<リプレイ>
●後門の狼 「(皆さん、起きて下さい)」 囁く様な声と共に体を軽く揺すられ、眠っていた武勲詩抄・フレッサー(a37890)は瞼を開けた。閉じているのと殆ど代わりがない周囲の様子だが、程なくして目が闇に慣れ、僅かな星明りを頼りに朧気ながらも彼は、起こしてくれた仲間、燬沃紡唄・ウィー(a18981)の顔を認識できた。眠っていた仲間も全員、ウィーや聖砂の銀獅子・オーエン(a00660)達の夜警組に起こされている。 見張りの交代の時間、というわけではない事は、起こしてくれた仲間の声に含まれている硬さから察する事ができた。交代でなく起こされたという事は、グドンの群れが近づいているという事だろう。 「(規模は)」 「(ざっと30以上は。ピルグリムグドンらしき形は1体確認できましたが正確な数はわかりません。もう今は移動はしていないようです)」 エルフの夜目。その種族能力は熱を目で感じ取る力と言っても良い。大きな形状変化がなければ見分けは難しく、熱を持たない足元の地形に気を配りながらの偵察は、夜の森では困難極まりない。これ以上の視覚情報を得ようと思えば、グドンに気付かれる覚悟で明かりを灯す必要があるだろう。 「(移動しないという事は夜行性の群れではなさそうだ。下手に動くのも危険だし、日の出と共に移動する事を推す)」 オーエンの提案に反対する者はいない。この場の行動を決めた冒険者達は、より一層の緊張と共に、再び夜警と休息に戻った。
日の出と共に、グドンの群れが動かない内に移動を開始した冒険者達。 昨晩の群れを避けつつ、フレッサーと彩雨流千撃の・チヅキ(a38104)が先行して仲間の視界内で偵察を行い、安全確認の合図と共に前進する。その繰り返しで一行は進んでいるのだが、移動開始からあまり時間が経過していないある時、偵察の仲間から待ったが掛けられた。先に大きな群れがあるのだ。それは昨晩の数の倍はいる。 「(左右から抜けられるか)」 「(……だめだ。片方は同じく群れがいる。もう片方は沼地だ)」 前門の虎、後門の狼。探索の中で作り上げた地図と蒼海の剣諷・ジェイク(a07389)の記憶が、戦闘回避の不可を結論付けた。 「(突破しかない、か。力はどのくらい残ってる)」 オーエンのアビリティ残量の問いに返ってきたのは、回復術不足の答えだった。安定しつつも目的の図書館を発見出来ない場合にいつかは訪れる事態。撤退分に力を3割程残すようにしていたが、その残り3割の時が迫っているのだ。この囲みを突破すると、その3割を越す事が予想できる数である。 「(薄い所から突破して撤退、ですね。一番薄いのは昨晩見つけた群れというのが皮肉ですが)」 「(仕方がないな。準備はいいか)」 30を越すグドンの群れの突破。言葉に倦怠感を帯びさせつつも、ウィーは腰に提げていた術扇を手にした。いつでも心の準備は出来ている。 後方の犬グドンの元まで引き返す一同。撤退劇の火蓋を切ったのは、オーエンが作り上げた不可思議な霧だった。
●壁を切り崩して 赤く燃える木の葉の下を、白い霧が覆った。ミストフィールドに包まれた領域を冒険者は突破する。 霧の中、鋼紅・カイ(a36945)が赤黒い皮手袋を突き出すと、手袋から何かが飛来する音が響き、霧の中にいたグドンがバタバタと倒れる。その後をジェイクが駆け抜け黒い刀身の両手剣を流れるように真横に振るうと、霧の端にいた数体のグドンが胴を切断されて倒れた。 「キララ、フレッサー、チヅキ! 行け!」 ジェイクの叫びに、3人はカイとジェイクが切り開いた道を突破する。だが、その3人の前にもすぐにグドンが立ちふさがった。 「させませんよ!」 まだ霧の中の蒼翠弓・ハジ(a26881)が射った、赤く輝く矢。それがグドンの一体に命中すると、爆炎と共に周囲のグドンを巻き込み、その体表を炭に変える。 「切り抜けたようだな」 カイとハジ、そしてオーエンが霧を抜けて現れる。もう霧の中にはグドンはいない。もっとも、すぐに周囲からグドン、そしてピリグリムグドンが押し寄せてくる為、気を抜いている暇はない。先行している絢爛飛翔・キララ(a35185)達に追いつき、援護に入らねば。 「ピルグリムグドンが2体、前方にいます」 ハジの視線の先。先行の3人目掛けて、蛇の胴と杖を持った者、普通のグドンの3倍も太い腕と巨大剣を持った者の2体のピルグリムグドンが、奥から前進して向かって来ている。 「……ハジ!」 オーエンがハジを突き飛ばし、その身を庇う。そこに頭上から空気を切り裂く鋭い音と共に槍が繰り出され、背中から彼を貫いた。引き抜かれた槍から鮮血が噴出す。ハジの側に待機していたロウが高らかな凱歌で彼の傷を塞ぎ、事なきを得る。