湯治場『湯の花』



<オープニング>


 酒場で手紙に目を通していたエルフの霊査士・ユリシアは、ふむ……と1人頷くと顔を上げた。
「グヴェンドリン護衛士団の団長・アリスさんから、『温泉に入りに来ませんか?』……とのお誘いです」
 旧モンスター地域東方。または、旧東方ソルレオン領。
 どちらかの呼び名で、耳にしたことのある冒険者は多いはずの地域。――その東部に、神鉄の聖域グヴェンドリンはある。
 一説には『情報系』護衛士団。その実態は、『ガ○ン系』……という噂。
「えーと……」
 その誘いは要約し過ぎというか、語弊があるんじゃないかと、一応、護衛士でもある護りの魔箭・クウガ(a90135)などは、冷や汗をタラリ。

 が、ユリシアだけは涼しい顔で続けた。

「昔は湯治場として栄えた街のようで、今の時期、東にさいはて山脈の紅葉、間欠泉もあり、効能も見応えも十分でしょう」
 控え目に、ニコリ。
 そして、ユリシアらしく依頼を付け足した。
「但し、桶に手拭いはもちろん、風呂、宿の準備が必要です。全てお手製の温泉ツアーというのも、良いものでしょう」
 ニコニコッ。
「……ああ、でも、ご安心下さい。『湯の花』という代表的だった宿の建物はちゃんと残っていますから。間欠泉が崩れた岩で塞がれていたり、温泉の一部が、さいはて山脈から下りて来た猿専用になりかけているぐらいです」
 楽しんで来て下さいね、と笑みを張り付かせて言うユリシアだった。

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参加者
NPC:護りの魔箭・クウガ(a90135)



<リプレイ>

 旧東方ソルレオンの聖域・神鉄のグリモアがあるグヴェンドリン城塞は、さいはて山脈の麓、少し高台になっている地域にある。
 湯治場であった街跡は、その城塞よりも東側の山脈寄りにある。
 冒険者達を出迎えたのは、秋の落ち葉に埋もれる温泉と、年月がもたらした荒廃。
 グヴェンドリン護衛士が回った村跡などでは、戸締りもそこそこに逃げ出したと思しきものもあり、獣などが荒らすままになっている場所が少なくない。
 この街もその例に漏れず……であったが、そんな中、この湯治場で1番の大店『湯の花』は、戸締りもしっかりされ、残された食料目当てに熊が打ち破ったらしい壁がある以外は、比較的まともな状態を保っていた。
「うう〜ん。商売人の心意気みたいなものを感じます……」
 鶏冠をフリフリ、宿の外観を見上げたフラレ(a42669)は、国の崩壊で恐れ逃げ惑う瞬間にも、再起を誓っていたかのような跡を見て言った。伊達に、商家の生まれではない。
「そうね」
 目利きは確かなルティア(a36345)が、確かに……と呟いて頷いた。
 宿の西は庭園。回り込む小径には、草と落ち葉に埋もれた中に、飛び石が配され、温泉特有の硫黄の匂いが漂っている。そして、東はさいはて山脈に面した露天風呂となっていた。
 温泉の一部を占領している猿の声が聞こえるのも、東側からだ。
 宿の佇まいは、元は素晴らしいものだったろうし、庭の木々も、荒れてなお、秋の彩りとして美しい配置で出来上がっている。
 後で分かったことだが、この宿には、ルティアが思わず目を見張るような調度なども多くあった。
「温泉か〜これからいい季節だなー」
 ほう……っと夢見がちに一息。掃除道具一式を抱え、ウォルルオゥン(a22235)は宿の建物の向こう、湯煙を覗き見る。
「さて。仕事、仕事ーっ お掃除しますよっ」
「長期戦になっても準備万端だよ」
 やる気満々で腕まくりしながら、ウォルルオゥンの前に出たニューラ(a00126)やカリナ(a18025)達は、宿『湯の花』の引き戸前に『×』字に打ち付けられた板を剥がす。
 彼女達はさっさと中へ入り、雨戸を開けて掃除にとりかかっている。その姿を、珍しい物を見るようにしながら、アティカ(a12138)は「ほぅ……」とため息を吐いた。
「そりゃ、俺も、何から何まで揃ってるなんて期待してなかったけどな」
 彼女の様子をチラッと見ると、地域事情を良く知るマサト(a47419)は、手桶・手拭い持参でボソリ。仕方ないとぼやきながら、洗い場の修繕に向かう。
「修理と準備まで自分達でするなんて……」
 悩ましい表情を作って尻尾を揺らし、艶かしい腰つきで歩くアティカの豊かな胸は、黒いビスチェから溢れんばかり。そのまま風呂掃除でもしようものなら、入浴を待たずにポロリがありそうだ。
「仕方ないわね」
「おおおっ!」
 どこかから期待に満ちた歓喜の声がした。どうやらゼイム(a11790)らしい。
 それに、キッと厳しい目を向けたラン(a20145)は、蜘蛛大鉈を一閃して笑みを浮かべる。不届き者は成敗するぞと、キラリと光る刀身が言っている。
 女湯覗きの勝負(?)は、今から始まっているのだ。
「やっぱりお風呂は、男は男同士、女は女同士だよね。裸で入れるやつがいいなー」
 なんて、今から思いを馳せているカリナはともかく。
 真面目くさって、覗き穴となりそうな箇所を、1番最初に塞いで回ろうとしているバルモルト(a00290)などは、男のクセに男の敵。いや、ゼイムの敵。
 錐ぐらい、用意して来なかったことが悔やまれる。悪事は用意も肝心だ。
 ま、直す方も、工具を持参していたのは、ヴァイス(a06493)とノリス(a42975)、それにワング(a48598)の3人位だったのだが。あるだけマシだ。
 ショウ(a27215)などは、ウェポンオーバーロードで済ませるつもりなのだから、侮れない。というか、それでいいのだろうか。武人として……。
「別に、混浴でも構わんと思うが?」
 下心の無いショウがサラリと言うのを、掃除に精を出していたマサトはじぃーっと見上げた。
 きっと、ショウの経験値には女の子経験も入っているに違いない! ――と、寡黙と表現してやるにはまだまだ幼いマサトは、心の中で思い、訳知り顔で1人頷いた。
 そうこうしている間にも、穴だらけだった風呂場の衝立は、工具を借りたカリナやバルモルト達の手で直されて行く。

