<リプレイ>
●岩壁から見晴るかす 冬の高い空に千切れた形でなびく雲が、幾百と漂うその真下にあって、彼女たちは空に最も近い、絶壁の上辺に足を揃えていた。冷たい風になでられて、唇からは潤いが失せ、頬には赤みが差している。長い睫毛に縁取られる、眠ったように美しい双眸を瞬かせると、霽月の蝶・ユズリア(a41644)は静かな抑揚の言葉で呟いた。 「相手が敵であっても、存在を失うことを……私はいつだって恐れている。……死者相手だと、命の振動が伝わってこないことに空しくなる。とは言っても、手加減する気は欠片もないがな」 彼女の傍らにしゃがみこんで男は、絶壁の縁へと首をのばし、吹きつける風に煽られる感覚に飽きたようだ。身体を起こし、灰の岩盤に突きたてた『クレイモア』を引き抜いて肩に預け、首からコキリと気味の悪い音をたてる。白い息を撒き散らし、斬風の黒琥・ウォーレン(a01908)は言った。 「白鳥の廃墟に死人の群、黒竜塔に蝙蝠の化け物か、苦労しそうだな」 言葉とは裏腹に、狂戦士の唇には酷薄にして精美な笑みが浮かんでいた。 ●城門を打ち破り、これを死守する 岩壁の上部に立っていたいくつかの人影が、いつの間にやら消えた――。薄く結ばれていた美しい造作の口元に、やや歪んだ笑みの形を含ませると、蒼銀葬華・クロノ(a07763)は視線を空に近い位置から、崩れかけの城壁、そして、そこに凍りつきでもしたかのように閉ざされる古い門へと移した。彼の唇から呟きが洩れる。 「数百のアンデッドとモンスター……か。なかなか、面白いじゃないか……」 すうと伸ばされた爪先は、そのまま位置をあげてゆき、石畳へと戻されないまま鈍色の刃を思わせる輝きを帯び、その主たる濡れ羽色の髪をした少年が、まるで溜息みたいな呼吸を発すると、空間ごと城門を切断した。古寂れて凍りついたかに思われる城門、そこに自らが開いた傷口を一瞥する。内部から差し伸べられた指という指には、肉も皮膚もその欠片すらも見当たらなかった。漆黒夜空に紅の星眼・ナゴリ(a41102)は再び爪先へと気を収斂させ、それを振り抜いた。石のようになった木の断片が飛び散り、ついでに、何本かの黒い指が地に落ちたが、それは、なおも蠢いていた。 城門が文字通り切り崩されるのも、もう時間の問題か――。青みがかった鱗に、鍛え抜かれて隆々たる有様の肉体を包みこむリザードマン――天魔伏滅・ガイアス(a53625)は、仲間たちに向け、粗暴ながらも勢いを感じさせる口調で言いはなった。 「門を開く……俺たちが最後の砦だぁ、一歩も通すんじゃねえぞぉ」 リザードマンの右足により、中途に深い断絶を刻まれた城門は、長きに渡って保ち続けてきた石のような姿を失わせた。 「行ってください……みんなが帰ってくるまで、ここは私たちが!」 そう言葉を発し、後方に控えていた仲間たちを城内へと送りだしたのは、月夜に咲く一輪の花・コトナ(a27087)だった。ナゴリたちがアンデッドの乾いた体躯を、次々と粉砕してゆく、その人の形が崩されるという残酷な眺めを見つめ、蕾のように尖らせ唇から白い吐息を洩らすと、彼女は水晶に飾られた白の術手套で空をなでた。彼女が可憐な指先を通じ、解き放った心の力は、仲間たちがまとう防具を、その風貌ばかりではなく堅牢さの点においても昇華させてゆく。 「ここから先は通行止めだ――ふっとべぇっ!」 地を蹴りつけたクロノの身体は、虚空を巻きつけでもするかのように空へと向かい、一体のアンデッドの胴へと飛び込み、風穴を穿って、その全身を砂のような塵へと変える。 「癒しの光よ!!」 そのしなやかな身体から、淡い光の波をたゆたわせて、コトナは仲間たちの皮膚に刻まれた、赤黒い線条を洗い流してゆく。 「こっからは持久戦だぁ」 宣言するなり、胸の前で土のように固められた拳を打ち合わせ、ガイアスは死衣の群に飛びかかった。