銀盤の乙女



<オープニング>


 寒さが最も厳しくなるこの時期、毎年、レンという村では小さな祭りが行われる。雪解けと共に始まる狩りの豊漁を祈り、村の広場を幾つもの氷の彫刻で飾るのだ。
 彫刻に必要な氷は、近くにある大きな湖から切り出される。本来であれば既に氷の切り出しは終わり、村のあちらこちらで加工が始まっている筈であったが、今年はある問題によって氷の切り出しすらままならぬ状態に陥っていた。

「……どなたか、モンスター退治に行って頂けませんか」
 霊査士の呼びかけに応じ、テーブルの周囲に人垣が出来る。冒険者の酒場では、馴染みの光景のひとつだ。
「レンという村の近くに、比較的大きな湖があるのですが……どうやらその湖に、モンスターが居座っているらしいのです」
 外見は10代半ばの少女のようにも見えるそのモンスターは、全身が氷のように透き通っており、湖の上を滑るように移動する様が目撃されていた。無数の氷の破片を操り、森から湖へと迷い出た狼を、一瞬で倒してしまったらしい。
「村の自警団が離れた場所から見張っているそうですが、モンスターは湖のほぼ中央に居座り、現在のところ移動する気配はないようです。ただ、村の近くという事もありますし、このまま放置する訳にもいきませんから……」
 モンスターが何らかの動きを起こす前に退治して欲しい。それが村からの要望なのだ。
「霊査出来る品物が何もない為、残念ながらモンスターの能力について助言する事は出来ません」
 霊査士の青年が、手元の手紙に視線を落とす。
「ただ、目撃した村人の話では、モンスターが操る氷はかなり広い範囲まで届くようです。モンスターが湖の中央に居座り続けるようであれば、戦闘は氷の上で行われる事になりますから……それなりの用意は整えておいて下さい」
 恐らくは、村で情報収集を行ってもこれ以上の話は出てこないだろう。依頼を託すにあたり、手に入る情報は全て手紙に記されたであろうから。
 能力の判らない敵。しかも、凍った湖の上での戦闘。
 せめて、モンスターの能力だけでも把握できれば良かったのに。
 依頼を託す霊査士は、己の無力さを噛み締めているようにも見えた。

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参加者
求道者・ギー(a00041)
堕天人形・サブリナ(a06006)
想いを謳う医術士・スズネ(a36692)
楓華牙狩人・シノブ(a45994)
修行中の翔剣士・ニコラ(a46814)
十六夜の月と戯れ踊る白狐・クルワ(a55507)
野花の微笑み・セルフィナ(a59008)
小麦粉デレラ・エリスタ(a59490)
林檎とナパームアロー・チェルシア(a60379)



<リプレイ>


 冬の森は静寂に満ち、獣はおろか鳥の姿さえ見掛ける事はなかった。静寂を乱すものといえば、湖を目指す冒険者達の足音のみ。陽の当たらぬ木々の根元には、未だ溶けぬ朝霜が枯れ草の表面に貼り付き、白い産毛のように逆立っている。
「う〜〜。寒いのは嫌いですわぁ〜」
 両腕で自分の体を抱き締め、気ままに紡ぐ医術士・スズネ(a36692)が口を開くと、吐く息が白い霧となって微風に流れた。色白の顔が心もち青褪めて見えるのは、恐らく気温の低さが原因であろう。それは、同行者の殆どに共通するものであったから。
「氷の彫像も興味あるけど……氷の少女のようなモンスターも綺麗なのかなぁ〜」
 野花の微笑み・セルフィナ(a59008)の発言は、いかにもプーカらしいものであった。透き通る氷の乙女。レンの村で行われる氷像の祭りと共に見る事が出来たら、どんなに素敵だろうと思ったのだ。無論、無理である事は承知しているのだが。
「銀盤の上を滑り、氷を操る少女だなんて、とても幻想的ですわ。是非ともこの目で見てみたくて、この依頼に参加致しましたの」
 冒険者が依頼を受ける理由は様々だ。堕天人形・サブリナ(a06006)のように己の好奇心を満たす為に依頼に参加する者も、そう珍しくはない。動機が何であれ、依頼を成功させる為に全力を尽くす事に変わりはないのだからと、サブリナ自身は考えている。
「一見綺麗に見えそうですけども、それがモンスターならば凶悪でしょうし、その湖で氷の切り出しを掛かる人には困ってしまうのですね。ならここは、冒険者としてきっちり退治してみせるのですね」
 語尾を強調して話す癖のせいだろうか。エルフの牙狩人・シノブ(a45994)は、冒険者としての使命に熱く燃えているように、仲間の目に映った。寒さに身を竦ませる者が多いなか、ピンと背筋を伸ばしたその姿勢からも、やる気の程が窺える。
「皆が楽しみにしている祭りを中止にさせる訳にはいきませんからね」
 穏やかな口調で逢魔時と戯れる白狐・クルワ(a55507)は応じ、ほんの少しだけ歩調を緩めた。
 前方に光が差し、木立の間から砂地の湖岸と凍結した湖が見える。
 目的地へと到着したのであった。

