呼吸する門



<オープニング>


 夕闇が訪れた湿原に、冷たい夜気を含んだ風が、矮樹たちの身を震えあがらせる音の他、おぞましい、骨が微塵に砕かれるような響きや、肉が強引に引きちぎられるような軋みが、かすかにだが聞かれるようになった。
 かつて、この湿原で命を落とした者が、腐臭にまみれた骨の痩躯を、黒ずんだ泥濘から引きずりだされ、徘徊をはじめようとした際の音である。
 愛らしい花が咲くとき、何かしらの心地よい音が聞こえるのではないか、そう考えて耳を傾ける者があったとしても、死してなお戦い続ける亡者の、地の裏側から這いでる音を望む者は、そうないのではないか――冒険者たちをのぞいては。
 
「依頼です」
 青白い指先で黒い前髪の一房を額から払うと、薄明の霊査士・ベベウは、湿原に現れたという無数のアンデッド、その討伐に関する依頼について、同じ希望のグリモアを戴く者たちに対し、次のような説明を行った。
「深い峡谷の底を這う街道を、遠目から見れば黒い靄のようにも見える、一列をなしたアンデッドらが這い進んでいます。亡者らが向かった先には、関所が設けられており、そちらには堅牢な扉があるのですが、長く開かれたままであり、蝶番なども錆びついて用をなさなくなっているとのことです。しかしながら、関所の城壁は堅牢なまま留められており、アンデッドの群を迎えても、そう易々と崩されてしまうことはないでしょう」
 続いてベベウは、三手に分かれての戦いを提案した。
「第一には、関所の城壁に位置して、地を這いずる亡者らを射撃、あるいは、術によって攻撃する組、第二には、閉じられぬ扉の代わりに、押し寄せるアンデッドを弾き返す組、第三には、アンデッドらのひしめきあう街道を迂回し、発生源と思われる湿原へと赴いて、泥から這いでたばかりのアンデッドを、討ってゆく組です」
 瞬秒の間をおくと、ベベウは穏やかな光を湛える灰の双眸をまばたかせ、静かな抑揚で言った。
「最終的には、湿原へと赴いた者たちが、アンデッドのなす列の最後尾を追い、関所で戦う二組と合流するといった形となることが望ましい。そのため、首尾よく戦果をあげるためには、円滑に事を進めねばなりません。そのためには、各職業クラスがそれぞれ適した戦場を選ぶことも、重要な点となろうかと思います。例えば――そうですね、湿地での戦いは、集団ではなく個の敵と戦うことになるでしょうから、一撃に秀でた力を持つことが肝要です。扉の使えぬ門を護るためには、壁を這い上がるアンデッドを討つためには――といった事柄を、よく考慮にいれたうえで、戦いへと臨むようにお願いいたします」

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参加者
斬鬼・ルシール(a00044)
剣難女難・シリュウ(a01390)
黒翼に抱かれる魂・コクセイ(a16410)
葬姫・ツバキ(a20015)
銀の剣・ヨハン(a21564)
緋閃・クレス(a35740)
仄暗い月・メリト(a39290)
穏かに流れ往く・マシェル(a45669)
世離好・ハルキ(a49586)
歌声は雪の如く白雪・リュイ(a53110)
プーカの翔剣士・ミリム(a59046)
ピアニッシシモ・エルカミーノ(a59250)


