名無しの森・最後の欠片



<オープニング>


 エルフの霊査士・マデリン(a90181)は白壁の家から持ち出された衣服の切れ端をテーブルの上に置いていた。元は白っぽかったろう布地は赤黒く染まっている。
「虹色の欠片のありかがわかりましたわ。多分、これが最後のエーディンの欠片なのでしょう。ノイシュに気付かれては危険です。何か起こる前に速やかに回収してきて欲しいのです」
 マデリンは布地に触れていた指をそっと離した。

 そこはいくつかの村がよりそって1つの村となっている、規模の大きな村であった。その一番小さな村出身の、村はずれに住む少女が虹の欠片を持っている。行き倒れになった商人から譲り受けた物らしい。身よりのない少女は虹色の欠片をお守りとして、日々の辛い生活を耐えていた。両親は旅の商人であったが、この村で彼女を産み乞われて里子に出した。けれど、養父母は流行病で亡くなりそれから16歳になる今まで1人で暮らしてきたのだ。
「健気な少女ですが、身を守るために粗暴な振る舞いをしたり、乱暴な言葉使いをしたりしていますわ」
 彼女の願いは2つ。両親を捜す事。その為に冒険者になり強くなること。村の中には彼女を好いている男もいるのだが、彼女の目は村の中には向いていない。常に外へと向かっているのだ。
「……だから誰にも頼らずに1人で暮らしているのですけれど、お世話になった村の方々を守りたいとは思っていた様ですわ。村が盗賊の襲撃を受けた時、村長の娘を庇って怪我をし連れ去られてしまったのです」
 裕福な村であったので、冬を前に食い詰めた盗賊達に狙われてしまったのだろう。食料と一緒に彼女の他にも4人の娘達が連れ去られている。村長の娘もだ。
「虹の欠片はまだ少女が持っているか……それとも盗賊達か取り上げてしまったのかはわかりませんわ。けれど、売りさばかれてしまっては行方がわからなくなりますし、さらわれた方々もなんとかして差し上げたいと思いますの。急いでこの村に赴き、虹の欠片を回収してくださいませ」
 更なる災厄を防ぐため、冒険者達の力が必要であった。

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参加者
奈落の薔薇・ナナ(a03991)
不完の盾・ウルカ(a20853)
へたれ黒犬王子・レイ(a25187)
宵闇を歩く者・ギィ(a30700)
荒野を渡る口笛・キース(a37794)
御手先・デン(a39408)
春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)
業物収集家・アルト(a49360)


<リプレイ>

●盗賊の伝令来る
 冒険者達は速やかに村へと入った。しかし、それこそが危険な行為であった事を今の時点では誰も気が付いてはいなかった。

 伝令役の盗賊は人質にした村の娘を1人連れてやってきた。短剣を娘の喉にかざしながら村に入る。
「アキ!」
「アキちゃん!!」
 遠巻きにした村人達の中から低く高く、娘の名を呼ぶ声がする。
「村長、腹は決まったか?」
 いかにも柄の悪そうな男が言うと村長は青白い顔でうなずく。
「頼む。村の……ものはなんでも差し出す。だから……娘達を全員返してくれ」
 村長のすぐ後ろには侠盾・ウルカ(a20853)が顔を伏せて立っている。冒険者らしからぬ、裕福な村の中では貧相にも見える服を着ている。
「村長さん、いきなり言われてもかしらじゃねぇと決められねぇんだ。例えうまそうな話でもよ」
「なんとか……そこをなんとか」
 村長の視線はともすればウルカへと泳ぐ。実直な村長には荒事も交渉の才もない。けれどウルカは小さく首を振った。小者風なこしらえをしている自分に村長が頼るなどあってはならない。
「まぁいいさ。話はかしらに通してやってもいい」
「ど、どうか……この、この者を一緒に。娘達が生きている事を確認させて……欲しい」
 やっとの思いで村長は青い髪の少年を盗賊に指し示した。もちろん、それは業物収集家・アルト(a49360)であった。ウルカと同じように飾りのない質素な服を着ている。
「目隠しとさるぐつわ、そんでもって後ろ手にふん縛ってくれ。俺は手が塞がってるんでなぁ」
 短剣を娘から離さない男はニヤリと笑って娘を抱く手に力を込めた。

