【麺道】蕎麦とツユとの間には



<オープニング>


●年越し蕎麦は長ければ長いほど良いらしい
 遙かなる麺ロード。
 それは、幾千幾万の麺料理を食した者が最後に訪れる場所である。
 高みを目指す冒険者は、険しい道のりを歩き始めた。
 その先に如何なる困難が待ち受けているのか、今はまだ……誰も知らない。

 そんなことはさておき。

「今回の依頼は、街道に出没するモンスター退治だよ」
 年の瀬だというのに、冒険者の酒場は相変わらず慌ただしい。
 本日も、ストライダーの霊査士・ルラルは、酒場に持ち込まれた依頼の内容を集まってきた冒険者に説明していた。
「モンスターの外見は蕎麦の塊みたいな姿をしているらしいの。その一本一本が鋼より硬くて、長さもかなりあるみたい。モンスターはそれらの触手を伸ばすことで、遠距離の相手に絡み付く攻撃の他、刻んだ葱を連続で発射したり、大きなエビ天で複数の対象を吹き飛ばせるらしいの」
 愉快な見た目に似合わず、厄介な相手である。
「街道沿いにはお蕎麦屋さんもあるらしくて、年末のかき入れ時だというのに商売あがったりみたい……」
 まあ、健康祈願に年越しソバを食べようとしたら、人食いソバに襲われましたというのは洒落にならないだろう。
 いずれにしても、冒険者が見過ごすわけにはいかない。
「だから、邪魔なモンスターを退治して、美味しい年越しソバをゲットだよ。
 みんな頑張ってね、応援してるよ〜♪」
 そう言うと、ルラルは依頼に赴く冒険者を送り出すのだった。

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参加者
蒼の閃剣・シュウ(a00014)
きゅーたま・アムル(a06772)
エルフの翔剣士・シェルト(a11554)
兄貴屋台・ラーメン(a27118)
大図書館・エクストラ(a37539)
天秤の淑女・アリシア(a38400)
雪華の揺籠・ネオン(a41523)
いつでもはらぺこ・カリジラ(a44977)
煌蒼の癒風・キララ(a45410)
風薫月橘・メレリラ(a50837)