「最近やっている業務とは逆のことをするわけですが、……気晴らしにはいいかもしれないですね」
「どっちも土建屋に変わりないがな」
 フィリス(a18195)にそう返したヴァイスは、
「間欠泉はどこだ?」
 そう言って、彼と連れ立って、崩れた岩で塞がれてしまったという『湯の花』の名物を探しに行く。
「大変そうなのはお任せにゃあ〜」
 ヒラヒラと彼らに手を振ったタンゴ(a36142)は、宿の掃除組へ合流するようだ。
 その彼女すらも見送ったティキ(a02763)は、あちらこちらで、岩やら板やら担いで歩く冒険者達を見渡した。
「ついに温泉開業か。俺がサボってる間に(マテ) そこまでいったか。素晴らしい」
 やや棒読み。ツッコミが居たら、シバキ倒されているところだ。
 これから、ティキが『湯花』の復刻を試してみるつもりなのは、決して土建屋仕事から免れたいわけでは……ない、と思う。
「しかし……グヴェンドリンが、観光地とそこへのインフラを整える護衛士団だったとはな。情報系というのは観光情報か。さすが円卓議長、ユリシアさんは考えも奥が深いな……」
「頭脳労働していた頃が懐かしいです……」
 ティキの隣で、レイク(a00873)とテイサ(a47791)はしみじみと頷き合う。
「ま、やるからにはここを同盟一の観光地に……するよう頑張れ、クウガ」
 肝心なことをクウガ(a90135)に丸投げして、肩をぽむっ。レイクは涼しい顔で、ペットを温泉の方へ放すと、自分も作業に入った。
「ええっ? おらだべか?!」
 縋るような視線を、テイサは笑顔で受け流し、ティキは元から聞こえていなかったフリ。
「ほら、私達、肉体労働に慣れてしまって。頭の使いどころの勘が鈍ってますから」
「嫌味ならユリシアに言ってほしいだよ」
 クウガはそう言って嘆息した。彼も、耕すのと均す方が専門である。
「僕がお手伝いするなぁ〜ん。大丈夫なんだなぁ〜ん」
 クリクリッと瞳を見開いて、笑顔でプラスト(a13989)が駆けて来る。クウガが何で項垂れているのか、会話が聞こえていなかったプラストは、分かっていないに違いない。
「ありがとうだよ」
 でも、何となく癒される。
「ヒトノソだからだべかなぁ?」
 ヒトノソリンは癒し系である。
「???」
 クウガの呟きを、当のプラストは首を傾げながら聞いていた。

「じゃ、バルモルト、サンタナっ 出来たら起してくれ!」
 ニッカと漢笑いで昼寝に入ろうとするダグラス(a02103)、ついでに、サボっているゼイムとアスト(a58645)に、サンタナ(a03094)の鉄拳が飛んでいる頃。
 間欠泉では岩の除去が始まっていた。
「え、地道に動かすのか? 面倒だぜ?」
「ですね」
「え?」
 適当な棒を探してきて、梃子でも使って動かそうとしたのは、頓狂な声を上げたヴァイスぐらいで、ワングやフィリス達は、アビリティで粉砕するつもりでいた。
「大地斬で」
「デストロイブレードで」
「斬鉄蹴でもいいわよ?」
 万一、壊しても怒る主人がいるわけでもなし。1発ずつなら大丈夫だろうと、案外、適当なことを考えている冒険者達。
 豪運だしね。
「一応、動かしてからにしたらどうだ?」
 折角、太い棒も用意したのだから。使わないで、拙い所まで抉る結果にはるよりはと、ヴァイスは岩の下へと棒を差し込んだ。
 案外、生真面目な彼。
「あっ! いよいよ間欠泉が復活しますよーっ」
 作業に気付いて、ルティアが室内から出て来る。パンパンと手を叩き、いざ湯の復活、と冒険者達の注目を集めた。
 ワングとフィリスも手伝って、元々あった岩を支点に、差し込まれた棒がミシッと音を立てながら動く。
 途端、じわじわと溢れ出した湯が、やがて勢い良く噴き出した。
「気を付け……」
 ルティアがみなまで言い終わらないうちに、ヴァイス達は噴出し始めた湯に、「うわっ」と叫びながら棒を手放す。塞いでいた岩のせいで、岩盤に余計な亀裂が入っていたのか、湯は斜めに飛沫を上げルティアを直撃した。
「あう〜……」
「……すまん」
 つい謝ったワングもびしょ濡れ。
 間欠泉の復旧は、亀裂を新たな岩で塞いでおく必要もありそうだった。

