<リプレイ>
●決別の朝 リンディアの身柄が預けられていた村は街道沿いに点在する村々の中では北東寄りにある。『久遠の森』に近く、比較的規模の大きな村だ。やや異例の依頼を受けた冒険者達はリンディアがいる村はずれの家に集まっていた。元は空き家であった為、今もガランとしている。 「みんなの準備が整っている様ならもう出発しようと思うけど、どうかな?」 先発する予定の風来の冒険者・ルーク(a06668)が丈の長いマントを手に立ち上がる 「俺の武器はアルトに預けておこう。頼めるな?」 緻密な刺繍が施された術手袋を黒鴉韻帝・ルワ(a37117)は業物収集家・アルト(a49360)に差し出す。それがルワにとって大事であることは鑑定してみなくてもすぐに判る。 「大切に預かります」 アルトは数々の戦場をルワと共に駆け抜けたのだろう武器を丁寧に受け取る。 「じゃあユユの武器はルークさんにお預けしちゃうんだよ。ユユ達が先に遭っちゃっうかもしれないから、その時の為になんだよ」 天藍石の牙狩人・ユユ(a39253)は銀色に装飾を施した弓をルークに差し出す。水の流れを現す流線と魚の意匠がユユらしい華奢な弓だ。 「この武器が喚ばれることなどないといいけれど……じゃ代わりに俺のを」 ルークは扱い慣れない弓をぎこちなく受け取り、腰に帯びていた剣を銀の鞘ごと差し出す。 「わたしがお預かりします」 泡沫の眠り姫・フィーリ(a37243)が両手でルークの武器を抱える。 「では私の武器はユユちゃんにお渡ししますね」 「なんだかプレゼント交換会みたいなんだよ」 野良ドリアッド・カロア(a27766)から銀色の杖を受け取ると、ユユは楽しげに言った。杖に巻かれた深い森の緑を思い起こさせるリボンがリンディアの目の前をヒラヒラと揺れる。 「……あの人に逢えるかしら? ちゃんと言えるかしら」 消えそうな小さな声でリンディアがつぶやく。自分の意志で決断した事とはいえ、不安でたまらないのだろう。 「……わたくしはリンディアさんがお心のままに素直な気持ちを言葉にすれば良いと思いますわ。本当の心しか相手の心には届きませんもの」 エンジェルの医術士・アル(a18856)は優しい笑顔を浮かべリンディアを見た。変わろうとしてもがくリンディア見ていると、かつての自分をダブらせてしまう。 「ミア達が応援するなぁ〜ん。だからあなたは、あなたの言葉で……ノイシュにしっかり語りかけて欲しいのなぁ〜ん」 リンディアの言葉がノイシュに届いた時、何が起こるののかわからないが、春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)はリンディアを支え、きっと守ると決めている。 「わたしの気持ちを……わたしの言葉で?」 オウム返しの様にリンディアがアルとミアの言葉をなぞる。 「今日はあなたがもっとあなたを好きになれる日……きっとあの人からあなただけへの言葉を貰えます」 フィーリは真面目な表情を作り予言するかの様に言った後で笑った。フィーリ自身が自分の言葉を信じたかった。頑張るリンディアが幸せになれない未来なんかあるわけがない、と。 控えめに家の扉が開き、村人の1人が顔を覗かせた。村の者全てが避難する事が決まったと告げたのだ。 「なるべく急いでください」 避難を進言したカロアが真顔で返事をする。最悪の事態が起こったとしても、リンディアを暖かく迎えてくれたこの村に被害を出したくなかった。 「あまり時間はない筈です。支度が出来ているのなら急ぎましょう」 時が移ればノイシュも……そしてノイシュを討伐する冒険者達もやってくるだろう。 「行こうか」 「あぁ、先に出る」 ルークとルワは必要な装備を持ち、村を出た。
●乖離する心 ルワとルーク、偵察担当の2人が先発して10分ほど経つとアルト、ミアそしてカロアが村を出た。続いてフィーリ、アル、ユユと共にリンディアが村を出て街道を北東へと向かう手筈となっていた。
ルワもルークも出来る限り道を急いでいた。2人とも武器こそ持っていないが相対する久遠の楔・ノイシュは狂乱の徒だ。特に装備を軽くしているわけではないし、荷を減らしたわけでもない。 「……あれがノイシュかな?」 誰1人として行き交う者のない閑散とした道の彼方に人影がある。遠めがね越しにその人影を見ると、ルークはルワに確認を求める。 「いたのか?」 ルークが示す方角をルワも遠眼鏡を顔の前に掲げ見る。緩やかに蛇行する道を歩くドリアッドが見えた。長い髪と紫色の花……薄汚れた白っぽい服を染める鮮やかな赤い返り血と黒いズボンに靴まで見える。白い服の右袖はなく、むき出しの腕がなんとも寒そうだ。 「ノイシュ……奴だ」 苦い思いと共にルワは冒険者の規を越えた者の名を口にした。奴は俺を覚えているだろうか。あの日消えた娘の名を知っているだろうか。狂おしい野望とそれに翻弄され消えた命の重さ。 「……そんな殺伐とした気で近づくのは危険だよ、ルワ」 務めて冷静な態度と声でルークはルワに言った。関わる者達の複雑な感情も理解できるが、それではリンディアの願いは叶わない。 「わかっている」 瞼を閉じ、ゆっくりと開いたルワの瞳から心の波は見えない。ルークはうなずき愛剣を我が手にと喚んだ。
