<リプレイ>
大神ザウスよご照覧あれ われら血に染み、荒れ野を往かん そはの御旗のはためくところ 絶えざる歌のある限り わが王国は偉大なり
●森 深い――、森だった。 息を詰めるようにして、8人の冒険者たちが、緑の道を往く。 先頭を歩くのは、迷彩模様の外套をはおった翠影の木漏れ陽・ラズリオ(a26685)。続く仲間たちも、金属鎧が音を立てぬように気を配るなどし、極力、目立たぬ行軍を心掛ける。ほどなく、霊査士の示した接敵地が近付く。敵に見つけられる前に、こちらが敵を見つけ、先制を仕掛けねばならぬ。疲弊している敗走兵とはいえ、そうした作戦上の優位がなければ勝利のおぼつかない強敵が相手なのだから。 「この道で?」 正しく歩んでいるのか、風景からは判断できかね、隠逸花・カルマ(a31235)が不安げに問うたのへ、蒼翠弓・ハジ(a26881)が頷く。 ドリアッドである彼の案内がなければ、冒険者たちも、トロウル同様、樹木の結界にとらわれ、道に迷っていただろう。最悪、放浪したすえに敵と出くわすという事態すらなったかもしれなかった。 「……あの音は」 漆黒の瞳に宿る不朽の心・スレイツ(a11466)が皆を制した。 樹木のざわめき、鳥の声に混じって、どこか遠くから聞こえるその音に耳を澄ます。 歌だ。 勇壮な――どこかものがなしい郷愁を含んだような旋律と、それにのせて唱和される野太い歌声を、冒険者たちは聞いた。 目指すトロウルの部隊に間違いなかった。 足早に、しかし慎重に距離を詰める。やがて、樹々のあいだに野営するものたちの影を垣間見る。 5人のトロウルだ。 ひとりが、角笛のような管楽器を吹き鳴らしている。やわらかな輝きが、武骨な楽士の身を包み、彼を取り囲む4人のトロウルが大声で――その歌を唄っているのだった。 ラズリオが声には出さず、手ぶりの合図で仲間たちに指示を出す。 まず狙うのは、角笛のトロウルの傍にいるもうひとりの吟遊詩人とおぼしき……リュートを抱えた冒険者だ。 「気を引き締めて参りましょう」 探索の旅人・ローカル(a07080)が囁く。 そして。
●奇襲 演奏が、途切れた。 どこかで、剣呑な空気を感じとったのであろう、鳥たちが一斉に飛び立つ。 湿った森の空気を裂いて、雷の矢が奔った。 岩石めいたトロウルの身に、ハジが放ったその矢が突き立つ ドゥン――! と巨大な太鼓が打ちならされるような音とともに、炎をともした柱が、宙に5本、出現したのが同時であった。 「全力を、尽します」 灰緑の・グリュイエール(a28333)が描き出す紋章が、燃え盛る火球を生み出す。 踊る風・クレイ(a33036)が振るう短剣が巻き起こした衝撃波とともに、それらの攻撃がひとりの吟遊詩人に集中する。 強敵だからこそ、ひとりひとり確実に倒してゆく――それが、冒険者たちの戦略だった。 「邪魔して――ごめんね!」 スレイツと、ラズリオの身体が宙へと躍る。 そのまま、激しい錐もみ状の回転のまま、敵へと突撃する。 奇襲に態勢を整えられぬまま、ほぼすべての冒険者の攻撃を一身に引き受けたトロウルの吟遊詩人は、ドリアッドの森に大輪の血の花を咲かせ、どう、と倒れる。 いまわに、手元のリュートをかき鳴らし、ごぼりと血を吐きながら、短くザウスへの祈りを呟いたのが、最期であった。 「やった……!」 腐葉土の上に着地し、ラズリオは敵を振り返った。攻撃を一点に集中させることで、初手で一人を討ち取ることができたとは幸先のいい出だしだ。 「次は狂戦士を」 号令をかける。次の標的は巨大剣をもつトロウルのひとり。 パァアン、と角笛が鳴った。 生き残った吟遊詩人が、ラズリオへ向けて吹き鳴らした角笛から、七色に輝く衝撃が噴き出す。