけれど、珈琲カップを揺らしながらもう少しだけ見ていようか。
 たまにはのんびりするのも悪くない。
 みんなみんな、きっと、素敵な一日を――。
 
●おさんぽ〜街〜
「ふひへふぅっ!!」
「じゃあユバさん、またですよ〜!」
 にこにこ笑顔で手を振りながら去っていく冒険者。
「うう、相変わらずなのです」
 少し乱れた服を整えながらその後姿を見送る。毎度毎度出会い頭に突然飛びついてくるものだから、どうしても心の準備というものが中途半端なのである。でもまあ、
「悪い気はしないのです」
 そうらしい。
 
 どでんっ
 突然目の前ですっ転ぶ冒険者。くすんだオレンジ色のマフラーは、先程そこで購入したものだろう。少し頬を赤く染めながら立ち上がると、ぱんぱんと埃を払う。
「だ、大丈夫で」
「……あの」
「はい」
「今の、見てました?」
 バツが悪そーに問いかける。
「みみみ見ていないのです私はなんにも見ていないのです」
 見たと言わんばかりの全否定。
「あ、それならいいんです、変な事を聞いてすみませんでした」
 だけれどそれには気がつかずにほっと安堵の顔を浮かべると、再び歩き出すマフラーが少しだけ曲がった冒険者。
「女性へのプレゼントですので助言をもらおうと思いまして」
「助言するのはまぁ、やぶさかではないが……」
 店先で話し合う男女。男性の方はにこにこ顔だけども、女性の方は不満ありありの顔つき。
「つき合わせてしまうんですから食事でもご馳走しますよ」
 そんな不満げな表情には微塵も気が付かずに変わらず話しかける男性。
「ん? お礼かね。気にすることはないが、そう言われて固辞しては失礼だね。さぁ、行こう」
 ぐいっ、と男性の腕を引っ張ると、食堂の前を通り過ぎて行く。
「え、いえ、ですからお食事を……」
(「ふふ、いろいろと大変そうですががんばってほしいのです」)
 二人がちょうど装飾品店に入っていくところを見届けると再び歩き出す。
 広場では剣を手に持ち、舞を披露している冒険者の姿が見える。どこかの一座に属していたことがあるのか、その舞は割と本格的で、たびたび観客から大きな歓声があがる。
 ふんふんと頷きながらその舞を眺めていると、向こう側になにやらでっかい看板が。
 
【超特大パフェ。制限時間内に完食できたら無料!】
 
「負けないわよ〜」
「ボクだってまけないよー!」
 お店の奥で大量のパフェをどんどんとたいらげていく二人の冒険者。
「あ、ユバもどうぞだよー♪」
 左にいた冒険者がユバの姿に気が付いたらしくぶんぶんと手を
「そうですか、ではいただくのです」
 早いよ。

「お散歩をするには甘い物が必要なのです。そうなのです」
 少し胴回りを気にしながら、あのお店もおいしそうだよー!! と他のお店に嬉しそうに突撃していく二人を見送り、森へと続く道を歩き始める。
 