 さて。
 残る障害は、奥の温泉を占拠している猿達。
 いきなり現れた冒険者達に、警戒心丸出しで様子を窺っていた群れに、クリスタルインセクトを呼び出して対峙しようとしたダグザ(a58531)は、タンゴの悲鳴を浴びてあたふたした。
「な、な、何だよ?」
「お猿さんも話せば分かってくれるにゃあ。無理やりどけたら可愛そうにゃよ〜っ」
 とタンゴは涙目。
 涙目っ!
 うるうるうるうるっ!
「……うっ ご、ごめん……」
 年端も行かない子を泣かせてしまうとは、男としてあるまじき行為っ
「ん? 女の子を泣かすなんて、漢じゃねぇな」
 サンタナに作られたたんこぶを押さえつつ現れたダグラスに、さらに弱点を抉られると、ダグサは猛省を通り越して落ち込んだ。
「わっはっはっ 何、落ち込んでやがる」
 自分が止めを刺したクセに、ダグラスはバンバンとダグサの背中を叩いて笑う。
 そうして、猿達と話しに行った。
 彼が雌猿をナンパしようとして、ボス猿と一触即発になりかけたりしたのは、その後の顛末。
 ヘソを曲げてしまったボス猿を、後からタンゴなど獣達の歌を用意していた冒険者で宥めて回り、その一角は猿達の温泉にすることで話がついた。
 居ればいたで名物になるだろうから、多分、問題無い。

 作業があらかた終わったところで、厨房からミキ(a18182)が顔を出す。
 厨房の掃除から始まり、近辺で薪と食材探し。1日、それで明け暮れてしまった彼女が用意していたのは、山菜ご飯と焼き魚。
 途中でワングが手伝って、煮物も加わったメニューが、皆の早めの夕食だ。
「どうぞ。温かいうちに食べて下さい」
「わーいっ」
「頂きますっ」
 労働の後の食事はまた格別。あちこちで歓声が上がる。
 しまい込まれていた器に盛られ、テーブルに食事が並ぶと、宿の昔の姿が垣間見える気がした。


 最後は、もちろん温泉。
「クウガさんはお誕生日ですし、温泉で宴会しましょう」
 ニューラの誘いに、真っ赤になるクウガ。尻尾がピキピキとおかしな動きをした。
「えっ?! 混浴するだかっ?」
「別に、いいじゃないですか? それに、一緒じゃなきゃ、お酌出来ないじゃないですか」
 と持参のお酒を示して、ニコリ。
 若干1名、ひゃっほぅ! と小声で歓声を上げていたのが誰かは言うまでも無いが。
「そういうことなら、僕も一緒でいいや」
 カリナやプラストら子供等も付いて行き、拘っていないアティカやショウも「それじゃあ……」と混浴に向かう。
「の、覗きではないのだな……っ?」
 合意なら覗きとは言わないだろう。むむむ、と不服そうながらも見送るラン。
 後は、思い思いに。
 猿と戯れているヴァイスもいれば、やはり酒とつまみを持参でゆったりと入るフィリスや、晩酌に付き合うワングも。
 バルモルト達に無理やり引きずられて行ったサンタナが、ブチ切れて蜘蛛糸の簀巻きで応酬していたのは男湯で。
 騒ぎに苦笑しつつ、簀巻き2つを肴に、レイクやウォルルオゥン達はのんびりと湯に浸かっていた。
「おや?」
 天高く、熊降りる秋。(ホントか?)
 山の麓には、熊の親子が仲良く歩いていた。
「業務に疲れたら、また来たいものですね」
 フィリスは笑んでそう言った。

「あっ 皆さん、お揃いですね」
 帰りがけ、何やら四角い木桶を抱えて入って来たのは、フラレやノリス、『湯花』の復刻を試していた者達だ。
 試行錯誤。噂やら、ショウの豆知識やらを総合して、湯を冷やすことから初めた復刻は、掃除が進むにつれて、道具らしいものも見つかり、どうやら形になっていた。
「温泉では試せないんですが……お土産分を作ってみましたから、どうぞ」
 使い心地が良かったら、ご当地名物の誕生となりそうだ。


マスター:北原みなみ 紹介ページ
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