鏡の中で笑う



<オープニング>


 少年は、古い館の中にいた。
 入ったらいけないよ、とは言われていたけども。
 どうしても、気になる事があったのだ。
「ねえ、君はどうしてそんな所にいるの?」
 そう誰かに話しかける少年の居る部屋には、誰も居ない。
 けれど、頭がおかしくなったわけではない。
 部屋にある大きな古い鏡。その中に映るのは少年の姿ではなく、1人の少女の姿。
 少女はただ微笑むが、少年に一言も話す事は無い。
 ただ、それだけを繰り返す毎日。
 名前すらも知らない鏡の中の少女に……有体に言えば、少年は恋をしていたのだ。
 けれど、少年は知らない。目の前のそれはモンスターであって。自分が未だ死んでいないのは、単にモンスターの気まぐれであるということに。

「依頼です」
 ミッドナーは、そう言って事の顛末を語りだす。
「とある館に鏡のモンスターがいるのですが……自分を動かしたり攻撃を加えようとする者を攻撃する習性があるようでして。それなりに立派な館なのですが、そういう事情もあって朽ちるに任せるままになっています」
 けれど、いつまでもそういうわけにもいかない。
 実際に夜露をしのごうとした旅人が何人か犠牲になっているのだという。
「その鏡のモンスターの退治をお願いしたいのですが……最近、館に出入りする少年がいるようです。ひょっとしたら、という事もありますので……出来れば、少年の心を傷つけないような配慮もお願いします」
 それは、ひょっとしたら難しいかもしれない。
 けれど、ミッドナーは絶対の信頼を込めて一礼する。
「どうか……最良の結末を」

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参加者
幸福の記憶・ユキノシン(a37388)
パレイドリア・エドガー(a49268)
虚無の疵に喘ぐ囚人・レイス(a50675)
千夜の星灯り・キルシュ(a50984)
蒼穹の果てを知る者・アルトゥール(a51683)
硝華・シャナ(a52080)
紅の鉄騎兵・ヘルガ(a56832)
純白虎魂・ミズナ(a57609)
NPC:放浪剣士・デスト(a90337)



<リプレイ>

●館と冒険者
 しとしとと振る雨が、体に纏わりつく。
 こんな日でも少年は館に来ているのだろうか。
 それを思わせる痕跡はないが、この雨では元より期待もできない。
「まぁ俺も男だし、そういう気持ち分からなくもないけど……」
 虚無の疵に喘ぐ囚人・レイス(a50675)の言葉が、雨の中に響く。
「いけないと言われている場所での出会い……今少年は、仄かに心躍る小さな冒険みたいなものをしてる感じなんじゃないかと思うのです」
 星彩七釉・キルシュ(a50984)の言うこともまた、真実ではあっただろう。
 誰かに止められれば、恋とは燃え上がるもの。
 しかし、それとて1つの要因でしか無い。
 恋とは、複雑なもの。例えそれが年端のいかぬ少年であったとしても、たった1つの理屈しか通らぬ単純な恋であるはずもない。
「きっとどんな結果になっても、少年の心を真に救うことは出来ない……そんな気がする……」
 その言葉に、答える者は無い。
「鏡に魅入られた……最良の結末、何が最良かはわかりませんが……私達が辿り着ける最良の結末を」
 ただ、硝華・シャナ(a52080)のその言葉だけが……雨音に流されていく。
 その門から歩いてすぐの場所には、大き目の扉。
 其処は古いながらも、何度か開けた跡が見受けられた。
「少年かねェ」
 パレイドリア・エドガー(a49268)の言葉を受けて、蒼穹の果てを知る者・アルトゥール(a51683)もドアを調べ始める。
 なるほど、背の低い者が開けたような跡だが……この扉は、手持ちのロープで封鎖できそうにはない。
「他に入り口がないか見てきますね」
 そう言って館の周りを歩いていくアルトゥールを見送りつつ、冒険者達は2手に別れる。
 すなわち、この館の中を探索するグループと、館の外にいるグループに。
「宜しく頼むんよ」
 そう言って、真夜中に降り積もる牡丹雪・ユキノシン(a37388)は緑の影・デスト(a90337)にワルーンソードを渡して扉を開ける。
 デストは答えず、無言でワルーンソードを受け取って頷く。
 続けて入っていく紅の鉄騎兵・ヘルガ(a56832)やエドガー、キルシュを見送ると白月剣姫・ミズナ(a57609)が扉を閉める。
 これで見張っていれば、少年が外から来た場合は水際で食い止める事も出来るだろう。
 あるいは、ミラーナイトが館の外に向かってくる事も無くなる。
「突っ走ってしまった者を止めるのは子供と言えども厄介な事じゃ。ミズナよりも年上かもしれんがのう」
 しとしとと振る雨が、体に纏わりつく。
 館の中に入っていった仲間達を信じ、彼等は憂鬱そうに空を見上げた。

