【色無き世界に】黒の希望



<オープニング>


 その光景を見れば、誰もが絶望的な状況だと評するだろう。
 男の前には巨大なモンスターが居て。
 近くには彼を助けてくれる冒険者はおろか、1人の人間すら居ない。
 ……いや、先程までは数人居た。
 だが、それはもはや人としての形を留めてはいない。
 男は、目の前に広がる光景を、しかし。絶望とは感じていなかった。
 その理由は、単純にして狂気に満ちている。
 この恐怖から逃れられる希望は、もはや死しかない。
 目の前のモンスターは、その希望に導いてくれる。
 ……だが、それは。そもそもモンスターに襲われるという前提が無ければ有り得なかった結論だ。
 そんな事すらも判別できない程に、男は狂っていた。
「ひ、ひひひ……」
 男は狂気と希望に満ちた笑いを浮かべて、その体を粉砕された。

 それから、数日の後。ミッドナーは冒険者達に依頼の説明をしていた。
「……場所は、確かにそこなんだな」
 デストの言葉は、淡々としている。
「ええ。モンスターは1体。大きさはかなりのものですね……大きさに見合った体力と、それに伴う防御力を持っています。現場の廃村の中央を通るかなり大きな街道がありますので、一夜の宿を求める一般人の方々が入る危険性も……いや、実際にそういった被害は、確実に増え続けています」
 多少はモンスターの噂が人の耳に入るとはいえ、街道を外れれば盗賊の危険性は格段に上がる。
 見たことも無いモンスターよりも、見たことのある盗賊を恐れる人達が居るのも、仕方の無いこと。
 力なき人達にとっては、どちらも同様に恐ろしいものなのだから。
「……」
 何かを考えるように腕組みをするデストを、ミッドナーが訝しげな顔で見上げる。
「……どうしました?」
 その言葉に、デストは答えない。ただ、苛立たしげに指を動かす仕草だけが……微かな違和感を、彼女の心に残していた。
「……どうか、最良の……結末を」

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参加者
月詠み賢女・シリア(a23240)
白の癒し手・ミディア(a27216)
幻装・ティニーク(a34336)
闇夜の刺客・リーナ(a34480)
月下邪竜・シルヴィア(a38394)
暁を纏いし者・タクマ(a43429)
硝華・シャナ(a52080)
星喰らう蒼き闇・ラス(a52420)
NPC:放浪剣士・デスト(a90337)



<リプレイ>

●起源は万物に在りて
 廃村の中央を通る大きな街道。それは、通常の村では有り得ない光景だ。
 そう、どのような村にも「成り立ち」というものがある。
 畑や生活用水に使う水路を引くために川の傍に出来たり、あるいは山の作物を生活の糧とする為、山中や麓に築かれた村。
 さて、そういう視点で見たならば……この村は、如何なる用途で生まれたのか。
「宿場村……か!」
 それに気づいた暁を纏いし者・タクマ(a43429)は、思わず叫ぶ。
 そう、街道を通る旅人達を客とし、生活の糧としていく村。すなわち、宿場村。
 廃村の中央を通る街道は……いや、街道を中心として村が作られたのだ。
 如何なる理由で廃村となったのかは定かではないが……1つだけ、ハッキリとしている事がある。
 通常、村とは円を描くようにして広がっていくものだ。
 だが、この廃村は街道を中心としている。すなわち、縦に長い。
「とにかく、急がなければいけませんわ……」
 タクマのグランスティードに乗ってきた白の癒し手・ミディア(a27216)が、慌てた声をあげる。
 そう、作戦では、この場所と「反対側」の2箇所に立ち入り禁止の看板を刺さなければならないのだ。
 そう……街道とは単純にこちら側から向こう側へ、といった類のものではない。
 向こう側からこちら側へ。当然、そういった人達も大勢居る。
「雨が……」
 遠眼鏡を通じて辺りを索敵していたタクマが、レンズにつく水滴を拭こうとして諦める。
 この状況では、遠眼鏡での視界は望むべくもない。
 そして、この状況で雨というものは、非常に悪い結果を招く。
 そういう嗜好でも無ければ、雨の中をすすんで歩こうという人間は居ない。
 ならば、どうするか……おあつらえ向きの建物が、すぐ側にたくさんある。
「急ぎましょう」
「そうだな」
 2人を再び背に乗せたグランスティードは、街道を、村を外回りするようにして迂回して走っていく。
 無論、街道の反対側にモンスターと会わないように向かうためだ。
 そう、それは当然の行動だ。2人でモンスターに出会っても勝算は低い。
 ならば、迂回するのは当然の事。戦略としては当たり前にして、当然取るべき確実な方法に他ならない。
 雨は次第に強くなり、視界を……音を自らで支配していく。
 迂回するべきという事を考え付かなかった、旅人の姉弟の断末魔をも、その音の中に隠して。
 彼女達の幸運は、せめて2人一緒に殺された事くらいだろう。
 大切な人を失う悲しみも、殺される痛みも味わう事無く……文字通り粉微塵にされて。
 ここまで粉微塵にされてしまえば。2人を知っている人間が見たとて、その成れの果てだとは思うまい。
 恐らく、あの2人は何処かの空の下を旅しているはずだと思うだろう。
 いつか見つけたいと言っていた、安住の地を探して。
 ……雨の音は、強く。何もかもを、洗い流していく。