<リプレイ>

 白銀に銅の赤みや緑青を含ませる星々が、闇に満たされた天蓋から降らせたのは、朧で、痙攣的に震える光だけではなく、薄膜の帳として視認できるのではないかと思わせるほどの、夜気の冷えだった。
 月はもう傾いて、どこか、ギザギザと波打つ稜線へと落ちてしまっていた。足元は覚束ない。酷くぬかるんでいた。夜色の外衣からのぞいた白い肩を這う、濡れたような光沢を帯びる銀の髪を、狂翼の銀蝙蝠・コクセイ(a16410)は背へと払った。羽根のような軽さが皮膚から失われ、わずかなぬくもりは闇に奪われた。忍びの指先が空を掻くと、秘めやかな白光を帯びる何かが、扇状に宙へとたゆたった。
「生前の彼らにも帰る場所はあったんだろうな……ならばせめてこれ以上彷徨うことがないよう、この手で安息を」
 幽けき光を帯びて浮遊する薔薇の花びらを散らすと、『黒閃華』の漆黒の刀身をもってそれらを薙ぎ、開かれた空間へと、緋蓮の双剣士・クレス(a35740)は駆けこんだ。鮮やかに飛翔した少年が通り過ぎた跡には、濡れた体躯に無数の穴を穿たれたアンデッドの成れの果てが堆く積もれていた。
 黒色の鋼板が重ねられた甲冑には、金の竜と虎からなる紋様が浮き彫りとされている。夜気を吸いこんだか、重たげに頬へと触れる白髪の一房はそのままに、悪を断つ竜巻・ルシール(a00044)は周囲を見渡した。アンデッドどもの密度は薄れたかに思われる。斬漢刀に闘気をめぐらせ、それを限界にまで高めると、ヒトの狂戦士は、かつてヒトであったとおぼしき黒い影へ、疾風迅雷のごとき斬撃を叩きこんだ。アンデッドが全身から発した断末魔の叫びは、腐った樹木の幹が踏み潰される際の音に似ていた。
 冷たい夜気に満たされた湿地帯での、これまでの戦いにおいて、歌声は雪の如く白雪・リュイ(a53110)は感じずにはいられないのだった――己の未熟さや、あまりの拙さを。少年のあどけない容姿と、瑞々しい感性の精神とを持つ彼は、真摯であるがゆえの忸怩たる思いを、その細めの胸に囲っている。それでも、ルシールが頼りとしてくれたことを誇りに思おうと、彼は努力していた。皆の戦いを助けるべく、後方に位置しながら、金の髪の上に浮かべた白日の輝きを降らせる環によって、あたりを明るく照らした。そればかりか、手套に包まれた指先をやおらかかげると、そこから虹色の輝きを空間へと走らせて、華やかな音色と同時に亡者の腰を手折ることもあったのだった。――声がした。
「街道の入り口で会おう」
 そう言ったのはルシールだった。手筈通り、ここよりは散開して湿地の亡者を討ち、そうしてから、最終目的地である関所へと通じる、峡谷の底を這う旧道へと赴くのだ。
「ちょっと待ちな」
 少年吟遊詩人を呼びとめたのは、クレスだった。不毛な戦いはここで終わりにしてやろう――そう言葉を続けながら、翔剣士はリュイのまとう衣に、鎧聖がもたらす堅牢なる外装を施してくれた。
 銀の髪が伝うコクセイの後ろ姿が、輝きの環の外へと去ってゆくのを見遣ると、リュイもまた歩みを再開した。闇から染みだしたかのような敵影が現れる前に、彼は一度だけ地にしゃがみこんだ。手にしたものを、少年は盾の裏側に留めておいた。
 
