<リプレイ>
●それは、とある館のとある地下室にあるちょっと汚れた図書室のお話 薄暗い屋敷の中を歩けば、足音が鳴る。一歩、また一歩慎重に足を進めても足音が鳴った。意図して作られたものなのだろうか。辺りの気配を伺ったが、侵入者を狙って出てくるような者の姿は無い。館はがらんどうだ。精巧な細工の施された観音開きの扉に出会うまで、冒険者達は鼠一匹どころか虫の一匹にも出会うことは無かった。異質な程の静けさは、音のある無しでなく、気配からくるのかもしれない。それぞれ持参した塗料の匂いが止めた足元で揺らぐ。瓶を指先でつまみ、業の刻印・ヴァイス(a06493)は蓋の具合を確かめた。目立つ色はとぷん、と硝子瓶の中で音をたてる。美しき調べの銀水晶の護り手・セラ(a38962)は、ヴァイスに鎧聖降臨をかけた。囮となる彼等の鎧を変化させてゆくセラを視界に囁かれし者・テスタロッサ(a08188)は護書を持ちなおした。この扉の奥は図書室になっているという。本が好きなのは理解する。もっとも、モンスターとなると別だ。銀の髪の合間から覗く瞳が扉を見据えた。 「ふむ……知識の宝庫たる書物をあまり粗雑には扱いたくはないのだが……」 ラクジットは静かに息を吐く。溜息でなく、ただ一つ事実を確認するように落ちた息は鎧聖降臨の効果の上をすべってゆく。書物を気にして怪物と戦っていたら身体がもたない。というも事実。少女型のモンスターと共に、噛みつく本。木を隠すには森、本を隠すにはーー。そこまで考えた所で、夜空に浮ぶは魔女の乗る浮き船・カトレット(a20002)は赤茶の瞳を細めた。思考を断ち切るように剣を持てば、左右の重さの違いが微かな違和感を持って伝わってくる。目立つ色の塗料を染みこませた綿布を巻き付けた左の剣を握り直す。きゅ、という音が響いた。廊下と言えども天井は高い。扉の向こうの本ーー噛みつく本の事を考えながら春風そよめく舞蝶円舞曲・ミア(a41826)は蒼月の医術士・リュシスに声をかける。 「リュシスはどんなご本が好きなのかなぁ〜ん?」 「童話や……画集が好きね」 にこぱ、と可愛らしい笑みを浮かべたミアにリュシスは微笑んだ。貴方は? と聞くよりも先に鎧聖降臨の準備が終わったとセラが告げる。分厚い扉を見据えていた愛と情熱の獅子妃・メルティナ(a08360)が顔を上げれば油性絵の具特有の匂いがした。くの字型のブーメランに布をきつく巻き、持参した油性絵の具の中から一色を選びトロンプルイユ・クレシャ(a22634)はペインティングナイフを取りだした。選んだ色はワイン地に目立つ明るい色。ざっと塗りたくったブーメランにある血ぬれの痕は隠れてしまった。 「さ、行こうか」 指先が扉に触れ、銀の剥がれた取っ手を引く。ぎぃ、とおあつらえ向きに蝶番な声を上げた。
●その人は本を片手に静かに座っていました 狭いと言えばそれに尽き、図書室は乱雑に本が並べられていた。薄暗い部屋に射し込む陽射しは、並んだ本棚に遮られる。足元にある本を器用に避け、注意するように本棚を見たテスタロッサは足を進めた。巡らせた視線が、女の姿を捉える。イリュージョンステップの構えを取ったラクジットの横、メルティナがすぅ、と瞳を細める。いる。奥の本棚の前、木造の椅子に確かに少女は腰掛けていた。 「……」 見付けた、と言うわけでなくただ周りの空気が変わる。本を片手に持っていた少女がゆっくりと顔を上げた。分厚い本と女を繋いでいた鎖がじゃらりと鳴り、外れる。ムム来る。襲撃よりも先に感覚がそれを告げ、戦闘態勢になった召喚獣達を従えた冒険者が武器を手に取る。ぺらぺらと捲られていたページは急速にそのスピードを速め、異様な程に大きな音をたて、外れた。ひゅん、と肌を切り裂く勢いで飛んできた紙がメルティナの肌を切り裂いてく。たん、と地面を蹴り離脱したヴァイスの足元で本が崩れ、揺らいだ身体をそのまま立て直し槍を構えた。 「2列目の右側にいるぞ」 ヴァイス。と響く声はラクジットのもの。自らも黒鞭を振るいミアが上げた警告の声に地面を蹴る。きり、とひいた弓が音をたて目測を得るように青の瞳が先を見る。噛みついてきた本へと槍を突き立て、反動に揺れた身体を押さえたヴァイスがポケットの中の小瓶を投げつける。硝子特有の破砕音を耳にカトレットはイリュージョンステップをした身で戦場に踊り出した。とん、と足元、積まれた本を飛び越えラクジットを狙った本にミラージュアタックを叩き込む。ぴしゃ、と音をたていつもと感覚の違い刃先が動く本の背に色をつけた。 「一体」 呟きにも似た声を耳に、セラはたん、とグランスティードから下りる。