【馨る闇】花納めの宵



<オープニング>


●香
 焚き染められた記憶の如く、消えず永久に遺される。
 譬え黒の闇に堕ちれども、馨しい導が遺されるなら、道を失わずに歩めよう。
 甘い香りがいざなう先に何は無くとも、雅の戯事とて刻まれよう。

●花納
「用件を端的に言おう」
 毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は変わらぬ醒めた瞳を細め、指先で前髪を軽く弄る。
「依頼にて懇意にしている調香師――所謂香水を作ることを生業としている男が、花納めを行うと言う。香納めと言っても良いやもしれん」
 具体的に何をするかと言えば、彼が育てている温室の花を全て処分してしまうらしい。更に作った香水も全て処分し、来る年に新たな香水を作るべく心の準備をするのだと言う。
「奴は基本的にオーダーメイドで香水を作る故、作り置きは基本的に必要が無いと聞く。詰まるところ、必要とする者が居るのであれば今年に調香した品を譲って遣らんでも無いと言う話だ。……この話は去年もしたような気がするが……まあ良い。初見の者も居るだろうしな」
 譲り受けることが出来る香水に関しては、今年冒険者が請けた依頼にて作成された二品の詳細が判っている。しかし、他三品の詳細は知らされていない為に当日まで判らないと言うが、元々の花の香りを壊すような真似だけはしていないとも言えるだろう。
「しかし、主な目的は『花納め』として今年も花を愛で香を楽しむ場を設けることに意義を置く。香水選びは家屋内で行われるが、温室には今年、白い花の類が多く咲いているらしい。月明かりの差し込む宵に温室を巡るも楽しかろう、と調香師が薦めてくれている」
 温室に火を持ち込むのは余り褒められた行為でも無いだろうが、灯かりが必要無い状況であるならば僥倖だ。より美しい世界が、硝子に囲まれた世界の中に浮かび上がる。寒い冬の日に寒さを逃れた空間で、花に囲まれ流れる宵を楽しむのも実に趣深かろう。
「調香師に言いたいことがある者も居れば、この機を使え。例えば何か……心当たりのある者は何某か問い掛けるのも良かろう。嗚呼、調香師と面識がある者であれば、新たな香水を作って貰うことも可能ようだな」
 ティアレス自身は頼む気も余り無いのか、さらりと流すように発言した。
 花も雪に埋もれてしまうような冬にこそ、緑を思わせる香りが求められるのかも知れない。

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参加者
NPC:毀れる紅涙・ティアレス(a90167)



<リプレイ>

●調香師
 小さなランプに火が燈される。
 去年特注の香水を受け取った女性を調香師は良く覚えていた。あの香りは「立ちたい」から「立てます」に変わった切っ掛けのひとつだと語れば、また機会があれば求め訪れて欲しいと調香師は笑う。
 ラザナスは昨年欠かした名乗りを礼と共に行い、花言葉が妻と付き合う切っ掛けになった薫衣草の香水をを貰い受けたいと口にした。誰かの心に安らぎを齎せる存在でありたいと願うセラは、自らの技量と誇りで香りを創り出す調香師の、人に喜びを与える力を分けて欲しいのだと丁寧に願った。悲しい生き方をして来た自分を心から愛してくれる彼女に少しでも喜んで欲しくて、感謝と愛を篭め、贈りたいのだと真摯な眼差しでストラも言う。彼らの誠実な態度に調香師は驚いたように目を見開いた後、此方から願って贈りたいくらいだ、と笑みを浮かべた。
「あの人って金木犀の香り、好きかな」
 何処か不安げに呟くハインのため、フォーナ感謝祭の日へ向けて香りを選んでいたユノは、一旦作業を中断して記憶を探る。幸運なことに、以前に好きだと聞いたことは直ぐに思い出せた。
 義妹に贈りたいからと言うマリンローズの願いを調香師は二つ返事で承諾したが、既に出来ている品を渡すと言う招きであり個別に新しく作り直すと言う約束は無い、と言うことだけ念を押す。優しい思い出と言う花言葉を持つ白檀の香水を手に取り、ノヴァーリスは少しだけ俯いた。想い出をくれた人々と過ごした日々を想い出すに足る優しさを感じる。尊敬する人を思い出させる香り、と金木犀の香水を手に取ったシュシュは去年の香水に礼を述べた。お気に召したなら何よりと紡ぐ彼と、今年の香りに関してを話し始める。
「ごめんなさい」
 謝り損ねて思い悩んで、結局改めて謝ることにしたのだ。唯の自己満足ですが、と頭を下げたままナミキは言う。ジョアンも気持ち良く仕事をさせることが出来なかったことを謝罪した。
「先の非礼、申し訳ありませんでした」
 ジェネシスもまた、けじめを付けるために頭を下げる。重ねた依頼の失敗が本心から申し訳無くて、未熟さに恥じ入りながらハーウェルもまた深々と頭を下げる。てしてしと軽く叩くようにして彼女の頭を撫でると、調香師は深い溜息を吐いて彼らを見遣った。
「そんな昔の話、忘れてしまったよ」
 許すものでは無いからか、調香師は「許す」とは言わない。
 しかしながら今後も未だ根に持ち続けるのでは無いとだけ、態度で示していた。