 古寂れた関所の城壁には、すでに涸れて久しいと思われる蔦のなごりが、まるで血脈のように蔓延っていた。未だにそれとわかる赤みが、茎に残されていたせいだろう。
 榛色の愛らしい目をしたプーカの少女は、長躯の武人から借り受けたカンテラを、城壁を縁取る凸壁の上に預けた。弓狭間から身を乗りだし――頬に触れた石は酷く冷たかった――て、ピアニッシモ・エルカミーノ(a59250)は地をのぞきこんだ。黒地を白い帯がぐるりと巻く帽子も、剣難女難・シリュウ(a01390)の大きな肩――どういったわけか、カンテラを貸してくれる際には酷く震えていた――も健在だった。ヘビーボウの亜麻色の弦に、赤黒い魔炎を燻らせる矢をつがえると、エルカミーノは狙いを定めた。標的は、峡谷の底を関所へと向かってくる、歪められた姿の人影たちである。
 扉が失われた関所の正面には、シリュウを始めとする五名の冒険者たちが配されている。そして、城壁の上に位置するのは、三名の射手ならびに術士たちだった。
 まるで――人形のように華奢な姿を壁の縁に佇ませて、少女は、渓谷を吹き抜ける風に、その白亜の髪を弄ばれるがままにしている。ふくらみかけた蕾のような唇から、言葉が紡ぎだされるまで、葬姫・ツバキ(a20015)はおおよそ生というものを感じさせなかった。術扇を翻し、邪竜の力を展開させる。
「……骸は……骸らしく……灰塵と化しなさい……」
 枯れた蔦の名残が蔓延る壁面へと、亡者たちは黒ずんだ指先を伸ばしたが、空から舞うように降りてきた黒い何か――針のように小ささ槍の群――によって、全身に無数の小穴を穿たれ、それぞれがいくつかの四肢を失ってしまったのだった。
 ヒトの少年は、城壁の右翼へと位置し、死衣をまとっては波のように押し寄せてくるアンデッドどもを、己が心に飼い慣らす邪竜が紡ぎだす、紅蓮の魔弾の的としていた。
(「心躍る強者ではなく……怒りを覚える外道でもなく……余が殺すは本来、護るべき民だった者たち……。今まで幾度となくアンデッドと対峙してきたが……」)
 壁の狭間に、魔炎を浴びて地へと落ちていく亡骸の、禍々しくも哀れを誘う姿を見遣ると、妹姫・ハルキ(a49586)は、胸の裡から思念ではなく言葉を代えたものを囁くのだった。
「未だに心が揺れるのは、余が未熟なだけか……それとも別の要因があるのか……」
 
 多寡の差は圧倒的だった。いくら討ち果たそうとも、死者の行列は途切れてはくれないのだ。鈎状に歪められた指先で、生者の、地の通った皮膚を裂こうと、乾いた肉体で迫り来る――。
 どこへ向かう途中なのだろうか――差しだされた亡者の指先を、武人は白銀の盾を掲げ遮った。銀の剣・ヨハン(a21564)は半身となり、鈍重な動きながらも鋭い切れ味と信じがたいほどの力を持つ敵の傍らを、縫うように抜けた。瞬秒だけ伏せられた紫の虹彩が、凛とした光を取り戻すなり、彼は白銀の武具を投擲した。
「私が与えてさしあげられる慰めはこれだけです――」
 アンデッドの腕が棍棒のように振りおろされる。生ける者には許されぬ、自らが傷つくことへの怖れなど微塵もない、わが身をわが身とも思わぬ動きだった。背に浴びた衝撃のおかげで、傾いてしまった帽子の位置を直すと、シリュウは、鍔を支える指先越しに、城門のちょうど真上に位置する少女の姿を見た。地と水平に構えられつつあった黒輝真剛鋼剣を、シリュウは頭上へと垂直に構えた。巨大な刀身を真一文字に落とし、一体のアンデッドを亡骸へと帰す。
「たとえ門が閉じなくとも、城壁があるだけまだマシだな」
 錆びついた蝶番の打ちこまれた内壁に、先の尖った白い指先を這わせながら、ヒトの少年が言った。
「薄ら寒い闇のなかにいるせいか、耳に聞こえてくる音……すべてが、悪意を持ったものの様な気がしてきます……」
 扉の失われた円蓋門の内側に立って、栗色の髪をさらさらと手櫛で梳かしながら、ヒトの女が呟いた。
「……数は多い方が、楽しくていい」
 やや不遜な響きを含ませる言葉を終えると、仄暗い月・メリト(a39290)は、玲瓏な光を湛えた紺碧の瞳で、視界の先に蠢く影どもを捉えた。『天葬刑具』の、幾条もの細かな溝が刻まれた柄に、十指を絡ませると、邪竜導士は力を発現させた。
 不穏な羽音にも似た、唸りのような音が傍らに立つ少年の足元から広がってゆく――。穏かに流れ往く・マシェル(a45669)は、その茜色の唇を薄く結ぶと、鼻孔から息を吸いこんだ。そして、かすかに開かれた口元から、優しい歌声を紡ぎはじめる。旋律に乗せられた詩句は、自然と、朝の到来と食卓に並べられた暖かな飲み物、そして、そこに並べられるべき顔たちを謳ったものとなっていた。
 皮膚に刻まれた赤黒い傷口がすうと閉じられてゆくのを、プーカの翔剣士・ミリム(a59046)は黙って見つめていた。
(「初依頼だし、しっかりとやらなくちゃね!」)
 震える光を湛えた十字の穂先で空を薙ぐと、少女は槍の柄を握る指先に力をこめた。主の意志を感じ取ったのだろうか、空中を浮遊していたいくつかの戦輪たちが、先を競うようにして亡者の列へと飛びこんでゆく。ミリムはその後を追った。シリュウの隣を駆け抜けて、ヨハンのすぐ後ろにまで辿り着くと、彼と背を合わせ、周囲の蠢く人垣に対峙した。
 
