【後継者に課す試練】可愛い愛しい紅玉石



<オープニング>


 ウィンスーン宝石商会会長、ヤコブ・ウィンスーンは悩んでいた。
 悩みの種は他でもない、後継者問題だ。といっても、後継者がいない訳ではない。複数いるわけでもない。
 後継者は一人息子のハリーに決まっている。
 小さな頃から、商売のイロハと宝石の鑑定をたたき込み、どちらも今では自分を越えたとさえ感じる程だ。だが……
「なぜだ。なぜ、私はハリーに店を継がせることに不安を感じる?」
 明るく朗らかな接客態度。時には凛とした対応。決して私情を交えないその鑑定眼。いったいどこに不満があるというのか?
 悩みに悩んだヤコブは、ついにその理由を突き止めた。
「そうか。あいつは、宝石の「正しい価値」しかしらない。鑑定眼では計れない価値があることを知らないんだ」
 例えば、貧しい恋人が無理をして送ってくれた婚約指輪を、その十倍の価値がある指輪と交換してくれと言われ、交換する者がいるだろうか? 子供の頃、母から貰った思いでのペンダントを、適正な値段で売り払う者がいるだろうか?
 宝石商の息子として生まれ、内不自由なく育ったハリーは、そう言った「値打ちを超えた本人だけの価値」を知らない。
 ヤコブは、軽く目をつぶり、小さく息を吐いた。
「課してみるか。あいつに、ハリーに試練を」


「と、言うわけで依頼だ。依頼主は宝石商のヤコブ・ウィンスーンさん。依頼の内容は、家宝である五つの宝石の輸送だ」
 生真面目霊査士・ルーイ(a90228)は、右手に持つ小さな宝石箱をもてあそびながら、そう言った。そして、ルーイは宝石箱を開いてみせる。そこには、綺麗なハート型をした、真っ赤なルビーが鎮座している。
「まず最初のターゲットはこれ、通称『可愛い愛しい紅玉石(プリティ・ラブリィ・ルビー)』だ。これを山地の火山近くに隠して欲しい。
 気を付けることは、これが試練であるということ。そして、試練に挑むのは一般人である、息子のハリー・ウィンスーンさんだということだ。簡単に取れるようでも駄目だが、冒険者にとって「試練」と感じるようでは論外だ。さじ加減には注意してくれ」
 ルーイは、そう言って宝石箱をパタンと閉じる。
「また、隠したら息子さんに渡す地図を書いておいて欲しい。出来れば、暗号文もあると尚良いそうだ。
 なんだか、一寸珍しいタイプの依頼だが、よろしく頼む」
 ルーイはそう言うと、最後はいつも通り、丁寧な仕草で頭を下げるのだった。

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参加者
紅い魔女・ババロア(a09938)
日付の無い墓標・メイム(a13542)
玉兎の弓士・トモユキ(a28501)
風弦・アスタ(a36216)
氷壁の勇魚・キル(a39760)
深淵の流れに願う・カラシャ(a41931)
言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)
黒百合の魔女・リリム(a50830)


<リプレイ>

●火山に向かって
 息子に店を継がせるに当たって、試練を課したい。そう言う宝石商、ヤコブ・ウィンスーンの依頼を受けた、八人の冒険者達は、ウィンスーン宝石商会が誇る五大貴石の1つ、『可愛い愛しい紅玉石(プリティ・ラブリィ・ルビー)』を受け取り、隠し場所である火山に向かったのだった。
「普段は隠された宝を探す側でござるが、今回は逆でござるな。不謹慎かも知れぬが面白いでござる」
 言葉通り、何処か楽しげに、玉兎の弓士・トモユキ(a28501)は辺りの風景を見渡した。
 その思いは、深淵の流れに願う・カラシャ(a41931)と、彷徨の黒百合・リリム(a50830)も同様のようだ。
「宝探しの準備、少しドキドキですね」
「た、宝を隠すなんて、なんだか初体験で、お、面白い、です」
 と、二人も何処か楽しげに声を弾ませている。
 そんな中、氷壁の勇魚・キル(a39760)は、一寸別な視点を持っていた。
「宝石と息子を危険に晒そうってんだ、親にとっても試練だよな、こいつは」
 言われてみれば確かにその通りだ。万が一、この試練でハリーが命を落とせば、ウィンスーン宝石商会の未来はないと言っても過言ではない。
 そう考えると、何処かのどかに感じるこの依頼も、複数の人間の運命を左右すると言うことだ。
「そうね。でも「本当の価値しか知らない」って、どんなヤツなのかしら。ちょっと興味でてきたわ」
 と、相づちを打ちながら、依頼人の息子であるハリーに興味を示すのは、風弦・アスタ(a36216)だ。
 歩み進むにつれ、視界に緑が増えてくる。どう見ても、落葉樹としか思えない木々に、青々とした葉が茂り、草むらからは元気な虫達の鳴き声が聞こえる。春の陽気の様な暖かさ、その熱は上空から降り注ぐモノではなく、地の底からわき出るモノだ。
 初冬と言うより初夏に近い、ぽかぽか陽気の中を冒険者達は進む。
 冒険とは思えないくらいに楽な道中だ。とはいえ、一応火山に向かって歩いているのだから、それなりの高低差はある。
「♪♪♪」
 紅い魔女・ババロア(a09938)は、木の根元でこちらをのぞき見ている縞栗鼠に、獣達の歌で話しかける。
「この辺りに、危険な生き物の縄張りや巣がないか?」といった内容だ。
「チチッチチッ」
 ババロアが「ありがとう♪」と返すと、縞栗鼠はそのまま、森の奥へと消えた。ババロアは一同に振り返り、今聞いた内容を伝える。
「この先が、大きな虎の縄張りになっているらしいわ」
 話を聞いた冒険者達は、一寸は考えたが、結局このまま進むことに決めた。只の虎が相手なら、冒険者にとっては特別怖いモノでもない。
 後で通るハリーにしても、そのくらいの危険があった方が『試練』としては、良いだろう。
 もっとも、試練を課されるハリーにしてみれば、もう一寸違った意見があるのかも知れないが。