<リプレイ>

●ソバ出没注意
「なかなかシュールな光景だね……」
 冒険者一行が街道の脇に立てられた『ソバ出没注意』と書かれた看板を発見して暫く、周囲を探索していた彼等の前に悠然と姿を現したのは、巨大な……あまりにも巨大な蕎麦の塊であった。
 うねうねと絡まり合った麺というか触手の群れは細く長く、近寄る者を威嚇するように周囲を警戒している。
 そんな光景を呆然と眺めながら、黎明の燕・シェルト(a11554)は気を引き締めていた。
 見た目はあれだが、相手はモンスターである。油断は出来ない。
「私の前に現れたことを不幸と思うが良いですわ!」
 黒炎覚醒を発動し漆黒の炎を怒髪天を衝くように全身に纏いながら、天秤の淑女・アリシア(a38400)は鬱憤を晴らすかのように言い放っていた。
(「まったく、腹立たしいことこの上ありませんわ。セイレーンであるわたくしが無病息災を願って年越しソバを食べることの何処がおかしいのかと……」)
 何というか、詳しいことは分からないが色々あるらしい。
 それはさておき。
「来ますわ!」
 咄嗟に警告を発する彼女の言葉よりも早く、蕎麦のモンスターが繰り出した触手が恐るべき勢いで伸ばされると、側で同じように迎撃態勢を整えていた、セ・キララ(a45410)の全身を容赦なく絡め取る。
「……やっ!?」
 襲い掛かる無数のヌードル触手に絡め取られ、キララは思わず艶っぽい声を漏らす。
 必死に抜け出そうとするものの、針金のように強靱な麺は簡単には抜け出せない。それどころか、抵抗すればするほどより強固に締め上げていく。
 そして、唯一の医術士が身動きを封じられたことで、冒険者の動きも制限されていた。
「大丈夫ですか……?」
 慌てて、銀水晶の契り・ネオン(a41523)が高らかな凱歌を奏でるも、それだけではキララに絡み付く麺を振り払うことは出来ない。
 おまけに、最大射程から繰り出された攻撃は、彼女と、モンスターに接近しようとする前衛との距離を大きく広げさせている。
 例え戒めから抜け出せたとしても、このままでは仲間と合流するのに手間取るだろう。
「終わればお蕎麦、年越しそばわんこそば……わんこってきるどれっどぶるーなぁ〜ん?」
 その間にも、いつでもはらぺこ・カリジラ(a44977)が何やら既にご褒美のお蕎麦を妄想しながらも、召喚獣を持たず打たれ弱いであろう、風薫月橘・メレリラ(a50837)に鎧聖降臨を施し、彼女の防御力を確保している。
「ありがとう」
 とりあえず礼を述べながら、メレリラは自らも土塊の下僕を呼び出し、自らの前方に配置していた。
 モンスター相手には付け焼き刃かも知れないが、少しは役に立ってくれるだろう。
 前方では、シェルトがスーパースポットライトを放ち、目映いばかりの閃光がモンスターの注意を惹き付けている。
「こっちだよ!」
 彼の言葉に応えるように、再度放たれた無数の麺はシェルトに向かって突き進んでいた。
 行く手に立ちはだかる麺を避け、あるいは槍で薙ぎ払いながら、それでもシェルトはモンスターに迫る。
 だが、完全にかわしきれない。
 辛うじて絡み付かれるのは防いだものの、叩き付けられた麺は彼の体力を容赦なく削ぎ落とす。
「大丈夫ですか……?」
 後方からは、詠唱兵器・エクストラ(a37539)が癒しの波動を放ち、シェルトの体力を回復させるが……イリュージョンステップのない彼が集中攻撃を受け続ければ、彼女達だけでは支えきれないかも知れない。
 それにしても、どういう経緯でこんな姿になったのだろう、と目の前のモンスターを眺めながら、エクストラは頭の片隅で思う。
 よっぽど蕎麦に拘りがあるのか知らないが、前回の饂飩のモンスターに引き続き、麺類に執着心を持っている冒険者がそうそういるとは思えない。……と、視界の片隅にふんどし姿の、兄貴屋台・ラーメン(a27118)の後ろ姿を確認し、エクストラは思わず眉間にしわを寄せる。
 ……意外と多いのだろうか。
 彼女がそんなことを考えているなどつゆ知らず、ラーメンは三ッ首の魔炎を生み出すと、ペインヴァイパーの吐き出すガスと同化して妖しさを増すスキュラフレイムを目の前のモンスターに叩き付けていた。
「焼きそばにしてやるけんのぅ!」
 血を滴らせる獅子の爪が、炎を纏う山羊の角が、毒を滴らせる蛇の牙が次々と襲い掛かるが、蕎麦のモンスターはうねうねと蠢きながら避けてみせる。
「焼きそばはお気に召さんのかのぅ?」
「麺の種類が違うような気もするけど……こう、何つーか、美味そうだよなぁ」
 落ち込むラーメンの傍らでは、蒼の閃剣・シュウ(a00014)がウェポン・オーバーロードを発動し得物をそば切り包丁の形状に変化させながら、目の前のモンスターを眺めつつ呟いていた。
 一見、単なる巨大なソバの塊に見えるのだが、奥にはどういう構造なのか仄かに湯気を立てるつゆが浮かび、細長い麺を常に温かいつゆでコーティングしている。
 それがカツオ風味のダシの香りを漂わせているから侮れない。
 頭(?)の上に乗ってるエビ天もつゆを吸い込みつつ、しかし浸かりすぎず、サクサク感を保っているのもポイントが高いだろう。
 おまけに、切り落とした触手の断面からは、弾けるように仄かな蕎麦の香りが漂っていた。
「気を付けて!」
「……おっと、危ない危ない」
 きゅーたま・アムル(a06772)の声に気を取り直しながら、シュウは目の前のモンスターに意識を集中させる。
 猛烈な勢いで次々と叩き付けられるみじん切りにされた無数の葱を避け、モンスターの懐に飛び込みながら、シュウは破壊の一撃を叩き込んでいた。
 繰り出されたデストロイブレードが、蕎麦のモンスターを断ち切っていく。
 街道に仄かな蕎麦の香りが漂っていた。