フィーリが預かっていたルークの剣が忽然と消えた。 「合図です」 先発した偵察担当がノイシュを発見した印であった。ビクリとリンディアの肩が揺れる。 「少し距離がありますけれど、急いだ方がよろしいでしょう。走れますか?」 アルはゆっくりとした口調で言う。ルークの武器が消えたということは『今』ならばノイシュと話が出来るのかもしれない。けれど、ルワの武器がどうなったのか知る術はないので、状態が悪化したかどうかはわからないのだ。 「わからない。でもやってみる」 リンディアは堅い表情で目の前にある北へと向かう道を見つめる。 「ユユがリンディアさんを守っちゃうんだよ、ホワッチャーだよ。だから安心して一緒に走るんだよ、ね」 「私も……応援しています。ほんの少しでも貴方に勇気が湧いて、言葉に力が湧く事を……」 リンディアはフィーリを見つめ、それから手を差し伸べるユユとアルを見る。 「どうして優しくしてくれるの? 冒険者はノイ……あの人を殺すのでしょう? わたしは死ななくてもいいの?」 リンディアの明るい草色の瞳が僅かに伏せられる。その場にいたのは皆年若い少女達で、その外見は心の年齢に相当している。誰も大人の思慮深いさや小難しい言葉は知らなかったけれど、素直な気持ちを言葉にする術は知っている。 「生きなきゃいけなんだと思うんだよ。だって、リンディアさんには命があるんだから……」 ユユはそう言ってギュッとリンディアの手を握る。冷たい手と手だが、握るとすぐに暖かくなる。もう片方の手をアルが握り、フィーリが肩を抱く。 「一緒に先に進みましょう」 フィーリが言うとリンディアは黙ってうなずいた。 「走りますわね」 アルはリンディアの手を引いたまま走り出した。
護衛役達がリンディアと走ってきて初めて、警戒しつつ街道を進んでいたアルトとミア、そしてカロアはルワとルークがノイシュを見つけたことを知った。 「僕が扱っている武器はまだこちらにあります」 アルトはルワの武器が手の中にあることを示す。 「ノイシュはサクランしてないなぁ〜ん?」 ミアはサクランの意味を良くわかっていなかったが、何度か仲間達が使っていた事を思い出して言う。 「そうみたいですね。私達も急ぎましょう。大丈夫ですか? リンディアさん」 カロアが聞くと荒い息をしていたリンディアは無言でうなずいた。 6人の冒険者達と1人の冒険者ではない者は先を急ぐ。
最初に聞こえてきたのは音であった。叫ぶ言葉は聞き取れないがなにかの声。爆発の音。空気の鳴る音、何かが転がる音。視界を遮る大きな岩を迂回するとルークとルワの姿が見えた。そのもっと向こうに人影が見える。ノイシュだ。 「リンディアさんはここにいて下さい」 岩陰でアルトはリンディアに言う。けれど、リンディアは首を横に振る。最初は小さく1度。そして大きく2度振るとダッと走り出す。 「……ノ、ノイシュ様ぁ!」 リンディアの大きな声が響いた。 「あ! 待って下さい」 フィーリはリンディアを後ろから抱き留め、前に出ないよう制する。 「全力であなたを守ります。それが私の誓いです」 と、誓いの言葉を口にする。言葉は誓約となり、無形の鎧となってリンディアを守るだろう。
後続が追いついた事はルワとルークも気が付いていたし、ノイシュにも当然見えていた。 「俺を殺す気がない?……嘘が下手だな、黒髪の冒険者」 赤く燃える矢を放ったばかりのノイシュはルワに向かって薄笑いを浮かべ、異形ではない右手の血を払う。乾いた地面に新しい血の飛沫が飛ぶ。服も顔も髪も泥と血と何かで随分と薄汚れているが、気にならない様だ。 「あなたの存在は許されない……ただ、その前にどうしてもあなたと話をしたい人がいるんだ」 ルワと共に防戦一方だったルークは言いながら鞘に収められたままの剣で後方を指す。 「ノイシュ様!」 もう一度リンディアが叫んだ。その声に何かの力があるかのようにノイシュの身体が揺れ、半歩後退する。 「……生き……て……」 ノイシュのつぶやきが聞こえる。 「リンディアさん、お心のままに悔いの無いよう……きっとこれが最後なのですから」 アルはそっと目を閉じてリンディアへと自分の力を送る。アルの力はリンディアが村で借りた簡素で無骨な革鎧を白い可憐なワンピースに変える。けれど、カロアはリンディアよりも先にノイシュへと進み出た。ノイシュの視線がルワとルークからカロアへと移る。リンディア以外でドリアッドなのはカロアしかいない。矢をつがえていないが、ノイシュの持つ弓もカロアの方を向く。 