「厄介な敵だな」と唇に乗せ剣を抜き払った 「だが、通させて貰うぞ」 たん、と駆ける重騎士を視線だけで見送り、本棚の後ろに入ったテスタロッサは護書の上に手を置く。白き召喚獣と共に描く光りは虹色に光り、天井に紋章を描いた。降りそそぐ雨に少女の肌が弾け、髪が切れる。悲鳴の代わりに殺意を抱いた少女を目の端に、クレシャは「右なぁん!」と響く声に無造作にブーメランを振るった。雷光が弾け、叩き込まれた雷刃衝と共に塗りたくった油絵具が本の背についた。端から滲む色からして、これは先にヴァイスが色つけをしたもの。逃げるように離脱する本が床を這ってゆく。すばしっこい上に強暴な本にミアはホーミングアローを放つ。追尾の矢が本を打った。ぐん、と振り返るように開いた本ががばっと開く。その奥に灯った紋章の炎にテスタロッサがエンブレムノヴァの発動を告げる。は、と息を吐きカトレットは術士本にソニックウェーブを放つ。向こうが炎ならば、こっちは必然的にスパイラルジェイドを扱う本となる。がたん、と音をたてた先、床に擦れたインクにクレシャがヴァイスを呼ぶ。低く響く警戒の声に槍持つ忍びはたん、と地面を蹴った。
●飛びかかる本と焔の本 誘うように槍を構えたヴァイスが、一度後ろに退ける。とん、と背にぶつかった本棚。飛び上がった本がしかけてくるスパイラルジェイドに身を逸らす。 「く」 掠った腕が強かに傷みに声を上げる。飛び散った血が頬につき、は、と息を吐いたヴァイスは目の端で、飛び上がったもう一方の本へと不吉な柄のカードを放った。黒く染まった本が離脱するように地面をすれば、逃がしはしない、とセラが剣を振り下ろす。大上段から下ろされる一撃に床が軋んだ。 クレシャの紅蓮の咆吼を受けた本がばさばさとページだけを捲らせて倒れた。メルティナのデンジャラススイングで投げ飛ばされた本は、未だ粘り蜘蛛の糸の拘束の中。べっとりとついた白がワインレッドの装丁の本をミアのホーミングアローが追う。軌跡が撃ち抜いた本が揺らぎ、顔を上げたのは少女型モンスター。時折近づいては鎖を振るう少女が勢い良く本のページを捲る。ばらばらと舞ったページがメルティナを狙った。撃ち落とすように降りそそぐ、エンブレムシャワーにメルティナは床を蹴った。一気に距離をつめその腕を掴み、デンジャラススイングを叩き込む。どん、と音をたてて少女は奥の本棚に叩きつけられた。ばらばらと本が落ち、埋もれる。 図書室は反動に音をたて、少しばかりその重い音を響かせた。その、時だった。じゃらん、と音をたてた鎖がメルティナを捉え、そのまま投げ飛ばす。 「メルティナ!」 「っく」 痛みをかみ殺すような声が落ちてくる本の中に埋もれる。強かに背を打ったメルティナへと少女が足を進めれば、押しとどめるようにテスタロッサが紋章の火を球として集めた。 「いかせません」 静かな、だが強気宣言と共にエンブレムノヴァが少女を打つ。ぎし、ぎしと音をたてた本棚がこちらに倒れてくる感覚にメルティナが横に退け、リュシスが回復に向かう。癒しの聖女はふわりと舞い、回復の残りを確認したテスタロッサは出血の残るメンバーの為に高らかな凱歌を用意する。静かに息を吸った彼女を視界に、クレシャは本棚の横から姿を見せる。飛び上がったスパイラルジェイド本をヴァイスが再び拘束すれば、電刃衝と共に断頭台の名を持つブーメランが振るわれた。ぱさり、と本らしい音をたて床に落ちる。ワインレッドの背表紙は塗料に濡れ、床にじわりと広がれば何故かそれが血に似た何かに見えた。目を擦ることもなく、崩れ落ちた本を一別しヴァイスとクレシャは交戦を続ける仲間を見た。 「リュシス」 声をかけ、響く足音に顔を上げればセラの手が差し出される。深紅のグランスティードが嘶くように身を頭を上げる。引き上げられたリュシスの礼を耳に、今はとセラは戦場を見る。駆け抜けるグランスティードの横を拘束のとけた術士本が狙うように口を開く。たん、とカトレットは地面を蹴った。煌めく剣はミラージュアタックを叩き込み、間に入り込む少女の技をテスタロッサが封じる。苛立ちを露わに少女が鎖を振るえば、意味もなく打ち付けられた本棚が二度三度軋んだ。 「後ろ」 がたり、ともう一つ音をたてた本棚にヴァイスが声を上げる。指先に集められたアビリティの光は不吉な柄のカードを作り出し、敵の位置を見据えたラクジットが素早くその鞭を振るった。 「位置さえ分かれば……この技から逃げることはかなわんぞ!」 ソニックウェーブが本棚をすり抜け、ワインレッドのその背を押すように術士本を打った。慌てて飛び出た本からずるりとページが抜け、逃げるように飛んだ本に引き絞ったミアの矢があたる。放たれたのは雷光の矢。薄闇さえも切り裂くような光に打ち抜かれた本がばん、と散った。
