天満月の蜜



<オープニング>


●ランララ聖花祭
 ザッハトルテを思い浮かべる。蕩けるような上品な口当たりが魅力的な、ガナッシュに包まれた濃厚なショコラ。しっとりとしたスポンジを合わせ柔らかな食感を保ちつつ、仄かな苦味を保ちながらラム酒で香り付けすれば大人のケーキに早変わり。例えばアプリコットのジャムを挟めば、まるで胸に秘めた恋心のように、さり気無い甘酸っぱさが重ねられる。良く知られたチョコレートケーキの風味に個性を加えて、自分だけの「スペシャル」を作り上げることが出来るだろう。
 真っ白いホワイトチョコレートのムースでココアスポンジを包み込むのも良いかも知れない。見た目の淡さに反して確りとした甘さは、ホワイトチョコレート好きには堪らないはず。スポンジの間に洋梨のコンポートを潜ませれば甘いシロップが優しく生地に吸い込まれる。
 王道を行くならばガトーショコラだろうか。定番のチョコレートケーキだけれど、ドレンチェリー、オレンジピール、ラムレーズンにプルーン、ヘーゼルナッツやアーモンド、それにピスタチオと様々な砂糖漬けの果実や木の実たちを飾り付けることで一味違う出来栄えになる。
 チョコレートムースで生クリームとグリオットチェリーを閉じ込めたフォレ・ノワールも魅力的だ。削られたチョコレートを盛り付けた上から振るうココアパウダーに粉砂糖は、間違い無しに愛らしい。ふんわり香るバニラの風味が柔らかな甘さを添えてくれる。
 嗚呼、しかしながら、ケーキサイズの菓子に拘る必要は無い。
 一口にチョコレートと呼称される菓子は、それこそ山のようにあるのだ。ヘーゼルナッツとキャラメルのガナッシュミルクチョコレートで包んだり、フランボワーズ入りの甘酸っぱいガナッシュビターチョコレートで包んだり、抹茶や柚子を加えて楓華風を目指すのも面白いだろう。花弁を練り込んだホワイトチョコレートも愛らしい。形を整えることは難しいけれど、だからこそ想いの閉じ込め甲斐もあると言うもの。

●天満月の蜜
 深雪の優艶・フラジィル(a90222)は何かに悩んでいた。
 彼女は酒場のテーブルをまるまるひとつ占拠して、何処から持ち込んだのか丁寧な図解入りのレシピ本を広げている。ぶつぶつとチョコレートに関しての思いの丈を呟いているから、傍で聞いているのは案外面白いかも知れない。
 この時期に菓子と来れば大抵の人間が「ランララ絡みか」と勘付くのだろう。朝開いたばかりの花の蜜で作ったお菓子を女神に贈ったと言う伝説を元にドリアッドの聖域から広まったとされる、手作りのお菓子を気になる異性に贈る春のイベント、「ランララ聖花祭」は刻一刻と近付いていた。
「……誰かに贈るの?」
 床に落ちていた一枚のレシピを拾い上げて、荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は小首を傾げる。
「あ、ありがとうございますっ♪ えとですね、普段お世話になってる皆さんに、折角ですからお菓子のひとつふたつプレゼントしたいかな、なんて思ってですね。折角ですから皆さんを誘って久し振りにお菓子作りなんてしてみようかなって考えてるのです!」
 フラジィルは身振り手振りして説明してくれるが、イベントの主旨を微妙に勘違いしているのでは無いかと霊査士は少しばかり沈黙した。ランララ聖花祭はお歳暮を贈る日では無く、恋と言う単語が深く関わる日では無いのか。
「人を想う気持ちの尊さに貴賎は無いのですから、時として心を目に見える形で示すことも必要でしょう。その機会を機会として見出し有用出来るならば、素晴らしいことかと思います」
 柔らかく微笑んで春宵奏鳴曲・エテルノ(a90356)が口を挟む。
「嗚呼、ジル君。私は甘いものが嫌いです」
「……誰もエテルノさんに贈るなんて言って無いです」
 甘さ控え目のクッキー等なら大丈夫かと確認するフラジィルと、問題ありませんと笑んだまま頷くエテルノの二人を見遣って、霊査士は深い意味も無く沈黙した。
「でも、ちゃんと恋する乙女のことだってジルは考えてるんですよ?」
 霊査士の視線に気付いたのか、少し慌てたように言葉を足してフラジィルが取り出したのは、虹色に煌く可愛らしい小瓶だ。透き通った硝子の向こうに見えるのは、何かの花の蜜だろうか。
「満月の光をたっぷり浴びた花の蜜なのです。ホワイトガーデンの、ジルが大好きだった白い花畑から貰って来たものなのですけど……ランララ女神様の伝説みたく、一滴だけ、隠し味みたいに願いを篭めてみるのは如何でしょう? 『想いが伝わりますように』って」
 花の蜜は空に輝くまあるいお月様の雫そのものであるかのように、柔らかな黄金色の輝きを宿していた。フラジィルは大切そうに小瓶を仕舞うと、にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ジルの暮らしていたところではお菓子を贈る時、こんな風に花の蜜を使うことがありました」
 レシピも隠し味も揃ったのだから、素敵なお菓子を作る為に必要なのは「想い」だけ。フラジィルは「一緒にお菓子作りをしませんか〜?」と酒場の冒険者たちを誘い始めた。

