本当のフォーナの慈愛をあなたと



<オープニング>


「フォーナの祭りってなんだ?」
 碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)の何気ない問いは聞かれた者を絶句させる程の威力を持っていた。

 フォーナの祭りを知らないなど、どこでどういう育ち方をしたのかと疑われるは必定。冒険者がグリモアって何? と聞くにも等しい。
「……家族や恋人、大切な人と幸せに過ごすお祭りのことですわ」
 しばらくの間アロンに向かって『可愛そうなモノでも見るような視線』をたっぷりと注いだ後、ごく簡単にエルフの霊査士・マデリン(a90181)は告げた。
「わからない」
「そもそもあなたも冒険者ですわよね。昨年のフォーナをご存じではありませんの? 確か昨年はもう冒険者としてグリモアに誓いを立てていらっしゃいましたわよね」
「あぁ……しかし、フォーナの祭りには参加しなかった。なんだかわからないものにはどうやって参加してよいかもわからないからな」
 実は新年のご挨拶も、ランララの祭りも不参加だったのだが、それは聞かれていないので言わない。言えばマデリンはもっと目を丸くしただろう。ちなみにマデリンもさほど年中行事に参加している方ではないが、別に知らないから参加していないわけではない(これ以上は危険なので言及出来ない)らしい。

「ならば参加なさいませ。今年のフォーナは! 絶対に! 勿論、わたくしはご一緒しませんことよ。おーーーほほほっ」
 口元に右手の甲を添え、マデリンはわざとらしく高笑いをしてみせた。相当いぢわるに見えるのだが、アロンはシュンとなるどころか無反応にぼーっとして立っていた。つくづく張り合いのない男である。

 と、いうわけで……フォーナ初心者のアロンは今年、祭りを見に行くことにしたようだ。
「見聞を広めるには実際に体験してみないとだからな」
 あまり覇気のなさそうな様子だが、アロンなりに前向きな行動の様であった。

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参加者
NPC:碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)



<リプレイ>

●誰がために雪は降り続く
 朝から降り始めた淡い粉雪が真っ白な空から降りてくる。そして、音もなく世界全てを真っ白に染めていく。
「やっぱり雪が降りましたね」
 両手に一杯抱えきれない程の荷を持ったユタはふと足を止めて空を見上げる。冒険者になると家を出てからずっと郷里には戻っていない。
「……あっ」
 道の真ん中で空を見上げていたユタは誰かとぶつかった。抱えていた沢山の荷が地面に投げ出され、その1つにユタが飛びつく。
「あ、お土産が……」
「申し訳ない。俺が滑ってしまった」
 素早く荷を取り中を改め、色ガラスのコップが無事なのを確認すると、ほっと溜め息が漏れる。
「私も雪を見ていて……だから、気にしないで下さい。あ、急がなくては……あなたにも女神フォーナの祝福がありますように……」
 ユタはこの日、あちこちで交わされるフォーナの挨拶ととびきりの笑顔を残し、足早に走っていった。

 思えば忙しく走り抜けた1年だった……。今年も残りあと僅か。冒険者となって初めての年越しを思い、ノリスは感慨深げに振り返る。生まれ育った懐かしい故郷での生活は退屈だと思うこともあったが、平和でまどろむ様に幸せな日々だった。村総出で大がかりな祭りを開いたり、そこでみんなと一緒に食事をしたり……楽しい事ばかりが思い出される。
「だからかな……冒険者になっても祭りや祝い事だと聞けば、ついあちこちを足を伸ばし顔を出してしまっていたな」
 沢山の祭り、その1つ1つにはそれぞれに大事な意味があり、大切に思う人々がいる。あちこちで買い求めた品は思い出と共にノリスの宝物だ。
「今年最後に……この保存食を思いっきり活用してみようか」
 アロンという冒険者にも祭りの楽しさを教えてやれたらいい……ノリスは酒場へと足を向けた。