●晴れときどき薬味
 後方からエクストラの放ったエンブレムノヴァが蕎麦のモンスターを呑み込んでいく。
 だが、蕎麦のモンスターは全身から芳ばしい香りを漂わせながらも、即座に反撃に転じていた。
 頭の上に乗っかったサクサクのエビ天を無数の触手で器用に掴み上げると、蕎麦のモンスターはまだつゆの滴るそれを、押し寄せる冒険者にフルスイングで叩き付ける。
「……っ!」
 何処からそんな怪力が生み出されるのか、プリプリした海老とサクサクした衣、それにあつあつのめんつゆが相乗効果となって生み出す破壊力が、周囲に押し寄せていた冒険者を吹き飛ばす。
 強烈な一撃に弾き飛ばされたアムルは、それでも咄嗟に体勢を立て直そうとするが、モンスターの反応が速い。
 だが、後衛に向かって襲い掛かろうとするモンスターを、ラーメンが全身で受け止めていた。
「MENはコシが命!」
 そのままの勢いで、ラーメンは不定型な身体を持つモンスターを投げ戻すと、倒れ込むモンスターに後方からカリジラの放った緑の突風が追い打ちを掛ける。
 無数の木の葉が生み出す衝撃波に吹き飛ばされ、モンスターの体勢が崩れた。
 彼等には、それで充分だろう。
「やったなぁ〜ん♪」
「いまだぁ!」
 尻尾振り振り勝ち誇るカリジラの言葉を受け、何とか立ち上がったアムルは倒れ込んだ(?)蕎麦のモンスターに駆け寄ると、聖なる一撃を叩き込んでいた。
 モンスターとの距離を確保しつつ、シェルトも音速の衝撃波を繰り出し触手を断ち切っていくが、蕎麦のモンスターは無事な触手を手繰り寄せると、尚も攻撃に転じる。
 どうやら、簡単には勝たせて貰えないらしい。
 モンスターの撃ち出した無数の刻みネギがシェルトの身体を打ち付ける。
「……っ、距離を読み違えたかな?」
 辛うじて、倒れるまでには至らなかったものの、彼の身に刻まれた傷は思ったより深い。
 だが、スーパースポットライトの影響下にある以上、蕎麦のモンスターも決して手を緩めることはないだろう。
「シェルト!」
 そこに、後方から放たれたキララの癒しの聖女が彼の体力を回復させる。
 ワンテンポ遅れて、メレリラの放ったエンブレムノヴァが、蕎麦のモンスターを怯ませていた。
「大丈夫? ……それにしても、しぶといモンスターね」
 その隙に、シェルトは体勢を立て直す。
「これ以上好きにはさせない!」
 放たれたソニックウェーブが、襲い掛かろうとした触手を切り落としていく。
 後方からは、アリシアもスキュラフレイムを撃ち込み、蕎麦のモンスターを焼き払っていた。
「うふふ、綺麗な花には棘と毒がありましてよ」
 彼女の与えた炎と毒、血の呪縛に蝕まれるモンスターの姿を見詰めながら、アリシアは不敵な笑みをこぼす。
 更に、街道に響き渡ったネオンの眠りの歌が響き渡ると、蕎麦のモンスターの動きが徐々に鈍り、やがて完全に停止してしまう。
「食べ物が眠るところなんて滅多に見られませんよね……」
(「これは熟成……なのでしょうか?」)
 ネオンがポツリと呟いているが、その間にも、スキュラフレイムの呪縛はモンスターを蝕み……やがて、蕎麦のモンスターは二度と目覚めることなく、眠ったまま力尽きその場に崩れ落ちていくのだった。