●承けられぬが故に
「何かいつもより張り詰めてる感じがするけど、誰かに話せることかな? 僕で良ければ聞くけど?」
 幻装・ティニーク(a34336)の言葉に、緑の影・デスト(a90337)は振り返りもしない。
 いつも通りといえばいつも通りだが、そうでないようにも感じる。
「雨、か……あの2人、大丈夫かな?」
 蒼の十字に誓う双剣士・ラス(a52420)が、先頭を走る闇夜の刺客・リーナ(a34480)に声をかける。
 あの2人とは先行したタクマとミディアの事だが、その言葉にリーナは大丈夫でしょう、と返す。
 無鉄砲な2人ではない。然程無茶はするまい。
「何があっても出来る事はやらなくっちゃです!」
 そう言ってリーナを追いかけるようにして走る月下邪竜・シルヴィア(a38394)は、視界の狭さに辟易する。
 戦闘の支障になるほどではないが、遠くは見えるに越したことはないのだが……。
 だが、もうすぐ廃村に辿り着くはずだ。そう、明かりが見えているではないか。
「明かり……?」
 月詠み賢女・シリア(a23240)が、訝しげな顔をする。
 廃村の中に、人がいるという事だろうか。
「まさか、この雨で……」
 硝華・シャナ(a52080)の頭に、最悪の想像が浮かぶ。
 そう、雨の中で看板を見ようというものはあまりいなかったのではないか。
 それに、雨の中にいるよりは、建物の中に居たいというのも……。
「……もっと単純な理由だな」
 デストが、その想像に割り込むようにして口を開く。
「単純な……って、まさか……」
 何かに気づいたらしいラスに、デストが頷く。
「字なんか読めなかったんだろうさ。立ち入り禁止ってのくらいは何となく文字の形で分からん事もないだろうが……何処かで教わらなきゃ、文字なんて普通は読めん」
 そう、デストの言うとおり立ち入り禁止というのが分かった人がいても。
 ここは廃村だ。崩れそうで危険だから、くらいの意味にしか取るまい。
 つまり。この村の中には、多数の一般人が入っている可能性があるのだ。
 そして、これも当然の事ではあるのだが……街道とは、大体が一本道だ。
 すなわち、先行した2人が村の偵察を行おうとしたならば、それだけでモンスターとの遭遇率は格段に上がる。
 更に言えば、モンスターは独自の索敵能力を持っているものも少なくは無い。
 すなわち、遠くの視界が効かない以上……街道を歩く事の危険性は、恐ろしく高い。
 そう、そんな事は分かっていたはずだ。だからこそ、タクマとミディアは、危険であれば即座に撤退する気でいた。
 攻撃対象とならないよう、近づかないつもりでもいた。
 だが、相手はそうではなかった。
 ……モンスターには、幾つかの種類がある。
 何らかの条件を犯さなければ襲ってこないモンスターも多いが、時としてそうではないモンスターもいる。
 すなわち、何もかもを殺戮する事のみを本能とするモンスター。
 そして、彼等の中には、非常に獲物を察知する能力に長けているものもいる。
 それは、かつて冒険者であったからなのか。あるいは本能という原始的な力ゆえなのか。
 どちらにせよ。このモンスター……黒の希望は、タクマとミディアを逃がすつもりは毛頭無いようだった。
「……ぐっ……」
 タクマは、立ち上がるようにして体勢を立て直す。
 元より、劣勢ではあった。分かりきっていた事だ。
 だが……黒い竜巻と同時に、重い枷をはめられた様な状態になってしまった。
 アビリティが、出せない。ただそれだけの事が、これ程までに如実に戦況に反映してくる。
 何とか、撤退するしかない。そうでなければ、次で「詰み」である事は間違いない。
 タクマはミディアに合図を出すと、彼女をグランスティードの背に乗せる。
 早駆け……グランスティードの能力を発動した彼等を追うように、黒の希望もまたドリルを動かすが……当然、追いつけるはずもない。
 諦めるようにしてドリルの回転を遅くすると、黒の希望は獲物の気配を求め、ゆっくりと浮遊を始めるのだった。
 そう、まだ、殺し足りない。本能の求めるまま、黒の希望は今日何人目かの獲物の気配を……確かに、感じ取っていた。
 何もかもを、雨が隠していく。
 血も、嘆きも……何もかも。永遠に隠す事など出来はしないのに……散らかしてしまった部屋の惨状を隠す子供のように。