 酒場の一角ではチェス盤をはさんでルワとソロが向き合っていた。白と黒の駒がチェス盤という戦場で互いに相争う。
 そういえば、兄には一度も勝てた事がない。共に生を受けたが、掛け違って2人の人生は別れてしまった。こんなに穏やかな気持ちでフォーナの日を過ごす日が来るとは思ってもみなかった。いつも……兄には心配を掛けてばかりいる。がむしゃらに前へと突き進む俺を何も言わずに見守ってくれる……ソロがいるから……俺は生きている。大事な人を守ることの大切さをソロが教えてくれたから。
 本当にルワは危なっかしい。つい先だってもエギュレ図書館で大怪我を負って帰ってきた。今も身体のあちこちが痛むだろうに、フォーナなのだからとこうして僕とチェスをしたいと言ってくる。多分、これも不器用なルワならではの家族団欒なのだろう。再会してから僕はいつもルワの事を第一に考えている。だから、ルワを本当に理解しているのはルワよりも僕なのだと思う。だから、飛び出していくその時には一瞬で良いから僕のことを思い出して欲しい。僕達は互いに最後……家族なのだからね。それにしても、本当にルワは甘い。
「……ありがとう」
「え? 降参?」
「なんでだよ」
「ほら、チェックメイト」
「あああああぁぁ」
 酒場にルワの悲鳴が響いた。

 フォーナの祭りで賑わう街を横目に、ロゼッタとレグナは人通りもまばらな公園のある通りを歩いていた。まるで誰も彼もがフォーナの祭に出払ってしまったかのように、行き交う人も全くない。僅かにチラチラと雪が降るなか、ロゼッタもレグナもゆっくりと歩いている。
「なんだから知らない街みたい。静かで綺麗ね……」
 音のない白一色に染められていく街は見慣れたいつもの街ではなく、夢の中にいるかのような気分になる。
「アロンがフォーナ感謝祭の事を知らないって言ってたけど、俺も実は詳しくないんだ」
「別にいいよ。あたしも……そうだし」
 それでも1人で過ごさなくてもいい今年は随分と気持ちが楽になったとロゼッタは思う。つくづく、独り身の者には厳しい祭が多い。
「そっか……じゃ一緒だな」
 レグナが屈託のない笑顔をロゼッタに向ける。シニカルな表情をしていることが多いレグナの無防備な笑顔に何故だかドキリとさせられる。
「ゆ、雪……降り積もるのかな?」
 ぎこちない動作でロゼッタは空を見上げる。エンジェルの羽毛の様な柔らかな白い雪が後から後から地上へと降りてくる。
「……行こうか」
「うん」
 2人は寄り添ってまた歩き出した。

 早朝から既に今年の『雪のフォーナ感謝祭』は始まっていた。前日までに万端整えられた会場はどこもこんなに朝早くから沢山の人で埋め尽くされ、賑わっている。その喧噪の中、ポツンとアロンは立ち尽くしていた。
「そんなところにたってると あぶないのね」
 小柄なフォクサーヌ、通称『ふぉっくす』に腕を引かれ、アロンは壁際へと誘導される。
「……フォーナとは凄いものなのだな」
「ただしくは『雪のフォーナ感謝祭』なのね。『フォーナ』かみさまのなまえだから、さいていでも『フォーナ祭』ってゆーべきね。ふしぎだけどまいとしちゃんとゆきがふるひなのね」
 フォクサーヌは窓の外に視線を向ける。淡い砂糖の様な細かい雪が舞い降りているのが見える。
「ふぉーなさまは『夜』と『家族の絆』のかみさまだから、ほんとーはこんなひにいちゃつくのはまちがったかいしゃくなのねーこんちきくしょーなのね!」
「こんちきしょー……なのか」
 あまりよくわかってなさそうな表情で、アロンはフォクサーヌの最後の言葉を復唱した。

 イトは繋いだ手をグイッと引っ張る。
「アルドルドさん! ちょっと止まってください」
「待てないよ、イト! フォーナの祭は今日だけなんだよ。じっとしてたら終わっちゃうよ」
「終わりませんってば!」
 そう言い合っている間にも、手を繋いだままのアルドルドはイトを引きずるようにして走り回る。すっかり子供の気分ではしゃぎ廻るアルドルドのせいで、年下のイトが保護者のようだ。
「ほら、あの人! 凄いよ、あんな派手な仮面被ってる」
「指さすのは駄目です」
「あっち、うわ、雪の庭園でキスしてる」
「そんな大きな声で……」
「女神像の前で祈ってる」
「祈りますよ、普通です」
「僕達も祈る?」
「……え?」
 イトとアルドルドの関係をなんと言い表したら良いのだろう。家族ではないし、仲間……かもしれないが、それだけでもない気がする。
「ボクとキミって恋人同士?」
 問いかけてきたアルドルドの表情は悪戯っ子の様な笑みが浮かんでいる。
「……知りませんよ! もう!」
 真剣に答えようと思ったイトはプイッとふてくされる。
「一緒にいて楽しいから……それでいいか」
「だから、知りません」
 嬉しそうに笑うアルドルドと顔を合わせられなくて、手を繋いだままのイトはとにかくズンズン歩き続けた。