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参加者
NPC:深雪の優艶・フラジィル(a90222)



<リプレイ>

●選り取り見取り
「ランララって、御歳暮の日じゃないにょろの……!?」
 マライアがカルチャーショックを受けている頃、乙女たちは早速レシピの山を崩しに掛かった。手作りの菓子を贈りたいと思えた相手が居るのだ、とパエリアは深雪の優艶・フラジィル(a90222)に相談を持ち掛ける。ヒナギクも一緒に、悪く無い気分で初心者にも手が出せるレシピを探した。
「やっぱり、この辺でしょうか……」
 恥ずかしそうに眉を寄せてマリアが呟く。フラジィルはひとりひとりへ丁寧に言葉を返していた。ボクは確かに料理が苦手だけど腹を壊しそうだとまで言うのは酷い、と闘争心を燃やすハナメにも「見返して遣りましょう〜!」と声援を送る。
「彼はね、とてもとても優しい人。あたしにとっては代わりなんて居ない、最愛の人」
 言いながらも気恥ずかしげにマイヤは目を逸らし、
「どーんとゴージャスで、乙女の熱い気持ちが伝わるようなお菓子、探してますの」
 格好良い殿方に贈りますのよとエルヴィーネは顔を輝かせ、
「例えるなら紳士なピエロさんかしら。笑顔でいつも、何かを隠そうとしているような方」
 そんな人にふんわりと柔らかな御休みを贈りたいのだとフリーデルトは言い、
「良さそうなの……あるかな?」
 無理に手間を掛けるよりもシンプルに、落ち着いた雰囲気で纏めたいのだとメロスが尋ねる。二十人を越える冒険者に相談を持ち掛けられたフラジィルは、乙女たちと共に一生懸命、頭を悩ませていた。初対面で頼ってしまって恐縮だと言うレンカには、心配も遠慮も御無用なのです、と元気良く答える。エンドは薔薇の花弁の砂糖菓子を使えるか確認し、アリアは甘く無い菓子としてクッキーのレシピを探り、カイジは果物を使った菓子を楓華風に仕上げる方法を悩み、アオイは彼女が知っているだろう人物の好みを尋ねていた。
 エルメディアとリレィシァは顔を見合わせて楽しげに相談しながら、薔薇を模ったチョコレートボンボンに狙いを定める。我儘を願いたくなるくらい切なくて愛しい想いを篭める菓子を探しているフィーに、酒を使ったほんのり苦くて甘いものはとティアが提案した。香ばしいナッツを使った菓子を柔らかな言動が魅力の男性に贈りたいのだとシュナが口にすれば、きっと素敵なのが見付かりますとフラジィルは笑顔で請け負う。
 煌く蜜で満ちた小瓶を眺めて、サガは目を細めた。彼が居るから幸せなのだと伝えたい。片想いし続けて一年以上過ぎていることに気付き、アリスは小さく溜息を吐く。恋する乙女はねばーぎぶあっぷ、と気合を入れ直した。彼女に声援を送りつつ拳を握っていたフラジィルへカレンが声を掛ける。
「贈る相手は『食べたら苺かピーチの味がしそう』な天使の女の子です」
 彼女は目を瞬いてから、照れを誤魔化し損ねたような顔で笑い、「でしたらスケジュールは空けて置きますですよ」なんて胸を張った。