「落ちると冷たいじゃ済まなそうですね……」
 初めて訪れた土地の湖。氷の厚さや強度など、見て判別できる訳もない。故に、修行中の翔剣士・ニコラ(a46814)は数本のロープ類を持参していた。1本は自分が携え、他は岸に残る牙狩人達に託す。万が一の際に備えた命綱……使わずに済むのなら、それが一番ではあるのだが。
(「遠めに見るだけなら、幻想的でとても綺麗に見えるけど……被害が拡大しないうちに倒さなければいけないなぁ〜ん」)
 林檎とナパームアロー・チェルシア(a60379)は仲間の傍を離れ、森の際を湖の左岸に沿って移動していた。時折湖に視線をやると、静かに佇む氷の乙女の姿が見える。すらりと伸びた四肢も長い髪も、事前に聞いていた通りに青く透き通っている。微動だにせぬその姿は、まさに氷で造形された彫像そのもの。
(「……それにしても、上手くいくのかしら……ちょっと不安ね……」)
 一抹の不安を抱えたまま森の際に潜み、素直落し物犯・エリスタ(a59490)は行動開始の瞬間を待っている。敵の能力が判らないというのは、何とも心細いものであった。いざ戦闘が始まれば、じかに見る事になるとは言っても。
「ふむ、氷上での戦闘か。……敵の領域に踏み込むも、また一興と言えようか」
 湖の左右に展開したチェルシアとシノブから合図があった。武器の強化も既に完了している。求道者・ギー(a00041)は砂岸へと踏み出し、手の中に1本の矢を作り出す。
 正面から2本、左右の岸からそれぞれ1本。計4本のホーミングアローは、ほぼ同時に放たれた。


 氷の乙女が動いた。4本の矢から遠ざかるように、正面を向いたまま交替する。それを追尾する矢が軌道を変えた時、モンスターは突如として前進に転じた。人が全力で駆けるよりも遥かに早い。モンスターの急激な方向転換に対応しきれず、ホーミングアローが標的を見失う。
 自分に向けられた指先に言い知れぬ何かを感じ、シノブは咄嗟に身を伏せた。頭上を通過して背後の木に命中したのは、紛う事なき氷の矢。命中した箇所を中心として、太い幹が氷に包まれていく。
「注意するですね! 魔氷の矢を射ってくるですよ!」
 警告の声が飛んだ時、前衛は既に氷の上に立っていた。クルワは軽い危機感を覚えた。靴底に鋲を打ち込んではあるが、転倒の危険を思えば全力で走る事も出来ない。岸辺まで届く氷の矢を操り、スピードでも勝る敵を相手に、果たして勝機はあるのだろうか。
「さぁ、一緒に踊りましょう。あなたの氷、わたくしの黒炎で溶かし尽くして差し上げますわ」
 サブリナを包む黒炎覚醒は、ミレナリィドールの同化によって黒と紫を基調としたグラデーションを見せていた。包囲はまだ完成していない。牽制の意味も兼ね、サブリナはデモニックフレイムによる攻撃を試みる。
 直線的な滑りから緩やかなターンへと、モンスターの動きが変化した。驚くほどの柔軟性を発揮して上体を反らし、デモニックフレイムをやり過ごす様は、まるで優雅な舞踏を見るようだ。
(「今回の主力は牙狩人。ボク達は牙狩人に攻撃が行かない為の囮のような感じでしょうか」)
 事前に行われた作戦会議を自分なりに解釈し、ニコラはイリュージョンステップの構えを取る。少しでも長く囮役をこなせるように。動き難い氷上でも、回避能力を確保出来るようにと。
「あなたも生きてるだけだし、それを責める事は出来ないのですけどねぇ〜。ま、場所が悪かったと思って欲しいのねぇ〜」
 現在のところ、仲間に負傷者は出ていない。回復薬に徹するスズネは、まだ多少は気楽な気持ちで戦闘を見守る事が出来た。一方、彼女と共に中衛を担うエリスタは、モンスターとの距離が開きすぎている為に、攻撃に参加する事が出来ずにいる。
「誰かに危害を加えるんなら、容赦しないんだから……!!」
 唇を噛み、エリスタは赤茶色の瞳でモンスターを睨みつけた。銀盤に舞う氷の乙女を、その視線で射抜こうとするかの如く。