●おさんぽ〜森〜
「こっちだと思ったんだけど……」
 樹の上できょろきょろと辺りを見回す冒険者。ふと下を見ると、てくてく歩くユバの姿。
 がさっ
「その腕輪! キミ、霊査士さんだよね??」
「ほひぃっ! び、びっくりさせないでほしいのです!!」
 木からぶら下がり顔だけ出した冒険者へ軽い抗議をしてみるが、話を聞くにどうやら探し物を霊査してほしいらしい。
「助かったよ。なにか見つかった時はお礼するからね〜♪」
 さっきと同じようにがさりと顔を引っ込めると、探索を再開する。
 すたたんすたたんと軽快なステップのする方を向いてみれば、
「踊りましょう。散る葉とともに、軽やかに」
 とレイピアの切っ先で落ち葉を切りながら踊る冒険者の姿。
(「なんだか幻想的なのです」)
 ふわふわと舞う落ち葉の中にただ一人舞う冒険者。
(「声をかけては悪いのです」)
 そっとその場をあとにする。
「久しぶりだね。調子はどう? 木のにおいが気持ちいいね」
 ハンモックに揺られながら本を片手に香草茶を楽しむ冒険者。
「調子はとてもいいのです。みなさんも調子がよさそうでとても嬉しいのです」
 一礼をして通り過ぎると薪拾いに精を出す冒険者が見える。とは言うものの大きな丸太をその背に引きずっているところを見ると、きっと鍛錬も兼ねてのことなのだろう。
「んー、今日も良い天気だ……」
 少しだけ音程のずれた鼻歌を歌いながら歩く冒険者。腰に下げた長剣と細身の剣を磨きつつ歩いてゆく。
 ぱちぱちぱち
 木の弾ける音がする方に目を向ければ、そこには懸命に剣を振るう冒険者。膝立ちからの一撃や、落ちてくる葉っぱを切る、といった居合いの技を中心に練習しているようだ。焚き火にのせた薬缶は、きっとあとで温かいココアを飲むためなのだろう。
(「この寒い中、お疲れ様なのです」)
 鍛錬に励む冒険者に心からエールを送りながら通り過ぎる。
 木陰ではサンドイッチや玉子焼き、から揚げ、カボチャの煮つけなどがが並べられ、幸せそうな時を過ごす男女の冒険者。
「とても美味いぞ」
 と男性冒険者が女性冒険者の頭をなでれば、
「はうう……」
 と恥ずかしそうにうつむいてしまう。女性冒険者は話をそらそうとして
「もみじがほんのりと……赤く……」
 と呟いてみるけれど、実は自分の顔の方が紅く染まっていることに果たして彼女は気がついているのかしら?
「やぁユバちゃ〜ん♪ 今日も可愛いね! ボクとバーガーしない?」
 キャットウォークで近づき、そして通り過ぎてゆくドナ、顔面真っ白な冒険者? みたいな人。
(「相変わらず不真面目なことをしているみたいなのです」)
 最早誰だか原型がよくわからなかったりするが、ユバにはそんな男性に覚えがあるらしい。遠くから聞こえてくるアイムラビンユバッ! というこれまたよくわからんかけ声を軽く聞き流しながら奥へと向かう。
 木の幹にもたれながら本を読む冒険者。
「ん〜、やっぱりユバかな〜」
 不意に呟く声を聞き逃しはしない。
「な、何が私なのですか!!」
 なぜか少し頬を紅く染めながら強めに問いかける。
「ん? こんにちは、いい天気だな。可愛い女の子が、森の中で一人歩きか? 気をつけてナ」
 にこっとユバに顔を向け手を振る冒険者。
(「そ、そういうことだったのですね。私としたことが少し不真面目なことを考えてしまうところでした」)
 その冒険者が手に持つ『湯葉の美味しい食べ方20選』という本を見たところで己の誤ちに気がつくユバ。不真面目なことってなんだい。
「……お前のオヤジの耳からドドンコ! ワショイ! ワショイ! ウゥ〜ヤッフーー!! ア゛ーーー!!! も゛ぉ〜……」
 木の幹や切り株を叩きながら歌のようなものを歌っている冒険者。スランプなのか時折頭をかきむしりながらいやいやと首を振る。
(「なかなかいい歌なのです」)
 ほんとかよおい。
「今日も手合わせよろしくお願いしますね」
「……お前、紋章術士なのにな」
「ふふ、いつか武道家アビが使えるくらいにはなりたいんです」
「ならんでいいッ!!」
「あ! ユバさん、こんにちは!」
 向かい合いながら組み手をしていた男女の冒険者。女性の方がユバに気がつくと、男性に蹴りを加えながら手を振る。
「あ、あわわ。こんにちはなのです」
 その組み手にいささか圧倒されながらもぺこりとお辞儀をする。
(「そういえばこの先は川なのです」)
 ノソリンに乗りながらお菓子と紅茶を楽しむ冒険者を視界に捉えつつ、まだまだユバは歩いていく。
 