●それぞれの思惑
「俺は、チョコを甘く見てたのかもしれないな」
 チョコレートはそもそも甘いが兎も角、此処からは本気で行かせて貰うとフォロンは怪しげな構えを取る。ぐるりと会場を見回して、可愛い子らが多く居る空間にオリヴィエは心を和ませ、御返し用のケーキを丁寧に作り始めた。湯煎の段階で先行きに不安を覚えたユエルを、マルエラは笑顔で励ましている。
「今年一年の励みにしたいので」
「まあ、ロザリーさんの作ったお菓子食べたいなってだけなんですが」
 率直なエンの言葉に照れつつもジェネシスは同意した。霊査士は短い沈黙の後に承諾し、ルーシェンの最近何を贈れば良いのか判らないと言う悩みを聞けば、親しさが理由だとでも感じてか瞳を緩める。メローは鱗形の金箔を整え、金魚の愛らしさで男の手作りと言う現実を誤魔化そうと試みていた。料理は何時だって愛情が大事、とサフィアルスは喜んで貰えるようにと心を篭めて生地を作る。リンクスは珈琲を淹れた。添える言葉は今は唯、感謝。
「折角だもん、美味しく食べて欲しいじゃない。で、果物は何が好き?」
「……林檎か」
 アリシアの問い掛けにティアレスは随分悩んでから返答した。見えない力には抗い難かったらしいが、兎も角、彼女の気遣いにも礼を言う。序でとばかりにフラジィルへ相談を持ち掛けていたミナを掴まえ、「変なものさえ篭めねば食う」と好みにしては大雑把過ぎる意見を述べた。半ば強引にアネモネの歪な生チョコを味見させられたり、アテラに望まれて甘さ控え目の菓子を味見したりする。
「ぁ、甘すぎませんか?」
「問題無い。酒の加減もな」
 不安そうなリリムの問いにも軽く頷き、
「此方のチョコ、何の形に見えますか!?」
「ソルレオン」
 涙目のルーツァにも素直に答えた。顔を蒼くして震えながら自作を味見した彼女は、見た目とは違い普通の味に拍子抜けして目を瞬く。甘党の恋人を想いながらネフィリムが練り上げたガナッシュには、「美味い。我は好きだ」とティアレス個人の好みも相俟って太鼓判を押した。
 失敗作と成功作が入り混じっているエルスの蜂蜜クッキーや、何故か迷彩柄になったカヅキの凄いクッキーのみならず、セラフィンの砂糖が溶け切っていないざらざらしたチョコらしき物体も一応は味見をして「微妙に苦い」だの「悪く無いな」だの「舌触り最悪」だの御言葉に甘えて忌憚の無い意見を述べる。ビターチョコレートのガナッシュが包み込んだケーキを御機嫌な様子で食べているティアレスを見遣って、ティーナは嬉しそうに顔を綻ばせていた。

●いざお菓子作り
「そんなに食べたら無くなりますわよ?」
 リィリが四角く刻んだ林檎を彼女と共に味見しながら、チグユーノは一応の警告をする。そんな二人を見守りながら、ウィーは手際良く生地を作った。花のように華やかなまま前へと祈りを篭めて彼は菓子を焼き始める。ローは相手の負担となることを危惧し、敢えて花の蜜を使わなかった。恋とは異なる次元の、だからと言って劣りはしない微笑ましさを変わらず抱き続けている。
「がん、ば、る……!」
 尻尾をぴんと立てたエプロン姿のイリスは、フラジィルと選び出したレシピを握り締めていた。フラジィルはシアに誘われて沢山作られた可愛らしいクマ型のチョコレートに顔を書き、それからミカゼの要望に応えて彼女の為に卵を割り、初めてのお菓子作りに挑戦するレイの手伝いをする。更にエリオのチョコレートが綺麗に溶けていることを確認し、「フラジィル様から贈られる方は幸せ者ですわね」と言うシエスタの微笑みには目を瞬いた。
「味の相性は悪くないと思うけど……」
 如何かな、と心配そうなエルクルードに菓子を頬張ったフラジィルは大きく何度も頷いて見せる。食べ易いように一口サイズのチョコレートを二種類作ったレインの依頼も彼女は喜んで承り、「ばっちりです!」と保証した。想いが届くことを願いながら、リオンは綺麗に焼き上がったココアスポンジを見て頬を緩める。彼女を手伝っていたリューシャは「ジルさんのお菓子、私の為に作ってくれませんか?」とフラジィルに願い出た。彼女は嬉しそうに微笑んで、勿論なのです、と大きく頷く。
 リオは卵型のホワイトチョコレートに、ラズベリーで色付けした翼を付けた。大切な人が何時までも元気で居てくれるよう願いながら、フェルディアはピンク色のマシュマロに一滴だけ花の蜜を垂らした。慣れない手付きで生地を作り上げたルーンも、安らぎの願いを篭めて花の蜜を一滴加える。
「誕生日ケーキだって言い張っても、絶対ランララ用だって見られちゃうよねー」
「考えたら負けだ! 誕生日、満喫してやろうぜ!」
 乾いた笑みを零すレナートに、現実から目を逸らしたハウマが答えた。世界はランララ聖花祭生まれの男に優しく出来ては居ないらしい。完成が楽しみであると共に、何故か哀しくなれそうだった。
 苺のムースを閉じ込めたロールケーキをチョコレートでコーティングしながら、アイリスは大切な恋人のことを思い浮かべる。好きな気持ちが本当に本当の気持ちなのだと伝わるよう願いながら、ユエは小さく笑みを零した。相手を想って何かを出来ると言うことは、とてもとても幸せなことだ。襷掛けした割烹着姿でリョウトは直向きにケーキを作る。伝わらない方が良い想いだと思いながら、ただ彼は、甘さと喜びを贈りたかった。
 良い想い出が無いから嫌いだと言う色ならば、悪く無い想い出を作ることで少し好きに為れるだろうか。安直かも知れないけれど、とユズリアは小さく目を伏せる。横から彼女の手元を覗き込んだアユナは、美味しそう、と声を上げた。御互い頑張りましょうねと明るく微笑む。