●108煩悩蕎麦の舞い
 何はともあれ。
 街道から無事に蕎麦のモンスターを排除した一行は、営業を再開した街道沿いの蕎麦屋さんで年越しソバを頂くことにした。
 自分達の打ったソバを毎日のように食べているからだろうか、年の割に元気な老夫婦の営む蕎麦処は、店構えから食器まで年季が入っており、食べる前から老舗の貫禄を感じさせる。
 やがて、仄かなダシの香りを漂わせながら、年越しソバがやってきた。
「何だか随分待ったような気がするわね」
 最前から美味しそうなモンスターと戦っていた所為か、苦笑しつつ、メレリラはエビ天と月見と三つ葉の乗った大盛りのかけそばに箸を付けている。
 丹念にダシを取ったつゆと、通常より遙かに細長い麺のバランスが良い。
「蕎麦はな……噛まずに一気に呑み込むのが通とされていて、年越しソバも如何に上手く途中で切らないように味わうか……げほっげほっ」
 隣では、キララが何やら年越しソバに関する蘊蓄を垂れている。
 まあ、実際にこれだけ長い蕎麦を噛まずに呑み込んだら咽せたりもするのだが……それはそれとして。
「店長さん、お代わりなぁ〜〜ん」
 その話を右から左へと聞き流しながら、カリジラは早くも2杯目を注文していた。
 まるで、怪獣か何かのような勢いである。
 のどごしも良いだけに、食べやすいのだろう。
「結構本格的なんですね……」
 楓華列島出身のネオンは、年越しソバを感心したように味わっている。まさか、故郷から遠く離れたこの地で年越しソバを食べることになるとは思わなかったが、なかなかどうして、文句なしの味かも知れない。
 ランドアース大陸(特に東方同盟諸国)は様々な文化が入り乱れており、食文化もその一つである。店主の話によると古くから伝わる製法をそのまま受け継いでいるらしく、伝統の味が遠い国の片隅で受け継がれていることに、ネオンは感心しきりであった。
 一方、アリシアはと言うと、何故か次々とお代わりを入れられるわんこそばに悪戦苦闘している。
「あれ? なんで食べてる最中に麺を入れるんですの?」
 少食なアリシアは見た目で食べ頃サイズのわんこそばを選んだらしいが、お嬢様育ちの彼女にはそれが何を意味するのか分かっていなかったらしい。
 それでも、必死に食べ続けているのは、帰ってから執事に莫迦にされたくないという一心なのだろう。
 まあ、食べる量より注ぎ足される量が圧倒的に多いので、モンスターと違って彼女に勝ち目はない。結局、仲間が止めるまで地獄のわんこそばレースは続いていく。
 その様子を眺めながら、エクストラは黙々と年越しソバを啜っていた。
「かきあげも美味しいですね……」
 噛むたびに上半分のサクサクとした食感と、下半分からじゅわーっと溢れ出すつゆがたまらない逸品である。
 それでも、麺の存在感が決してなくならないのはさすがと言うべきだろうか。
「これからは年越しラーメンの時代じゃ……!!」
 そんなことなどお構いなしに、ラーメンはラーメンで、相変わらずラーメンの布教に勤しんでいる。
 冬場でもふんどし一丁の後ろ姿が目に眩しい。
「暖冬で良かったね」
 ボソリと呟きながら、シェルトは年越しソバを素早く掻き込んでいた。
 透明感のあるつゆはソバの風味を生かさず殺さず、お互いに引き立てており、文句なしに仕上がっている。
 アルムはと言うと、スライスされた鴨肉の乗ったゴージャスな蕎麦を堪能していた。
「わ〜い、年越しご褒美です〜♪」
 鴨肉は癖のない合鴨を使用しており、仄かにピンクに色付いた身は口の中で弾け、蕎麦とつゆと渾然一体となって吸い込まれていく。
 また、鴨肉から出る脂が蕎麦を違う風味に変え、焼いた長ネギがそれを嫌味のない後味に変えていた。
「世の中にめでたいものは蕎麦の種、花咲みのりみかどおさまる。
 って言うくらいの縁起物だしね、しっかりと頂きましょ」
 シュウが食べているのは、石臼で粗挽きした十割蕎麦。繋ぎに布海苔を使用したものをざるで、シンプルに味わっている。
 さすがに挽きたての香りを味わうにはこれが一番らしく、一口目はつゆを付けず、蕎麦の持つそのままの味を堪能し、二口目からもつゆを付けすぎず、先端だけを浸し、箸がつゆの色に染まらないように注意しつつ、勢いよく啜っていく。
 最後に蕎麦湯をめんつゆで割ったものを飲み干し、シュウは手早く食事を済ませていた。
 これで、無事に年が越せるだろう。
 そうして年越しソバを堪能した一同は、蕎麦屋を営む老夫婦に見送られながら、年の瀬の寒空の下、暖かな我が家への帰路に就くのだった――。


マスター:内海直人 紹介ページ
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