●道中の道しるべ
 原則、獣は金属の匂いに敏感なモノだ。それは、この森に住む虎も例外ではなかった。
「ガルルルゥ……」
 一行の前に立ちふさがる虎が、牙をむきこちらを威嚇している。
 その前に一歩進み出たキルが、獣達の歌で意志疎通を図り、平和的な解決を模索する。
「♪♪♪」
「ガルゥ……」
 幸いにして、虎は飢えてはいなかったようだ。素直に説得に応じ、巨体を軽々と翻し、道をあける。流石に警戒を解くつもりはないらしく体勢を低くし、いつでも飛び退けるようバネを蓄えている。
 それなりの緊張感を漂わせながら、冒険者達は虎の鼻先を通り、火口へと歩みを進めていった。

「あっちだな」
 密林の中、キルはコンパスを取り出し、目指す方向を再確認する。
「では、この辺に1つ目印を残しておきましょう」
 と、カラシャは言うと、用意してきた赤い端切れ布を木の枝の見えるところにくくりつける。
 このくらいの配慮は必要だろう。此処までの行程も、冒険者だからこそ額に汗する程度で済んでいるが、一般人ならばとっくに大の字にたれ込み、口も利けないくらいになっているだろう。
「おっと、危ないでござる」
 頭上の枝に大きめの蛇が巻き付いているのを見たトモユキは、少しかがんで蛇を刺激しないよう、その下をくぐり抜ける。
「へー、大したもんだな」
 キルは目の前に広がる自然の花畑に、軽く目を見張った。夏場ならば別段珍しいモノでもないが、この時期に見る花畑はやはり一寸目を引くモノがある。
 だが、そんな目に優しい光景も、歩みを進めて行くにつれて、段々と赤茶色の土が剥き出しになった、寂しい風景に変わっていく。
「ここに、もう一つ……」
 カラシャは森の端の木に、持ってきた人形をくくりつけると、苦心してその手を火口方向を指ささせる。
 此処まで近づくとかなり暑い。硫黄の鼻につく。草木も疎らに生えているだけだ。
「あ、危ないです」
 所々から吹き出ている熱蒸気の穴の位置を、リリムは1つ1つ丁寧にメモしていった。そこから吹き出す蒸気は、冒険者ならばまだ火傷で済むが、一般人が浴びれば命の危険すらある。
 やがて、一行の前に火口らしきモノが見えてくる。
 丸く突き出た隆起の中から、今も蒸気が立ち上っている。隆起の高さは、さほどではない。冒険者ならば多少苦労はしても、何の用意もなくても上れるだろう。しかし、一般人はどうだろうか?
「一寸試してみるわ」
 と言うやいなや、ババロアは火口に向かい駆け出すと、軽やかな足取りで火口の外壁を登っていく。
 何の苦労もなく、縁の上まで登り下を見下ろしたババロアは一寸首を傾げ考えると、そのまま飛び降りてきて、簡潔に言った。
「んー、普通の人には一寸難しいかな」
 ババロアの意見をくみ、勾配を登るのに簡単な足場を作っておいてやることにする。
 辺りを見渡し、手頃な大きさの岩を見繕う。
 夢見ぬ唄歌い・メイム(a13542)と言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)が二人がかりでその大岩を担ぎ上げ、火口近くに移動させる。これならば、ただ勾配を駆け上がるよりは多少楽だろう。
「後はこれを」
 大岩の設置が終わると、カラシャは岩の上に、獣の仮面を載せた。
「それじゃあ、最後の仕上げといきましょう」
 アスタの声を合図に、一同は勾配を登り、火口の中へと入っていった。

