<リプレイ>
●人形師は見た 「ワシは何も知らない知らないったら知らないぞ」 ジェッペット爺さんは、眼を瞑って耳を塞いで自分に暗示をかけていた。全身に赤い斑点を飛び散らせたニューラのことなんて、ましてや紅くどろどろしたものを笑顔で洗い流しているところなんて、全くもって見ちゃいない。 ――フェルト弄る前に、手をきれいにしておかないと。きゃっ、水が冷たいっ。 やけに朗らかなニューラの笑い声なんて、ましてや「デリカシーのないラターグさんは、〆てもいいんですよね」などという確信犯的自供なんて、全くもって聞いちゃいない。 爺さんには、このイベントを成功させる責務がある。そのために頑張れワシ、負けるなワシ、さよならどこかの霊査士さん。 自己暗示の完了したジェッペット爺さんは、いざ来客に挨拶をしようと立ち上がる。 ……その後、ニューラから「パーティーやるので工房の隣の部屋を貸してください。さもなくばトモダチたくさん連れてきます」(意訳)と頼まれ、あれこれ脅迫じゃろか? と顔面蒼白にするのはまた別の話である。
●幸福のカタチ 屋根の上で踊り狂う木枯らしは天窓を軋ませて、獰猛な禽獣のような唸り声を上げていた。ともすれば室内に入り込もうとする寒気は、しかし狭い工房にひしめく人いきれに阻まれ、部屋の隅に留まるのみである。 工房の中央には大きな暖炉が据えられて、ぽかぽか柔らかい熱を発している。手のかじかみもそろそろ失われた頃だ。滑らかな手触りを味わうように、ストラタムはゆるゆるとフェルト生地に人差し指を滑らせた。 どこか懐かしい感覚がする。遠ざかっていく昨日の記憶が、フェルトの柔らかさに含まれているからだろうか。彼女は知らず微笑みながら辺りを見回した。確かに、この工房には幾つもの小さな幸せが生まれているように見えた。 「……モデルが目の前に居ると、やりやすいな」 「そだな。んー……ヴィトーは髪の毛と目つきがポイントかね。もうちょっと、こう」 ヴィトーに生返事をしながら、ベルーは下絵にペンを走らせる。唇をすぼめ、頬にためた空気を吐き出し、鼻の頭に皺を作っては、ぐるぐると眼を回し―― 「……表情豊かだな。見てて飽きない」 「へ?」 「……いや、こっちの話だ」 ヴィトーはペンを置いた。その瞳には微かに愉楽の色が漂っている。 ムスタルーメと隣り合うエルンストは、平素の大人びた顔付きはすっかり消えて、はにかんだ表情ばかりが浮かんでいる。ちらと彼女の横顔を覗き見て、慌てて視線を逸らし、誤魔化すように訊いた。 「そいえばムーちゃんは何、つくってるの?」 「……ナイショなぁ〜ん。見ちゃダメなぁ〜ん。エルンストさんは何作ってるのかなぁ〜ん?」 「なら、俺も秘密にしようかな……」 「ずるいなぁ〜ん」 ふくれた頬で、でも決して自分の人形は見せないムスタルーメ。二人を物陰から覗きながら、 「春か。春が来たのかエル君……! 冬なのに!」 ずがーん、と雷鳴を背景に轟かせ、フィンフは立ち尽くしていた。工房で発見した友人は、めっちゃ可愛い女の子連れでした。トンネルを抜けると雪国でした級の衝撃である。 「いいんだ、ボクはハラタマちゃんさえいればそれで……」 もそもそと自分の席に座りなおして、フィンフはハラタマちゃん人形にもさもさ没頭する。肩の上に居座る虹色トカゲのハラタマちゃんも、フィンフの髪の花をもっさもっさ食べていた。どうぞお幸せに。 さておき、彼に限らず、ペットの姿を模す者も多いようだった。 「愛犬モコモコを模して作られた人形をもとに人形を作る……これって劣化コピー?」 ノリスは自己命題を呟きながら、持参した人形を前に腕組みする。いや、愛さえあれば、きっとモコモコそっくりの人形が作れるはずだと自問自答。