長い尾を従え、全身をいななかせ、空洞の胸部を貫き、目玉のない眼窩を叩き割る。 「朽ちても、望まぬことをさせられて……辛いだろうね」 瞳は半ばまで閉じられていたが、その深緋の双眸は潤み、憂いを湛えていることがわかる。指先から線条にたなびく光の条を拡散させ、歪んだ黒い体躯が絡めとられるのを見て、ナゴリは言葉を続けた。 「このままにしておかないから……」 ●死人を滅して、黒い塔へ 本能的な背徳と、赤黒く燃え盛る魔性の炎とを身にまとって、博愛の道化師・ナイアス(a12569)は仲間たちと共に、崩れた壁が織りなす魔宮を馳せた。地にへばりついた屋根の名残を足場とし、傾いた壁面から不意に現れる黒い影へと、蛇を象り宙をのたうつ魔炎を撃ちこみ、黒い塔へと急ぐ仲間たちのため道を開かんと戦っていた。 (「お城……元はどんなところだったのかな……。……今となってはもう、知る術もないのね……」) 心の裡で囁いたのち、セイレーンの少女はナイアスの傍らを駆け抜け、頭を吹き飛ばされたばかりであるにも関わらず蠢き続ける死者へと迫った。先の細く尖った指には、真珠の煌めきを帯びる青が彩色されていたが、ところどころが剥げてしまっている。泡沫の眠り姫・フィーリ(a37243)は死人の背本を掴み取ると、全身を力を奮い立たせ、円を描く運動から骨の躯に宙を舞わせ、瓦礫の山と叩きつけた。 魔物と対峙すべき仲間たちに力を振るわせてはならない。彼らに傷を負わせるようなことは許されない――。『ジルヴァラ』なる白銀の曲刀を振りあげた守護者・ガルスタ(a32308)は、背に正紺色の外衣を翻し、立ちはだかる死者へと挑みかかった。彼の傍らには白銀の幌をなびかせて従うダークネスクロークの姿がある。垂直に落とした『ジルヴァラ』の刃で、アンデッドの上肢を粉砕する。その眷族が自らに這い寄ってくるのには構わない。彼は背後に生みだした空間へ、四名の冒険者たちを誘い、自らがその盾となった。 黒い翼の魔物が宿る塔まで、距離はあとわずか――。 背の矢筒から取りだした矢、その全体に、緑柱石の雹と紅玉の炎が巻きついた。愛らしく小首を傾げて何かを問うような目線を廃墟へと駆けさせると、春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)はキルドレッドブルーの力をまとわせての一矢を射た。 扉は失われ、蝶番だけが空虚な羽ばたきを続ける、塔の入り口へと飛びこんで、生命集う緑風・ヴァリア(a05899)は『ドラグーンガード』による刺撃を繰りだした。鮮やかな所作から残影を従えての突きは、虚に実を紛れさせた三方からの攻撃を、虚ろな眼窩の人影へと叩きこんだ。 「……もう安らかにお眠りください。誰も貴方がたの眠りを妨げませんからね」 囁き終えると、ヴァリアは視線を頭上へと掲げた。塔の内壁に添うようにして、いくらかの段が欠けてはいるものの、螺旋階段が残存している。『ドラグーンガード』で空を切り裂き、空間を飛翔する斬撃を階段の中途に座りこむ影へと届け、その残骸が足元に落ちたのを見届けると、彼は後続の仲間たちに道を譲った。 塔の真下には、怪しい人影ばかりの群衆が大挙しつつあった。城門を抜けて黒竜の塔へと急いで生者たちの気配を、廃墟に潜んでいたアンデッドらが感じ取った結果である。 塔を駆けあがることに躊躇いをみせる仲間たちに、ナイアスは優美と卓越と完璧な礼儀、それに幾ばくかの愛情を感じさせる口調で告げた。 「行きなさい」 「今のうちなぁ〜ん!」 愛らしい声を張ったのはミアだった。少女は魔炎の舌先を燻らせる、紅く透き通った矢を掌に生成すると、それを小さな身体と同じほどの弓へとつがえ、群れなす死者の中心めがけて撃ちこんだ。 