●おさんぽ〜川〜
 この季節ともなるとやはり少しだけ寒さがこたえてくるようで、川の周りにいる冒険者は3人と少ない。だけれどその3人はまた元気いっぱいに日常を楽しむ。
 ひたすら釣竿をたらす冒険者と、その冒険者が釣った魚を調理していく冒険者。風に運ばれてくる香草の香りが食指をそそる。
「あ、ユバちゃんもどう? 美味しく焼けてるよ〜♪」
 釣りをしている冒険者と調理をしている冒険者を適当にからかっていた冒険者がユバに声をかければ、4人でちょっとしたお魚パーティの開催である。
「とても美味しかったのです。ご馳走様なのです」
 ほろ苦く香草の匂いの染み渡るお魚の味を堪能したのち、トコトコと歩く。歩く。
 
●おさんぽ〜山〜
「この指輪ありがとう♪ すっごく嬉しい♪」
「どういたしまして。俺の方こそありがとうございます。これ、大切にしますね」
 指輪と護刀をお互いに見せ合いながら微笑む男女の冒険者。周りでは仔猫と白狼の仔が戯れる。
「紅茶もクッキーも最高〜vv」
「わぁ〜。可愛いワンちゃんですね〜」
「ほらほら、あんまり他の方に迷惑をかけないようにしてくださいね」
 時折おかしなことを言っては笑い声をあげるところを見るに、きっと5人は仲良しさん。
 それとはまた別のグループも様々なお弁当を囲みながら談笑に耽る。
 プチサイズのおむすびが所狭しと詰め込まれているが、きっといろんな具を楽しめるのだろう。
「何かあった時の為に毒消しの風を活性化してきたなぁ〜ん!」
 何を入れた。
 他にも酢豚、若鶏の甘辛煮、春巻き、キノコ入りのオムレツ、暖かいパンプキンスープ、玉子焼き、ハンバーグ、サラダ、肉詰めピーマンと色とりどりで、眺めるユバも少しだけお腹が減ってきた気がする。さっきも何か食ってなかったっけか。
 しかし、
「ちょいとそこ行く霊査士らしき少女! おむすび一つ食べて行かねぇか、なぁ〜ん!」
 と声をかけられれば断る理由などはどこにもなく、
「美味しいだろ?」
 と、ヒョイっと口の中に春巻きをほおりこまれれば、あとはそれを咀嚼するのみである。
 にもかかわらず、
「良かったらどうですか?」
 と、手渡された小さなクッキーの袋を懐に大事そうにしまう。さらば健康。
 何かを燻す匂いにつられてそちらの方に向かってみれば、二人の冒険者が枯葉を利用して焼き芋を作っている最中に出くわす。
「熱々のホクホクだから、気をつけて食べないと舌がヤケドしちゃいますよ? ってあつーっ!」
 と言ってるそばから自分が火傷をしてみたり、
「ひとつどう? 焼き立ては、美味しいぞ。うん」
 と、ぱかりと黄金色のお芋をお裾分けしてくれたりと、やはり秋の丘はピクニックには最適なのである。
 そして、いろんな食べ物が飛び交う中、もう一つの秋の楽しみ方と言えば、
 ていん、ていん、ていん
 ユバの前にころころと転がってくるウェンブリンのボール。
「む。どなたのでしょうか」
 ひょいと拾い上げ、周りをキョロキョロうかがう。
「わわわ、す、すみませ〜ん」
 慌てた様子でユバに手を振りつつこっちに向かってくる冒険者。
 その向こうには少し心配そうな顔をした冒険者と、その横に控えるゴールデンレドリバー。
「平気なのです」
 ぽんっ、と地面に置くとどかっ、と蹴り返すユバ。投げれば、いいじゃない。
 木の下で幸せそうな笑顔で居眠りをしている冒険者、とその向こう側の木の下にも幸せそうな二人の冒険者が見える。
「らーぶvv」
「……へへー……暖かい♪」
 一つのマフラーを二人で巻き、同じマントにくるまりながら食べるチョコサンドはとっても美味しくて、今この時を二人で共有していることがまたとっても幸せなのである。
「どこのバカップルなのです」
 そういうこと言ったらだめでしょ。
「よし、今はもう秋!! 丘も秋色!!! 俺は今日も男としてこのヒョロい肉体をどうにか改造して要領悪いだの軟弱君だのダメ男だの男ドジっ子だのヘタレだの、そんな汚名を一気に挽回、じゃねえ! 計上、でもねえ!! 返上だ!!! ……してだな。できる男として名を上げるんだ! はははわははは!!! ついでにイケメンとか言われるのもいいな! 夢は無限のファンタジーだな!! わっははは!!! ……あ、ダンベル足に落としちゃった。い、痛い!! すごく痛い!!! おし、疲れたから今日はもう帰る。まだ10分も経ってないけど」
 一人かっとんでいた冒険者は器用に足に包帯を巻いたあと、何事もなかったかのように去っていく。
 丘の木々や岩が盛大にぶち壊されている。その壊され具合からして、一般人の仕業ではないことは明らかである。
(「環境破壊はいけないのです。見かけたら注意しておくのです」)
 そんなことを考えながら山を降りてゆく。