 イーシアは兄、ジギィの手を取り引っ張るようにして走り出す。
「危ないよ、イーシア。今日は雪が降っているから滑りやすい」
「平気、へいき。だっておにーちゃんと一緒だもん!」
 小柄なストライダーのイーシアは身軽で、跳ねるような軽快なステップで人混みをすり抜けていく。同等以上には敏捷に動ける筈のジギィだが、腕を取られているので先ほどからぶつかってばかりだ。
「あ、おにーちゃん見て! あれ、すっごく大きな女神様」
 イーシアは窓越しに舞踏会の主会場を指さす。そこには女神フォーナの像が優しい微笑みを浮かべているのだが、ちょっと見えにくい。頑張ってジャンプをすれば……と、思ったらいきなりイーシアの身体が持ち上がった。
「……どうだ? これで見やすくなっただろう?」
 ジギィは妹の足を揃えて抱え、自分の右肩に腰を座るよう腰を落とさせる。
「きゃー! おにーちゃん、高いよ。すっごくよく見えるよ。あっちに雪の庭園とか、ほら、食堂もあるよ」
「そうか……よく見えるか」
 嬉しそうにはしゃぐイーシアを見ているだけで、ジギィの心はぽかぽかと暖かくなるようであった。

 薔薇の広場からフラフラと出てきたアロンにガリュードが気が付いた。
「……団長、生きてたんだな」
「人聞きの悪い。俺はピンピンしてるぜ。それより、フォーナの祭りは満喫しているか?」
 アロンは初めての飲酒を報告するが、ガリュードは渋い顔で首を横に振る。
「正しくはネェちゃん口説いて楽しくやる……だ。ほら、見てろ」
 ガリュードは慣れた様子で目星をつけると、窓ガラスで着崩した一張羅の袖と襟を直し、足取りも軽く標的に接近し……止まった。
「ガリュ〜ドっ♪」
 ガリュードもアロンもよく聞き慣れた可愛らしい声が響き渡る。そこにはミャアのドレスアップした姿があった。とても可愛いのに、とても怖いのは何故だろう。鈍い筈のアロンさえ、思わず1歩下がっている。
「うわっ! あぶねぇだろミャ……分かった俺が悪か……いてっ! いてて……降参、降参する!」
「何がわかったのかなぁ? ちょっとこっちでじっくり話そっかぁ。あ、じゃ、アロンさんはまったねぇ〜」
「また……」
 ミャアに耳を引っ張られたガリュードはアロンに向かって親指を立ててビシッとポーズを決めていたが、それもすぐに人並みに隠れ見えなくなってしまった。

 雪の庭園には密やかな音楽が今も微かに響いている。空はすっかり暗くなり、庭のあちこちにかがり火が灯されている。たぶん、今夜は朝までこの灯りが絶やされることはないだろう。
「寒くありませんか?」
 ビルフォードは身につけていたマントをハラリと滑らせると、横を歩くルルナの肩にそっと掛ける。
「あ、ありがとうございます」
 驚いた様に顔をあげたルルナは、すぐに目を伏せ小さな声で礼を言う。まだ小雪がちらついていて、とても寒いはずなのに、頬が熱くて肩にかかったマントが暖かだった。
「いえ、なんか脱ぎさらしで恐縮ですけれど……寒いのは苦手かと思って……」
 何を話したらいいのか判らずビルフォードの言葉もつっかえ、つっかえだ。
「あの……あの……いつも、本当にいつも感謝……しています」
 とても顔を見ては言えない。ルルナは必死に感謝の言葉を紡ぐ。ただその人と一緒にいるだけで、どうしてこんなに胸が熱く苦しくなるのだろう。
「俺も……ありがとう」
 互いにそっと手を伸ばす。