●お話のおわり 本の2体が倒れたことに、少女型モンスターは大きく鎖を振るうことによって反応した。振り回せば周囲をなぎ払う鎖に、ヴァイスはバッドラックシュートを放つ。舞い踊る本のページは、攻撃としてはさほど機能はしない。舞い上がり、肌を掠るのが先かテスタロッサが撃ち落とすのが先か。本を手に持つ紋章術士はその蒼の瞳で、少女の動きを見据えていた。 ひゅん、と鋭く振るった刃に言葉は無い。ただ空だけを切り裂いた音と共に向かった衝撃波と閉口するようにクレシャは駆けた。距離を詰め、接近に顔を上げた少女へと電刃衝を叩き込む。雷光に身を捩り、微かに震えた指先が止まる。差し出された手は攻撃を生むことなく中空に止まり、代わりにカトレットのソニックウェーブがその肌を切り裂いた。血が飛び散り、腕に残る本ががたがたと揺れる。少女の必死の抵抗に微かに目を向け、グランスティードから飛び降りたセラが兜割りをかけた。じゃら、じゃらりと鎖が揺れ拘束の溶ける感覚にヴァイスが注意を呼びかける。じゃらん、と一際大きな音をたてて蠢いた鎖が勢い良く振るわれた。 「援護するなぁ〜ん」 「いきます」 なぎ払う一撃にミアとテスタロッサが援護の攻撃を送る。ホーミングアローとエンブレムノヴァに打たれた少女が身を捩ればその指先が震えているような気がした。先のメルティナからのダメージも含めればそろそろきつくもあるだろう。再び距離を詰めたメルティナが血に濡れた少女型モンスターを掴んだ。思いっきりダメージを叩き込むように、デンジャラススイングで叩きつける。強かに背を打った少女型モンスターの周りをページが飛ぶ。舞い飛ぶページを盾に立ち上がろうとする少女が攻撃に転じる前に、カトレットが素早く剣を振るった。 「ムムっ」 あ。と声が聞こえたような気がした。喉の奥から、掠れて出たようなその声は少女を切り裂いた衝撃波の消滅によって消え、反撃に転じる為の手はヴァイスによって捉えられた。白き蜘蛛の糸にまみれ、1歩、2歩歩いた先で少女は倒れた。切り裂くだけのページはテスタロッサによって撃ち落とされるよりも先に消え、ただの紙切れとなっておちていく。 「……」 その、真っ白なページに微かに眉を寄せテスタロッサは高らかな凱歌を紡ぐ。頬を、腕を、切り裂かれた肌は回復し流れた血だけが少しだけ温かなまま残った。
息を吐き、カトレットは剣を収めた。喉に残る違和感に、二度、三度咳をする。ヴァイスは改めて部屋を見渡した。蓄積された埃は舞い上がり、倒れた本棚からも澱んだ空気が上がっていた。 「本は大事にしないとなぁ……」 呟きは二度三度反響し、ページの破れてしまった本にヴァイスは苦笑いする。右を見ても、左を見ても本。実際、先に塗った塗料が無ければ倒れた後の本型モンスターでさえ何処にいるのか見分けるのは難しい。「しかし……しばしの間、本を見るとギョッとしてしまいそうだな」と思うとラクジットはワインレッドの装丁ばかりの本から視線を外した。 「……この本」 少し考えるようにした後に、ヴァイスはそう言った。何なんだろうか。ミアはこの女の子が読む本だったのかなぁん? と首を傾げる。考えるだけでは答えはでない、と閉じられてしまったその本の扉をヴァイスはゆっくりと開いた。 「ーー」 書かれている文字は、紋章のそれでなくただの文字だった。覗き込んだテスタロッサは、掠れるその文字の幾つか「花畑」「王子様」「幸せに」という言葉を読む。慎重に、ページを捲るヴァイスの横ミアはそっと口を開く。 「絵本、なぁん?」 「……恐らく」 くすんだ赤、青々とした空を描くラピスラズリ。掠れた文字から、物語を辿ることはできなかった。限界を告げるように端から崩れ、ちぎれたページがするりと床に落ちた。 「……」 そっとヴァイスは本を閉じた。
古びた館の前には、小さな墓がある。季節の頃、咲く花はまだ無かったがしっかりと掘られた少女の墓。土に汚れた手をそのままに、メルティナはそっと目を伏せる。 「……願わくば来世では良き共になれることを願います」 独り言は失われた魂への祈り。見上げた空は、薄暗い図書室よりはずいぶんと明るく感じられた。

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参加者:8人
作成日:2007/02/05
得票数:戦闘8
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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