 村はずれまでくると、男は娘を解放しアルトの背中を押しながら走り出す。アルトは娘達への荷も背負っていて重そうな振りをする。
「ま、待って下さい。重いし、見えないし……走れません」
 小枝や小石を回避せず、なるべくつまずきながらアルトは務めて情けなさそうな声を出した。口を塞ぐ布はあまり役に立っていない様だが、それを教えてしまう不利よりも自分たちに着いてくるだろう仲間の事が気に掛かる。
「なんだ、普通にしゃべれんのか。村の奴ら手ぇ抜いたな。だがちっと黙ってな。こっちも真剣なんだ」
 男の口調には半ば本気が混じっているとアルトは感じた。仕方がないので言うなりに走る。何度も転げそうになったがそれは男が引き戻してくれた。盗賊にも色々あるが、血も涙もない非情な集団ではないのかもしれない。

 アルトと伝令役の男をそっと追いかけているのは2人の冒険者。宵闇を歩く者・ギィ(a30700)とへたれ黒犬王子・レイ(a25187)であった。2人とも村はずれで『ハイドインシャドウ』を用いて待機していたのだ。アルト達が行き過ぎると追跡を開始する。こちらに気付かれることなく、見失うことなく追跡する行動には細心の注意が必要になる。土地勘がないのだから先回りをする事も出来ない。2人の気配を消していた効果は直ちに消えてしまう。
「くそっ……やっかいだぜ」
 レイは低く悪態をつく。村を出てからの道はのどかな細い道でこれといって身を隠すのに適した森も岩もない。田畑も収穫が終わってすっかり更地に戻っている。レイが身を隠すのに使えるアビリティの回数は多くはない。警戒しながら進む伝令役は用心深くて、ギリギリまで距離を保つ必要がある。ゆっくりと進むアルトがいなかったら追跡は失敗だったかもしれない。
「気になるなら俺より下がってな。幸い忍びの本職だ。盗賊風情に気取られるヘマはしないぜ」
 そっと片手でレイを制しギィが前を進む。ギィにしても『ハイドインシャドウ』の効果を維持したまま追跡することは出来なかった。立木や土手の傾斜などを利用して慎重に進むしかない。道の交差している大きな木の下までくると、男はアルトをしばっている縄をこの木にくくりつけた。
「俺ぁかしらに話つけてくる。それまでここで大人しくしてんだぜ」
 男はアルトのさるぐつわを自分で厳重に結わえ直すと、そこから道を北上していった。

 しばらくすると本当に男は戻ってきた。そして目隠しされたアルトを伴い山の方へ向かっていく。目隠しを外された時にはどこかの洞窟の中であった。山道は30分程しか歩いていない。目の前には娘が2人いた。盗賊達はだいたい10人程が見える。アルトを見ても黙って震えている。安心させてやりたいが、さるぐつわのせいで声は音にはなるが言葉にはならない。不意に洞窟の奥から血の臭いがした。

 レイとギィは洞窟を監視出来る草むらの中にいた。山道には身を隠す場所が多くて追跡はかなり楽だった。洞窟の見張りは1人だが、さほど緊張感はない。
「俺は村に戻ってここを知らせる」
 移動速度が変わるわけではないが『チキンスピード』を使ってから走る。
「わかった。俺はもう少し詳しく調べてから戻る」
 レイが身を翻すと、ギィは多目的ゴーグルを目の前にかざした。洞窟への出入り口が他にないか、覗き口がないかなど、調べてから戻るつもりだった。


