月の涯て、氷の城に眠り



<オープニング>


●月の涯て、氷の城に眠り
 凍れる世界は青に沈む。
 冴ゆる夜空は氷の如く透きとおり、冷たい青藍と濃藍の狭間に揺蕩って、光と音を凍りつかせた世界と大気を氷青の色へと染めていく。
 凍れる世界を照らすのは、銀に震える星々と、真珠色に満ちた月。
 冴ゆる皓月は氷の如き空をゆるりと渡り、静謐の中に凍てつく氷青の世界へ、金とも銀ともつかぬ淡い光を降らしめる。冷たく冴え渡る――あえかな光を。
 氷青の世界へ降りてくる儚い光条から一筋を選び取り、真珠の月光が導くまま道を行けば、青き世界の中で真白に凍れる白樺の森へと辿りつく。
 白樺の幹は夜明けの光に輝く雪原よりも白く、樹冠を仰ぎ見れば繊細な水晶細工にも似た白銀の霧氷が煌いて。凍てつく風が吹けば氷の梢がさざめいて、青藍と濃藍の空へ、氷青の世界へと――凍てつき輝く氷のかけらを散らしていく。
 数多のかけらが風に舞う中真珠の月光が射し込めば、細かな氷が光を弾き煌く光の柱が現れる。
 氷のかけら踊る光の柱の中を進み抜ければ、至るところは月の涯て。
 月の涯てには荘厳にして孤独な氷の城が佇んで。
 あえかな光に冷たく煌きながら――凍れる夜が生む様々な想いを、抱いている。

 月の涯ての氷の城。
 ある冬の夜、酒場を訪れた旅の詩人が淡々とした口調で語った物語の名がそれだった。
 胸に抱くことが堪えられぬ想いを凍らせ眠らせるため。
 手放してしまった想いを取り戻し、眠りから目覚めさせるため。
 心の中に燈る燈火のような想いを――煌く氷に映すため。
 氷の城を探し月の涯てを目指す、幾人もの旅人の物語。
 興味を惹かれたらしい藍深き霊査士・テフィン(a90155)が、数度瞬きをして口元を綻ばせる。
「私も……氷の城を探してみますの」
 冗談めかした言葉を残し彼女が席を立ったのは、数日前のことだった。

●夜の涯て、氷の城に触れ
 暖かそうな月色のストールを纏ったテフィンが再び酒場へ顔を出したのは、青みを帯びた夜の街を凍てつく風が緩く吹き渡る夜のこと。手袋は使わぬのかすっかり冷え切った風情の指先を口元へやり、ほうと自身の息で温めながら酒場を見渡すテフィン。
 数日前にも見た顔ぶれを認めて瞳を緩め、開口一番で口にした言葉が
「氷の城を……見つけてきましたの」
 これだった。
 実は本気だったらしいテフィン、何処からか物語の風情そのままに凍りついた白樺の森を見つけてきたらしい。そして森の奥で『氷の城』を見出したというのだが……
 当然、氷の城などという物がそう都合よくあるはずもない。
「より正確に言うなら……城というよりは、尖塔……?」
 緩く首を傾げてみせるテフィンの話をよくよく聞いてみれば――つまるところ、白樺の森の奥で凍りついた滝を見つけたということらしい。高い岩山から流れ落ちる水流全てが凍りついており、凍れる水流が月光に煌く様がさながら氷の城のよう、というわけだ。
「ランタンの燈火で見上げるのもとても綺麗でしたけれど、ホーリーライトがあるなら、きっと……ひときわ、素敵……」
 かなり冷え込むけれど、寒いのが嫌でなければ一緒に見に行かないかとテフィンは微笑んだ。

 胸に抱くことが堪えられぬ想いを凍らせ眠らせるため。
 手放してしまった想いを取り戻し、眠りから目覚めさせるため。
 心の中に燈る燈火のような想いを――煌く氷に映すため。

 月の涯て、夜の涯てへ辿りつき――氷の城に、触れて。

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参加者
NPC:藍深き霊査士・テフィン(a90155)