白のフェルトに白糸、それにメラナイトのボタンやら、製作に必要な素材を見繕っていく。 しばし天井を見上げて、ガルスタは何事か考えていた。指先で軽くテーブルを叩く様子は、どうやら製作過程を勘定しているらしい。何度か頷いて思索を纏めると、ペットの兎のイラストを描いていく。迷いなく引くその線を見れば、完成までの道筋は既に保証されているものだと知れた。 しかし、 「コレはリス、でしょうか……?」 自作の下絵を見直したソアが、口にしたのは疑問系。丸二つと尻尾ぐりぐりの動物は、ぎりぎりリスの範疇に収まるくらいの代物。隣のルルナを見やると、彼女は息を詰めて、黒猫の朔と色合いを似せようとしている。 二人は視線を合わせて、同時に、 「これじゃ笑われるかな?」 「下手でも笑わないで下さいね」 似たようなことを言って、一瞬の間を置き、お互いに噴き出した。 「手際悪くても、楽しく作ればきっと可愛くなりますよね」とソアが言って、 「はい、頑張るのです」とルルナが答えた。その手先からは少しだけ、ぎこちなさが取れていた。 「ぼ、僕も人形作りなんて柄じゃあないんだけどね……」 のほほんとした口調とは裏腹に、シエルリードの手先は真剣そのもの。この一針が彼女の身を護る盾となるように、この一針は彼女の敵を倒す剣となるように。 念じながら丁寧に縫っていく。どうか願わくば、この人形が彼女にかかる災いを防ぎますように。その祈りは、戦地に臨む彼女にもきっと届くだろう。 一針一針に想いを注ぐのは、イリシアも同じだ。私を支えてくれた、一番大切な人――義母さん。いつも一緒に居ることが叶わないのならば、せめて義母さんの姿形を傍に留めておくために。身体は同じところにあらずとも、心は常に触れ合っているのだと、そう信じて義母の人形を模していく。 ジェッペット爺さんの隣で、そんなバラエティ豊かな冒険者たちへセラは眼を配っていく。慣れない者に指導したり、逆に筋の良さそうな者をそれとなく推薦したり。 たとえば、ヴァイナなどは既に縫い合わせの段階に入っている。軽やかに動く針先。しかし彼女はつと手を止めて、ためらいがちに口を開いた。 「あの……あまりじっと見つめられると、その、照れるのですけれど……?」 「こんな時でもねえと、ロクに顔も見てやれんでよ」 ザスバはぶっきらぼうに返答する。灰褐色の鱗に覆われた手先を不器用に動かし、愛する女を型紙に写し取っていく。生来の気性ゆえか、その作業は遅々として進んでいないが―― 「おめえほど器量良しに作れやしねえから、勘弁な」 乱暴な口調の裏に篭められているザスバの幾千の想いが、漣のように空気を揺らしてヴァイナの身体を温かく包む。 「ほらガルディン。見習いなよ、あのリザードマン。針なんか刺さっても、手ごと縫っちゃいそうな根性」 「だって、痛いのは痛いんだよ!」 目尻に涙を盛り上がらせて、ガルディンはアテラに抗議の声を上げる。針が誤って掠めた人差し指から、ぷくりと血の珠が溢れてきている。 「まったく……」 アテラは無表情に嘆息して、借りた救急箱を漁る。この弟から眼を離すことができるのは、当分先の話になりそうだった。 叱責の声はリンネからも飛んでいる。「何やってんのー!? もう!」 針の持ち方からして覚束ないフィーに、彼女は焦れた罵倒を浴びせながらも、細かなアドバイスを与えた。「むむー」と唸るフィーは肩をすぼませながら、 「上手く作れなくっても、心を籠めれば……」 「何か言った?」 「はぅ、やっぱり、頑張るのですっ、はいっ!」 ぎっと視線を注がれ、直立不動で針と糸に向き直った。スパルタリンネ先生の指導は厳しいのだ。一方、 「こうすれば、ほらね♪」 ユウリはホワスの人形を手に取って、解れを縫い直してやった。