塔の内部を駆けあがる戦いの響きに追われながら、静なる奏風・アルス(a16170)は他の四名の冒険者たちと共に、黒竜の背骨とも思われる螺旋の階段を駆けあがった。そして、陽光と風、そして、グロテスクな息吹が起こしたか不気味な響きが飛びこむ、屋上へと続く出口へと身を躍らせる。 骨の形はそのままに、ただ蠢く血脈だけを張り巡らせた薄い膜が、不吉な黒い影をなして、塔の最上部に広げれていた。魔物は……冒険者の成れの果ては、小さな頭を傾け、狂ったように赤い瞳で四名の冒険者たちを見据え、めくれた唇の奥から醜悪な音を響かせた。 「この銀の墓標に……赤き加持を」 清廉なる銀十字を思わせる長大な背徳の剣に、光を透かした赤い外装を備えさせると、無垢なる銀穢す紫藍の十字架・アコナイト(a03039)は、ただ悪しき存在を見つめ、熱を帯びた呼吸を繰り返した。 ●翼の裏側 宵闇の空・グレイ(a53726)は空を見あげていた。青く透き通って高い、冬の空だった。寸時の収斂を経て、彼の闘気はデストロイヤーの全体を包みこみ、痙攣的なまでの高まりをみせた。仲間も自分たちも囲まれてしまって久しい。アンデッドらの歪んだ鉤爪がもたらす痛みは、ひとつひとつは浅くとも、十と重ねられて肉を深く傷つける――。 「アンデッドの群れには潔く全滅してもらおうぜ……」 後方の仲間たちへと振り返り、ただそうとだけ告げると、ヒトの狂戦士は巨大な棍をもって空を引き裂き、頭上に闘気の流れを渦巻かせた。やがて、グレイから周囲へと広がった、巨人の指先を思わせるほどの膂力は、乾いた躯をねじきり、砂のように砕き、壁際にへと追いつめられた冒険者たちに、いくらかの余白を与えた。 だが、灰色の波はすぐにも空間を埋めてしまった。そして、砕かれた眷族が埋もれる先で、身体の自由を失って強張るグレイへと、皮膚を切り裂き、肉へと届く爪で痛みを届けた。 無限の刻の中静かに月を抱け・ユイ(a44536)の、まるで彫像のように整った口元に、憎悪とも憤怒ともつかぬ形が震えた。左腕を肩の付け根まで覆う黒の手套『黒閃天鳴海雷』を媒体に心の力を解き放ち、我が身から淡い光をたゆたせる。 濡れ羽色の髪をなびかせ、ユズリアはユイの傍らを駆け抜け、グレイの元へと向かった。地に濡れた指先の死者へ、宙を駆け抜けさせた『瑶月刃』による斬撃を打ちこむ。三の影が中途から断たれて地に転げた。 ――仲間の指先は砂を掴む仕草を見せた。 「あいつは生きてる!」 瞳を見開いてそう発するなり、紅蓮と氷結の双剣で立ち塞がるアンデッドを薙ぎ払い、多装武具装士・レクス(a41968)はユズリアの隣へと躍りでた。ユイを自分たちの背後、胸壁の内側との合間に入りこませ、無数の死者と対峙する体勢を整えるためだった。念で編まれた鎖を手首に絡め、その端を『イフリート』の赤い刀身と『セルシウス』の蒼銀の刀身とに融合させると、彼は両腕を振り抜き、刀剣たちを凄まじい勢いで撃ちだした。 「隙は俺が埋めて見せる!」 「……ああ、何ひとつ、失いはしない」 真白の光華と紺碧の宝珠とに飾られる『瑶月刃』の刀身に指先を這わせ、ユズリアが言葉を発した瞬間だった。彼女の後方、城壁の上部から、紅蓮の魔炎が蛇の姿を象り吹きこんで、一体のアンデッドが木っ端のごとく粉砕された。 魔炎が駆けめぐったばかりの刀身には、空の青さと黒髪の青年の貌とが映りこんでいる。始まりの龍・タツト(a37229)は胸壁の上部に設けられた通路から、弓狭間へと上肢を伸ばすと、城の内部にひしめきあう亡者へ、さらなる魔炎の礫を飛びこませた。 彼らが駆けてきた城壁の道は、城の北にそびえる灰褐色の絶壁、その麓から伸びるものだった。そこには、点々と黒い影が伏しているのがわかる。すべて、タツトたちによって討たれたアンデッドの残骸だった。 