<リプレイ>

●氷の鏡
 深まりゆく夜の空は濃藍と青藍に凍りつく。
 何処までも澄み渡る冷たい青に包まれた世界は真珠の月が齎すあえかに冴ゆる光に照らされて、凛然たる氷の白を纏った白樺の森を浮かび上がらせていた。
 凍てつく風にさざめく氷の梢が冷たい光のかけらを散らす。かけらが弾く月光に導かれるまま森を抜ければ、そこには透きとおるる黒硝子で天頂を覆ったかのようなぽっかりとした空間が広がっていた。音も光も全て凍りつかせた世界の中心には、天を突くかのように鋭く聳えた岩の山。頂から溢るる清水はとめどなく流るる姿そのままに凍りつき、ただひそやかに月の光を受け止めていた。
 静謐の中に煌く、氷の城。
 白樺の森から零れてくる氷のかけらが頬を打つけれど、それでも前を向くことからは、逃げない。
 祈るような想いを込めて聖なる光を燈し、決意を込めるように唇を噛んで、ユイリンは凍れる城へと手を伸ばす。あのひとの行く手を遮ることなく共に歩んで行きたいから、どんな冷たい礫にも負けたくはないから、今はこの弱さをここへ眠らせていく。
 凍れる世界の中で寄り添う少女の温もりに愛しさを募らせたノヴァリスは、大切に抱え込むようにアスティナの肩を抱き寄せた。音もなく吹き抜ける風に犬の尾が揺れ、白き翼が揺れる。アスティナは異なる時の流れを想ってか彼の腕をぎゅっと掴んだが、それでも胸の奥から溢れる幸せを伝えたくて彼の瞳に笑顔を映した。いつか遠い時の涯て、独りになってしまっても、想いと思い出は変わらない。
 静かに輝く氷の城はかつて愛を誓った銀水晶の都を思わせる。
 だから二人は再び、消えない約束を重ねあった。
 ──ずっと、傍に。
 風がかのひとの気配を運んでくるたびに、終わらせたはずの恋が胸の奥で熱を帯びる。
 熱も疼きも、どうしようもなくて。
 眦に涙を滲ませながら「どんな想いも氷のように熔けて、優しく心を満たすものになりますよね」とカナエが紡ぐ。声音は囁きで、けれど乗せられた想いは慟哭のようだったから、藍深き霊査士・テフィン(a90155)は「真摯に向き合った想いなら……いつか、必ず」と紡ぎ、指先でそっと彼女の涙を拭った。
 月光と、ひとびとが燈す光を集め、氷の城が輝きを増す。
 凍れる世界が作り出す不思議な光景に畏怖と慕わしさを覚えながら、ファオはふとした問いを洩らした。己の心の色を映してみたかったのだと答えながら、テフィンはクリスの後頭部に口づけを落として彼を送り出す。貴方の心に映る全てに祝福をと紡がれた言葉に頷きを返し、クリスは完全に凍りついた滝壺から天を指す氷の尖塔を仰ぎ見た。
 世界の驚きと美しさで心を満たし、大切に想う全てを守るために強くなる。
 彼方へ旅立った人達に会いに行く──その日まで。
 厳粛さすら感じさせる氷の城を新たなる決意を秘めた瞳でエンが見上げ、澄みゆく意識をさらに透きとおらせるよう深く息をついてエンネアも仰ぐ。冷たく輝く氷に映る己自身を励ますように微笑んで、閉じ込めた想いが溶け出さぬよう願いをかけた。
 氷の城は何を語ることもなく、ただ光を映して佇んでいる。
 この静寂の城を求める旅人は、凍れる光を辿りながら己の心をも探るのだろう。
 そうして映し出す心は、きっと旅の間に見つめなおした自身の想い。
 探りあてた心と向き合える氷の城は鏡のようなものかと、ガルスタは静かに瞳を伏せた。