●館の中の冒険者
 冒険者達の灯したカンテラの光を、鏡が照り返す。
 いや……鏡、ではない。
 目の前にいるのは、鏡のような鎧を纏った鎧騎士、ミラーナイト。
 ガチャリ、ガチャリと。重厚な音を立てて歩いていく。
「中々……緊張するものだな」
 武器は外のメンバーに預けているものの、目の前の威圧感を放つ存在にヘルガは息を呑む。
 たかが召還存在、といったレベルでは無い。気を抜けば斬り殺されそうな存在感を、目の前の鎧騎士は放っていた。
「……さ、行こうかネ」
 こんな状況でも何処か軽い笑顔を浮かべつつ、エドガーが歩みを進める。
 その足音は出発前に靴に施した厚布のせいか、響かないが……それでも、ミラーナイトは聞きとがめて振り返る。
 それはそうだ。足音は隠せても、鎧の音は隠せていないのだから。
 しかし、武器を持っていない彼等からはすぐ興味を失ったのか、そのまま何処かへと歩いていく。
「……心臓に悪いのう」
 ユキノシンの声も、思わず小声になる。
 今は襲ってこないとは分かっていても、何とはなしにこうなってしまう。
 万が一にでも、今戦闘に入るわけにはいかないのだから。
 奥へと進み、ドアを静かに開ける。
 古いドアは軋んだ音を立て、少しヒヤリとした感覚を覚える。
 古い割には綺麗に残っている館だが、この辺りはどうにも古くなっている証といえる。
「此処は……違いますね」
 奥にドアの類が無い事を確認して、キルシュがドアを閉める。
 調度品や机を見る限り、どうやら食堂だったようだ。
 次のドアをヘルガが開けると、そこは小さな小部屋。使用人の部屋だったのかもしれない。
 そのまま幾つかの部屋を開けていったが、鏡も少年の姿も無く。
 歩いてくるミラーナイトの進行方向から避けつつ、エドガーは上へと続く階段を見上げる。
 1階に無いとなれば、鏡は2階にあると考えるしかない。
 とはいえ、2階へ外の仲間達が到着するまで、どれだけかかるか。
 そのタイムラグを考えつつ行動する必要があると言えるだろう。
「考えても仕方ない、か」
 そう言って、ヘルガが最初の一歩を踏み出す。
 頑丈な石の階段を冒険者達は昇っていく。
 暗い館の、更に暗い先へと……静かに、一歩ずつ。

●間奏
「ねえ、何か音がするね。誰か来たのかな」
 暗い部屋で、少年は鏡の中の少女に話しかける。
 相変わらず少女は答える事は無いけれど。
 その鏡の中から生み出されたミラーナイトを見て、少年は納得したように頷く。
「そっか。誰が来ても大丈夫だよね、君は」
 そう言って、部屋から出て行くミラーナイトを見送る。
 最初は少年も驚いたものだったが、自分に危害を加えないのであれば怖くも何とも無い。
 むしろ、好きな少女を護るための鎧騎士なのではないかとすら思っていた。
 少し考えれば、あるいはモンスターではないかと気づいたかもしれないが……。
 いや、どちらにせよ世間知らずの一般人の少年では、気づく術も無かっただろうか。
 恐らくはモンスターを「怖いもの」としか教えられていないであろう少年にとって、目の前のものがモンスターだなどと思いつくかどうか。
 いや、思いつくはずもない。
 ……恋は盲目。まさに、その言葉がピッタリであったと言えよう。