「わりぃ、道がつかえててな。まあ、なんだ……これからは容赦はしねぇ」 驚くユズリアにそう告げたのはウォーレン、城壁から地上へと飛び降りたのは彼だけではなかった。広く晒された褐色の肌に、艶やかな漆黒の髪を伝わらせ、朱色に燃え盛る西方の空を思わせる巨大な剣を振りあげて、無垢なる刃・ソニア(a44218)もまた、死者の波が押し寄せる地上に降り立ったのだった。塑像のようにすべらかな腋を露わに、ヒトの少女は言い放つ。 「我は無垢なる刃、魔を断つ剣なり!」 鬼神剣は主の求めるがまま虚空を彷徨い、波濤を思わせる曲線を残影とし、亡者の空虚な肉体を打ち砕いた。 「塔はどうなってる?」 闘気を湛えた喜びに震える『クレイモア』で、一体のアンデッドを微塵に吹き飛ばし、ウォーレンは問うた。 耳元をかすめる羽音のうなりが幾千と重ねられたかのような、あまりに不吉な音を足元から飛びたたせ、黒い針を撒き散らし、骨という骨を穿ちながら、ユウは答えた。 「流石に、崩落は……ないと思いたいけど……」 ●最期 蒼式篭手『風狼』に守られた右腕で、虚空の一点を貫く。切り裂かれた肩の痛みに耐えるアルスが、ペインヴァイパーの吐きだす青い霧を得て放ったのは、魔炎よって縁取られる木葉の群だった。 足元から渦巻き、全身へと駆けあがった不思議な緑に、黒翼の魔物は為す術もなく絡めとられ、件の狂乱の叫びを響かせた。 「死者には安息の眠りを、魔物には永久の眠りを与えましょう……僕たちの手で」 そう皆に告げるなり、万華鏡のように色彩を変貌させる刀身で空を引き裂き、艶やかな足の運びを繰り返して、幻想舞踏・フィニス(a33737)は魔物の斬りかかった。仲間の術が、いったいいつまで彼のものを束縛していられるか、確かなことは何もわからない。幻影の二と実像の一を収斂させた斬撃で、フィニスは魔物の痩せた胴に深い傷口を記した。 「止まるわけには行かない!」 前髪を伝って唇へと触れる赤い滴りをそのままに、流水円舞闘の使い手・オルガ(a49454)は痛む身体を奮い立たせ、蒼鋼糸『醒龍』で空を引き裂いた。さやさやと囁くかのように触れ合う鋼糸たちは、中空に一条の弧を描きだした。残影から瞬いて飛翔した衝撃は、蝙蝠の翼を巻きつけ、身を守ろうとした魔物に醜い悲鳴を喚かせた。 道徳や狭義への感心、美しい故郷への哀愁や心惑わされた想い出など、ここには微塵も存在していない。ただ、凄艶なまでの美しさが、燃え盛り、その重みに耐えかねて折れ曲がり、白刃によって切り裂かれ、温かなものを伝わせ、魔性の笑みを綻ばせる……それだけだった。 そして、アコナイトもまた……その美の一部としてのみ、黒竜の塔の頂点に存在していたのである。 「その身体に銀の墓標を捧げます……どうぞ、安らかに」 月の冷たさが染みこんだかのように光る十字に、霹靂のごとき闘気をまとわせ、黒髪の少女は『ロザリオ』を振り抜いた。 痩せた魔物の身体に渦巻いていた、無数の木葉たちが、役目を終えて霧消してゆく。瞬秒だけ空を見あげたのち、アコナイトは駆けて屋上の縁に向かった。そこから、城内の様子を見渡すためだった。 綻びかけた花のつぼみを思わせる唇に、かすかな震えが渡り、やがてそこには、優しい線だけが含まれた。

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参加者:20人
作成日:2006/12/03
得票数:冒険活劇23
戦闘2
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冒険結果:成功!
重傷者:宵闇の空・グレイ(a53726)
死亡者:なし
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