●氷の月
 静寂に満ちた凍てつく世界は、痛いほどの冷たさの中で鮮やかなまでに冴え渡る。
 澄んだ夜に凍れる滝は、まるで儚い真珠の月光が凝ったかのよう。
 凛と砕けた凍れる月の華を思えば、心も視界も鮮紅に濁った血の色の憎悪に染まるから、ヒヅキは胸に当てた手で冷たい氷にそっと触れた。己を押し流さんとする泥流を、凍らせなければ。
 憎悪の濁りに染まることを──きっと誰よりも月の華が望まない。
 緩やかに育ちつつある想いを止めたくて、サリヤも掌から氷へ想いを流し込む。
 どうか想いは、憧れという名の蕾のままで。別の名の花として咲いてしまう、その前に。
 冷たい月の光の中で、優しい光の中に浮かび上がる氷の城。
 眠らせたい願いはあれど、イルは切ない想いに苛まれつつも城に手を伸ばすことが出来ずにいた。触れれば逆に想いを目覚めさせてしまいそうで、怖くて。震える手で仮面を外したジョルディは、長い間失われていた己の涙に触れた。ユリカは寂寥を抱いて氷を仰ぎ、想いを眠らせる氷の城もいつかは消え、そしてまたいつの日にか姿を現すのかとシーリスは己の失われた心の風景に思いを馳せる。時が凍りついたように感じていたカイは、頬を流れる己の涙に知った。
 音も光も凍るけれど、時だけは──凍らない。
 真白な白樺の幹にもたれかかっていたアデイラは、イーゼルを並べたいとシズハが声をかけた途端に身を翻す。あたしが何時でも何処でも絵を描くと思ってるんやねと歩き去る彼女は、イーゼルどころか絵筆の一本も携えてはいない。滝へ向かう彼女を足早に追ったアクラシエルが話を聞いて欲しいと願えば、アデイラは手を伸ばして彼の髪を軽く撫でた。狂おしいほどの切なさに上手く笑みを作れずにいる彼に「少し、泣いてく?」と微笑みかける。
 切ない想いも涙も凍らせてしまえば、前に進むことができるだろうか。

 鮮やかに冴える夜に包まれ、凍える煌きを放つ氷へと指を伸ばす。
 触れれば刹那、氷の鎖が心を絡め取っていくような感覚に捕らわれた。
 溢れそうな想いは花へ乗せて世界に分けたから、後は凍らせて閉じ込めてしまうだけ。
 誰も触れないで。
 誰も──見ないで。
 けれど唇を噛み固く目を閉じていたアリシアは、ふと風が途切れたのを感じて目蓋を開く。
 風から護るように広げられた菫のショールが、世界の全てから自分を隠していた。
 誰からも見えへんし、誰も触れへんのよ──と、小さな囁きが落とされる。

●氷の城
 儚い花を、撫でるかのように。
 凍れる鏡の城に添わせるかの如く触れたティーナの掌には、ひそやかに冷気が伝わっていく。
 深まる夜も氷の冷たさも、全ては彼の地を想起させるもの。
 春を迎えれば凍える掌も温かくなるように、いずれ彼の地にも安らかな温もりが満ちるよう願う。
 心に抱く想いのあかりも、消えぬまま。
 氷が映し出した微笑は儚く壊れそうに思えたから、オルーガは瞳を伏せ静かに頬を氷へ寄せた。
 日毎遠ざかる過去の幸福は未だに胸を締めつけるから、振り向かずに路を行けるよう眠っていてと囁きかける。聖なる灯火の色を緩やかに変えながら指を伸ばし、あのひとの姿を忘れない、とミヤクサは想いを胸に沁み入らせるように細く長い息をついた。
 柔らかな毛織を掛けられ振り返れば、穏やかな紫の瞳と視線が結ばれる。
 儚く壊れてしまうのだろうと一度は覚悟を決めていたアユナは、満ちゆく甘い切なさに胸を震わせた。
 伸ばした指先が届いた場所は、幾重にも閉ざされた扉のひとつを開いたところに過ぎないのだと知っている。けれどそれでも、幸せで。
 暖かな毛織で彼女の肩ごと背の翼を隠しても、流れる時の違いまでは隠せない。
 確かな実感は未だなくとも、移ろいゆく時を凍らせることだけはできないのだとケネスは理解していた。だからこそ、流れを止めた氷の城を静かに仰ぐ。
 何処か懐かしい故郷を思わせる氷の中で、今だけは時も凍っているのだろうか。
 透きとおる氷に触れる白い手も透きとおってしまいそうだったから、アルバートは躊躇いながらも愛しい少女の手に己のそれを重ねた。そうすれば二人重ねあった愛しい想いを氷の城に封じ込めておける気がして。彼の温もりに知らず綻んだスノーの唇からは、二人の羽を一本ずつ氷の上に並べたいとの願いが紡がれる。ふたつの羽は、きっと寄り添ったまま凍ってしまうだろうから。
 僕の心も今のまま凍らせたいと囁くフィルに寄り添って、彼のマフラーと温もりに包まれながら、ゼアミはひそやかに視線を落とした。白く霞む吐息の向こうで輝く氷の城に、最初で最後の想いを閉じ込めてから、傍らにある蒼の瞳を覗き込む。命尽きるその瞬間まで、この優しい光の──傍に。
 凍えた体を包み込む腕からは彼の温もりと想いが伝わって来たけれど、セリアはただ只管に心を凍らせることを願っていた。彼女の心は痛いほどにわかっていたけれど、リバーサイドは彼女を閉じ込めた腕を解くことができなくて。叶わぬ夢と想いが、静かに凍りついていく。
 冴ゆる光に素のままの魂を晒し、ラジシャンは在るがままに凍れる城と向き合った。
 濃藍の空から落ちる月あかりがゆるりと氷を撫でれば、滑らかな面を冷たい蒼が渡る。
 吸い込まれていきそうな氷の色は何処か心の淵の色に似ていたから、レダは僅かばかり瞳を逸らした。手放した想いはここで静かに眠ればいい。無くしたくはないけれど、溶け出して欲しくも、ないから。
 至福と苦痛を綯い交ぜに──氷の城に、眠れ。