感嘆の声を洩らしながら、ホワスは代わりにユウリの人形に繊細な指先で綿を詰めていく。ユウリが眼を瞬かせ、 「すごいなぁ……器用だね、ホワス」 「あ、ああ、有難う」 いつもの癖で赤面したホワスは、このトナカイをどのタイミングで渡そうかとぐるぐる悩む。ユウリには彼の思考が手に取るようにわかって、さて自分の人形はいつお返しに渡せるだろうか、と密かに唇の端を持ち上げた。 「なるほど……器用な者は多いのう」 ジェッペット爺さんは顎を捻る。首肯するセラに、 「しかしワシとしては、このような心配りも重視したく。歳もちょうど良さそうじゃし」 熱く語りながら彼女の手をきつく握った。眼が本気と書いてマジだ。セラにロックオンした爺さんの勧誘は、 「ぐあ、こんなじゃねえっつにーっ!」 騒がしく頭を抱え上げたアトリによって遮られた。かっこいーおにーさん人形のはずが、手も足も不恰好なちんちくりんが誕生した。卓上には組み合わせ不可能の謎のパーツが転がってさえいる。震える手で人形を掴み上げ、 「でも、ま、大事なんは気持ちだしな!」 自分に言い聞かせるように言った。 「そうですね。大切な方への感謝や信頼の気持ちを篭めて作る過程が、すごく楽しかったです」 ファオが通り名に似合った、温かい声で頷く。尊敬する女性の髪の色に合わせ銀糸を多く用いた、ポインセチアに降りる鷹の人形。ファオは瞼を伏せて、胸に抱く。 「どきどきしますが……喜んで頂けた時はすごくすごく、嬉しくなりますよね」 その声を小耳に挟んだゼロは、胸のうちで同意する。輝く明色のビーズを衣装に縫い合わせ、唇は薄桃のペンがアクセント。義娘の愛らしさを表現できるように、彼は細かいところまで彩った。 「この頃、少し大人びてきたからね……これで良し、と」 彼から受け取ったその人形と、自分の人形。それにルーネが作った人形。それら三つに最後の仕上げを整えて、ボサツは満足げに卓上に並べた。 「すっかり遅くなったけど、お誕生日おめでとうだよ」 三人が作ったのは、三つで一つのマスコット。各々が作った人形の手と手を繋げた、廻り回る果てしない円環のカタチ。ルーネは万感の想いで見やった。 「いつもいつも本当に有難う御座いますなぁん。こうやってご一緒出来るだけで幸せですなぁ〜ん」 いろんな言葉が頭の中を通り過ぎていくけれど、きっと何を言っても、感謝の気持ちをきちんと伝えてくれはしないだろう。でもとりあえず、ルーネは自分たちが作った人形のように、 「大好きですなぁ〜ん!!」とボサツとゼロの手を取った。力一杯、想いを乗せて。
●余談 何か幸せそうな声――大好きとか云々――が遠くから聞こえてきて、リリィは唇をかんだ。傍らに座るクレシャは、それを知ってか知らずか、 「誕生日は普通に一人でケーキを食べる日だと思ってたけど」 「……そうよね」 「ついでにいうとフォーナも」 「…………それは」 ただの甘味好きな人。リリィは半眼で呟いて、何かしら胸に刺さるものがあったのか、ますます瞳をどんより濁らせるのであった。 クレシャの隣でランが嘆息する。きょとんとした顔をするクレシャに、彼女は背を向けた。 「なんでもないよ、もう!」 怒ったように肩をそびやかし、手先に集中する。今、縫い付けを失敗しかけたのも、全部クレシャのせいだと思う。 リリィも無表情を強めて、ビーズ選びを再開する。ところが地味な色合いを手に取るたびに、 「こっちのが似合いませんか? ほら、ぴったりっ」 トモミが熱心に明るいアクセサリと交換していくものだから、リリィの作っていた黒猫は、いつしか長靴を履いたお洒落猫に変身していた。天真爛漫な彼女の言動に、少なからずペースを乱されているリリィは、なんとか自分を取り戻そうと努力するがために、 「リリィさん。好きな動物は?」 