 門の真上に位置していたエルカミーノの姿が、アーチの真上には見られない。凸壁に立ちあがったいくつかの影を認めた少女は、城壁を左方へと駆けだしていたのだ。
 白亜の翼を背に宿す少女が、六もの腕に囲まれて、身を打たれ、肌を裂かれている――。片膝を石の床に預けると、射手は光の矢を放った。狭隘な城壁の道を這うようにして飛んだ矢は、ツバキを苛んでいた亡者の肩を、驚くほど正確に貫いた。
 覚束ない足取りで凸壁の際から離れ、葬姫は瞳を閉じている。伏せられた美貌の顔容では、長い睫毛が震え、青ざめた唇が何事かをさえずろうとわずかに開かれている。ツバキは歌を口ずさんだ。幸福が泡沫と消えるも、その跡には、儚き思いの萌芽が現れるという……死と生とを賛美する古い歌だった。
 城壁の右方に位置する少年は孤立無援となっていた。『錬鉄の魂』と綽名される手套に包みこまれた指先、その隅々にまで心の力を行き届かせると、ハルキは拳を硬く結んだ。光の波を胴より漂わせ、自身の傷を癒すこともできる。だが、そうしては、関所の壁を越えてしまった死者どもを討つことはできない。
「迷いも憂いも忘れ……今はただ一心不乱に闘うのみじゃ!」
 藤色の瞳に峻烈な光をかすめさせると、少年邪竜導士はあたりに、黒い雨とも見紛う、針の細さの槍の群を展開させた。だが、身を貫かれても未だに這いずること止めぬ一体が、ハルキの小さな肩に、黒い鉤爪を食いこませてしまう。
「ここは任せていただきたい」
 仲間たちにそう告げたのヨハンだった。彼は城壁を這う亡者を視線で示し、そこへ向かうようシリュウに求めたのだ。黒い帽子を目深にかぶった巨躯の後を、プーカの翔剣士も追っていった――白銀をまとう武人は、弧状の武具を地と水平に構えた。何本かの腕が彼の体躯を打ったのち、ヨハンは中空に波濤を思わせる曲線を描きあげ、その階から剣戟の鋭さを持つ衝撃波を撃ちだし、群れる亡者の体躯を切り裂いた。待ち遠しい、だが、すぐにも彼らは来るはず――。
「これ以上先に進ませるわけにはいかないからな……」
 声に気づいたヨハンが振り返ると、そこには、自らの胴を抱くようにして腕を組む、メリトのほっそりとした姿があった。『天葬刑具』を傍らにさげたまま、彼は片方の眉をかかげてみせると、すぐにも清澄なる歌声を響かせはじめた。あたりが凛と張りつめた空気に包まれてゆく。
 植物の意匠を刻まれた杖で虚空の一点を示し、マシェルは歌声ではなく邪竜の力をもって、馳せる仲間たちの動きを援護した。彼女が紡ぎだした黒い針の群は、中空を、まるで巨大な片羽のような姿となって過ぎ去り、複数の亡者を包みこんだ。ミリムはくるりと振り返って笑顔を寄越し、そのまま身体を返すと、マシェルの視界から消えていった。
 