●館の中の冒険者と鏡の少女
「勝手に入っちゃダメでしょう」
 鏡の部屋に入ったヘルガは、そう言って鏡と少年を引き離そうとするが……少年は、寄り添うようにして鏡の前にいる。
 間に自然に割って入る事は不可能だろう。
 そして、更に。ヘルガを見る少年の目が険しい。
 ……考えてみれば、至極当然ではある。
 鎧に盾を持った物々しい人間が複数踏み込んでくれば、それは盗賊か冒険者か、あるいは自警団のいずれかしか在り得ない。
 しかし、ヘルガ達は当然の事ながら、少年が村では見た事がない人物だ。
 ならば、盗賊か冒険者のどちらかだが……彼らが冒険者である事は、その後ろに立つ召還獣が証明している。
 だが。そんな他所の土地の人間が何をしに来たというのか。
 幾ら冒険者様とはいえ、何様のつもりか。
 そんな怒りと警戒が、少年特有の未熟な心にに込み上げてくる。
「……」
 少年は何も答えず、ジリジリと後ろに下がっていく。
 少年の警戒心に触発されたか、鏡の中からミラーナイトが新たに1体誕生する。
「最後まで話を聞いて欲しいんよ。坊にどうしたいんか決めて貰いたいことがあるんや」
 警戒を解かない少年に、ユキノシンが呼びかける。
 この問いかけは、少年に多少の警戒心を解かせるのに有効となった。
 少年時代とは、得てして「大人の言うとおり」という事に関して反抗的な年頃だ。
 強制的に何かを成すという事は、必ず傷を残すものなのだから。
「……何?」
 此処で少年とコンタクトを成した事の意味は大きい。
 事情を簡単に話す事で、こうして今。少年に選択の機会を与えている。
 それは残酷ではあるが、確実な手段。
「僕、は……」
 少年が悩む間にも、ミラーナイトは生み出されていく。
 だが、それでもユキノシンは待ち。
「……分かったよ」
 こうして、最良へと繋がる1ピースを手に入れた。
「そんじゃ、行くかのう」
「……うん」
 名残惜しそうに鏡を見て、少年はユキノシンに連れられて鏡の部屋を出て行く。
 彼らが出て行ったのを見送ると、冒険者達は再び鏡に向き直る。
 これでもはや、憂いは無い。
「……いきます」
 キルシュ達の手に武器が呼び出され……ほぼ同時に、ミラーナイト達が部屋になだれ込んできた。
 そして、そのウェポンオーバーロードの発動を外にいる冒険者達も感じ取っていた。
「……合図じゃの」
 仲間達の武器が手元から消えたのを見て、ミズナは呟く。
「それでは、行きましょうか」
 アルトゥールが扉を開け、中に入る。
 2階から聞こえてくる騒音は、まさに戦闘の証。
 笛の音など聞こえずとも、それは充分に仲間の位置を教えてくれる。
「急ぐぞ。万が一って事もある」
 レイスは走り出し……そこで、1度止まる。
 其処に居たのは、1体のミラーナイトの姿。
 そう、先程ヘルガ達が館に入った時に出会った1体だ。
 それはレイスの手のグレートソードを見ると、自らの剣を構え疾走する。
「下がって!」
 素早く放たれたアルトゥールのデモニックフレイムを受け、それでもミラーナイトはボロボロで踏み止まる。
 どうやら、その外見通りに術的な防御能力が高いらしい。
 続けて飛び出したデストがミラーナイトにトドメを刺すが、上にはこれが何体居るのか分かったものではない。
 暗い階段を見上げ、シャナ達は思い切り駆け上った。
 そして、それからしばらくたった鏡の部屋。
「これは……きっついネェ!」
 シミターを握り、エドガーが笑う。
 ミラーナイト1体一体は、所詮召還存在だ。
 油断さえしなければ負ける相手ではない……が、それでも油断してかかれる相手でもない。
 しかし、今の挟まれている状態では予定していた陣形を組む事も出来ない。
 いや、むしろ状況は最悪と言える。
 鏡に近づく事も出来ず、陣形を取る事も出来ない。
 放たれる刃の雨を受けつつも、キルシュは目の前のミラーナイトにデストロイブレードを放つ。
 少しでも早く鏡の元へたどり着かなくてはならない。
 このままでは、此方が先に消耗してしまう……そう思った時。
 ニードルスピアが、入り口付近に溢れていたミラーナイトに降り注いだ。
「邪魔だ……!」
 レイジングサイクロンによる闘気の竜巻が巻き起こり、入り口付近の何体かが吹き飛んでいく。
 そして突破してきたのは、外からの仲間達。
「待たせたのじゃ!」
 ミズナの一撃がミラーナイトの一体を打ち砕き、レイスが残ったミラーナイトの1体と斬り結ぶ。
「今回復いたしますわ」
 シャナのヒーリングウェーブが辺りを包み、冒険者達の傷が癒えていく。
「よし、作戦通り行こう」
 レイスの言葉に応え、仲間達は当初予定していた通りの陣形を取る。
 そう、此処からが彼等の真骨頂。
 例え幾百の刃を放ったところで、もう彼等を砕く事は適わぬ事なのだ。

●鏡の中の少女へ
「……すまんのう」
「……いいよ」
 ユキノシンの言葉に、少年はポツリと呟いた。
「……じゃあ、ね」
 そう言って、村へと歩き出す。
「デスト様、私にはこれで良かったのかどうかがわかりませんわ……ですが、最良、と思えるよう……」
 シャナの言葉に、デストは短く言い放つ。
「最良かどうかは俺には分からんが……少なくとも、最悪じゃない。それじゃ不満か?」
 確かに。これが最良であったかどうか、今は誰にも判断など出来はしない。
 少年が立ち直るには、まだ幾許かの時間は必要だろう。
 だが、少年は自分で選択する事が出来た。
 ならば……いつかは立ち直る事が出来るだろう。
 恋とは、傷を伴うもの。
 ならば、これもまた……1つの傷。
 彼がいつか大人になって、その時糧にできるような。
 そんな最良の未来が来るように。
 冒険者達は、静かに祈った。


マスター:じぇい 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2006/11/13
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冒険結果:成功!
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