「……キタランドアースクロムシのサナギ」 至極ぶっきらぼうな顔付きで、ロセッティの質問に人を食った答えを返す。しかしあらかじめ予想していた貴方が神かロセッティ。 「と言われたら困るので、リリィさんの人形を作成しました。お気に召さないかもしれませんが、どうぞ」 平然とした顔で応えたロセッティに、リリィは胡乱な眼差しをぶつけていたけれど、もらった人形を付き返すつもりは毛頭ないようだった。 「リリィ様、人形、お好きですの?」くすくすとメィリィが笑う。「メィ、愛らしいクマさんのぬいぐるみを持っておりますの……プレゼント致しますわ」 見透かすような童女の可憐な笑顔に、リリィは眉根の皺をきつくする。それでもやはり、クマの人形を手元に引き寄せることだけは忘れない。 小さな身体を更に縮ませながら、ルイはびくびくと視線を彷徨わせる。人混みから逃げ出したくなる気持ちを押し留めながら、なんとか完成にこぎつけた自身の人形。 それをプレゼントしよう、と震える足を踏み出した刹那。 睨まれた。 可哀想にとばっちりでしかなかったが――射竦めるようなリリィの眼差しは、臆病なルイを硬直させるには充分すぎるほどだ。 そして、涙目で立ち止まった彼女の背後に無言で立ち塞がる、荒々しい古傷の残る大男。 「……ふむ」 ジェイスは眉根を寄せて、逃げていった少女の後姿を眺める。何か悪いものを見たのか――と思いつつ、手中に収める自作の人形をリリィの眼前に置いた。 「……目出度く」 僅かな首の上下で挨拶したリリィが視線を落とし、首を傾げる。彼女が何か言葉を発する前に、ジェイスは足早に立ち去っていた。後に残るのは、狼と羊の混血児のような奇矯な人形だ。 「わしはこんなの作ってみたのですことよ!」 次いでサンが、共通の知り合いである狸娘の口調を真似しながら、掌サイズのマスコットを差し出す。ふっくらと丸い狸尻尾の人形は、リリィの目元を微かに緩ませる。 「誕生日プレゼントなのですことよ!」とサンは相好を崩した。 「この辺で、お茶にしませんか?」 タイミング良く、エリスが顔を覗かせる。我関せずと視線を背けたリリィの正面に回って、エリスは温和な眼差しを向けた。 「リリィさんが作ったの、見せてもらいたいなーって思ったんですぅ。それにお誕生日なんですから、何かご馳走させてもらいたいなって。ニューラさんが部屋を確保しているみたいですし♪」 「私は……」 テーブルに置かれた贈り物たちを見やり、リリィは口を噤む。精一杯の溜息を作ったあとで、 「……まあ、ちょうどお腹も空いたところだから」 言い訳のように呟きながら、リリィはごしごしと頬を両手で擦り、横にぐいと引っ張った。一文字に唇のラインを作る。それは、綻びそうになる何かを隠しているようでもあった。
「終わった人も、まだの人も、一旦休憩しましょ〜」
エリスの声が響き渡る工房の窓際で、ウィーは最後の一針を縫い終えた。小さく伸びをする。覗いた窓の外は、いつの間にか随分暮れていた。一日が終わる。あるいは、一年が終わろうとしているのかもしれない。 ウィーは冬空を眺めて、物思いに耽りながら。
一生懸命、いろんなことを頑張ってる人へ。 来年も良いことがありますように。
余ったフェルト生地に、雪色のペンで、そう記した。

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参加者:37人
作成日:2006/12/23
得票数:ほのぼの22
コメディ2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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