だが、翻ったダークネスクロークのマントがこれを弾いた。 悔しげに舌打ちする吟遊詩人の、防具が、めきめきとかたちを変えていくのは、敵の重騎士が彼に加護を与えたようだ。 護りが堅くなりすぎて長期戦にならなければよいが――、カルマは、そんな懸念をおし殺しつつ、同じく、聖鎧の護りを呼び起こす。後方で待機するかれらの生命線、医術士の白雪・スノー(a43210)へ向けたものだった。 続いて、雄叫びが戦場となった森を揺るがす。 狂戦士たちは呼吸を合わせ、立続けに巨大剣をふるった。凄まじい竜巻きが巻き起こり、冒険者たちに襲いかかる! 「……っ」 予想されたとはいえ、反撃は猛攻だと言わねばならなかった。後方に控えていたスノーを除く全員が、凶嵐にさらされる。 スレイツは傷をかばいつつ、すこしでも攻撃をそらせるような構えをとる。 さいわい、まだ倒れたものはいない。 ラズリオの号令一発、次なる集中攻撃が狂戦士のひとりへ向う。 ハジの鋭い矢や、クレイの衝撃波が強固そうな金属鎧をすり抜けて命中する一方、グリュイエールは「回復は任せました!」と、後ろのスノーに声を掛け、自身はローカルに鎧聖降臨を施す。回復を任せられたスノーからは癒しの波動が、先の反撃で受けた皆の傷を癒すべくもたらされた。 スレイツが間合いを詰め、サーベルで鋭く斬り込む。 正面からの力に任せた攻撃では止められてしまっただろうが、巧みな技を活かした攻撃の連続に、狂戦士は確実に傷ついていく。 ラズリオは武器に外装を付け加え、強化しつつ、タイミングを測った。 重騎士が、狙われている狂戦士の防具にも加護を与えたようだが、ハジの矢やクレイの衝撃波のような、防具の厚さを気にしない攻撃がこちらにある以上、それはあがきでしかなかった。 「……」 カルマはチャクラムを投げて、すこしでも敵を牽制しようとする。 満身創痍の狂戦士。しかしその後ろで、角笛をもつ吟遊詩人は…… (「なぜ、回復しない……?」) ゆらり――、と、血にまみれた手には重いはずの巨大剣を、狂戦士がかかげて―― 「気をつけて!」 カルマの警告。 それに一瞬、遅れて―― 「!」 轟音が、びりびりと空気を震わす。 「ラズ!」 名を呼んだのは、スノーだったか。 巨大剣から凄まじい闘気の爆発が、ラズリオにぶつけられたのだ。トロウルのそれは、負傷しているがゆえにいっそう気迫に充ちていた。 「……ッ」 たった一撃で、ラズリオの身体を宙に舞わせ、倒れさせるに十分な攻撃だった。かろうじて、屈することのない冒険者の魂が、彼を一度は救いはしたが……トロウルの狂戦士はもうひとりいたのである。 負傷していないぶん威力は劣るが、さすがにこの第二撃にラズリオが持ちこたえられはしなかった。 オオォォォォ――…… 高らかな角笛。そして、咆哮のような雄叫び。ザウスをたたえる祈りの言葉が、戦いに揺れる森にこだまする。
●戦歌 「怯まないで! 最期のあがきに過ぎません!」 弓を引き絞りながら、ハジが叫んだ。 もしものときは、号令役を引き継ぐのが手筈だ。弓をアビリティによって強化しつつ、引き続き、狂戦士を叩き続ける。 グリュイエールから鎧聖降臨を施され、クレイが衝撃波を放つ。吟遊詩人の七色の衝撃も強度を増した防護のおかげでものともしない。 「小癪な」 重騎士が、はぎしりの間から憤怒の息をもらして、ずい、と前で出る。棘付き鉄球を振り上げたその身から、あやしい触手がざわりと伸びてゆく。 「……醜い、ピルグリムの力など――」 ローカルの黒い瞳が、ざわめく触手の群れをきっととらえた。 「無意味だということ、存分に思い知らせてあげます」 襲いかかる触手を、まるで舞うようなステップで、ローカルはかわした。 