●天満月の蜜
「此れだけ想いを込めたんですもの、絶対喜んでもらえますなぁ〜ん」
 御互い喜んで貰えると良い、と言うティラシェルの言葉にマヒナは満面の笑みで答えた。マリーとリィナールは出来栄えが少し不安らしく、御互いに出来上がった菓子を味見している。美味しくなるよう願いながら練り込んだ生地に、ずっと大好きだよ、の想いを篭めてヒカリは花の蜜を一滴落とした。月光には不思議な力が秘められていると時折は言われるように、用意された花の蜜にはきっと、お月様の光の力も含まれているのだろうとリムは考える。少しだけ気恥ずかしくてほんのりと頬を染めながら、いつまでも大好きな人の傍に居れるよう祈った。
「美味しくなーれ……♪」
 教えて貰った魔法の呪文を呟きながら、ミズも最後の仕上げに取り掛かる。
「え? 食べて良いのですか?」
 ラッカの視線に気付いたフラジィルが首を傾げる。彼女が頷くのを見て、有難くひとつ味見させて頂いた。フラジィルの手が空いたことを察知して、待ち続けていたヴィンは漸く声を掛ける。
「最後に、僕にも何か作ってくれないかな」
 彼女はいつも通りにっこり明るく微笑んで、二つ返事で承諾した。周囲では出来上がったお菓子たちが、趣向を凝らして可愛らしくラッピングされつつある。塔の形をした硝子の容器に、スノーは花の蜜とウィスキーが詰まった七色のボンボンを優しく落としていた。受け取った相手が何処に居ても虹を感じられるように、思索しながら摘めるように願いを篭める。
 大地に見立てたショコラの上に砂糖菓子と粉砂糖を飾った菓子を、オルーガは丁寧に包み始めた。彼女の心を見透かすように、きっと彼は喜んでくれるから大丈夫よ、とヴェルーガが言い聞かせるように主張する。二人の間に座ったアテカは、大きな箱にぐるんぐるんとリボンを巻いた。
 金色のリボンを結びながらオリエは、もう少し凝ったものが作れるようになりたいと淡い笑みを零す。今ただ想うのは、家族のような子の可愛らしい笑顔だ。禍々しい何かを宿していたチョコレートは、柔らかく透けた橙のラッピングペーパーに隠されて行く。銀色のリボンを括り、可愛い弟へ、と包みと同じ色合いの薔薇を留めたカードを添えてシュリのプレゼントは出来上がった。
 純白のレースペーパーと淡いピンクの包み紙の上から、真っ赤なオーガンジーのリボンを掛ける。ふんわり甘く華やかに、心から感じる幸せを形作ってサナは微笑んだ。ヴァイオレットは贈る相手の髪を思わせる、澄んだ美しい青で白い箱を覆う。淡い緑の紐で口を閉じて、菫の花を一輪挿した。
「(ごめんなさいの気持ちが、伝わりますように……)」
 彼の好みは判らない。
 彼に贈り物をした覚えも殆ど無い。
 蔑ろにしていたのは自分なのだと思えば気持ちが沈む。本当は誰かに相談したかったけれど、此れは自分で決めることなのだ、と歯を食い縛るような心地でクールは幾重にもリボンを掛ける。
「仲直り、したいな……」
 唇からぽろりと言葉が洩れた。
 手作りのお菓子は、それぞれの想いを篭められて出来上がる。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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参加者:85人
作成日:2007/02/07
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