「綺麗だな、やっぱり……」
 ジェフは感嘆の声をポツリと漏らす。けれど、本当に儚げで綺麗なのは雪景色の庭園ではなくてマリアの方だと思う。気恥ずかしくて言えないけれど、ピンク色の外套にすっぽりとくるまれたマリアは愛らしく可愛らしい。普段、ハキハキとした物言いをする元気な美少女だけに、今夜の様な淑やかなマリアは……それもマリアだとわかっていながらジェフを驚かせる。
「寒いから……手、繋いでもいい?」
 外套の袖からちらっとだけマリアの指先が見える。手袋を外した指は雪の様に真っ白だ。
「勿論」
 触れたら壊れてしまいそうな気がして、そっとマリアの手に自分の手を伸ばす。冷たくて、でも握っていると暖かい小さな手。
 ふと我に返れば、そこにもここにも、すぐ近くにも……身を寄せ合うカップルがいる。自分たちも廻りの人からみたら、同じカップルに見えるのだろうか。
「ら、来年も2人でここに来ようか」
 言ってしまってから、ジェフはその台詞がとても『恋人同士の会話』っぽく思えて仕方がない。こんな台詞じゃマリアは気を悪くしないだろうか? 
「あ、じゃなくて………あっと……うん、その時、お互い相手がいなか……」
 続きは言えなかった。素早い仕草でマリアがジェフの唇を唇で塞いだからだ。
「一緒よ、来年もきっと一緒!」
 硬直するジェフを残し、マリアは軽やかな足取りで庭園を後にした。

 ベイマは降り続く雪を見ていた。相変わらず雪の庭園も人は多いけれど、他よりは幾分マシかもしれない。カンチュは随身か供廻りの者の様に直立不動でベイマの背後に控えていた。
「庭園へ行きましょう」
 そう言ってカンチュを誘ったのはベイマであった。それを警護の依頼とカンチュは受け取ったのだ。
「ベイマ様、あまり長くいらっしゃってはお身体に障ります。寒くはありませんか?」
「そうね……少し寒いかしら」
「戻りましょう」
 自分の外衣で暖めることすら畏れ多く、カンチュはすぐに室内へとベイマを誘導する。けれど、ベイマは立ち止まったまま首を横に振った。
「腕に抱いて……カンチュの腕の中に……」
「で、出来ません。そんな」
「お願い。私がお願いしているの」
 見上げてくるベイマの目が潤んでいる。綺麗な漆黒の瞳に抗えるわけもない。心を振るわせながらカンチュはそっと、ふわりと、壊れそうな物をそっとくるむようにベイマの背後から腕を廻す。
「暖かいわ」
 うっとりとつぶやくベイマの言葉は、カンチュにはとても遠くから聞こえている様だった。

 ひまわりの広場の一角で、カロアの言葉にアロンは熱心に耳を傾ける。
「衣装は鼻眼鏡と頬被りは常識ですね。これにステテコと腹巻きをチョイスすればもう完ぺ……」
 話していたカロアの身体がガクッとバランスを崩す。いつの間にか背後に廻っていたカルアが不意打ちで膝を曲げさせたのだ。
「ちょっ! 何するんですか、カルやん。私が無学なアロンさんにフォーナ祭必勝法を伝授して……」
「それは必勝法じゃねー! 世間知らずの同族で遊ぶな」
 カルアに叱られカロアはちょっと頬をふくらませたが、すぐにアロンに向き直る。
「愛と絆を育むお祭りなのですよ。これは本当ドリ」
「年末だし、節目だからな……こうして集まって絆の繋がりを誓い、互いの無事を願う……ってメモしているのか?」
「勿論だ」
 アロンは羊皮紙にカルアとカロアの言葉をどちらも書き留めている。
「アロンさん、アロンさんはお客様の役なんだよ。ほら、ケーキもあるよ。どれがいい?」
 ユユは持参してきた小さなケーキをアロンに見せる。ケーキは沢山の種類があったが、その中から薔薇の飾りがついたケーキを差し出した。
「フォーナの祭ではケーキを食べるものなのか?」
「そうだなんだよ。おっきなケーキと、それからチキン!」
「アロンさん、これも……」
 ルシアが焼き菓子をアロンに差し出した。手作りなのだろう、まだほんのりと暖かい。
「ありがとう」
 アロンはルシアの菓子を口にする。去年とは少し違うけれど、こんな暖かいフォーナの祭も良いものだとルシアは思う。こんなにも胸の中が暖かい。
「準備出来たぞ」
 楽器を手にしたカルアが声を掛けた。顔を見合わせたユユとルシアは緩やかに歌い始める。細く高い優しい張りのある歌声が辺りに響き始めた。どこか懐かしい、けれど瞬く星の様にキラキラする歌だ。羊皮紙を置いてアロンもリュートを手に取った。少しずつ音が重なり合い、少しずつ声が響き合う。1曲終わると拍手が鳴りやまず、次にカロアが淑やかに一礼する。息を吸い込んだカロアはカルアの伴奏に思わず殴りかかるのだが……それも幸せなフォーナの夜の出来事であった。


マスター:蒼紅深 紹介ページ
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参加者:23人
作成日:2006/12/24
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