「近接全周を範囲とする薙ぎ払いの攻撃……それが触手の効果ですか。みなさん、注意して!」 触手攻撃から退きながら、ローカルのあやつる鋼糸は、あくまでも目下の標的である狂戦士へ向う。 ハジからも、鎧さえ貫く矢が射かけられ―― 「強敵……、だからこそ、望む形で、終わりにしてあげる!」 赤い瑪瑙のきらめきが閃く。クレイが短剣をふるうと、起こった何度めかの衝撃波が、とうとう、傷ついた狂戦士に引導を渡した。巨体が、大地に沈む。5人のうち2人を失って、ようやく、トロウルたちの顔に自らの不利を悟ったような色が浮かぶ。 「誇り高き列強種族よ――」 新たなアビリティの矢をつがえ、ハジは告げた。 「その誇りに応じます」 戦うことで……。全力で戦うことでしか、それは達せられまい。 「上等!」 狂戦士の、闘気の爆発をともなう一撃。次にそれを食らったのはスレイツだったが、かろうじて持ちこたえる。立っていさえすれば、後方からスノーの回復が届く。光り輝く聖女のくちづけが、大きなダメージも癒してくれた。 高らかな角笛の音が響く。 そして唄われるのは、大神ゼウスへ捧げる戦歌だ。
大神ザウスよご照覧あれ われら血に染み、荒れ野を往かん そはの御旗のはためくところ 絶えざる歌のある限り わが王国は偉大なり
戦いは、永久に続くかと思われた。 炸裂する紋章の火球。衝撃波。空を裂く矢。 交錯する怒号と、仲間同士が掛け合う叱咤と励ましの声。 そして角笛と、戦歌。
大神ザウスのご加護あれ 泥をすするも、死の谷歩め 戦友(とも)の墓標の居並ぶところ 絶えざる歌のある限り わが王国は永遠ぞ
攻撃と、味方からの回復とが繰り返され、一進一退の攻防が続く。 数の上で圧倒的に不利になったトロウルたちは、いっそうの奮戦を見せ、その様はまさに鬼神のごとくという言葉がふさわしい。 手負いの獣の反撃の牙が、スレイツをとらえ、その細身の身体を吹き飛ばす。 ここまで――かな。もんどりうって地面に投げ出されながら、スレイツは、フェイクデスの効果によってその身が仮死状態になっていくのを感じた。意識が閉ざされる寸前、その耳に聞こえてきたのは、やはり、トロウルたちの戦歌だった。 (「戦いの中で死ねるのは、トロウルにとって嬉しいことなのかな」) 張りを失わないその歌声を聞きながら、スレイツは思った。
「……」 そして、スレイツが再び目覚めたとき。 森は、静けさを取り戻していた。 「大丈夫ですか」 カルマが助け起こしてくれたが、彼女のほうも無傷ではなかった。 5人のトロウルたちは、ドリアッドの森の草むす大地の上で、骸と化していた。その表情は、どこか満足そうで。 スノーは、無言で、敵だったものたちの手に、それぞれの武器と楽器を抱かせていく。 「彼らは」 グリュイエールが呟いた。 「彼らの信念に殉じたのでしょうか」 「ええ、きっと」 スノーは応えた。そしてそっと目を閉じる。 グリュイエールも、彼女に倣った。 「お休みなさい、戦士たち。あなたたちの眠りに、安らぎがありますように」 戦士たちの骸を抱いて、西方の森の空は、ゆっくりと暮れていこうとしていた。

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参加者:8人
作成日:2007/01/10
得票数:戦闘29
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冒険結果:成功!
重傷者:翠影の木漏れ陽・ラズリオ(a26685)
死亡者:なし
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