●おさんぽ〜酒場〜
 酒場の扉を開けると奥の方で歌を歌う冒険者の姿が見える。客のリクエストに応えているようで、周りには人だかりが出来ている。
「素敵な歌なのです。マスターさん、あとでこれをあちらの方に差し上げてほしいのです」
 さっきもらったお芋の小さいやつをマスターに託し、酒場を後にする。
 
●おさんぽ〜街〜
 陽の落ちる時間は日に日に早く、澄み空は淡いオレンジのグラデーションを纏い一日の終わりを告げる。
 わいのわいのと人が集まる鯛焼き屋。
 かわいらしい冒険者が売り子をしているが、少しだけ服が乱れているのは気のせいか。
「あらこんにちは、ユバ。もしよかったら、お芋おひとつ如何かしら?」
 でけえやきいもを頬張りながら、これまたでっけえのを取り出す冒険者。ていうかよく見ると買い物袋全部がやきいもだったりするわけで。
「おわぁっ。ありがとうございます!」
 んしょっと手提げ袋になんとかやきいもを押し込むと、既に先程の冒険者の姿はない。
「こんにちは。これから鍋にするんですけど……ユバさんも一緒にいかがですか?」
 わんことペンギンを連れた冒険者に声をかけられるが、
「申し訳ないのです。今日の夕ご飯はこちらをいただくのです」
 と、道中にもらった物がいっぱい入った袋を見せるとぺこりとお辞儀をする。
「ア、ユバサーン」
 噴水の前にちょこんと座る二人の冒険者。
 今日は二人で行き交う人々を眺め、その日常を見守っていたのだろう。人には皆それぞれ大切な生活があるし、それを守っていける冒険者になりたい。まずはお互いの隣にいるお友達から、お互いを大切にして生きていこう。もりもり食べたお菓子が少しだけ口のはしっこについていたりもするけれど。
 
 ぽてぽてと家路につく足取りは少しだけ軽く。荷物は重く。
 でも、この重さの分だけ私は幸せなのです、と誰ともなく呟けば、見覚えのある屋根が見えてくる。
 
●一日のおしまい
 ○月×日           天気 晴れ 少し寒い
 
 今日は久しぶりにお散歩をしてみたのです。
 少し寒くなってきましたが、みなさん相変わらずお元気そうで何よりなのです。
 
 そうそう、またまた色々な物を頂いて、少し健康に不安があるのです。気をつけるのです。
 でも全部食べてしまったのです。
 ん……やっぱり少し眠いのです。今日ももう寝てしまいます。
 
 おやすみなさい。また、明日。
 
 
 パタン――


マスター:湯豆腐 紹介ページ
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