「抜かるなよ」
 薄く結び合わされた唇から、そう言葉を吐きだすなり、ルシールは、不意に優しげな線を口元に浮かべる。圧されてはいるようだが、関所の皆は健在なようだ――。斬漢刀を振りあげた青年は、凄まじい勢いで亡者の群へ斬りこんだ。
「死者でも夢は見るのかな……?」
 そう囁くなり、コクセイは首を小さく横に振った。ルシールによって粉砕された亡骸を飛び越えると、対の短剣に沈鬱な闇の色彩をまとわせ、少女らしきアンデッドに斬撃を打ちこむ――それが済むと、彼女は言葉を続けた。
「起きたくもなかっただろう生の残骸に、ボクがしてやれることなんて、これくらいだし」
 二体の幻影を従え、クレスは、堆く積もれた亡骸の合間を駆け抜けた。白銀をまとう武人の姿を認めると、彼は一瞥をくれた――相手の頬もわずかに傾けられたようだった。『黒閃華』の切っ先が、残影の切っ先と触れあったのは、一体のアンデッドの胎内、乾いた脊髄のあたりでの出来事だった。
(「アンデッドさんが、今度こそ、安らげることを……僕は、祈りたい、です。そのためにも、歌い、ますの、です」)
 不意に痛んだ胸を掌で覆うと、リュイは、汚れなきソプラノを響かせ、旋律となってたゆたう優しい詩句と、こめられた想いによって、傷ついた仲間の元へ治癒の力を届けた。
 押し寄せる数体のアンデッドを、銀鏡盾で食い止めながら、シリュウは仲間から発せられた突然の要求に快く答えた。頭上へと掲げた盾を踏み台として、ミリムは跳ねあがると、城壁の弓狭間にかろうじて指先をかけ、そのまま上へと登っていった。茨のような何かが這う、黒輝真剛鋼剣の刀身を一瞥すると、高められた切れ味を存分に震うべく、彼は空をひと薙ぎした。
「本物、ど〜れだ?」
 凸壁の突起を駆け抜けながら、ミリムが問いかける。だが、返答は返ってこなかった。無理もない、歯こそまばらながらに残されてはいるが、アンデッドの口蓋に舌らしきものは見当たらない。残像を従えての突撃――黒ずんだ頭蓋骨を十字槍で貫いた――を終えると、プーカは屈託のない笑顔を傾けた。楓華童子の衣をまとう少年は、気恥ずかしかったのだろうか、素直に礼を口にできずにいたが、それでもなんとかこう言ったのだった。
「汝の槍……見事なものじゃおかげで余も……その……難儀しておったでな……」
 やがて、戦場となった関所の、古寂れた眺めから、傾いた肩が失われ、そして――震える肩で息をする者たちだけが残された。
 
 盾の裏側をおそるおそるのぞきこむと、そこには、白い花弁を項垂れさせる水仙が、まだ清冽な姿を留めていた。リュイは、道の傍らに残された道標らしき石柱の袂に、白い花を手向けた。
「地に伏す彼らも、安らげるでしょうか、眠れるでしょうか」
「これでもう戦わずに済む」
 そう呟いたのはクレスだった。彼はあたりを見渡すと、腰のベルトにさげられた皮の小袋へと手を伸ばした。光を失いつつあったカンテラに、油を注ぎ足さねばならない。
「……この門より先は生者の領域……。汝らは迷わず……」
 言いかけたところで、扉の失われたアーチの真上に立つ小さな影を認め、ハルキはその姿に釘付けとなった。
「幽玄なる夕闇にこそ……骸に手向ける舞も……映えるというもの……よ……」
 そう囁きながら、臙脂の衣を翻すのは葬姫と謳われる少女――。ツバキは儚き想いを胸に、葬送の舞いを、彼のものたちへと捧げ続けた。


マスター:水原曜 紹介ページ
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作成日:2006/12/22
得票数:戦闘13 
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