 人質が全員無事ならばアルトから合図があるはずなのだが、それは幾ら待ってもない。けれど、盗賊側からは残り4人の身柄と交換するために全財産を荷に積んで置くようにと指示が入った。
「そろそろ刻限だぜ」
 目明し・デン(a39408)は空高く輝く太陽をちらっと見つめると言った。約束は昼頃の筈だから、春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)は交換場所で待機をしているだろうし、ウルカも村を出ようとしているだろう。洞窟の前にはレイとデン、そして蒼い砂時計・ナナ(a03991)が身を潜めていた。ギィが見つけた草に隠された出入り口にはそのギィと荒野を渡る口笛・キース(a37794)が待機している。
「出てきたわね」
 ナナは息を殺して気配を消す。洞窟からは柄の悪い男達が10人ほど、そして娘が2人出てきた。いくら待ってもアルトも他の娘も出てこない。
「……出立するぜ」
「そうね」
 2人の娘は寄り添いながら村の方角へと山道を下っていく。出掛けていった者達の姿はすぐに木々に隠れて見えなくなった。するとナナが立ち上がる。
「洞窟に踏み込むわ」
「待ちなよ、ナナ。娘2人だけじゃ出られねぇぜ」
「中にいるかもしれないわ、助け出さないと。もうこれ以上は待てないわよ」
 そもそも拠点が発見された時からナナは即座に突入したかった。それをここまで待ったのだ。もう待てない。娘達の恐怖を思うと一瞬足りとても……だ。
「こいつは博打じゃねぇ、のるかそるかじゃ間尺にあわねぇんだってばよ。お前も手伝えや、レイ」
 デンの手を振り払ってナナは洞窟へと向かう。
「どうする?」
 届かなかった手を見つめたレイがデンに聞く。
「……ちっ……俺が追う。レイはギィとキースに伝えろ」
「わかった」
 レイは洞窟の側面へと走り、デンはナナを追って中へと入った。

「ギィ! キース!」
 大きな声で名を呼ばれ、身を隠していた2人はあわててレイに駆け寄る。
「大声を出すな、レイ! 敵に気取られるだろ」
「それどころじゃない、キース! ナナが突入した。デンが追ってる」
「合図はまだだぞ」
 ギィは腰に差した『残光アサメ』にもう一度手を置く。人質交換場所にいるだろうウルカから合図があれば剣はウルカの元に戻る筈であった。それこそが突入の合図でもあった。
「どうする?」
 レイはキースとギィを交互に見る。
「行くしかない……だろうか」
 キースは小さく息を吐くと洞窟の中へと向かって走り出した。ナナを1人で敵地に向かわせたままにはしておけない。続いてギィとレイも洞窟へと向かう。

 荷を引くノソリン車の前に不意に立ちはだかる人影があった。盗賊達だ。だが、その数は5人程度だ。身なりの良い娘の姿もあるが1人だけだ。
「一体……これは……」
 ウルカはなるべく怯えたような表情をしてみせた。
「村に冒険者様がいらっしゃったことはわかってますよ。あなたがそうかはわかりませんが、村人を危険にさらすことはしないという話ですから、あなたが冒険者様なのでしょうね」
 ひなたぼっこをしてお茶でも飲んでいるのが似合いの白髪白髭の爺がゆっくりと進み出てのんびり話し掛ける。けれど目つきだけが異様に険しい。
「な、何を……言っているのか……」
「村を監視していたのですよ。どこかに助けを求めに行くかもしれませんからね。けれど、何もなしに助けがきた。これはもう冒険者様しかありませんでしょう。ですからこちらから出向いてきたのです。ちょっと動かないでくださいね」
 爺は顎で部下に指示をする。2人がノソリン車から高価そうな布と食料の袋を担ぎ上げ爺の背後方向へと走って逃げる。けれど大半の荷はそのままだ。
「……おめぇが盗賊の首領ってやつか」
 ウルカの雰囲気ががらりと変わる。背筋を伸ばしたからか、それとも覇気のせいなのか身体さえひとまわり大きく見える。
「こんなこそ泥相手に冒険者様がおでましになるとは思いませなんだがねぇ。おっと、動かないでくださいよ。一撃で殺された仲間の話は裏じゃ尾ひれもついて伝わってますからね」
 爺は娘を捕らえた部下ともども、ジリジリと後退していく。