 モンスターが接近戦を嫌っている事は、前衛の冒険者に近付こうとしない様子からすぐに明らかとなった。魔氷の矢による攻撃が、もっぱら牙狩人達に向けられているという事実も、ホーミングアローの一斉攻撃に辟易としている事をうかがわせる。
 足元に注意を払い、時折遠距離攻撃を試みながら、氷上の冒険者達は慎重に前進を続ける。行動範囲を狭められ、半包囲されつつある事に、果たしてモンスターは気付いているのだろうか。
 前衛が湖の中央付近にまで到達した時、モンスターは遂に包囲陣への攻撃に転じた。対岸近くまで後退していた氷の乙女は、前進を開始すると同時に無数の微細な氷片を放ったのである。
「くっ……!」
「あぁぁっ……!」
 幾つかの悲鳴が上がった。サブリナとクルワが氷の棺に閉じ込められ、ダークネスクロークによっても庇いきれなかったギーの右腕が、握った得物ごと氷結する。
 前衛だけではなかった。距離を置いて行動していたスズネとエリスタをも、氷片はその有効範囲に捕らえていたのだ。彼我の距離は15メートル程も離れていたというのに。
「範囲攻撃にまで魔氷の効果が宿っているなんて……」
 氷上で難を逃れ得たのは、ニコラ唯ひとりであった。イリュージョンステップとダークネスクローク、そのどちらかが欠けていれば、彼女も仲間と同じように魔氷に封じられていた事であろう。モンスターは前進し、前進を続け、今にも前衛の間をすり抜けようとしている。
 止めなければ。包囲陣を突破され、後衛にまで被害が及べば、もはや勝ち目はない。回復役までが魔氷に封じられた以上、状態異常からの回復は各自の能力と幸運に委ねられる。氷の乙女の足を止め、少しでも長く時間を稼ぎ、仲間の復活を待たなければ。
「行かせません!」
 氷像と化した仲間の間を突破したモンスターの背中に向けて、ニコラはソニックウェーブを放った。相手はまだ中衛にまで達してはいない。モンスターが次の攻撃を繰り出す前に止めるなら、今しかないのだ。
 モンスターには油断があったのかも知れない。或いは、氷上の冒険者の全員が無力化したと思い込み、岸辺の牙狩人にのみ、その意識を向けていたというべきか。
 チェルシアに向けて伸ばされた腕を、ソニックウェーブが直撃した。断たれた腕が氷上で砕ける様は、落下したガラス細工のそれに似ていた。
「魔氷には魔氷でお返しなのですよー!」
「私を狙われても困るなぁ〜ん!」
 シノブが放った矢を回避したモンスターは、片腕を失っていたが故に大きくバランスを崩した。その足元にチェルシアのライトニングアローが突き立ち、氷に生じた小さな亀裂がモンスターを転倒させる。
「皆に迷惑を掛けるのは、いけない事なんだよ!」
 叫びざまに放たれたセルフィナのホーミングアローは、氷の乙女に立ち上がる事を許さなかった。軌道を変え、真上から落ちてきた矢を避けて、氷の乙女は銀盤の上を転がる。
 そして。
「こんな綺麗なモンスターさんと間近で踊れるだなんて、光栄ですわ。音楽のひとつでもあれば、更に雰囲気が増したでしょうに」
 魔氷の呪縛から最初に復活を果たしたのは、イニシアチブで勝るギーではなく、サブリナであった。バッドステータスの回復を促す高らかな凱歌が、氷上でひとつの旋律を奏でる。
「さぁ、覚悟して頂きましょうか!」
 長い髪をなびかせてクルワが仕掛けた時、氷の乙女はようやく立ち上がったところであった。斬鉄蹴が左脚を断ち斬ると、モンスターは再び転倒した。転倒しつつも、一撃離脱を図った青年に向けて魔氷の矢を放つ。
 クルワは左肩を負傷したが、その身が魔氷に封じられる事はなかった。青い瞳を目蓋に隠し、スズネが静謐の祈りを捧げていたのだ。
 おふざけが許される時と場所を、スズネはわきまえていた。行動すべき時にはきちんと役割を果たす。今のスズネの表情は真剣そのものだ。
「いつまでも好き勝手な事はさせないんだから!」
 モンスターは片脚を失っており、例え立ち上がる事が出来たとしても、氷上を滑る事は不可能となっていた。もはや拘束の必要はない。そう判断したエリスタは、エンブレムシャワーを用いて攻撃に参加する。
 無数の光が氷の乙女を叩き、その全身に小さな亀裂を生じさせた。接近戦を嫌う様子から予測出来た事ではあるが、モンスターの肉体はかなり脆い。
「弱き者よ、ただ安らかに眠りたまえ」
 短い祈りの言葉と共に、ギーはホーミングアローを射放した。
 直撃を受けたモンスターの体は、無数の破片と化して銀盤に散った。