●火口の隠し場所
 火口の中は流石に熱かった。あちこちに、マグマ溜まりが見え、赤い溶液がゴボゴボと泡を吹き上げている。此処からはより一層注意が必要となる。
 一寸加減を間違えば一般人には『奪取不可能』な隠し場所になりかねない。
 それだけでなく、万が一溶岩溜まりに落ちでもしたら、いかな冒険者といえども、只では済まないだろう。
 この冒険がはじめって初めてと言っていいくらい、緊張感を漂わせた表情で冒険者達は、的確な隠し場所を探した。
 ある程度、危険が伴い、だが一般人が努力と根性で乗り切れる所。
「あの辺りはどうでござるか?」
 とトモユキが指さしたのは、周りを溶岩溜まりに囲まれた、ポイントだった。溶岩溜まりの幅は狭く、普通にジャンプすれば一般人でも簡単に飛び越えられる程度のモノだ。
 しかし、万が一失敗したら溶岩に落ちる。
 一般人に課す試練としては、なかなか良いかも知れない。
「そうだな、あそこで良いか」
 キルは1つ頷き返すと、その間に目星をつけておいた小さめの岩を抱え上げ、そのポイントに移動する。岩の形は綺麗な卵形をしている。
 その卵形の岩の裏に隠れるように、キルはずっと大事持ってきた宝石箱をおいた。
 小さい割にはずっしりと重い宝石箱はいかにも頑丈そうだ。
 適当に配置を終えたところで、ババロアが最終チェックを行う。
「んー、まだ一寸違和感があると感じね」
 場所を動かした岩と地面の色が微妙にマッチしていなく、変に目を引くのをババロアは近くの土を岩に擦り付け、周りになじませた。
「うん、これで良いわ」
 ババロアのオーケーが出たところで、一同は蒸し暑い火口から出ていったのだった。

 火口に宝石を無事隠し、これで依頼は半分方終わった事になる。あとは、此処に到るまでの地図と暗号を記す必要がある。
「どれ、忘れないうちに書いてしまうか」
 地図担当のキルが、火口近くの岩の上に座り、地図を書き記す。インクに使うのは柑橘系の絞り汁を元に調合した、特殊なインクだ。
 書いてしばらくすると見えなくなり、後で火にあぶると再び浮き上がってくるという仕組みになっている。
 地図に記す隠し場所の暗号は、カラシャの案とキルの案を複合して採用することとなった。
「こ、これで、どうでしょう」
 さらに、リリムが別紙に暗号のヒントとなる謎掛け文を作成する。
 一応念のため、キルは詳細を記した普通の黒インクの地図も用意する。
 これで、依頼は全て整った。後は、この地図と謎掛け文を、霊査士に渡すだけだ。

●霊査士に渡す地図
「ただいま。依頼果たしてきたわ」
 酒場のドアをくぐったアスタがそう言うと、奥の席でくつろいでいた生真面目霊査士・ルーイは、「お疲れ様」とねぎらいの言葉を返す。
「ほらよ、これが地図だ」
 キルがルーイに二枚の紙を渡し、説明を始める。
「なるほど……」
 説明を受けたルーイは念のため、ろうそくの炎で白紙の地図をあぶり、キル達の説明が正しいかどうか確認する。
 確かに、火にあぶると白紙の紙は地図と暗号文を浮かび上がらせた。

 一枚目は、リリムが書いた謎掛け文。
『亡国の姫が二名の従者を従え、旅をしています。国は、彼女が、夜中目覚めた時、隣国に攻め込まれ、滅んだのでした』

※答えは、目の前にあり。

 と記してある。注釈通り、「め」の前の文字を抜き取ると「ひにかざせ」となるわけだ。
 そして、白紙を火にかざすと、地図と文章が浮かび上がる。
 あまり丁寧とは言えない地図は、火口まででの道のりと、火口そのものが記されている。
 さらに火口の中には1から5の数字が降られている。
 そして、そこに記されている暗号文はと言うと、

『森で遊ぶ子供の指さす先にいる獣、狙うは火に住む鳥の子供』

 さらにおまけとして、次の文がある。

『我が心。愛しき者と向かい合わせて輝く』

『赤き羽根が示す道しるべ』は、森の木にくくりつけてきた赤い布のことで、『森で遊ぶ子供の指さす先にいる獣』は、森に端に残してきた人形と、その指の差す先にある獣の仮面のことだ。
 さらに『狙うは火に住む鳥の子供』で、火口を火の鳥の巣と見立て、そこに卵形の岩を設置してきたというわけだ。
 それにしても、火口は結構広い。一般人では虱潰しに探していては、倒れてしまうかも知れない。
 そこで救済措置として、キルが地図に1から5の数字を降り、そこに中の2の場所が卵形の岩、つまり正解の場所を示していた。
『我が心。愛しき者と向かい合わせて輝く』とはそのヒントで、数字の『2』を向かい合わせにくっつけるとハートマークになることを暗示している。

 一連の説明を黙って聞いていたルーイは、やがて頷くと、二枚の紙をしっかりとしまい込む。
「わかった。これなら十分だろう。今回の依頼は成功だ、ありがとう。これで残る宝石は、後四つ。今後もよろしく頼む」
 小さく頭を下げる霊査士を前に、依頼を果たした冒険者達は、笑顔で安堵の息をつくのだった。


マスター:赤津詩乃 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2006/11/29
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冒険結果:成功!
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