「盗賊さんはミアが捕まえちゃったなぁ〜ん」
 不意に爺のすぐ後ろで声がした。春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)の甘く高い声が人影のない道に響く。一瞬爺も娘を捕らえていた男もぎくっと振り返る。それだけで十分であった。ウルカは使い慣れた武器を呼ぶ。すぐに手に『残光アサメ』が戻る。
「やれ!」
 爺はウルカが手にした武器を見ると短く部下に命令する。
「きゃーー」
 娘の高い悲鳴があがる。逃れようともがく娘に突き立てられる白い刃。ウルカの頭部が眩しく白く輝くと、刃を振り上げた男の動作がそこで固まる。
「させるか!」
 ウルカは体当たりをして男をはねとばすと、娘の腕をとって自分の背に廻した。
「この人も動けなくなっちゃいなさいなぁ〜ん」
 駆け寄ってきたミアが手の平から白い糸を倒れている盗賊に放つ。それから手早くロープでグルグル巻きにした。
「こ、怖かった……」
 ウルカの背に顔を伏せて娘がわっと泣き出した。

 縛られて転がされていたアルトに気が付くと、ナナは目と口を塞いでいた布を取り去る。
「ナナ……さん」
 たった1日ほどでアルトは随分と痛めつけられてしまったようだ。拷問というのではなく、遊び半分にいたぶられたのだろう。手足にも身体にも生々しい傷や痣がある。
「人質は?」
「奥に……早く、行って」
 ナナはうなずくと洞窟の暗い奥へと走る。
「1人で行くんじゃねぇよ!」
 追いかけてきたデンの声が洞窟に反響するがナナは止まらない。
「ったく……とんだ跳ねっ返りだぜ」
 デンはアルトの手の戒めだけを外すとナナを追って奥へ向かう。敵の姿はない。皆、先ほどの娘2人と一緒に村へ向かってしまったのだろうか。
「来ないで!」
 ナナの悲鳴が響いた。デンは即座に立ち止まる。
「どうした、ナナ。敵は……」
「敵はいないわ。みんな行ってしまったんだわ。だから……追って! 早く……追い……かけて」
 言葉の最後はとぎれとぎれであった。泣いているのかもしれない。
「デン! 敵は?」
 別の出入口から入ってきたキースとギィ、レイも追いついてきた。
「いないらしいぜ。ナナが確認した」
 デンは洞窟の奥を目顔で示す。
「ウルカからの合図があった」
「俺達はこれから娘2人と盗賊達を追う」
 ギィの腰からは短剣が消えていた。キースは既に洞窟の外へと足を向けている。
「そうだな。俺も行くぜ」
 怪我をしているアルトとナナを残し、4人が盗賊達を追う。娘を連れている盗賊達の歩みは遅く、すぐに追いつくことが出来た。
「命を奪うのも寝覚めが悪いな……拘束する」
「承知!」
 ダラダラと歩く盗賊達をゆるく包囲し、一気に前に出る。
「ここまでだ!」
「観念しな!」
 前に回り込んだキースと後方から迫ったデンの手から白い糸がふわりと盗賊達の頭から掛かる。
「わぁ」
「動けねぇ」
 漏れた者達もレイの頭上の眩しい光で動きが止まる。一瞬で盗賊達は行動の自由を奪われていた。後は1人ずつロープで後ろ手に縛っていくだけだ。
「手荒く縛るが悪く思うなよ」
 キースは革のロープで悪態をつく盗賊達の手首をきつく縛っていく。
「お嬢さん達、もう大丈夫ですよ」
 娘達はギィに抱かれ泣き出していた。そっと髪を撫でているが涙は止めどなく溢れてくる。
「ユウちゃんが……ユウちゃんが……」
「あたし達のために……ユウちゃんが……」
 泣きじゃくる娘達の話は要領を得ない。

 洞窟の奥でナナはもう動かない娘をそっと抱きしめていた。服についた血は赤茶に変色しもう流れることはない。冷たい身体も暖めることは出来ない。ただ汚れた顔を拭き清め、抱きしめてやることしか出来なかった。

 村長の娘と3人の娘は村に戻り、冒険者を志した娘は手厚く葬られた。しかしどさくさに紛れて盗賊の首領は姿を消し、虹の欠片もどこからも見つからなかった。


マスター:蒼紅深 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2006/11/08
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