そして彼を襲ったピルグリムグドンは、ハジが放つ矢を避けつつ蜘蛛のように太い尻から出した糸を素早く這い上がり、紅葉を撒き散らしながら木と木の間を歩いて他のピルグリムグドンと合流しに行った。 「7人いるこちらより、3人を3体で襲う事を選んだか……そっちに1体行った! 頭上に気をつけろ!」 ランドアースにおいてグドンは知性体とは認められていない。だが知性がないわけではない。時にその動きは手強いモンスターを上回る。カイの警告は果たして最前線の3人に届いただろうか。 「今のピルグリムグドンについては俺が弓で援護します。オーエンさん、迫るグドンの対処、お願いします」 「了解した」 ハジが再び弓で木々を渡るピリグリムグドンに狙いをつける。彼の身を守る仲間を信頼し、ハジは全神経を鏃の先端に集中させた。 「後方のグドンは貴殿に任せる。前は俺に任せろ。ジェイク殿、援護を頼む」 「任せてくれ。先程と同様、俺が引き受けよう」 敵味方を判別して行使する力の多くは、誰に使うかを正しく認識する必要がある。集団で折り重なる相手の場合、その影に隠れているものまで攻める事はできない。 カイがニードルスピアで前方の敵を一掃し、倒した先にいる敵を、ジェイクが距離を詰めて薙ぎ倒す。そのまま彼が迫る敵を抑えつつ、後ろの冒険者達が前進をして再びカイが術を行使。この繰り返しで敵を排除していった。 また後方でミストフィールドを抜けて襲う敵に対してはオーエンが流水撃で一掃しつつ、再びミストフィールドを張った。矢を仕掛けるグドンも深い霧の向こうでは殆ど狙いも定まらず、明後日の方角に飛んでいくばかりである。 不意に一体の大きなグドンが進路を塞いだ。だがそのグドンはジェイクの雷を伴った一撃で瞬時に左右に両断される。 「いたぞ、……苦戦しているようだな。俺はこのまま雑魚を片付ける。皆頼むぜ」 「わかりました、ジェイクさん。私も、支援します」 術が届く範囲まで最前線との距離を詰め、スノウは癒しの波動を皆に送った。
●異形 ガンッ! 落雷にも似た、金属同士がぶつかり合う激しい音が周囲に轟いた。 「フン!」 フレッサーの白銀と豪腕ピルグリムグドンの赤茶けた鋼。2本の巨大剣が交差し、力任せにせり合う。 相対するピルグリムグドンの腕力は相当なもので、さしものフレッサーも自身の力だけでは押し負けていたかもしれない。一歩も引けを取らないで済んでいるのは懐の紫水晶に込められた願いか、それとも彼自身の祈った者への想いが後押ししているのか。 低めに体をぶつけ、やや上に押し上げる形で腰を伸ばし、フレッサーは一気に押し切って剣を振り上げ叩きつけるも、ピルグリムグドンもすぐさま体勢を整え横振りで彼の剣を弾いた。
チヅキは細身のサーベルを体中線に構え、素早い動きで作り上げた残像と共に3方向から同時に蛇胴ピルグリムグドンに斬りかかった。鋭い刃は易々と体毛を抜け、その体に入り込む。縦に一閃した跡から赤い血が勢いよく吹き、戦装束を鮮やかに染める。 お返しとばかりにピルグリムグドンも生木を手折っただけのような杖をチヅキに突き付けると、チヅキの体の中で何かが爆発したかのような衝撃が起こった。呪術に対しての耐性が低い彼女には相当堪えるのか、チヅキの口の端から赤黒い血が一筋流れる。 「貴様やるではないか。そうでなくてはつまらぬ」 呼び出していたリングスラッシャーが周囲のグドンを刻みにかかる中、また彼女も再び2つの像を作り出すべく駆け出した。
頭上に気をつけろ。 仲間のその言葉を耳に、頭上を警戒するキララ。赤や黄色に彩られた高木樹の葉の中に、元の色がわからない茶色じみたねずみ色の毛皮の犬ピルグリムグドンが、まるで宙を歩いているかのようにこちらに向かっていた。 フレッサーやチヅキがピルグリムグドンと交戦を始めていた為、始めはどちらかの支援に入ろうと思っていたが、加勢されてはまずい。黒檀ノ太刀が届かない距離でも、幸いまだ何発かはソニックウェーブで対応できる。 接近を気付かれたピルグリムグドンは、その相手が線の細い小柄な少女であるのを見て侮ったのか、一気に落下しながら槍を繰り出した。 その一撃を上手くかわしピルグリムグドンが上に戻っていく所を、キララは素早く剣を振って衝撃波を飛ばす。キララもピルグリムグドンも実力の傾向が似ている為か、衝撃波は相手を捕らえる事ができずに葉を揺らす事もなく、それは消える。 侮った相手の攻撃が以外に鋭かった為、ピルグリムグドンは大胆な襲撃を止め、彼女の頭上に留まった。ワンと一咆えしてから、唾を少女に向かって吐き掛ける。唾液はすぐに白い糸に変わり、網のようにキララを包んだ。 「く。負けられない!」 体を包む網を引きちぎろうと腕を広げるキララ。その彼女に向かって、周囲のグドン数匹が殴りかかる。動かせないのが上半身のみだったため、バランスをとりながらグドンの攻撃を避けた所に、一本の矢がピルグリムグドンの腿に刺さった。 「ギャワン!?」 刺さると同時に霜と炎に包まれるピルグリムグドン。透明な細い糸で繋がっていた足場はあまりに不安定で、魔氷に捕らわれた体では留まれず、ピルグリムグドンは落下した。 「ハジ、感謝する」 網から抜け出したキララは、目の前に落ちたピルグリムグドンの胸元目掛けて、燃え上がる炎の上から太刀を突きたてた。