「見て判るとおり、リンディアさんが貴方と話したいから……だから私達は貴方を捜していました。戦う為ではありません」 「それが……依頼か? 依頼に縛られたか。だが、俺もリンディアには聞くことがある」 意外にもノイシュは攻撃を仕掛けてこなかった。風体は異様だし、目つきも恐ろしいが狂乱状態では無いようだ。 「お時間をいただけますね? リンディアさんの言葉に耳を傾けて貰えるのですね」 アルトが念を押しつつ、場に不可視の風を喚ぶ。絶えず流れる優しい風は遠隔攻撃を放った者にそのまま返る効果を持つ。 「……急げ。そう時間はない。俺にも……」 ノイシュの言葉の最後の方はよく聞き取れない。隠す気もない殺気を漂わせ、弓から手を離しはしないが、なんとかまだ会話が成立する。それが何時まで保つのかはきっと本人もわからないのだろう。カロアは振り返ってリンディアを見た。そして無言でうなずく。 「ユユ達がついてるんだよ」 リンディアの側に立ち、ユユは実はノイシュを見張っていた。いつノイシュに良くない変化が起こるかもしれない。ノイシュが冒険者達を信じないのと同じ程、多分冒険者達もノイシュのキマイラとしての性質を危ぶんでいた。ミアも同じくやや後方の木の影に身を寄せていた。状況が変化すればすぐに戦えるよう、弓をぎゅっと握りしめている。この場所からは射程圏内にはないが、少し走ればノイシュを射ることも出来るはずだ。 「ミアはノイシュを憎んではないなぁ〜ん。だからリンディアを応援するなぁ〜ん。でも……許すことも出来ないなぁ〜ん」 小さくつぶやいてミアはリンディアとノイシュを交互に見る。
最初に口を開いたのはノイシュだった。 「エーディンは冒険者が持ち去ったと聞いた。最後の欠片も霊査士の手にあるのか、リンディア」 リンディアはうつむく。 「……ごめんなさい。ノイシュ様。欠片は……わからない。気が付いたら無くて……」 言葉に詰まったリンディアはユユを見つめ、それからアルとフィーリを見る。3人ともリンディアを励ますように手を握り、肩に手を置く。ぬくもりがリンディアの身体から心へと伝わっていく。更にカロアとアルト、その先にルワとルークもじっとリンディアを見つめていた。振り返ればミアと目が合う。 「教えて! ノイシュ様。どうしてわたしをずっと殺さなかったの? 住む家をくれたの? エーディン様の最後の生け贄にするため? 利用するため?」 リンディアのノイシュの距離は弓でも攻撃されないよう、かなりの距離がある。リンディアは声の限りに叫んだ。 「俺はエーディンの為なら俺自身も捨てた……他の何もかも……俺にあるのは滅びと死。生きるなら俺の敵となって俺を憎め! 去れ! 遊びの時間はもう終わりだ!」 ノイシュはリンディアから目をそらし、半身を翻し自分の背後に矢を放った。岩陰にいた冒険者がその矢に貫かれる。ミアの横からも、アルトの背後からも別の冒険者達が姿を見せ、ノイシュへと走り抜ける。ノイシュ討伐を依頼された者達だろう。
「もう……これっきりなのに……」 カロアは既に別の冒険者と戦うノイシュを見つめる。これ以上はもうリンディアに言葉を貰えそうにない。 「もう少し時間をもらないだろうか?」 だが、ルークの頼みに返答はない。 「もう……もう終わりですか?」 戦うノイシュを止めることも、冒険者達に猶予を貰うこともアルトには出来ない。 「どうするなぁ〜ん?」 弓を持ったミアが木の陰から駆け寄ってくる。 「ノイシュ様!」 「ここはもう危ないんだよ。リンディアさんを巻き込むのは駄目なんだよ」 まだ白い服のままで叫ぶリンディアをユユは後方へと引っ張ろうとする。討伐する任を持つ者達は全力でノイシュを倒そうとするだろうし、ノイシュは命がけで抗うだろう。一刻も早くリンディアをこの場から離したい。 「……潮時かもしれませんわね」 アルは低く溜め息をつく。それでもまだリンディアはノイシュの名を叫び続けている。 「ごめんなさい」 フィーリはノイシュの側に寄ろうとするリンディアを抱き留める。親を求める幼子の様なリンディアが哀れだった。 「リンディア……」 けれど、ルワにもどうしてやることも出来ない。悪逆非道を繰り返すキマイラが討伐されるのは止められない事だ。 「ノイシュ様!」 リンディアの目の前で討伐の手伝いも出来ず、ノイシュに荷担も出来ず、皆は戦場となった街道から離れた。
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参加者:8人
作成日:2006/12/21
得票数:冒険活劇8
ダーク19
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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