●氷の夢
 凍れる世界は冷たくて、辺りを満たす優しい光の中でも寒さに体が痺れていくのが有難かった。
 微笑を向ければ微笑が返ったけれど、未だ陽光を手には出来ないのだときっと彼女も気づいている。だからリャオタンは氷に額を押し当てた。
 徐々に感覚を麻痺させていくこの氷の冷たさなら、きっと──。
 氷の城に添ったまま暫しの時を過ごす彼の背を端に留めたまま、ハジの瞳が空を仰ぐ。頬も指先も瞳すらも凍える風に晒しはすれど、月光と聖なる燈火に包まれれば柔らかな何かに包まれているかのような心地になった。柔らかな何かが想いであるなら、望むもの全てをあたたかに包めばいい。
 氷はきっと、きっと必ず。

 だから、どうか──。

 深く沈みゆく冷たき闇に柔らかな光が燈り、凍れる水の塔が煌きを宿す。
 畏怖にか冷気にか微かに身を震わせれば、途端にウピルナの内からも堪えきれぬ想いが溢れ出してきた。いつの間に己の中にこれほどの想いが重ねられていたのかと、感嘆と切なさに瞳を熱くしながら、ただひそやかに息をつく。
 冴え渡る夜の中に降る月の光はどこか朧で、記憶の彼方に霞んだ景色をアニエスの胸に呼び覚ました。けれど淡く心を染めた想いはゆるりと沈め、穏やかな笑みで傍らを見遣る。眼差しに気づいたシルフィードは彼に瞳を細めて見せながら、何処か案じるような瞳で自分達を見ていたユズリアの頭をそっと撫でた。マフラーで半ば顔を隠していたユズリアは瞳を瞬かせ、小さな吐息を零す。迷い続ける自分の弱さは嫌いだったけれど、迷ってきたからこそ今があるのだと思えば──それも悪くないと思えた。
 凍れる世界に青の光を燈せば、氷は透きとおるように輝いた。
 満足気に氷を眺めるユキミツの頭上の光を見下ろす形で、岩山に登ったフィーは祈りを込めて喚んだフワリンの背に乗った。自身も光を燈し滝を眺めゆるゆると降りて行けば、同じようにフワリンに乗ったフォルテが手にした棒で悪戯を仕掛けてくる。意地悪で、けれど楽しげな笑みが愛しくて、ほのかに哀しくなった。もう駄目なの。この笑顔の傍でなければ、立っていることすら──出来ない。
 静謐の中に佇めば孤独の中に凍りつく思いがしたから、タツキは態と明るい声を上げて連れ達を見遣った。背後から彼の肩に顎を乗せて凍れる城を見遣り、ヒサギは自嘲気味な笑みを刷きつつかつて眠らせた誓いを手繰り寄せる。額を押し当ててくるタツキと寒さが苦手だというヒサギを撫でてやり、キリランシェロは緩く笑みを浮かべながら滝へと目を向けた。
 氷の城は夢も願いも誓いも等しく抱き寄せて、けれど添うことを拒むかのように──眠らせる。
 手放しかけた時に始めてその想いが大切なものだと気づいたのだと笑いながら、テルミエールはボギーの尻尾に毛糸の帽子を被せてやる。尻尾の帽子と尻尾のように長い帽子を楽しげに揺らし合う二人を微笑ましく見遣り、リラはマントを掛けてやった。
 流れゆく時は異なるひと達とも、凍れる世界に煌くひとときを分かち合うことはできる。
 瞬く間に消えてしまう夢のようなひとときだけれど、決して幻ではない──宝物。