 モンスター撃破の報を受けたレンの村では、さっそく祭りの準備が始まった。村人達は冒険者に感謝の言葉を送っただけでなく、数時間を村で過ごし、祭りを見物していくようにと勧めてくれた。
「これで祭りも無事に始められそうですね」
 湖岸の焚き火に冷えきった手をかざし、くつろいだ表情でクルワは言った。彼とニコラは村人に手伝いを申し出て、氷の切り出しに従事していたのだ。お陰で作業は急ピッチで進み、村の方では彫像作りも始まっているらしい。サブリナやチェルシアを含めた幾人かは、報告を兼ねて村長宅でお茶をご馳走になっている。
「村人さん達、本当に嬉しそうですわぁ〜」
 村から運んできた薪を焚き火に放りながら、スズネは行き交う人々を眺めていた。どの顔も晴れやかだ。それをもたらしたのが自分達である事に、誇らしさすら感じるほどに。
「どうだい。折角だから、あんた達も何か作ってみたら」
「えっ、ボクもやっていいの!? やったぁ!」
 最後の氷を取りに来た村人に声を掛けられ、セルフィナが嬉しそうに飛び跳ねる。その姿を微笑ましそうに見やったニコラは、「彫刻は出来そうにないので、見学だけさせて貰います」と応じていた。
 やがて、陽が西に傾いた頃。
 村の広場に、いくつもの小さな明かりが灯った。氷の彫像には小さな空洞が作られ、キャンドルの炎が揺れている。彫像はどれも荒削りな物ばかりだったが、逆にそれが内側からの光を乱反射させ、幻想的なまでの美しさを醸し出している。
「小さな村の割りには、なかなかの祭りね」
 あまり素直でない表現を用いて、エリスタはその光景を賞賛した。彫像の大半が動物であるのは、狩猟を生業とする村だからこそであろう。
「この村の者達は自然を敬う事を知っているのであろうよ」
 氷の彫像ひとつひとつを眺めながらギーは言う。隅の方に、何だかよく判らない像が置かれている事にも気付いたが、それに関するコメントは差し控えた。
「後は春が来るのを待つだけなのですよ」
 楽しげにシノブは語り、直後に小さなくしゃみをしたのだった。


マスター:夕霧 紹介ページ
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