剣を打ち込まれた場所から爆発する豪腕ピルグリムグドン。 肌自体の強度は然程強化されておらず、かつ元々の鎧もボロボロの皮である為か、ピルグリムグドンはフレッサーのデストロイブレードから巨大剣を盾に身を守るが、その破壊力を食い止める事は殆どできなかった。逆もまた然りで、隠密性を重視し皮鎧を選択したフレッサーもまた、ピルグリムグドンの剣の勢いを殺しきれないでいる。 それでも戦いの分はフレッサーにあった。しかしそれはほんの僅かな差でしかなく、決着がつくまで時間が掛かる。そして今は時間を掛けていられる場合ではない。 「フレッサー、援護します」 「ウィーか!」 ウィーの手の先から迸る、ベインバイパーの黒いガスを吸収した白糸がピルグリムグドンを縛り上げた。 ピルグリムグドンの手番を一手封じる。それだけで十分だった。フレッサーは身に負った怪我を厭わず真横に大きく力を溜め、反対側に振り斬る。極限で振るわれた剣は深深とピルグリムグドンの体を打ち、骨を砕き、今までの何倍もの勢いを持った爆発を起こす。 胴体の3割を吹き飛ばされては、さしものピルグリムグドンも生きてはいられなかった。
チヅキと蛇胴ピルグリムグドンとの戦いは、互いの弱点を付き合う激しいものとなっていた。 ピルグリムグドンの長い胴体から、ピンク色の何かが垣間見れる。その一方でチヅキ自身も衣類が内側から血に塗れ、肌の露出が見える僅かな場所では、少し離れた所からでも皮膚が破裂したかのように破れているのが見えた。互いに相当深い傷だ。 まだ、戦える。だが、恐らくどちらも一撃を受けた所で動けなくなるだろう。特にチヅキにとっては敵陣の真っ只中だ。動けなくなったが最後、他のグドンに袋叩きにされるのはまちがいない。そして、先手を取ったのはピルグリムグドンだった。 その時、歌声が聞こえた。傷つき疲れ果てた戦士を鼓舞し癒す歌。その歌の源は、カイ。そしてそれ以外にも癒しの波動がチヅキの体に流れ込む。 ピルグリムグドンの念が、チヅキの血を沸騰させ肉を弾けさせようとする。だが、鼓舞され力を取り戻したチヅキはその力に耐えた。そしてチヅキは左手で力強く剣を握りなおし、添えた右手で剣線を操り。グドンの喉元に太刀を沈めた。
●人の世界 召喚獣の力で強化された眠りの歌声が広がり、周囲のグドンやピルグリムグドンがバタバタと糸が切れたかのように崩れ落ちる。そして不幸にもすぐに起き上がったグドンは、直ぐに首を刎ねられた。 「眠りの歌ももう品切れや」 眠りの歌だけではない。追撃を振り切るのに、他のアビリティも殆どを使い果たした。残るのは僅かな回復アビリティと、幸せの運び手。まだ幸せの運び手がある為、活力までは枯渇していないが、それだけで探索を続けるのは危険極まりないだろう。 「どうやらもう、追ってこないようだな」 剣を収めるジェイク。 「あそこで引き返して正解でしたね」 「ああ。危険は覚悟しても無理は禁物だ。目的が達成出来なかったのは残念だが、手柄は他の組に期待しよう」 結果に落胆の感情はあるが、探しに行って必ず見つかるものではない。まして敵の本拠地と言ってもいい場所だ。多くのグドンを排除し、生きて帰れただけでも十分な成果といえる。 詰めを誤らないように慎重に歩く冒険者。彼らが進む先から、強い陽光が差し込んだ。 森の切れ目。ここから先は、同盟諸国と北方セイレーンの冒険者達の手で多くの地域を取り戻したか、まさにその最中だろう。 人の世界までもう直ぐだ。数日ぶりの暖かな寝台が、一行を待っている。

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参加者:8人
作成日:2006/11/19
得票数:冒険活劇22
戦闘8
ほのぼの1
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冒険結果:失敗…
重傷者:なし
死亡者:なし
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