●氷の花
 真珠の月光はあえかで儚くて、けれど静かに凛然と降りそそぐ。
 月の光のように在れればとの願いは未だ遠かった。
 誰かを犠牲にするよりは己を犠牲にする方が楽ではあったけれど、胸に穿たれる虚ろな穴はどうすればよいのだろう。泣いてはいなかったが、泣かないでと腕の中のテフィンが紡ぐ理由は朧に理解できる気がしたから、ボサツは小さな笑みを返す。伸ばされた腕の望むままに顔を寄せれば、両の目蓋に静かな口づけを落とされて。月光と囁きを込めた月色のストールが、暖かに包み込んでいった。
 凍れる城の袂に捧げた白百合が、煌く氷のかけらを孕む。
 小さな氷が己の落とした涙であることに気づき、フィードは頬に張り付いてしまった涙を拭って微かに乾いた笑みを零した。けれど胸の内は優しく温かな潤いに満ちている。ささやかな幸せと共に凍りつかせた心は溶け始めているから、もう──愛が温もりを齎すことを、忘れない。
 吐息は白く凍りつくけれど、真白なマフラーに包まれていれば凍てつく夜もコハクの想いを凍らせはしない。氷に沈めたいのは、ただひとつの杞憂だけ。
 愛する少女と歩む先に幸せな運命があるのだと信じるために、哀しい可能性を眠らせて。
 夜の色に透きとおっていく氷の奥には、どのような想いが眠っているのだろう。
 自身の想いは心に沈めながらも、サクは惹かれるように指を伸ばしていく。けれど肩に感じた重みと温もりに我に返ったように手を止めた。寒いと囁きながら彼の肩に額をすり寄せて、セラトは緩やかに凍れる城から目を逸らす。凍えた氷が毀れるのも、眠れる想いが零れるのも──見たくはなかった。

 暖かな色の光の中で大切なひとを想えば、満ちていく愛しさにアナイスの心が震えた。
 貴方が好き。
 もうずっと、少女の頃から。
 満ちる想いが溢れる寸前に頭上の光を青に染めて、凍える指を氷へ伸ばす。
 想いが燃え盛ることも消えることもないけれど、どうかひとときでも、安らぎと眠りを願えれば。

 煌く氷に触れれば、小さなかけらが毀れてきた。
 てのひらで受け止めた氷がゆるりと溶けゆく様を愛おしく見つめ、同じような想いで見送った人の話を語りたい相手の姿を求めて顔を上げる。けれど此方が見つける前に、名を呼ばれて抱きしめられた。
 幸せな恋をしたねと囁かれた言葉に、瞳に映る氷の城が霞んで揺れる。
 我儘を氷に眠らせて冬を越せば。
 春に溶け出し流れる想いは花を咲かせるでしょうかと問えば、セロちゃんならきっと、と囁かれた。

 月の涯てで凍れる城は氷の中に想いを眠らせて、夜と冬の涯てには消えていく。
 眠れる想いの行き着く涯ては──誰も、知らない。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2007/02/09
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