●馨る花
 リツは感嘆に息を洩らした。
 風すら吹かない空間に月光だけが届けられる。まるで時の止まった世界へ足を踏み入れたかのようだ。明日にも処分されてしまう花々を想えば少し物悲しいが、力の限りに愛され尽くして生き抜いた花にならば美しい最期と言えるのだろう。花を処分した後、花が咲くまで調香師は暫く仕事を休むのだろうかとノリスは悩むも、今まで彼が酒場に齎した依頼は「花の入手」が大半と思えば納得した。
 内外の温度差が区切られた世界を感じさせる。宵闇に浮かび上がる花へ心を奪われたヒユラは、憧憬に近いものを抱く女性と共に居れることも嬉しくて大はしゃぎだった。沢山の縁や、少し甘い縁まで出来て非常に楽しかった今年一年を少しだけ振り返っていたジョージィは、彼女の声で我に返る。
 冬と言う季節に様々な花を目に出来る機会を有難く思いながら、やはり白は月明かりに映えるとガルスタは眼鏡の下の瞳を細める。陽光とも灯火とも違う透明な輝きが満たす硝子の内側は、幻想的なほど美しい。レンは既に、己以外の人が見えなくなるまで花の白さに没頭していた。
「ボク、皆に会えて良かったよ♪」
 シュナは声を弾ませて白い花弁を撫でる。花が咲き誇れる平穏な環境を護り続けたいと思えば、冒険者としての使命感を幼いながらに深く感じた。石の椅子に腰掛けてアリアが竪琴を奏で始める。優しくも雅な音色を閉ざされた空間に広げながら、流れて来た金木犀の香りに顔を綻ばせ、この香りで親しい人が自分を思い起こしてくれればと願った。
 苺の花言葉は「幸福な家庭」とも謳われるらしい。血の繋がりのある娘に対して、自分は決して良い父親ではなかったとアウラは自認している。だからこそ泡沫のように儚い刻だとしても、せめて此れからはと決めたのだ。ゴーシェは主に妹の目を気にしながら、妹を心から気遣っていた。彼女が難しい交渉を試みることを知っていたから、寂しい想いをさせないように今のうちから苺の香りは確保しておく。
 白い華は誰かの道標のようだ、とフィーは思う。大地の下に佇む薄闇の世界にも花があれば、彼は戻って来たのだろうか。微かな祈りを胸にして、こうして月日が廻ることも良いものと思えた。
 迫り来るフォーナ感謝祭の日を想い、ステュクスは僅かに目を伏せる。
「それだけのこと、なのに……」
 とても怖い。踏み出す勇気が欲しくて、淑やかな白梅に縋った。いつもと少しだけ違う自分が、香りに呼び起こされることを願う。

●馨る香
「生憎、話題も用意してはいないのだけど」
 小さく肩を竦めたクールの言葉に、去年を思い出すから、と霊査士は瞳を細め快諾した。二人は小さな丸椅子に腰掛けて、趣向の凝らされた美しい香水瓶たちを眺め見遣る。
「ぼく、梅の花の香りは好きなんだ。……貴方の花だね」
 長身を見上げてニーノが笑った。凛と張り詰める透徹な空気に漂い、冬の終わりを告げる馥郁とした甘さを想いながら、手の中でねじねじとした毛糸を弄ぶ。冬も好きだと思える理由は、暖かな囲みに入る自由が許されてこそかと洩らせば、エテルノに「君は優しい子だね」と微笑まれた。
「なー、エテるん」
 ドリアッドの髪には既に花が咲いているのだから、他の香りを身に付けてしまうのは可笑しく無いかとオウリが問う。香水を一滴、彼の手首に落として「ほら。金木犀の香りの梅とか、ちょうおもしれー」とけらけら笑った。エテルノもやはり笑顔のまま、しかし彼女の髪に顔を寄せ、「香りは合わせるものですよ、御嬢さん」と柔らかに囁く。
「久し振りですなぁ〜ん。お元気になったようで良かったですなぁ〜ん」
 毀れる紅涙・ティアレス(a90167)に駆け寄りながら言うルルノーの手の中には、甘い香りの香水瓶が捉えられていた。ちょっぴり大人の気分に、と紡ぐ彼女の言葉にティアレスは薄く笑って将来が楽しみだと返す。故郷を思い出す香りを作って貰えるよう調香師に頼んで欲しい、と頬を薔薇色に染めたメイリィが彼の袖を引こうと手を伸ばせば、彼は腕を避けながら「交渉は自身で行うのが礼儀だ」と顔を顰めた。また、蜜柑を代価に香水を選んで欲しいと頼んで来たエルスにも、男が女の香りを選ぶと言う行為には意味が生じることを理由にして断る。
「あの……折り入って御願いがあるのですが……!」
 グレゴリーは瞳に決意を湛え、ティアレスに話し掛けた。訝しがる彼に、女性との接し方に関して助言を乞う。彼は暫し沈黙した後、相手の一挙一動に潜む意味を汲み取れ、とだけ簡素に告げた。また男も女も侍らして、と冗談めかしてエルサイドが声は掛ける。ひとりくらい分けてくれませんかと続けて紡げば、冷徹な眼差しで返された。
「貴様の今の発言、笑えるものでは無いぞ」
 軽口も言葉を選べと抑えた声が静かに語る。ティアレスの直ぐに上下する温度には慣れたもので、アリシアは小さく苦笑しながらも彼に軽く挨拶した。常に薔薇を負うような男だから必要は無いのかも知れないが、と前置きしながら香水は使わないのかを尋ねる。
「あ……別に、香りだけで区別してるわけじゃないけどね?」
 慌てたように言い足した彼女に、彼は小さく笑って「無論だな」とだけ頷いた。