●転がる様は塵芥にも似て
「前衛の俺が倒れたら……」
 ラスの声が、雨の中響く。
 居た、と思ったら攻撃を受けていた。
 黒の希望。自身の名を持つ最大攻撃。それは、今回の誤算の1つ。
 アビリティを封じられては、移動の為に置いて来た武器を、リーナは召還できない。
 鎧聖降臨は使えるものの、それとて押しつぶすようにして加えられる攻撃の前では、たいして意味をもっていない。
 加えて、タクマとミディアの状態が思ったよりも良くない事が拍車をかけていく。
 仲間同士で掛け合う声も、ドリル音も。強い雨音に隠されていく。
 シルヴィアのデモニックフレイムが黒の希望に着弾し、それでもドリルの勢いは弱まらない。
 巨大なドリルが大地を削り、轍のような跡を残して迫り来る。
 ティニーク達の決死の攻撃にも構わず、その身をただ前進させていく。
 我が身を決して省みぬその姿には、別段感情というものは感じられない。
 あえて言うならば、無常。ただ単に、殺すだけ。その先に何も無く、本能であるが故。
 人が歩く為に大地を踏みしめるように、それは単なる性質。
 しかし、それ故に。決して相容れる事は出来ない。
「くっ……!」
 動きを止めようにも、粘り蜘蛛糸を意に介した様子も無い。
 理由は単純。大きすぎるのだ。拘束しきれない。
「――月虹纏える……降天の星――」
 シリアのエンブレムノヴァが再び黒の希望に命中し、それでも止まらない。いや、止まる事を知らない。
 そのドリルの回転が大幅に速くなったかと思うと、猛烈なスピードで駆け回る。
 かなりのダメージは与えたはずだ。だが、それ以上にこちらのダメージは大きく……その差は歴然としていた。
 元より、全員の全力で立ち向かわねば勝利する事が危うい相手。
 今の状況では、どちらが先に倒れるか……分からないはずもなかった。
「此処は、退きましょう」
 もう、それしかない。リーナの言葉に全員が頷くが……タクマのグランスティードに乗っても、全員は逃げられない。
 そして、目の前の敵はただで逃がしてくれる相手では無い事は明らかだ。
 何の策も無く背中を見せれば……その時点で、終わってしまう。
「……30秒だ。俺も恐らく、あとそれ以上はもたん」
 そう言って、デストがダインスレフを突き出すようにして構える。
 そのフォローに入ろうとするティニークを制し、デストは言う。
「……妙な勘違いはするな。俺は死ぬつもりなど、毛頭無い。さっさと行け。俺1人なら、どうにでも逃げられる」
 要は、少しの間の時間稼ぎという事か。どちらにせよ……もはや、迷っている時間すら無い。
「……大丈夫、なんだよな?」
「簡単には死なんと約束している……俺は、約束を違えた事は無い」
 もう、そこまでで限界だった。シャナ達はデストに背を向けて走り出し、遠ざかる彼に向かって叫ぶ。
「……デスト様、私は貴方のお力になれたのでしょうか……?」
 響く剣戟の音すら、雨に隠されていって。その答えは、あったのかどうかすら分からなくて。
 翌日の雨上がりの廃村には……黒の希望の姿は無く。
 遠く、崖下に落下の衝撃で完全に破壊されたドリルが発見された。
 進む事しか知らなかった黒の希望は、その本能のままに突き進み落ちたのだろう。
 ……そこに至るまでに冒険者達が与えたダメージが無ければ、崖から落ちたくらいで死ぬ事はなかっただろうが……それはただ、それだけの話である。
「あの、デストさん……」
 肉片の散らばる村の片付けをしていたシルヴィアが、デストに再び話を切り出す。
「……また、その話か」
 デストはため息をつくと、一言だけ、何かを捨て去るようにして紡ぎ出した。
「……捨て切れない思い出があった……ただ、それだけの話だ」
 それ以上は語るつもりがない、という事だろう。いや、そんな気分ではないのかもしれない。
 空は青く。雨が隠していた惨状は、その全てを明らかにしていた。
 黒の希望に殺されたのであろう、多数の肉片達。
 人間では無く、肉片。こうなってしまえば、もはや集められるだけ集めたとて人1人分すら集まるかどうか。
 誰が悪いわけでもない。悪いのは常に、モンスター。責められる者など居るはずも無く、それでも、空虚な感覚が支配する。
 ただ、1つ希望と言えるものがあるならば。
 黒の希望はもはや、この世には無い。これ以上、被害者は出ないのだ。
 ただ、それだけ。それだけの希望しか抱く事は出来ずに、全ては幕を下ろしていった。
 そう、ただ……それだけの、事なのだ。


マスター:じぇい 紹介ページ
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死亡者:なし
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