●その人
「香水、好きなの?」
 色硝子を眺め透かしていたティアレスは、彼女へと視線を移すと、嫌いでは無いと如何にでも取れる返答を吐く。オリエは窓の外にある硝子張りの温室と月の美しさを感じながらも、花の散り行きは少し悲しくて切ないと洩らした。
「綺麗なほど、寂しく感じてしまうのは……下らない感傷故だろうね」
 自嘲気味なビャクヤの言葉が聞こえれば、彼は僅かに眉を持ち上げる。眼差しだけを彼に向け、
「美しい情景は、己が入り込まない状況でこそ美しく思えるが為だろう」
 己が居てこそ美しくなる場に受け入れられれば、寂寥は消えようと唇の端を吊り上げた。特に愛しく思える香を手に入れて来たフレカステインが、彼に目を惹かれて足を止める。気付いたティアレスが怪訝そうに眉を顰めると、彼は直ぐに謝罪した。
「まるで一幅の絵のような姿に、つい見惚れてしまったのだ」
「……男に言われてもな」
 ティアレスは苦々しげな声音で答えたが、隠すこと無く理由を紡ぐ彼を面白がるように小さな笑みを浮かべている。選んだ香りが何と無く心に染みて行くように思えて、良ければ試してみて、とリィリは勧めた。彼は一瞥の後、その香は手元に二つある、と簡潔に断る。視線を巡らせた際にレインと目が合い、彼女が短く無い間、此方を眺めていたことを知った。
「香りって不思議よね」
 甘いヴァニラの香りがするとティアレスさんを思い出すわ、と彼女は小さく微笑んだ。此方を良く見ている視点は相変わらずかと感じつつ、次いで紡がれた言葉には笑みを消して瞳を細める。
「ならば残り香の留まる間に顔を見せろ」
 多少は安堵も出来る、と主語は紡がず投げるように吐いた。白梅の香りを試していたアニエスは、こんな香りの女性に逢ってみたいものだね、と溜息混じりの呟きを零す。心を掻き乱す女性に振り回されるのも楽しそうだと思う反面、男が付けても効果的な香りだろうと考えた。
「でも、ティアレスには勧められないね。これ以上、君ばかりモテたら世の男性が憐れだ」
「良く言う」
 笑いながら紡ぐ少年を見て、人のことが言えるのか、とティアレスは目を閉じて笑う。

 シュトーレンを食べていた調香師は、頼みごとを持ち込んで来た冒険者に何とも言えない視線を送った。無理な御願いだとは判っている、と肩身が狭そうにカナリーは言う。
「調香師さんと依頼主さんの大事なものを見た気がして……なぁ〜ん」
「あの方が大切にしたかったものから、目を逸らしてはいけないのではないかと」
 初見で調香を願うのは不躾と知りつつ、道を示す香りが欲しいとニューラも願った。ふう、と呆れたように溜息を吐く調香師にロスクヴァもまた頭を下げる。悲しみを抱く人々の心が少しでも癒されるよう、祈ることが出来るのならと己に出来ることをした。君が作って来た菓子は美味しかったけどね、と調香師はもう一度溜息を吐く。
「琥珀の香水はね、依頼人から『私以外に使わせるな』と言い含められて作った品ですよ」
 彼女の言葉を裏切るつもりはありません、と調香師は淡々と紡いだ。
「……だから、改めて琥珀からアロマオイルを作ってあげるよ」
 これで満足してね、と彼は三度目の溜息を吐く。若しも希望する者が居れば何とか便宜を図って遣って欲しいとは、冒険者を招く際にも頼まれたと実は予測していたことも調香師は明かした。
 薔薇を模した小さな琥珀を手にしたキルは、黙したまま、温室に咲き誇る白い花々を眺めている。己が捉えることを許された美しさ全てが、最早姫君の手に届けることも叶わないならば、せめて柔らかに甘い香りばかりでも心を通して贈り届けたいと願った。記憶に残る彼女の香は温室には無く、咲き誇る白い薔薇の愛しさを数えることで悲しみと寂しさを感じ、己に許された幸福を思う。
 年の終わりは近付いていた。
 共にあることを祝う感謝祭の夜も、直ぐ其処にまで近付いている。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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参加者:44人
作成日:2006/12/23
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冒険結果:成功!
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